第3話 煌めく黄弾
わからない、わからないな、と心の中でぼやきながら彼女の伸びすぎた髪を切るために、握ったハサミを使いながら、ケンジは、ぼさぼさの毛むくじゃらになった髪を切っていた。
何故こうなった。
『なんでこうなった……』
言っていてなんだが、自分も分からない状況だった。
「大丈夫ですか、マスター。」
特に文句など口にしていないはずなのだが、彼の考えることなど分かっているかの様にレオナは訊いてきた。
『……あぁ。俺は大丈夫だ。』
それより、
『どうして髪切らないんだ、お前? あんまり長いと相手が見えなくて相手の位置とか間違えてやりにくいだろうに。』
「……nein。……それは平気。……相手の魔力とか視えるし」
『……そういう問題か?』
彼女の言い分に疑問を持ったケンジは苦笑いを浮かべているレオナの方に顔だけを向ける。
「あはは……。そのですね、マスター。ケイトが言うには単に面倒だから、らしいですよ?」
「レオナ。……それは秘密っ。……言ったら、ダメっ」
レオナの方へ顔を向けようとする彼女の頭をハサミを持っていない方の手でしっかりと抑える。
『……はいはい。動くなよ、ケイト。……今、ハサミ使ってるの俺なんだ。……そんなことしてると、お前の頭にうっかり刺しちまうぞ』
「……ja。……それは嫌。……じっとしてる。」
『オーケーだ。それじゃ終わるまでの間、動くなよ……』
そう言いながら、ケンジはこのくらいかな、と思いながら髪を切る。
暫くの間、三人は三人とも話すことはなかった。
チョキ、チョキと静かに髪を切る音と二人の呼吸をする音がただ聞こえるだけだった。
こうして静かな時間になると、まだデスゲームとなっていなかった頃によく聴いた音楽が恋しく思ってしまうケンジであった。
まぁ、遊んでいた時に音楽を多くの人数で聴けるように巨大な音楽プレイヤーでも作っておくべきだったかもしれなかったが、悲しいかな、ケンジも他のプレイヤーもその様なモノに詳しい者は誰一人としていなかった。
詳しいのは、そういった娯楽ではなく、重火器などの分野だ。
……まぁ、詳しく知っていると言っても、軍に属した経歴を持っている者は誰一人としていなく、知識として構造を知ってるだけの素人しかいなかったのだが。
構造を知っていても、作ることは出来ないだろうと思う人がいるかもしれないが、そこはこのゲームを作った運営会社はよく考えたらしい。
弾の構造などは出来ていなくとも弾を発射するまでの工程さえきちんと出来ていれば使えるだけというモノは出来てしまう。
あとは時間の許す範囲で使えるだけのモノを使えるモノにしてしまえばいいだけのことだ。
その為に、何もかも一番初期的なモノから始まったのは懐かしい記憶だ。
ケンジが身に着けている大盾も最初は何もなかったただの盾だった。
ただの盾でなにか出来ないかと考えた挙句に、だったら仕込み刀とか格好良くね?と考え、刀を仕込むならとっつき仕込んで両腕でとっついた方が面白いな、という経緯で今装備している形に収まったというのは記憶に新しい。
……まぁ、それだけしかなかったらつまらないよな、と考えて火力を補うために『ガトリングランチャー』や背に付けられる小型ミサイルが内蔵されたコンテナを装備してあの形とはなったのだが。
今は、『不可侵領域』での戦闘中に
確か、倉庫の方に作り置きしてた『ガトリング』とコンテナがあったな、と思いながら彼女の髪からハサミを離した。
『ほれ、切り終わったぞ、ケイト』
「……ん」
ケンジの言葉を聞いてゆっくりと彼女の目は開かれる。
その瞳は髪と同じ緑色をしていたが、やや濃い色をしていた。
文字通りの久しぶりの外の景色を見れたことに嬉しいのか、彼女の口元には笑みがあった。
「……見える。……ん。……見えるよ、チーフ」
『そいつは何よりだ』
「……ja。……あっ」
『どうした?』
なにかに気付いた様子のケイトにケンジは何を思ったのか訊いてみた。
すると、ケイトはゆっくりと微笑みながらケンジの方に視線を向けると、言った。
「……ん。……おかえり、チーフ」
さっきも言ったと思うがな、やれやれと手を上げながら彼女に応えた。
『ああ。ただいまだ、ケイト』
「……向こうは遊べた?」
『……あっ?』
彼女が言った向こうという言葉が何を指すのかケンジは一瞬分からなかったがすぐに思い当たったので、内心苦笑しながら答えた。
『あ~……、遊べたには、遊べたんだが……。……つまらなかったな』
「……そう」
ケンジの解答に若干悲しいような表情を浮かべると、黙ってしまった。
どこか気まずい雰囲気になったところでパンとレオナは勢い良く手を叩いた。
「さて、と。では、残りの部分は私が仕上げましょう。……マスター。地下の倉庫のカギは空いておりますのでお久しぶりにご覧になられますか?」
「……レオナ。……もういい」
「もういいではありませんよ。そう言っていたら、先程の様に毛むくじゃらになってマスターを困らせてしまいますよ?」
「……困るの?」
「えぇ、困ってしまいますよ?」
どこか微笑ましい雰囲気の二人の会話にケンジはレオナの心遣いに内心感謝しながら、言ってみた。
『まぁ、あんまし毛むくじゃらだとモンスターに間違えるよな……』
「……とっつく?」
『とっつくな』
「……それは嫌」
「では、切りましょう。ささ、こちらですよ、ケイト」
ケイトを奥の部屋へと導くレオナであったが、一瞬だけケンジの方を見ると、そっと頭を下げた。
ケンジはそんな彼女にすまんな、と言う様に片手を上げた。
そんなことをしていると、二人の姿は消えてしまっていた。
あいつにはいろいろ苦労させるな、と思いながらケンジも地下倉庫へと向かって行くのだった。
『さぁ~て。久しぶりだな、お前ら。ご主人様の帰りが待ち遠しくて埃被ってるか、うぅ~ん?』
どれどれと部屋の照明のボタンを押した。
カチッ、カチッ、カチッ。
手前から順番に奥の方へと点灯される照明の明るさに目を細めつつ、ずらりと並べられたおもちゃに視線を向けた。
手前から構造がまだ簡単なハンドガンと始まり、徐々に構造が複雑になっていく。
アサルトライフル、マシンガン、ショットガン、ライフル、スナイパーライフル、
徐々に大きさが大きく、銃身が太くなっていく。
種類は全く違うがただ一つだけ同じところがあった。
それは銃弾を装填するために必要な弾倉がなかったところだ。
それがない理由は単純なモノで、もしも万が一に、ケンジやレオナ、ケイト以外の誰かが侵入し、銃器を強奪された際に使えることがない様にするためだった。
……まぁ、このゲームの設定上は弾倉がなくとも銃器は使える。
使えるのだが、その場合に撃てる弾丸は一発だけであり、どんなものでも同じものとなってしまう。
同じモノになるということは、つまりこういうことだ。
ここに弾倉がないショットガンがあるとしよう。
弾倉がなければ普通は弾がない状態のため、使うことも弾を撃つことも出来ない。
だが、ゲームの設定上では弾は一発だけ撃つことが出来る。
撃つことはできるが、それはショットガン特有の散弾ではなく、散ることのないただの弾だ。
散弾でもないスラッグ弾という飛び散らない弾丸もあるにはあるが、威力はただのハンドガンの弾丸並の威力しかない。
つまり、撃つことは出来ても使い物にはならないということである。
その為に、この倉庫に置いてある銃器には弾倉はない。
奥の方へ歩いていくと、そこには銃器の他に暇つぶしで作ったモノが数多くあった。
一つはグローブのようなモノ。
それらはグローブでは間違いないだろうが、拳を守るための『ナックルガード』なるものが全て砕かれていた。
正確には手甲を保護するために貼られた金属、『クッションアブソーバー』の部分ではあるが。
それら全てが同じように砕かれていたのだ。
本来であれば砕かれるはずのない様に作られるのだが、それらは全て一緒の様に見える。
違うのはそれぞれの形が違うことだろうか。
それらの山はずれにはもう一つ山があった。
その山には剣のように鋭い切っ先があるモノから先が尖った杭まで様々なモノがあった。
それらもすべてが同じように真ん中から割られていた。
それらの山を見てケンジはポツリと呟いた。
『ごめんな、お前ら。けど、無駄になったわけじゃねぇ。お前らの後輩はまだ現役だ。……大丈夫。お前らよりかは少しだけだがこいつら、頑丈には出来てるから。安心して、寝ててくれ』
モノには魂が宿るという一つの考えがある。
信仰心は全くとないという程なくとも、そうしたモノに対する思いはケンジにはあった。
彼らは言葉を発することはなければ、感情を出すこともない。
ただ、切れ味が悪かったり見栄えが悪くなったりするだけだ。
ただのモノでしかない。
だが、とケンジは思う。
データでしかなければ、レオナたちも同じではないのか、と。
データというモノでしかないレオナたちもこれらと同じくモノでしかない。
ただ違うのは彼女たちはケンジに対して言葉を発し、感情を出すところか。
言葉を出す、感情を出すなどそういったモノがあって出力するだけなら、データはデータでしかないと思う人はいるだろう。
だが、ケンジは思う。
彼女たちもケンジと同じようにヒトなのだ、と。
それはこうして眠っているモノたちにも言えることだ。
自分にとっては大切なモノで、ただのデータなどという簡単な言葉で片づけられるモノではない、と。
だから、ケンジは言うのだ。
あれでもなく、それでもなく。
ヒトと同じくお前ら、と。
そうした残骸の山々から離れたところに真っ黒に塗装された長い銃身を数多く持つ『ガトリングランチャー』が縦に並べられるように置かれたところと、中に一発だけの小型ミサイルが収納されているコンテナが山積みされているところに足を踏み入れた。
『久しぶりだね~、「ガトリングランチャー」たん。いやぁ、出てくるモンスターどもを早いとこ挽き肉に変えてやりたい一心でとっついてたよ~。待ってたかい? んん~? ……えっ、ちょっと待ってたけど、そんなには待ってないって? ……もう~、嬉しいこと言っちゃって!! よぉ~し、それじゃ、今回は……君に決めた!! さぁ、行こうか「セシル」。「アイン」と「エイルス」、「ハロルド」と「チャーリー」、ここにはもういないあいつらにすぐ会うことになっちゃうだろうけど、それまでは愛してあげるよ~、もちろん、俺の愛でね!!』
ハハハ、と笑いながら左指の中指からリングを外し盾の先端部に差し入れる様に優しく突くと、ガシッとなにかが掴む感触を腕に感じたので左腕を上げる。すると、その盾の先端に『ガトリングランチャー』が取り付いていた。
先端に取り付いた黒い銃身の『ガトリングランチャー』を見ながら、コンテナの方へ身体を向ける。
『ガトリングランチャー』を使用する際には弾数制限などは解除され、弾数は制限されない無制限、ほぼ無限の限り撃つことができる弾数無制限状態となる。しかし、弾数無制限状態とはいっても『ガトリングランチャー』には二つの欠点がある。
一つは熱がこもることでの冷却されるまでの間使用不可の状態になってしまう『オーバーヒート』と呼ばれるモノで。もう一つは単なる過剰重量による運動性能に対する制限だ。
だが、この制限はレベル四桁に上げたケンジには問題はないので弱点は『オーバーヒート』の実質一つだけとなっている。
『お前らも待ったかい? えっ、そんなには待ってないから早く外に出せ? ……おいおい、せっかちさんだね、お前ら。ま、俺も早いとこ装備したいと思ったところなんだ。そういうわけで手早くしようか。こっちはもう早く身に着けたいんでね!! 俺をこんな
あぁ、もう辛抱たまらん!!と言いながら、ケンジは二つのコンテナを取ると腰に取り付ける。
ズシリと重い感触に身体が少し沈むような感覚に襲われるが、それはすぐに身体に馴染んだ。
『馴染む……っ!! 馴染むぞ……っ!! ……そうだ、俺はこの感覚を待っていた!! フハハハハ、ちょいとお祭りと洒落込もうか、お前らぁぁぁぁぁぁぁぁ!! フハハハハハハハ!!』
ばさりとマントを広げながらそう言ったケンジの姿はとても人だと思えない。
悪の幹部か、それに近いなにかを感じさせるものだったが、一つだけ言えることがあった。
彼は間違いなくヒトだ、と。
「……あっ、チーフ。……終わった?」
『……終わった?』
地下から戻るとケイトからそんなことを訊かれて、何を思ったのかケンジはフッと笑うとどこか格好つける様にポーズを決めて、こう言った。
『……いや。……たった今始まったばかりさ』
「いえ、マスター。そういうのは今はよろしいので」
『……あっはい』
いつもは反応してくれるレオナの反応が冷たいものだと感じると、ケンジはしょんぼりした様子で肩を落としながらカウンター内にある椅子に座った。
だが、ケイトはこれから何が始まるのだろうかとどこか期待に満ちたキラキラした瞳で見ていた。
……ただ態度には出してはいなかったが。
何もせずにただ座ったケンジに疑問を持ったようで、彼女は彼に質問をぶつける。
「……チーフ。……これから? ……それとも、もう始まってる?」
『……何が?』
ケイトの質問にケンジは訳が分からずに彼女に質問した。
だが、彼女も分からなかったのかただ首を捻るだけでその話は何が何だ分からないままに終わってしまったのだった。
「とりあえずではありますが、マスター。私とケイトの二人でこれから起こるであろう
「……スタンピード?」
『二人でやるんなら、出来ればエルミアがいた方が良いな。遠距離支援できる器用貧乏、あいつだけだし』
「ja。であれば、会う必要がありますね。……間に合うかは分かりませんが」
『そう言えば、……
「まだあるにはありますが、操作できる者がおりません。マスターが行われるのでしたら話は別ですが、そうはいかないでしょう?」
『……
「私も出来れば頷きたいところですが、出来れば乗らないでくださると。それに、私とケイトの二人のみとなりますと手が足りません。先ほど仰られた様に、エルミアがいれば、なんとかはなりますが、それでもきつい状況になるかと」
『きつい……ねぇ……? でも、モンスターのレベル、二桁だろ? 自分で言っててアレだけど、余裕余裕。』
レオナの種族は『ヒューマンEx+』で、ケイトの種族は『エレメンタリオEx+』、今話題に上がっているがこの場には居ないエルミアはケンジと同じく『メカノイスEx+』であり、レベル共に引けを取るようにはケンジには思えなかった。
「……あのですね、マスター。
『騎士団……? ……あ~、あの「刀剣こそが至高!! 重火器を使うなぞ騎士にあらず!!」とか言ってるらしい頭がいかれたバカどもだろ? ……それが?』
「マスター。冷静に聞いてほしいのですが。」
レオナは一旦言葉を切り、静かに息を吸うと言った。
「『騎士団』の練度はさほど高くはありません。」
『……はっ?』
「付け加えるならレベルが一桁の者が多数を占めます。」
『……なにそれ、ふざけてんの?』
そう言うと、レオナから視線を外してケイトの顔を見て確かめるように言った。
『なぁ、ケイト?』
「……ja。……なに、チーフ?」
『レベル一桁が多いって本当なの?』
「……ja。……マジ」
彼女の言葉を聞くとケンジは思わず頭を抱えた。
『……おいおいおい、ちょっと待て。レベル一桁が多数の軍団で二桁の軍団規模のモンスターを相手にするとか、バカとしか言いようがねぇじゃねぇか』
「ja」
ケンジがつぶやいた言葉に賛同するようにレオナは頷きながら答えた。
『それで、重火器を使用せずに刀剣での近接戦闘だと……? 何考えてやがるよっ。普通に考えて群れに飲み込まれて全滅して終わるだけじゃねぇか……』
「……ja。……ほんとその通り。」
ケイトの頷きにケンジはまぁ、たぶんやる気がないんだろうな、と思いながらもレオナに訊いた。
『なぁ。そいつらのこと放置してここまで退避して「タレット」に任せればどうにかなるんじゃね?』
「ja。どうにかはなるでしょう」
ですが。
「それだと『帝国騎士団』が壊滅、『帝国』は騎士団がいないために防衛戦力不足で滅亡する……と思われますが?」
『えぇ~、……放置すればいいじゃん~。助ける必要ないじゃん~。……近接戦闘で戦おうとするバカじゃん~。無理無理、絶対無理。というより、無茶だな。そんな連中を助けるって言うなら、お兄さんが許しませんよ。えぇ、許しませんとも』
「……チーフ。……でも、そうすると、人がいっぱい死ぬよ?」
『……「タレット」は?』
「あるにはあります。けれども彼らは使おうとはしないでしょう」
『なんで?』
「マスターの仰られる通り、彼らは騎士道精神を誇りにしているみたいですから」
『……ほんと、バカだな、オイ!!!』
呆れたという様にケンジはそう言うと、視線を外した。因みにここで話している「タレット」とは、『日常と閃撃の箱舟亭』に来る前で見た『ガンズタレット』とは別に、持ち運びを可能とした小型の銃座のことだ。なお、設置をすれば、迎撃を自動でやってくれるようにケンジたちプレイヤー七人で結成された最強の『メカノイス』プレイヤーギルド『旅団』が設計したモノを指す。
このことから察する人はいるだろうが、本来の意図とは全く違う使われ方をして遊んでいるのはご愛敬である。
『起こるかもしれない
まさかとは思うが、
『……俺らが何のために作ったのか、言ってないってことないよな?』
「まさか。……それこそ、ありえません。我が敬愛すべき主たる貴方様が何を思って御作りになられたか、それを知らぬ私ではありません。それにそれを伝えないということは貴方の従者としてあるまじきこと。もし、そうしていたならば私はこの身に刃を突き刺し、絶命していることでしょう。」
『……ほんとか?』
ケンジはレオナが抱く思いに、いやいや冗談だろそれ、と思いながらもレオナだったらやりかねんな、とどこか安心感に似た思いを感じながら、彼女に訊いていた。
彼の問いにコクリと静かに頷いた。
「ja。主たりうる貴方様に誓いまして。」
『……そうか。』
彼女の答えに、ほっと安心しながら気を落ち着かせる。
そうしていると、自身を指差しているケイトが目に映った。
何か言いたげにしているが、もうだいたい何が言いたいのか予想出来ていたケンジはあえて何も訊かなくていいかな、と思ったのだが、言わせてほしいのかキラキラした瞳でケンジの方を自身を指差しながらしつこく見てくるので、ケイトにも同じことも聞いた。
『あ~……、その、なんだ。ケイト、お前は言わなかったのか?』
ケンジがそう訊いた途端によっぽど嬉しかったのかぱぁと表情を明るくしながら答えた。
「……まさか。……だって、チーフたち、みんなが作ってたんだよ? ……言わないなんてことないよ?」
どこがそんなに嬉しいのかよく分からない子に育っちまったなぁ、と内心で考えるケンジを他所に訊いてもらえたことがよっぽど嬉しいのか、今まで見た中で非常に明るい表情になっていた。
表情表現を現すとするなら、キラキラと星が彼女の顔の周りに浮かんでいることだろう。
そんなケイトを他所にケンジとレオナの二人は今後どうしたものかを話し合う。
『……レベルが一桁の連中が多いってなると、きついな。残された期間が一か月でもそう簡単にはレベルは上がらんぞ?』
「ja。なれたとしても二桁いくかいかないか、という難しいラインでしょう。」
『そうだな。それに起きたら起きたで実際に来るとしたら二桁後半だろうな。……となると』
「無理ですね」
『無理だな』
せめて、重火器類が使えれば多少は生き残れる可能性があるかもしれないが、使わないで剣などの近接武器で戦うとなれば、生き残れる可能性はゼロに近い……というよりもほぼゼロだ。
万に一つの可能性で生き残れたとしても、拠点までに辿り着けるかどうか厳しいと言ったところだ。
『……せめて、重火器類を使ってくれたら、手伝わなくても良いんだが。』
「nein。そうでしょうが、それは彼らのプライドが許さないでしょう。」
『使わないプライド? 俺らでも、いかに早く殲滅できるかってお遊びで散々作っくて遊んだんだぞ。……騎士道精神なんざ助けもしてくれない神とかに食わせておけばいいんだ。』
「……
ぼそりと呟かれた言葉にケンジは勢いよくケイトの方を振り向いた。
『おい、ケイト。その神様は信じた分だけ救ってくれるから良い神様であって、そっちの方は言ってないから。俺が言ってるのは、何も救わなくて何も知らない美少女を戦乙女なんざにした挙句に勝手に死んだ
「……でも、勝手に消えってた人もいるよ?」
『俺か? 俺だな? 俺なんだな? 俺のこと言ってるんだよな?』
「……誰もチーフとは言ってないよ?」
『聞いたか、レオナ? ケイトって、怒ってないアピールしながら内心激おこぷんぷん丸ですよ。お兄さん、どうしたらいいのか分からないよ』
「……と、私に申されましても」
ケンジの助けにレオナはどうしたらいいのか分からないという様に困り顔になってしまう。
……そう言いながらも彼女はいつもの様にフードを被っていたので表情は分からなかったが。
レオナの言葉を聞いて、ケンジは、はぁ、と息を吐く。
『ケイト。お前にも言ったと思うがな』
「……スパルタンは死なない。……死ぬことがあったとしても、それはこの世界が終わった時。……だから、死ぬつもりはさらさらないけれども、もう会うことはないだろう。……だけど、またもう一度会うことが出来ら、その時はよろしく頼む。……覚えてるよ、チーフ」
何これ、公開処刑ってこういうこと言うの? くっそ恥ずかしいんだけど!! あぁ、穴があったら入りたいわ、くそぉ!!
内心で猛烈に言ってしまったことを後悔しながらふと、レオナの方へ顔を向ける。
すると、そんなケンジの心の叫びを悟ったのか、ニコッと微笑むように頭を傾ける……ように見えた。
『レオナ。ちょっと……』
「カッコいいですよ、マスター?」
『ウ、ウワァァァァァァァァァ!!! もう穴の中に入るぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! もう世界なんてどうなってもいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
幼児退行したかのような声を上げて、勢いよく立ち上がったケンジ。
そんなケンジを止めようかと思ったのか、レオナもすくっと立ち上がる。
だが、ケイトはなにも行動はせず座ったままだった。
そして、はぁ、と息を吐くと言葉を出した。
「……チーフ。」
いつもの様に静かに吐き出されたその言葉には何も効力はないただの言葉。
だが、ケンジたち二人はケイトの言葉に身体を止めていた。
「……私は怒ってないよ? ……むしろ、逆。……チーフは帰りたい一心で頑張ってた。……なのに、帰れらなかった。……それは、怒っていいと思うよ?」
だけど。
「……その事に怒らないで、また遊ぼうとするのに、私はほっとしたよ? ……だからね、チーフ。」
「……何も力がない私たちに、……もう一度だけ力を貸して。」
彼女はただ静かにケンジの顔を見ながらそう言った。
その言葉はただの言葉だ。
ただの言葉が故に聞き流すことも出来るだろう。
だが、ケンジは知っている。
言葉をあまり話さなかったケンジ以上に静かだった彼女がケンジに対して助けを求めている。
力を貸して、と。
あまり話したことがない彼女が、話すこと自体が少ないケンジに対してだ。
その助けを聞かなかったことにすることはケンジのプライドが許さなかった。
はぁ、ともう一度息を吐くと、先程据わっていた椅子に座り直す。
『女の子にんなこと言われちゃ、逃げるわけにはいかんだろ』
へッと笑いながら彼女の髪をわしゃわしゃと撫でる。
それは撫でるとは言わないほど力強いものであったが、彼女は心地が良いらしいからか目を細め、彼にされるがままにされていた。
『お前らのお兄さんに任せとけ。こう見えてもお兄さん、強いんだぞ』
「……あの、マスター。……非常に言い難いことなのですが」
言い難そうに言うレオナの方に視線を向けると、彼女は言った。
「マスターは、私達にとっては敬愛すべき主でございますので、兄とは言わないのではないかと思うのですが」
『……うん、知ってる』
そう言いながらも、ケンジはケイトの髪を撫で続けていた。
風が入らない室内に静かな風が吹いた。
どうしたものか。
『どうっすかな……』
ケンジとレオナ、ケイトの三人は外にいた。
三人のいる位置から少し離れたところには『日常と閃撃の箱舟亭』を守る様に建っているモノと同じ『ガンズタレット』が建っている様子が目に取れる。
遠くで見た程度でしかないが、特に老朽化で動かないというわけではない様だった。
・・・・・・・・・まぁ、老朽化の概念がこの世界で適応されていれば、日夜銃器の整備に駆られてしまうだろうが。
その点だけは、採用されなくて良かったと運営会社に感謝したいとケンジは思っていた。
もしそうなっていれば、パイルバンカーを動きやすくする為に右腕が油まみれになっていたことだろう。
「どうします?」
『「タレット」の射程を伸ばそうにもな……。衛星とかあれば調整するのは楽だと思うんだが、そもそもそういう概念、知らないからどうにもできないんだよな。』
「……衛星? ……何それ?」
『……ん? 気になるか?』
「……ja。……うん、気になる。」
『それじゃ、説明するか。……衛星ってのはな。簡単に言うと星の周りを回るちっちゃい星のことだ。』
知らないと言うケイトに分かり安い様に右手で拳を作って左の人差し指を右手の惑星に見立てた拳の周りを回らせて説明を始める。
「……? ……星の周りを回る星?」
『そう。星の周りを回る星だ。』
「……それって、今空に浮かんでる月とかもそう?」
ケンジの説明が分かったのか、ケイトは天高く浮かんでいる星を指差して、そう言った。
『よく分かったな。……そうだ、あの月とかも衛星だな。』
偉いぞ、と彼女の頭を優しくポンポンと叩いた。
彼女はそうされるのが気持ちいのか目を細めながらその感触を味わっていた。
だが、それは長くは続かなかった。
つい先日のことをケンジが思い出したからだ。
『……ちょっと待て。なんで知ってるんだ? 誰から聞いた?』
「……誰って? ……チーフたちからだけど?」
『待った。……俺、説明なんざしたことねぇぞ。……おい、レオナ。』
全く記憶がなかったケンジはレオナに確かめる。
彼女は少し離れた場所にいたはずだが、ケンジが呼ぶ声にすぐに反応したのか音を立てずにいつの間にかそこにいた。
「なんでしょう、マスター?」
何事かと二人の会話を聞いていながらもレオナはそうケンジに訊いてきた。
そのことに彼女が本当に自分の立場を弁えてるんだな、と改めて思うケンジであった。
『俺、お前らに月の事、説明したっけか?』
「nein。いいえ、全く。」
『じゃあ、なんで知ってる?』
「ja。それは、かつてマスターと『旅団』の方々が、迎撃をするのにどうするのが最適かについて話されていた時に『シャトル飛ばして、月に拠点作って、マスドライバーで隕石落とした方が早く済むんじゃね?』、としばしお話為されいたからかと思いますが。」
『……あぁ~、そう言えば言ってたな。結局、シャトル作るにしても作り方わからんから「ガンズタレット」作った方が早く済むんじゃね? って没になったって話。……よく覚えてるな。』
「マスターのお言葉を出来るだけ覚えていようとして覚えていただけですよ?」
クスッと笑いながら彼女はそう言った。
そんな風に笑う彼女を見ていると、ツンツンと横から誰かに突かれる。
そちらの方を見れば、少し膨れた表情をしたケイトがいた。
「……チーフ。……私も覚えてたんだけど。」
『そうか。……お前もよく覚えてたな、ケイト。偉いな。』
よしよし、と言いながらケンジはまたケイトの頭を撫でた。
そうされるのが気持ちいいのか目を細めながら彼女は彼の手を感じる様にしていた。
その様子を少し羨んだ様子でレオナが見ていた様にケンジは感じ、彼女の方を見てみた。
彼女を見た瞬間に、ふいっとレオナは顔を背ける。
その様子を見て、たまには甘えさせてやるか、とそう思うケンジだった。
だが、少しの間隔を開けて、彼女は少し焦った様子でケンジの方へ顔を戻す。
「マスターっ。」
彼女の珍しく焦った様子の声を聞いて、ケンジは今はその時ではない、と気持ちを切り替えた。
『……どこだ?』
「ja。距離三〇〇。数二八。……交戦中ですが、少し押されている様子です。……加勢しますか?」
確かめる様にレオナは訊いてくるが、訊かれなくともケンジの答えは一つだった。
『決まってる。遊びに行くぞ。』
「ja。」
『ケイト。』
静かにケイトに言った時にはもう既にケイトが背に着けているマントと短くなった緑の髪が揺らめく姿が見えた。
『
「あの子はいつも早いですよ、マスター。どこかの誰かさんに鍛えられていますので。」
ケンジが指示を出すときにはもう既にいなかった。
その事実をケンジが呟いていると、フッと笑うようにしてレオナが言った。
そう言った彼女に視線を向けながら、ケンジは言う。
『どこかの誰かさんって俺のことだよな? そうだよな?』
「さて、どうでしょう?」
クスッと笑いながらレオナは走り出す。
それってどうなのよ? と思いながら二人を追うようにしてケンジも駆け出した。
多くのモンスターが一人を囲み、多くと言ってもそれほど多くはないがせいぜい三十いくかいかないかという微妙なラインだが、囲まれた上に接近戦とは彼女にとっては非常にやりにくかったとは言っても、戦えないと言う程ではなかった。
両手に持ったハンドガンを器用にクルクルと回しながら一体、また一体ときちんと処理をしていく。
彼女の主たる人物ならば、適当に群れに突っ込んで群れをかき回すだけで事足りるが、彼よりも劣る彼女にはそれはできない。
一体ずつ。
見落とすことなく処理をしていくことが彼女のやり方だった。
だが、それでも隙が生まれてしまう。
弾丸がなくなり、新しい弾倉をリロードするほんの一瞬、その一瞬だけは彼女は見ることが出来なくなってしまう。
その一瞬の隙を突く様に、一体のモンスターが彼女の金属に覆われた胴を食い破らんと飛び掛かって来る。
避けるべきか、撃つべきか。
ほんの一瞬の判断が出来ず、モンスターの歯が己の身に近付いてくる。
だが。
触れるまであと僅かと言ったところでモンスターの胴は何者かの手によって弾かれる。
誰……?
モンスターを弾いた者が誰であるのか、それを知ろうと彼女はそちらを向く。
しかし、そうしている合間にもモンスターは休むことなく襲ってきた。
ゴウッ!! と爆風が舞うが、風が舞うよりも早くにモンスターは風から逃れようと身を躱す。
「……、……面倒。」
ぼそっと呟かれた言葉がどういった意味で呟かれたのかを知る前に、再びゴウッ!!と爆音を鳴らして豪風が舞った。
「ケイト。少しは加減をした方が宜しいかと思いますが? 踊りを舞うには適切でしょうが戦いの中で舞うのはどうかと思いますよ?」
「……大丈夫。……私がやられてもチーフがいる。」
「いえ、そういった意味で言ったわけではないのですが。」
難しいですね、とフードを被った白い影が言いながら、モンスターの首元を刈る様に手を突き刺していく。
チーフ……?
二人……厳密には一人だが、の会話から誰かを指すであろう懐かしい単語が耳に届いた。
その直後。
『遊びに行くとは言ったが、俺を置いて先に突っ込むなよ、ケイト。』
白いマントを羽織った白い金属に覆われた彼が、右腕の杭でモンスターの頭を穿ちながら現れる。
「110……。」
彼女はかつていた主の名前を呟いていた。
一瞬、後ろを向く様にしたが、すぐに前へと彼は視線を戻す。
『さて。祭りと洒落込みますか!!』
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