第1話 静寂たる白銀の従者
かつてという程ほど昔ではないのだが、『ギガンティック・スペイサー』というゲームがリリースされて数週間が経過したある日、『プレイヤー』の一人であった『ケンジ110』は、その日もいつもの様に遊びで稼いだお金を使って家を購入し単なる暇つぶしで開いた店である『日常と閃撃の箱庭亭』のレジに肘をついて呑気に座っていた。
『……暇だな……』
その日もいつもの様に暇ではあったが、まだ人がいてそこそこ忙しい時間帯になっても人は誰一人来なかった。
たまにはこういう日もあるか。
そう思いながら、何もない宙をそこに何かがあるのが分かっているかのように手で突いた。
そして、一つの画面が現れ、ケンジはサッと流しながら目で追った。
追ったところでログインして確認してから新しい情報は何一つなかったということに気が付いた。
ふと、頭上を見る様に上を見た。
だが、そこには当然のことながら何もなかった。
その事にケンジは疑問を抱いた。
いつもであれば上を見れば現在の時刻が確認できたのだが、今は時刻が確認できなかったからだ。
おかしい、とケンジは感じたが、何か問題が起きれば運営が対処するから別にいいか、と気楽に考えていたからだった。
そう、その時はまだ。
それから、暫くして、ログアウトが出来ないログアウト不可能という事態が分かり、『プレイヤー』たちは混乱した。
その後、ケンジ達、『メカノイス』を『プレイヤーキャラ』に設定している者たちは狂喜乱舞した。
……というのは別の話。
そのからしばらくして、クリアをするための『未踏ダンジョンアタック』という作戦が行われたが、どの『ダンジョン』もはずれであった。
そのため、『プレイヤー』たちはどうしたものかと悩み始めるのだが、ケンジだけは違った。
それがここに来るまでの経緯だったはずだ。
そこまで思い出して、ケンジはふと疑問に思った。
なぜそこまで明白に記憶しているのか、ということに。
そう疑問に思うのとほぼ同時に他の疑問が脳裏に浮かんだ。
ここはどこだ、ということを。
自分の意識ははっきりとしている。
『ニヴルヘルム』よりも下、最下層に当たるエリア、『ヴァルハラ』。
『不可侵領域』と呼ばれるエリアに踏み込んで、『ボスラッシュ』に遭い、多くのモンスターと戦った。
その後、『
なんかドロップアイテムになんかロマン溢れる名前が付いているけど使いにくいとしか思えない長槍を手に入れたのも覚えている。
そして、その長槍をいらね、と言いながら『アイテムボックス』の中に入れたのも覚えている。
その後にあの忌々しい隻眼クソ爺が出てきた扉を開けて部屋の中に入ったということも覚えている。
だとすれば、残された選択肢はゲームではない現実に帰って来たというもの以外にはないわけだが。
そう思ってケンジは瞳を開けた。
すると、目の前にはつい数分前に入った時と同じ暗い空間があった。
その光景を見て、いやいやログアウト出来てませんでしたとか冗談にもほどあるべ? と思いながら、手元を見た。
そこにはヒトの皮膚に覆われた手はなく、慣れ親しんだ鋼鉄に覆われた手があるだけだった。
『……ねぇよ……』
ないわー、と思いながら呟かれたその言葉も普通の口から発せられた声とは思えないただの音声だということにケンジは肩を落とした。
そうは思わなくとも、目を開いた時に普通の人がいる光景ではなく、どこが黄色がかった色がある時点でもう既に気が付いていたのかもしれなかった。
自分がまだここにいたということに。
はぁ、と息を吐くと、ケンジは自分の寝床として使っていた『日常と戦戟の箱庭亭』へと戻るため、地上世界に戻るために元来た道を歩き始めるのであった。
とぼとぼと肩を落とし、恐らくはこちらだろうと大体の間隔で地上へと出て来て、白い金属に覆われた身体を揺らしながら、ケンジは太陽が昇っているのどかな整備された道を歩いていた。
いくら『プレイヤー』が遊んでいたとは言え、道を整備したわけなどあるはずがない。
道を整備するということは誰かがその道を使うということであり、それは遊びではなくれっきとした仕事だと言える。
誰かが使うということはそこは使いやすい様に誰かが整備しなければいけない。
整備しなければそこに道というモノはあるはずがなく、雑草が生えた獣道となっているはずだからだ。
その事にケンジは首を捻って考える。
遊んでいた『プレイヤー』のうち、本気で遊んでいたのはケンジを含め七人だけだ。
その七人のうち、仕事になりそうな遊びをしていたのは……、ゼロだ。
約一名、『カッコいいだろ? ……なぁ? カッコいいよな? ……おい、他所の方に顔向けるなよ。こっち向けよ。……あの、お願いですから、こちらの方に顔向けてくれませんか?』とどこか可哀そうな扱いをされていた男が遊びで重機を作って遊んでいた様な気がする。
重機とは簡単に言ってしまえばショベルカーなどだ。
重機が出来たなら折角だし、岩盤を砕く『ブレーカー』でも作ってやるか、と思い作ったは良いが、使えるようにするまで時間が長くかかってしまったということを思い出す。
『削岩機って言っても、パイルバンカーと同じだろ? ……だったら余裕余裕』、と思って制作に取り組んだのが全ての原因だった。そう思わないで、普通に『んなもん、何も知らない素人が作れるわけねぇだろ。バカか? あぁ、悪い。バカだったな、お前』と言って突き返していれば良かったのだ。
人は時々、気分に身を任せてしまう。
昔にそんな周りの流れに合わせて頑張って遊んでた時が懐かしいな、とふと思って道外れを見た。
すると。
「た、助けてくれ!!」
何やら生活臭のする服装をしている名もなき村人がモンスターに襲われているのが目に留まった。
ケンジは一瞬、助けに行こうと動こうとする足を地面に縫い留めた。
助けに行ってどうする?
助けに行ったところでモンスターと同じ扱いをされるだけだ。
そうだ。
それに自分が行かなくとも誰かがあの男性を救うだろう。
そう思い、顔を上げて男性の方へと顔を向けた。
名前『トニー』。
種族『ヒューマン』。
Lv26
『……なんだとっ!?』
ケンジは起こるはずのないことに驚きの声を上げた。
NPCには名前はない。
もし、あったとしても『名無しの村人A』として、『ゲーム』の中では処理されるだけの話だ。それに、種族表記はあったとしても、NPCにレベル表記はされない。表示されるのは、味方とサポートユニット、それと……敵だけだ。
だがもし。
万が一にも、だ。
これがゲームではないとすれば?
『ギガンティック・スペイサー』というゲームではなく、ケンジが『プレイ』していたゲームの世界、現実だとすれば?
表示されるNPCとそれに向き合うモンスター……、レベルを見れば、レベル差は軽く50以上離れている。とすれば、このNPCがやられる可能性は十二分に高い。助けに入らなければ、このNPCは自分の目の前で……、死ぬことになる。
だとしたら、どうする?
その疑問にケンジは己を叱責する。
今はそんなことを考えている時間はない。
今すべきことはただ一つ。
そう考え、ケンジはマントを翻す。
広がったマントには一つのコンテナがある。
そのコンテナの取っ手を右手で掴むと、腰の右横、前へと押し出した。
『……おい、そこの!!』
ケンジは『トニー』と言うらしい村人に声を上げた。
「へ、へっ?」
ケンジの声に驚いた彼はケンジを見た。
だが、彼は何かに驚いたらしい反応をするだけで何も言わない。
その彼の反応を見て、ケンジは安堵した。
『動くなよ……』
モンスターの背後に狙いを定めると、容赦することなくケンジはコンテナの外側を力いっぱい叩いた。
押された衝撃を受けて一発のミサイルがモンスターの背後目がけて放たれた。
ミサイルは何一つ障害を受けることなく空中を進んでいき……モンスターの背後の地面に落下すると爆発した。
『ッガァァァァァァァァァ!!』
突然背後で起きた爆発に対処できずにモンスターは勢いよく巻き起こった爆風にあらぬ方向へと吹き飛ばされる。
その様子に、やれやれ、とケンジは安堵すると、『トニー』という名を持つ村人Aに向けて歩いていく。
「ヒッ!!」
彼はケンジが歩いてくることに非常に怯えているのか、悲鳴に似た何かの声を短く上げる。
しかし、その声で立ち止まるケンジではなかった。
やがて、村人Aがいる場所まで歩を進めると、彼がいるところで足を止めた。
『……一つ。』
「……えっ!?」
ケンジの声が聞こえなかった様子で彼は訊き直す様に言う。
面倒だな、と思いながらケンジはもう一度聞いた。
『……一つ、いいか?』
そう言いながら、腰からもう既に空となったコンテナを取り外すと、肩に担ぐ。
「え、えぇ、なんでしょう!?」
がくがくとどう見ても緊張しているのか、怯えているのかという反応をしながら村人Aは言った。
そこまで怯えなくていいだろうに、と思い頭を掻きながらケンジは訊いた。
『……あのモンスターはこの辺じゃよく出るのか?』
「へっ?」
ケンジの質問に拍子抜けしたような声を村人Aは出す。
その彼の反応にケンジはおおまかに悟った。
『……そうか。……この辺じゃ出ないモンスターか。……面倒だな』
「な、なにが面倒なんで?」
彼はケンジの言葉に疑問を持った様子でケンジに聞き返す。
その言葉に今度はケンジが驚いた。
『ゲーム』ならば、NPCは同じセリフを何度でも繰り返すのが定番だ。
それなのに、彼は疑問を持ったうえでケンジに訊いてきた。
いや、それだけではない。
彼はケンジに怯えながらも質問に答えた。
これはプログラムされたモノではない。
となると、彼は村人Aではなく、『トニー』という名前を持つ村人Aということになる。
その事実にケンジは今度こそ肩を落とした。
『なんで、俺なんだ……』
「あの……?」
『何が原因で俺なんだ……』
「あの、すみません……」
ケンジの反応に『トニー』は驚いた様子ではあったが、ケンジに向けて何かを言っている。
仕方がないので、彼の方を向いた。
『……なんだ?』
「ヒッ!! ……そ、その、……モンスターが」
彼はケンジの反応に怯えながらとある方向に指を差す。
指差された方向をケンジも見ると。
『キシャァァァァァァァァァ!!』
先程吹き飛ばされたモンスターが怒った様子で奇声を上げながら走っていた様子が目に映った。
『……あぁ、知ってる』
「へ?」
ケンジの言葉に彼は間抜けた声を出す。
そうしている間にもモンスターは二人の方に向けて走っており、足を止める様には見えなかった。
ケンジは何を思ってか肩に担いだコンテナを大きく振りかぶると。
『……ヘ~イ、カモンカモン……』
飛び掛かろうと飛び上がったモンスターの顔面を目掛けてコンテナを振った。
振られたコンテナはガンッ!! という丈夫なモノに丈夫なモノが当たった音を周囲に響かせる。
コンテナに当てられたモンスターの身体は、大きな放物線を描いて、彼方の方へと消えていった。
その様子にケンジは片手を額に置き、覗き見る様に額に手を当てる。
やがて、モンスターの姿が見えなくなると、こう言いながらコンテナを放り投げると、片手を上げてガッツポーズをとった。
『……イェェェェェッス!!!! ナイス、ホームラン!!!! ……おい、見たか!? あれ、絶対ホームランだぜ!? ……凄いな、俺!!! 今の見る人が見てたら、絶対スカウト来るって!! やっべ、サインとか書く練習してねぇよ!!! ……どうっすかな!! 困っちまうな、おい!!』
「……あの、喜ばれているところ申し訳ないのですが」
『あぁん!? なんだよ!! ……やっべ、どうっすかな!!』
「先程から貴方様が何を申されているのか……、……さっぱり理解が出来ませんのですけど」
『……、……えっ?』
「えっ?」
知らないと言う彼の言葉にケンジは驚いた声を出し、彼はそんなケンジの言葉に驚いた様子の声を出した。
その瞬間、静かに風が吹いた。
「あ、あの……、そんなに肩を落とされなくても……」
『……、……落としてねぇよ。……肩なんざ落としてねぇよ』
「い、いえ。そ、そうは言ってもですね……」
誰がどう見ても肩を落としているとしか思えない様子のケンジにトニーは声を掛ける。
だが、ケンジはトニーの言葉に反論していた。
二人はとぼとぼとどことなく目的がない方向に向かって歩いているとしか思えない歩き方をしていた。
その事にトニーは不審に思ったのか、何度もケンジに声を掛けてくるが、ケンジは寸分たがわずに歩いていた。
「あ、あのですね。……この方向でよろしいんですか?」
『……、……なにが?』
「い、いえ、ですから。……こ、この方向で合っているのですか、と訊いたのです」
『……違うのか?』
「い、いえ、間違ってはいませんが……。で、ですが、そうなると『日常と閃撃の箱庭亭』におられるあのお方に討たれてしまいますよ?よ、よろしんですか!?」
『……、……あのお方? ……、……誰のことだ?』
「だ、誰って。それはレオナ様一人しかいないでしょう」
『……ふっ。』
トニーの言葉を聞いてケンジは鼻で笑った。
『……まだ、あいつ開けてたのか。……死にはしないだろうが死ぬかもしれんから店、閉めてもいいって言ってたのにな。……律儀な奴と評価すべきか、バカな奴と評価すべきか。……、……全く、困ったもんだ』
ケンジの言葉にトニーは首を傾げた。
「おや? もしかして、お知り合いですか?」
『……、……まぁ、知ってると言えば知ってるな』
そう言いながらもふと疑問に思ったことをトニーに訊いてみる。
『……一つ訊きたいんだが。』
「えぇ、なんでしょう?」
『……その、レオナ「様」ってのはなんだ? ……あいつ、そこまで偉くはないだろ?』
「な、何を言いますかっ!!」
トニーはケンジの言葉を聞くと突如怒り出した。
「あのお方に向けて、『あいつ』とはなんですか、『あいつ』とは!?」
『……いや、だって』
「だってもクソもありません!! いいですか、名も知らぬお方!! あのお方は我々、『ヒューマン』より優れた上位種族、『エクスヒューマン』にあらせられるのですよ!! 分かりますか、あのお方の偉大さが!!」
『……あぁ、知ってる』
だって、あいつを転生させて『エクスヒューマン』にしたの、俺だもん。
心の中で呟きながら、トニーの怒りをケンジは静かに受け止めた。正確には、『エクスヒューマン』の上位種族『ヒューマンEx+』なのだが、そこまでは知られていないらしい。因みに、ケンジは『メカノイスEx+』であり、サポートキャラ一番であるレオナとのレベル差は450あったはずだった。
「さらにはかつていたと言われる『神々』の力を理解し、あの方は自在に扱うことが出来る!! 我々『ヒューマン』が理解できない『機械』というものを理解し、直すことも出来るのです!! その様なお方を『あいつ』とは!! 自分があのお方と同じ位置に立っておられているようですが、勘違いも甚だしいですな!!」
『……、……そうか。……、……俺が悪かった。
……すまん』
知ってるも何も、ただ遊んでた俺にあいつ、ぴったりくっ付いて見てただけなんだけど。
理解して云々って言ってるけど、……俺、あいつに一回作らせたら使い物にならなかったひどいモノが出来たんだけど。
何言ってるんだコイツ、と思いながらもトニーに謝る様にケンジは謝罪の言葉を頭を下げながら言った。
その様子にトニーは少し機嫌を良くしたのか、口調が元に戻った。
「い、いえ。……分かればいいんですよ。……えぇ、分かれば」
『……、……』
コイツ一回しめてやろうかな、とケンジが本気で考え始めたころ、様々なモノが取り付けられた銃座、いや、銃器を頂点に置いた塔と金属に覆われた地面が二人の視界に映るようになる。
『ガンズタレット』。
ケンジを含めた七人が遊びがてらに『折角だから』という理由で拠点となる街や遊んでいた『プレイヤー』が寝床としていたところに警戒用として作ったモノである。
稀にあるモンスターの氾濫、スタンピードが起きた時を含めた万が一のためにこれでもかとタレットに取り付けた代物だ。
……万が一に備えて、という言い訳は遊んでいた『プレイヤー』にとってはこれほどまでもない最高の言い訳であったが。
とは言っても
射程は半径一キロという射程としては非常に索敵距離が短いという欠点を持ってはいるが、火力は安心できる。遠距離にいる相手に対しては多弾頭ミサイルと短距離レールガンで対応し、中距離では地面に爆弾を埋め込むバンカーバスターと短距離クラスター爆弾での爆撃で対応、近距離では銃座に備え付けられてあるチェーンガンとミニガンのコンボに地中に埋まっているクレイモア地雷等で対応するというほぼ抜け目がない鉄壁の銃兵器である。
……整備の度にクレイモア地雷の起爆範囲に入り、しばしば爆発に巻き込まれるということがあったが、対人用ではなく対モンスター用に少し工夫を施してからは被害に遭ったという声はなくなったというのは別のお話。
だが、分かることもある。
それは。
『ガンズタレット』があるということはこの先に拠点があるということだ。
目の前で見えるタレットに対する位置にもう一つのタレットが鎮座しているのが二人の目に映る。
二人はそれぞれ違った反応をしていた。
ケンジはやっと我が家に着いたか、と安堵のため息を吐き、トニーは本当にこの方向に用事があるのかこの人、とケンジに対して冷たい目で見ていた。
「えっと……、私からもお一つ、御聞きしてもよろしいですか?」
『……なんだ?』
「いえね。大したことではないんですが、……なぜ貴方は『日常と戦撃の箱庭亭』に、あのお方にご用事があるのか、少し疑問に思いまして」
『……、……なんだ、そんなことか』
突然何を言い出すのかと思えばそんなことか、と気楽に思っていたケンジはトニーに普通に返事をした。
『……家に帰る。……それだけさ』
「へっ?」
ケンジの口から出た言葉にトニーは絶句した。
家に帰る?
あのお方と『騎士団』の入隊をせがまれているお方、比較するのも変な話だがあのお方よりも少しだけ詳しいお方の三人が住まわれている場所に?
いやいや、それはない。
「あまり嘘を言うモノではありませんよ、名も知らぬ旅のお方」
『……あん? ……嘘? ……、……誰が?』
「貴方ですよ」
『……俺が? ……いつ? ……何時何分、地球が何回回った時だ?』
ケンジの疑問にトニーはすぐには答えられなかった。
今が何時で何分なのかという時間という概念はトニーに知る由もないことであり、地球というものも知らなかったからだ。
それを悟られるわけにはいかないと、トニーはわざとらしく咳をした。
「あのですね。何時何分で、地球が何回回った時だ? と申されても、私には全く理解が出来ません」
『……、……何?』
「えぇ、分かりませんとも。今がいつの何時何分ということ自体も分かりませんし、地球が何回回ったかなどと言うのも知りません」
そもそも。
「地球とは何のことを言っているのですか?」
『……、……うん? ……ちょっと待て』
「いえ、ですから何のことですか、と御聞きしたのです。」
『……分かったからちょっと待て。……ちょっと待ってろ。
……いいか、何も言うなよ? ……絶対に話しかけるんじゃねぇぞ? ……分かったな?』
「え、えぇ。」
『……、……よし、いい子だ。……ちょっと待ってろ』
そう言うと、ケンジはぶつぶつと独り言を言いながら思考する。
『……何時何分か分からない? ……となると、時間の概念がない? ……いや、待て待て、それはおかしい。……俺が今まで気を失ってた時間は分からないが、時刻表示システムは生きてる。……日付とかは表示はされんが、時刻は分かる。……となると、アレか? ……「プレイヤー」の時刻表示システムは生きてて、「NPC」には時刻表示はされない様になっている……? ……いや、待て待て。……そうなると、レオナとケイト、エルミアの三人はどうやったら時刻が分かるんだ? ……それよりも、地球を知らない方が問題だろう。ここは地球じゃない。……それは分かる。……だが、知らないってどういうことだ? ……なぜ知らない? ……わからない、わからないな』
そう言うと、ケンジは顔を上げてトニーを見た。
『……一応訊くんだが、お前は今が何時の何分で地球が何回回ったなんて分からないんだな?』
「え、えぇ。わかりませんとも」
『……で、地球が何のことかというのも分からないんだな?』
「えぇ。分かりませんとも」
『……それじゃ、一つ訊くぞ?』
とケンジは何もない空に浮かんでいる一つの星を指差した。
『……あれはなんだ?』
ケンジの質問にトニーは目を凝らしてその星を見た。
「いえ、分かりませんね。……そもそも名前があるのですか?」
そのトニーの解答に今度こそケンジは落胆したかのように肩を落とした。
『……嘘だろ。……マジかよ。……知らないのはいくら何でもないぜ。……ないない。……冗談にしてもきつすぎるわ、これ』
「えっと……。それほど重要なことなので?」
ケンジがなぜそう言うのか全く分からないトニーはそう訊いてきた。
ケンジとしては説明してもよかったのだが、説明するとなると長くなる可能性が高いと思ったので空を見上げる様にして、顔を上げた。
『……いや、そこまでじゃない』
そう言ったモノのかなり重要なんだけどな、と思っていたケンジの視界隅に『ガンズタレット』の頂点の上に誰かを見た気がした。
『……あん?』
「どうかなされましたか?」
『……いや、ちょうど……』
そこにな誰かがいた様に見えたんだ、と言い終わるよりも前に、その人物の姿が見えなくなってしまう。
ケンジにはその人物はなぜか顔を隠す様にフードを被っていた風に見えた。
そうなれば、ケンジの記憶の中にとある人物が浮かんでくる。
ちょうど今いる位置は『日常と戦撃の箱庭亭』からさほど離れた場所ではない。あと、数分もすれば到着するといったところだった。
相手の気配を察知する『気配察知』などの探知系スキルがあれば、すぐに分かるはずだ。そのスキルを持ち、出迎える等の気遣いが出来る人物は一人しか思い浮かんでこない。
『……ふっ。……変わらないな、アイツは』
「アイツ? ……誰です?」
ケンジの独り言に似た何かにトニーは聞き返す。
だが、ケンジが答えるよりも早くその人物はケンジに言った。
「おかえりなさいませ、我が主。……珍しく、長く掛かられたのですね?」
「えっ?」
声を掛けられる直前まで気配を感じなかったトニーは驚いた声を出して前を見た。
ケンジもトニーと同じ反応をしそうになったが事前に知っていたのでその人物に普通に言葉を返した。
『……悪いな。……すぐに帰りたかったんだが、道に迷ちまった』
「道に迷られたのですか? ……貴方にしては珍しい。明日は雪でも降るのでしょうか?」
その人物はフードを被りながら話していたのだが、全く気配を感じさせないものだった。
いや、そうではない。
そこにいると思っていなければそこにいないのだ。
緑豊かな平原で目立つ白という目立つ服装であったとしても。
それほどまでに気配は希薄なモノだった。
『……おいおい、今は季節が違うぜ? ……流石に雪なんざ降らねぇよ』
「弾丸は降ってきますが」
『……落とそうとするやつのやる気がなきゃ降っては来ないさ』
「なるほど。主が言うと説得力がありますね」
『……嫌味をどうもありがとう』
「おや? ……褒められてしまいました」
『……今度は皮肉か? ……主と言うなら、その主に鬱憤をぶつけるのはいけないと思うが?』
「鬱憤ですか? ……そう思われたのでしたら、謝罪します。」
『……違うのか?』
ケンジがそう訊くと、その人物はフフッと笑ってからこう言った。
「それは秘密なので言えません」
『……乙女の秘密ってか。……ハッ、便利なもんだ。』
「その代わりに、とはアレですが訊かれたことにはお答えしますよ?」
『……そりゃ、ありがたい。……知らないことが増えちまったんで答えてくれると嬉しいぜ』
「それはそれは。……でしたら、主の従者としてきちんとお応えしなくはいけませんね」
「あ、あのっ」
腕を捲りながらその人物はその様に答えたところで今まで蚊帳の外だったトニーが声を掛けてくる。
「おや、珍しい。知り合いですか、マスター?」
『……それ以外にどう見える?』
「明日は雪と流星群のコンボですね。」
『……そこまで珍しくはないだろ。』
「それもそうですね。」
で、と言葉を一度切るとトニーの方へと向き直った。
「貴方はどこのどちら様ですので?」
「は、はい。私は『帝国』に属する者で近くの農園で畑仕事をしているトニーというモノです。」
「そうですか。これはご丁寧にどうもありがとうございます。」
「い、いえ。それほどまでではありませんよ。」
頭を下げたその人物の反応にトニーは片手をぶんぶんと振る。
その反応を見てケンジはただ一人、まぁコイツの反応に素で返せるヤツなんざそうそうはいないか、と思っていた。
「あっ、そうだ。それで思い出した。」
なにを思い出したんだ?とだいたい把握しながらもケンジはトニーの言葉を待った。
「あのっ。貴方のお名前!!お聞きしていなかったと思いまして!!」
『……名前?』
だろうな、と思いながらケンジは答えた。
『……俺の名前はケン……いや、
「シエラ?」
『……あぁ。
名前を言う直前で別に本名を言わなくていいか、と思ったケンジは某ゲームでよく使われるコード、シエラというモノを使った。ちなみに、これを知っている者であれば、『そうじゃない。名前だ、名前。』というのだが、トニーはそうは言わずにケンジの言うことを素直に信じたようだった。
トニーの反応を見て、この人またやってるよ、とフードを被っている人物は内心で思っていた様子だったが、ケンジにとっては別にどうでもいいことだったので気にはしなかった。
「それで、貴女はなんというお名前で?」
「私ですか? 私は……。」
その人物はそう言うと頭に被っていたフードを取った。
フードを取った時に太陽光に煌めく様に青白い輝きを放った短い銀色の髪が宙を舞った。
その人物は少女の様に幼くあどけなさがまだ少し残っているように見えたが、その少女が少女ではなく女性であることをケンジは知っていた。だが、彼女の顔を見て驚いた様子のトニーの横顔を見て黙ることにしたのだった。
「レオナと申します。貴方の横にお立ちになっている人物に仕えさせていただいており、『日常と閃撃の箱庭亭』の副亭主をやらせていただいております。ご利用の時はぜひお越しくださいませ。」
ニコッと微笑みながらレオナはトニーに言うが、トニーは何も言えない様子だったので、とりあえず、横からケンジが口を挟んだ。
『……レオナ。……宣伝は良いが、こいつの気を飛ばしてどうする。』
「おや、そう見えますか?」
『……見えるからそう言ってるんだろうが。……少しは加減ってものをだな。』
「そうは仰られますが、マスター。最近、店の調子が悪いのでここで宣伝しておかないと店を畳まなければならないという少し危機的状況に似た状況に陥ってまして。」
『……貯めてた分の金は?』
「貯蓄にはまだ余裕はありますが、最近は客足があまり伸びていないので。」
『……余ってた武器は?』
「ありますけど、最近は重火器よりも剣や刀の需要が伸びておりまして……。」
『……ハァ? ……なんで使うやつがいるんだ? ……近距離で切り付けるだけで全然遊べないじゃん。……バカだろ。』
「いえ、私に申されましても……。」
『……また「近距離こそが至高!! 重火器なぞ恥よ恥!!」とか意味不明な流れが出来てるのか。……刀剣使うならパイルバンカーでとっついた方が早いっての。……なぁ?』
「なぁ? と私に訊かれましても……。ただ、マスターの仰る通り刀剣を使うよりかは使いやすいですね。」
『……なのに、剣とか刀とか売れてんの? ……使うの、絶対バカだろ。……レオナが使いやすいっていうヤツが一番使いやすいってなんで気付かねぇの?』
ケンジの言葉にレオナは恥ずかしがるように頬を朱に染めながら答えた。
「あ、あの、マスターっ。そう言ってもらえるのは従者としては感謝の極みこれほどとはないものではありますが、人様がいらっしゃる前でそう仰るのは少しお恥ずかしく思います。」
そう答えたレオナの言葉でケンジは何も話さないままでいるトニーの存在を思い出した。
……別に忘却の彼方に存在を置いていったとかそういうものではない、と思いたい。
たぶん。
きっと。
メイビー。
『……大丈夫か、トニー? ……お~い、生きてるか~?』
ケンジはトニーにそう訊きながら呆然と立ったままでいるトニーの肩に手を置いて揺らすと。
トニーはそのまま倒れてしまった。
その様子を見るやケンジは静かに言った。
『……し、死んでる。』
「いえ、死んではおらっしゃらないかと思いますよ、マスター。」
『……あぁ、知ってる。』
ケンジの言葉にレオナ怪しいと思った様子で目を細めてケンジを見たのだった。
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