第2話 明緑の豪風
気を失ったトニーを肩に担いだケンジとレオナの二人はとぼとぼと歩いていたが、過ごしていた日々に空白があったとはいえ、二人の距離は近すぎず遠すぎないという微妙な距離感であり、二人にとってはこの距離感が合っていた。
恋人でもなければ、彼氏彼女の仲でもない。
単なる主従の仲だ。
しかし、そう言うのなら二人の距離はかなり近いと言えるだろう。
ただレオナはその事を分かっているのか気持ち一歩分、ケンジの右後ろに下がり、歩いていた。
……まぁ、それでも近くないか?と思う人はいるだろうが。
『……でだ、レオナ。』
「ja。なんでしょう、マスター?」
『その……、なんだ。最近、何か変わったこととかあるか?』
「変わったことですか?」
ふむ、と考え込むレオナであった。
その顔には先程降ろしたフードが掛かっており、彼女がどういった表所をしているのかまではケンジには分からない。
「そうですね。最近のことと申されますと、ケイトが近くに建国された『リシュエント帝国』なる国に属している帝国騎士団に入らないか、と声を掛けられて困っているらしいこと位でしょうか? あとは、そうですね。エルミアが少し小競り合いに駆り出されていることですかね。」
『さっきも帝国がどうとかって聞いたな……。なんだ、その、「リシュエント帝国」って。』
「マスターもご存じでしょうが、人が集まれば人は何かを求めます。権力、地位、武力、エキセトラエキセトラ……。『リシュエント帝国』もそういったモノです。」
『つまり、あれか?一種の集合体みたいな。』
「ja。流石ですね、マスター。」
彼女はそう言いながら手を叩いてみせる。
彼女の顔はフードをしているためにどの様な顔をしているのかケンジには分からないが、恐らくは笑顔で言っているのだろう。
たぶん。
きっと。
メイビー。
『となると、ケイトは面倒に巻き込まれてるのか。……なんでそうなった?』
「ja。恐らくは店を離れない私よりも外出する機会が多いケイトの方が声が掛けられやすいと判断したからではないかと。」
『外出? ほとんど無口のアイツが?』
「マスター。そうは仰れれますが、彼女は貴方よりかは話しますし、外界との交流は盛んに行っていますよ?」
『言うなよ……。』
それには話せば長くなる理由があるんだよ、とケンジの背中は物語っていたので、レオナはそっとしておくことにする。
『……ん? ちょっと待て。』
「ja。どうかなされました?」
『ケイトの状況は分かった。……エルミアが巻き込まれた小競り合いってのはなんだ?』
「まぁ、なんと申しましょうか……。『ヒューマン』の中でも差別する人間はいるでしょう?」
『よくいるな、そういうの。』
「端的に申せば、『ヒューマン』と『メタノイス』の差別化が表面化して戦争になりつつあり、その手助けと申しましょうか。」
『……。』
人間社会だとよくあることだが、そんな差別問題がここでもあるのか、厄介だな、と内心で思いながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみることにした。
『で、お前は?』
「私ですか?」
『そりゃ、お前しかいないだろうよ。最近どうしてる?』
ケンジの言葉にレオナはフフッと柔らかい感じで微笑んでみせたかのような声を出した。
「私の大切な主の帰りを一人で待ってました。」
彼女の言葉を聞いた瞬間、ケンジの足が止まった。
二人を包むかのように風が柔らかく静かに吹いた。
なんと彼女に言えばいいのか、ケンジはそう思いながら、レオナはこれほどまで流暢に話したかと疑問に思っていたが、ここがゲームではなく、ゲームの世界を題材とした現実であるなら、と納得した。
どこか恥ずかしく思いながら言葉を返した。
『言ったろ。俺は……。』
「『スパルタンは死なない。たとえ死ぬことがあったとしても、それはこの世界が終わった時だ。もし会う機会があったらその時はよろしく頼む』、でしたか?」
合ってます? とケンジに訊きながらレオナはケンジの前に出ると、顔を覗き込んだ。
ケンジの顔は鋼鉄の装甲に覆われているため、どんな表情をしているのかレオナは知ることが出来ないが、その時のケンジの胸の中には穴があったら入りたいという恥ずかしいことをしてしまった、という後悔の念に満たされていた。
「それで如何します、マスター?」
『……その、……まぁ、……なんだ。』
「ja。」
彼女はケンジの言葉を静かに待った。
もうこの時点でケンジは逃げたい一心であったが、彼にはそうする選択は出来なかった。
『お手柔らかにお願いします……。』
「ja! 喜んで引き受けましょう、
そう言いながら、彼女は差し伸ばされたケンジの手を嬉々として手に取ると、微笑んでみせるように頭を傾けたのだった。
……その顔はフードに隠れていたが。
どこか懐かしを覚える我が家である『日常と閃撃の箱庭亭』に足を踏み入れると、ケンジは肩からぐったりと気を失ったままでいるトニーをその辺に適当に布を敷いただけの台の上に寝かせながら、店内を見渡した。
店内は清掃が行き届いている様子で埃はおろかゴミ一つ身渡らない見事に手が行き届いていると感じさせるものだった。
苦労を掛けたな、と思ったケンジはレオナがいる方へと身体を振り向けせると、ちょうど、掃除道具を手に持った彼女が目に留まったのだった。
『……掃除か?』
「ja。私見ではありますが、汚れが少し目立ちますので。」
『別にいいと思うが?』
「nein。そういうわけにはいきません。常日頃に綺麗にしておかなければ、汚れが目立ちます。汚れが目立つということは、店内がいかに汚れているかということになり、その汚れは店主たるマスターに対する評価にもなります。ですので、気が付いた時に綺麗にしておかなければいけないのです。……分かりますか?」
『あ~……分かった。』
では、少し掃除をしていますね?と言いながら、レオナは掃除道具片手にどこかへと消えたのだった。
……消えたと言っても別に店内から外へ出たわけではないからいいか、などと思いながらケンジは自分の定位置となっているレジが置いてあるカウンター向こうへと歩いていくと、カウンターに置いてある椅子に座るのであった。
そして、何も考えずに何もないはずの宙を手で突くと、そこに小さくポン、と音が聞こえるのと同時に一つの画面が現れたのだった。
その画面には相も変わらず、現在の時刻のみが表示されているだけで、今が何年の何時かなどは分からないのだった。
分かっていたと言え、その事実にはぁ、とため息を吐くと、店内にいるはずのレオナに訊く様に大きな声で言うのだった。
『レオナ。今いいか?』
「ja。なんでしょう?」
どこか遠くで聞こえる彼女の声にどうやってそこに行った?という問いを喉から出さずに疑問に思ったことを訊いたのだった。
『あれから、どれ位経ってる?』
「あれからとは、マスターが『ニヴルヘルム』へお遊びに行かれてから、ということでよろしいでしょうか?」
『ああ、そうだ。』
遊びに行こうと思って行ったんじゃないんだが、という言葉は飲み込んだ。
「そうですね。マスターが教えて下さった月日の計算からしますと……千、……百年ほどでしょうか。」
『おい、なんで切った。』
たぶん彼女の気遣いなんだろうな、と思いつつもそう訊かざるを得なかった。
実際、そう言ってしまったことを謝罪するように彼女は棚向こうからこちらを覗き込むように顔を出すと、こちらの方へ歩いてきて頭を下げたのだった。
「すみません、マスター。少し理解が追い付かないだろうなと愚考した次第でありまして、何卒。いかなる処分を受ける次第であります。」
『いや、そこまでしねぇよ。趣味でもないしな。』
「そう……ですか?」
『……俺がそういう野郎って誤解を与える言い方はやめてくれね? 泣くぞ、俺。』
「ja。なるほど。マスターが泣かれる姿は少し興味が……ゲフンゲフン。主に泣かれるとあっては従者としては主の資質を問われるモノになりますので、謝罪します。申し訳ありません。」
『おい。一瞬、本音出ただろ。……なぁ、おい。』
「はて、何のことやら?」
こいつ……。
内心でそう思いながらもケンジは考える様にただ呟いた。
『千年……。たった千年か?』
「ja。正確には千百と数年ですが。」
『……それだけか?』
「ja。それだけです。」
レオナの言葉にケンジは嘘だろ、と思いながら訊いたのだが、彼女はケンジの言葉を理解した上で言っていたようだった。
彼女の言葉にケンジは頭上を仰いだ。
『たった千年ぽっちで他の連中の記憶からは綺麗さっぱりいなくなるってか。あ~……、泣けるねぇ……、。』
「人という枠から外れなければ、記憶することも出来ないでしょう。ケイトやエルミア、私などは枠からすでに外れておりますが。」
そうどこか悲しげに呟かれた言葉にケンジは言葉を返した。
『怒っているのか。転生させて「エクスヒューマン」になぜさせたのか、と。』
「私が、ですか? 最愛たる
彼女はそう言うと、今まで被っていたフードを取り、ケンジの顔を見た。
彼女の碧い瞳には人の姿とかけ離れている鋼鉄に覆われた姿で、人のモノとは到底思えない薄黄色いアイ・ガードをしている姿が映っているのがケンジの目に見えた。
彼女は彼女にしては珍しく……とは言っても再会してからだが、怒った様子でケンジに口にした。
「それは誤解です、マスター。もし、怒りをぶつけるとすれば違うことでしょうが、貴方は別れる際に私たち一人一人に言伝を言ってから行かれました。ですので、貴方に対して怒りを覚えることなど何一つございません。あるとするならば、また貴方と再会できる命を与えて下さったことに対する感謝の気持ちのみです、マスター。」
『そうなのか?』
「そうですとも。」
ですから、と言って彼女はその場でくるりと身体を回すと、スカートの部分の裾を掴んでケンジに頭を下げる。
「遅くなりましたが、……よくお帰りなられました、マスター。我が命、貴方と初めて出会い、言葉を交わしたその時から尽くす限りでございます。どうか、貴方の従者たる私めにお指示を。」
『分かった、分かったよ。よく分かった。』
彼女に降参したかの様に言うケンジは何かを思い出したかのように言ったのだった。
『なら、一杯、茶でも飲みたいから入れてくれ。』
「そのようなものでよろしいので?」
『今は飲みたい気分なんだよ。』
「ja。であれば、喜んで入れましょう。」
私の腕によりを掛けましてとどこか自信を入れた様子のレオナに少しは甘えさせてやるか、と内心で決心したケンジであった。
『で、改めてお前に訊くんだが。』
「ja。なんでしょう?」
不味いなこの茶何処のだよ、と内心不満を零しつつ、ケンジはレオナに改めて訊くのだった。
ただ彼女は不味さ等どこ吹く風といった様子で飲んでいるので、不味いと思ったのはケンジだけかもしれない。
……ちなみに、飲めないはずのケンジがなぜ飲めているのかと言えば。
『ゲーム』でもう既にお馴染みとなったバグの一つ、
……なぜ、土遁バグが発生しているのか等は気にしないでいただけるとありがたい。
というより、気にしてはいけない。
気にしてはいけないのである。
『トニーの反応見て気付いたんだが、お前って結構有名だったりする?』
「どうですかね? 自分がどれほど有名なのかなど気にすることではありませんので気にしたことなどありませんが。個人的に言わせてもらうのでしたら、従者の立場である私が有名になるより、何故主人たる貴方の名が知られていないのか疑問なのですが。」
『気にしたことないのか。』
「ja。肯定です。と申しましても、店に来られた方に仰ぎ見られたことがある程度ですので有名であると自慢するほどではありませんね。」
『いや、それ有名って言うと思う。』
仰ぎ見られたというレオナにケンジはツッコミを入れざるを得なかった。
だが、彼女はケンジの言葉の意味が分からないのか、ただ首を傾げるだけだった。
「有名なのですか?」
『相当名が売れてると思うぞ? というより、だ。何した、お前?』
「何をしたか、と訊かれましても。マスターが御聞きになれば首を傾げるだけかと。」
『えっ、そうなの?』
ケンジの疑問の声にレオナは頷いた。
「ja。ごく稀に発生する『
さも当然だというレオナの言葉にケンジは首を振って答えた。
『何言ってるんだよ!! 十分立派なことじゃねぇか!!』
「そうですか?」
『ああ!! 自分だけでやるならまだしも自分の手だけじゃ全然足りねぇから人の手を借りてんだ!! 十分立派だ!!』
立派だと言われたことに彼女は少し照れたように頬を掻いた。
「で、ですが、マスターはお一人で対処できますよ? それに比べれば、私など……。」
『バカ野郎!!』
ドンッと勢いよくテーブルを叩きながらケンジは言った。
『一人で群れ相手に遊ぼうと戦う大バカ野郎と比べて何考えてる!! お前は自分の手に余るから頼った。……そうだろう!!?』
「j、ja。ですが……。」
『ですがもクソもあるか!! 自分のしたことに誇りも持てねぇのか!! 俺の従者はそんなことすら分からないわけじゃないだろうが!!』
「……nein。分かります、マスター。」
『だったら、誇りを持て。それに感謝されればどんなもんだって胸を張って応えろ。……それとも胸を張れないことをお前はしてるのか?』
「nein。いいえ、しておりません。我が主たる貴方の名に誓いましても。」
『フッ。だったらいい。』
ケンジは内心ほっと安堵しながら、不味いと思った茶に口を着けるのだった。
その時、気を失っていたトニーががさごそと身体を動かす音が聞こえたので、そちらの方へ二人は視線を向けるのだった。
「うっ。……うぅ……。」
「おや、目が覚めましたか。」
『起きれるか?』
「こ……、ここは……?」
「ja。状況の把握が先決と判断します。マスター?」
説明が先だというレオナの言葉にケンジは頷くとトニーに説明した。
『ああ。……ここは「日常と閃撃の箱庭亭」。つまるところ、俺の家ってわけだな。……一杯飲むか?』
簡単な説明をしながらトニーに茶が入ったコップを勧める。
「あっそうですか……。これは失礼。いただきます。」
礼の言葉をケンジに向け、彼は茶を啜る。
その様子を見てこんな不味い茶、よく飲めるなコイツ、とどこか感心した様子で見ていたケンジだったが段々と彼の表情が青くなっていくのを見て、考えを改めた。
ああ、こいつは単に無理してるだけだ、と。
無茶は勧められないが、無理であればどうでもいいか、と考えを放置してトニーに訊いた。
『で、トニー。お前はなんであそこにいた?』
「……へ、へっ? ……な、なんでしょう?」
コップを置かずにまだ飲むトニーに茶を置けとジェスチャーで伝えながら、水が入ったコップを渡した。
彼はケンジから渡されたモノが水だと分かると一気に飲んだ。
その様子を見て、ああ、やっぱり不味かったのか、とケンジは言葉には出さずに内心で思っていた。
そして、水を飲み終わると、トニーは話を切り出した。
「ぷはぁ~。生き返りますなぁ!! あのような茶は他の客人には出さぬ方が良いですぞ、シエラ殿!!」
『……あ、ああ。気を付ける。』
その茶、俺じゃなくてお前の前にいる
レオナから殺気のようなモノが出始めたのに気が付かないトニーを思ってもう一度、ケンジは同じ質問をした。
『……でだ、トニー。……お前はなんであの場所にいた?』
答えはたぶん一つ、『自分の畑を見に行っていた』とか言うのだろうな、と思いながらケンジは彼の言葉を待った。
「それは、自分の畑を見に行っただけですよ。まさか、モンスターがいるとは思いませんでしたが。」
『……成る程な。……了解だ。』
「待ってください。モンスター? ……ダンジョンでもない場所なのに、ですか?」
慌てた様子で訊いてくるレオナに対し、ケンジは落ち着かせるように言った。
『この辺でどんなモンスターが出てくるのかは分からんが、俺が見た感じだとレベル二桁後半だったな。恐らくは「
「ですが、マスター。『
『だからだろうが。別に「
「nein。違くはありません。
『そういうことだ。……遊べるかどうかと言えば、……全然遊べないつまらない状況だがな。』
そう言うと、ケンジはトニーの方を向くやこう言った。
『……動けるか、トニー?』
「へっ? ……え、えぇ、動けますよ?」
『ふっ、重畳、重畳。そいつは良かった。……なら、今すぐで悪いんだがお前が言う「帝国」の方にちょいと知らせてきてくれないか?』
「なにをです?」
話の流れがよく分からないというトニーに対してケンジはふっと鼻で笑うと、外を見る様に窓を見た。
その窓には陽が高く昇ったのか明るい様子が目に映った。
『……ちょいと騒がしくなるんで外には出るなってな。』
ケンジの言葉にトニーは目をぱちくりと瞬かせたが、レオナは、「ああ、この人は……、全く。」と言いたげに額に手を置いていた。
離れていくトニーの背を見送りながら、ケンジとレオナの二人は互いの顔を見ずに言った。
「よろしいのですか?」
『何が。』
「今はあの頃と違いますよ? 死ねば自身がどうなるか分からないのですよ?」
『ふっ、死なないさ。』
「ですがっ。」
ケンジの方を勢いよく振り返りながらレオナは言う。
だが、ケンジはその彼女の反応に何も反応はせずにただ言っただけだった。
『レオナ。こうしてると、昔を思い出さないか? あの頃はお前はただ静かに言うだけだった。それを見て俺は感じたよ。……「ああ、この世界はまだゲームなんだな」ってな。』
だが。
『今のお前は、あの頃よりかは随分とお話上手になってる。俺としては嬉しいと思うか、悲しいと思うかちと難しいけど。』
「それはどういう……?」
意味でしょうか、と訊こうとするレオナにケンジは人差し指を彼女の口元に優しく当てた。
『だからこそ、言うのさ。「
「……マスター。」
呆然とした様子で彼女は言う。
その様子を見るや、ケンジは「うわっ、これクソ恥ずかしいな、オイ」と内心で思っていた。
声には出してはいないが、レオナはケンジの内心を悟ったのか微笑んだような声を出すと、彼に言った。
「……であれば、貴方の従者としてその時が来るまで共にいることにしましょう。貴方のお傍に居させて下さることをお許しいただければ、ですが。」
『……いいのか?』
「私のほかに貴方の従者たりえる者が居れば、話は別ですが?」
そう言った彼女の言葉に、フッと彼は笑った。
『そりゃいいね。最高だ。』
「それでは……?」
彼の言葉を訝しげに彼女は問うと、彼は彼女に手を差し伸べて答えた。
『……地獄に付き合っていただけますかな、お嬢さん?』
彼の問いに、彼女は彼の手を取り、頷くと答えた。
「ja!! 喜んで!!」
彼は彼女の方へと身体を向けながら、自由が効くもう片方の手で頬を掻いた。
『俺の記憶違いかな……。なんかノリがすげぇいいんだけど。』
「nein。記憶違いではありませんよ? ……私は貴方の従者であり、貴方の付き人たる従者は私です、マスター。」
『そう言われると、そうかとしか言えないんだが。』
「でしたら、今まで留守にしていた分、……楽しまれますか?」
『遊びを?……「ニヴルヘルム」の連中でも、『ヴァルハラ』の連中でも、遊べなかったのに?』
「ほぅ、それは初耳ですね。『不可侵領域』と定めたエリアでもマスターの手に余ったので?」
『そう言えば、言ってなかったっけか。……全然、遊べなかった。もう少し手応えがあれば遊べたんだが。』
「遊びで思い出しました!!」
パンッと、勢い良く両手を叩くと、心配した様子で彼女は彼を見た。
「いつも盾に付けている……あの銃器!! あれはどうしたのですか!?」
『あぁ、「ガトリングランチャー」か。あれは
「では、背中に取り付けていらっしゃる二つのコンテナは?」
『一つは熱がこもらない内にと思ってぶち込んだ。もう一発はトニーのやつが襲われたんでちょいと助けるために撃った。ちなみに空のコンテナは要らないんで破棄してきた。……そのうち誰かに回収されるだろ。』
「ですがっ。」
『別に空になって少しへこんだ
「あの方々は少し理解が出来ない乏しい頭脳の持ち主だっただけで、マスターのことを笑っていたわけではないと思いますが。」
フォローが優しいねぇ、と彼女に内心で感謝していた。
そして、頭上を見上げた。
雲が一つもないことにいつも通りか、と思いながら、ふと感じた違和感に眉をひそめた。
彼の様子を不審に思った彼女は周囲を警戒する。
違和感はすぐに分かった。動く事が少ないなにかの機械が動き出す機械音が聞こえたからだった。
すると、遠くの方で爆音が聞こえた。
『……聞こえたか?』
「ja。離れたポイントですね。起動した『ガンズタレット』が一機のみで、尚且つ音が静かということは少数、ということでしょうか。」
『そうなるな。……上がるか?』
「ja。上がれと仰れば喜んで上がりますが?」
そう言いながら、レオナは片手を大き外側へ振った。
すると、上着の裾から一丁の銃が出てきて握っていた。
見た目は銃に近いが、なにかを巻き取る様に取り付けられているトルクと杭に似たモノが先端に取り付けられている様子からそれは銃とは言い難いモノだった。
『分かった。それじゃ、言い直そうか。……上がってこい。』
「ja。その命、ご存分に。」
そう言うと、近くに建っている『ガンズタレット』に向かって駆け足で走っていく。
だが、彼女の足音は全くと言い程聞こえなかった。
そして、銃を上に構えると、躊躇することなく打ち出された。
打ち出された杭は風の抵抗をもろともせずにただ天に向かって行くのみで、その姿はやがて見えなくなる。
見えなくなったと同時に彼女の身体は、グイッと何かに力強く引っ張られるように上へ、ただ上を目指していく。
その様子を見てケンジはハッと息を吐く。
『……暇つぶしに「ワイヤーアンカー」作ったら、
懐かしいな、と思いながら左手の薬指に盾から伸びたワイヤーを通したリングを通すと前を見た。
『さて、と。ちょっくら遊んでくるか。』
遊ぼうにも遊べないだろうがな、と内心で思いながら、まだ爆音が響く方へ向かって行くのだった。
レオナが上がり、ケンジが向かい始めた頃、爆風が舞い上がった所には、一人の女性と、その女性を取り囲んでいるモンスターたちがいた。
取り囲まれていることは事実であったが、彼女の顔には全く焦った様子などはなかった。
いや。
ただ、そう見えただけかもしれないが。
「……、……っ。」
ゴウッ!! と強い風切り音と共に打ち出される拳は弾丸の様に早く、大砲の様に高い威力を持ってモンスターの上半身に食い込み、一体ずつ屠っていく。
その様子を見れば、襲われているのではなく襲っているのでは? と勘違いされそうな光景であったが、彼女は紛れもなく襲われていた。
「……っ。……しつこいっ。」
多くのモンスターに襲われながらも彼女にはまだ焦った様子はなく、拳を振りながらモンスターの群れを倒していく。
そんな彼女の遥か上空で、白い煙を出す弾が宙を飛んでいた。
しかし、そんなことにいちいち反応しているだけの余裕は彼女にはなかった。
一体、また一体と勢いよく放たれた拳はモンスターの胴を捉え鋭く穿っていく。
ただ、ケンジが使うようなパイルバンカーなどという道具はないため、拳を保護していた『ナックルガード』に僅かながらではあるがヒビが入った。
そのヒビを見て彼女は舌を打った。
あの人が作るモノであればヒビなんて入らないのに。
無償で贈り物として送るんだったらせめてヒビが入らない様にしてくれたらいいのに。
「……面倒っ。」
そう言うと『ナックルガード』をモンスターに投げ捨てるのと彼女がいる位置に近付いてくる様にモンスターの群れに誰かが斬り込んでくる気配がした。
そちらをチラリと見る。
『……おいおい。……絶賛モテモテ中じゃねぇか。……俺、必要か? ……誰かは知らんが、……一応、手を貸すぜ?』
白き鋼鉄に身を包み、白きマントを背につけて、左腕には大盾、右腕には長く太い一本の杭がある。
何も知らなければ、悲鳴を上げるところだろうが、彼女はその人物を知っていた。
……別れた時よりか見た目が少し軽くなっていた様子だったが。
「……頼める、チーフ?」
『……やれなくもないな。……と言っても負けるつもりもないが。』
そう言いながら左側から襲ってきたモンスターからの攻撃を盾で防ぐと、右腕に装備している杭で穿った。
『……あ~、クソ。……一発で終わっちまう。……だから、地上は遊べなくて嫌いなんだ。』
そう言うと、彼は彼女に背を向けた。
彼女も彼と同じように背を向けた。
互いに背を向け合う。
簡単な様に見えて簡単ではない。
これには互いを信頼する関係でなければ出来ないことだ。
どこか昔を懐かしむかのように彼は鼻で笑った。
彼女もまたどこか懐かしさを感じたのか微笑んだ。
二人の構えにモンスターたちは襲い掛かった。
すげぇな、コイツ。
内心で感心しながら一体、また一体を右と左、両腕に付けているパイルバンカーで穿っていく。
戦いの様子を見てどこか懐かしさを感じたケンジであったが、昔の彼女とこの女性……恐らく女性は違うモノだと思っていた。
何故そう思うのか。
昔の彼女は髪を短く切り揃えており、長かった部分などなかった。
だが、この女性は髪を長くしているのか、ほぼ毛むくじゃらの様に思えるほど顔が隠れるまで髪を伸ばし、それを整えることなくぼさぼさと雑になっていた。
ケンジが覚えている限り、この髪色でケンジのことを『チーフ』と呼ぶのはただ一人しか思い浮かばない。
……まぁ、プレイヤーであれば、ほとんどの者は『チーフ』と呼んでいたのだが、その様に呼ぶ者はほとんど
拳を振る度に、ゴウッ!! と唸りを上げて振られる音を聞いていれば、彼女しかいないと思うのだが、どこか決めつけたくない自身がいるのもまた事実であった。
この緑色の毛むくじゃらが自身のサポートキャラクターであるなどと誰が予想し、サポートキャラクターであることに喜べるものだろうか。
せめて、髪を切って当時見た様に髪が短かった頃に戻ってくれたら分かるのにな、と思いながら残り少なくなったモンスターの胴を穿った。
『……やっぱり、地上のは弱くて全然遊べねぇや。……せめて、もう少し強かったらな。』
素直に思ったことを口に出して言った。
その時、少し離れた場所でモンスターの断末魔が聞こえた。
おや? と不思議に思いながらそちらを見ると。
「やはり、地上のモンスターはレベルが二桁に達したか、達さないモノが多いですね。マスターに言わせてもらえば遊べなくてつまらない、といったところでしょうか。」
『三桁いけば少しは手応えあって面白いから地上は地上で楽しいぞ。……今は遊び道具なくてつまらないけど。』
「成る程。」
ケンジの言葉にレオナは頷くと、もう一人の方に顔を向けた。
「それで、ケイト。貴女の方は終わりましたか?」
「……nein。……ううん、……全然終わってない。」
「でしょうね。まだ『騎士団』も弱いですから、強者にはいてほしいと思いますよ? ……私ならば、即刻潰して姿を消しますが。」
「……手伝ってはくれないの?」
「時々手伝ったりするのは構わないのですが、隊に入っての活動となりますと話は変わりますよ? 私は私で守らなくてならない所がありますし。」
「……そう。」
一旦会話が切れたであろうところでケンジも話に加わる。
『……結構、やんちゃだねお前。』
「ja。組織などには縛らなれない生き方をしていたお方が目の前におりましたので。」
『……俺、そんなにやんちゃじゃねぇよ?』
「おや、そうですか? では、私の勘違いでしょうか? 特に組織でも何でもない集まりである『旅団』の方々の中でも厄介者などと言われていた気がするのですが。」
『あ? 誰だそれ?』
「さて? 堅い装甲を持つモンスターがいれば、『装甲が固くて攻撃が通らない? いいか、逆に考えろ。パイルバンカーで一か所だけをとっつけば倒せるんじゃないか、と。』と申された上にそれをきちんと実行して倒されるお方がいらっしゃったと思いますが。」
『こえーな、そいつ。』
「えぇ、本当に。」
「……チーフ。……それ、チーフのことじゃないの?」
『……いやいや、流石の俺でもそんな無理はしねぇよ。……堅い装甲にパイルバンカーでとっついてありったけの爆弾仕掛けて離れて、自爆覚悟でもう一回とっつく位はするけどな。』
ハッハッハ、と笑いながらふと気が付いた様にケンジは言った。
『……それはそうと、あんた誰だ?』
「……。」
「……えっ?」
ケンジの疑問の言葉に二人……厳密には一人と毛むくじゃら一体は固まってしまった。
その事にケンジは言葉が出なくなってしまった。
『……い、いや、俺の知り合いにあんたと同じ戦い方するヤツはいたけど、……そいつはあんたみたいに毛むくじゃらって程にはなってなかったと思ってな。』
「……。」
「……あの、マスター。」
レオナは非常に言い難そうにケンジに話しかけた。
「この人、ケイトですよ?」
『へっ? ケイト? ……ハハハ、ゲイリー!! ……んなことあるか。いくら冗談でも笑えないぞ、そりゃ。』
自分の記憶の中にいる彼女と目の前の緑色をした毛むくじゃらが同一人物だと言われて、ケンジは悪い冗談にしか聞こえず受け入れることが出来なかった。
その事が現実だというのが言い難いのかレオナは気まずそうな顔をするだけだった。
そのレオナの状態を見てケンジは大まかにではあるが真実を悟った。
おそるおそる緑色の毛むくじゃらに確かめてみる。
『……お前、ケイトなの?』
「……ja。……久しぶり、チーフ。」
肯定の言葉を聞いてしまいケンジは現実を受け入れられずに固まった。
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