パイル・バンカー
田中井康夫
第一章 英雄の帰還
プロローグ
今が何時なのか分からない闇が支配する暗い『世界』の中で、なにかを投げながら進んで行く、一人の男が、いた。
男……、いや、男と呼ぶには難しいのかもしれない。
何故なら、その人物の外見は普通の『人間』の様に骨を肉で覆っているという姿ではなく、白い鋼に身を覆っていたからである。
ならば、何故そんな外見をしていたのが男だと言えるのか。
その人物の歩く幅、歩幅など女性のモノではなく男性の様に力強い様に感じられたからだ。
女性であれば、歩き方などですぐに判別できるものであるが力強く踏み出し、踏ん張り、また踏み出すという動きを見ていれば女性ではないとすぐに分かるものであった。
彼はゴーグルの様に明るく分厚いバイザーに覆われたアイ・ガードから外の様子を窺う様に一瞬、ライトが点灯されると、ポケットがあるであろう場所に手を突っ込むとガサゴソと何かを探す様に探り、明かりが灯った鉱石をヒョイと何の気負いもない様に放り投げた。
すると、鉱石は地面と思われる彼の足元を数回跳ねた後に制止した。
『……とりあえずは続いてはいるから、良しとするか』
うんうん、と頷きながら彼は先程と同じくポケットと思われる場所から鉱石を取り出すと、先程と同じように適当に放り投げるという動作を繰り返しながら一歩一歩進んでいった。
鉱石の明かりで先程分からなかった彼の外見が薄っすらとではあるが、分かってきた。
左腕に大きな盾を付けている。
その盾の先端部には『肉体
右腕は左腕の重々しい外見とは正反対で、『先が尖った金属の杭がただ一本だけ』と右手の付け根に大きな銃口があるだけで重々しい雰囲気はない。
それだけでも重々しい印象が強いが、彼は分厚いマントを肩に掛けていた。
『普通の人』であれば、この様に重武装としか言えない装備をしただけで歩くことはおろか立つことも出来ないだろう。
……いや。
そうでなくとも彼が『ヒト』かどうかも怪しいところではあった。
間違えなくとも『ヒト』とは呼べないだろう。
だが、『機械』かどうかと訊かれれば、『そうではない』と多くの人は言うだろう。
そもそも『ただの機械』が『ヒト』と同じように歩いたりするだろうか。
その答えは考えるまでもない。
……否だ。
『ヒト』は歩く際に、脳を動かしてどの筋肉をどの様に動かすのかを瞬時に計算して動かしている。そのため、歩くというただ一行程だけで多くのモノを動かさなくてはいけなくなる。
だが、『機械』ならばどうだろうか。
機械であれば、『ヒト』が歩くというただの一行程に多くの計算と演算を行わなくてはいけなくなる。とすれば、自然的に歩くという動きが不自然になる。ここに、バランスも重なると、数歩歩いただけで倒れてしまうのは必然だと言えるだろう。
だとすれば、彼は一体『何』だと言えるのか。
それを説明するには『とあるお話』をしなければいけなくなる。
『とある世界』。
『その世界』では『ゲーム』という『作られた架空の世界』を、『キャラクター』と呼ばれる『架空の存在』を『操作して遊ぶ』という文化があった。
その文化は多くの『世界』を、『物語』を作り出し、世の中に知られていった。
だが、『ヒト』という生き物は作られたモノにはやがて『飽きる』生き物であった。
そうした多くの『ヒト』を飽きさせないために『ゲーム』のジャンルも多く生まれた。
『VR』、『仮想現実』と呼ばれるジャンルが生まれたのもそれが理由だ。
『仮想現実』という言葉は多くの若者を虜にした。
なんと言っても画面向こうでしか味わうことが出来ない体験がそのまま出来るのだから。
そうした『仮想現実』を体験出来るゲームが輩出され、多くの『ゲーム』になった。
一つの惑星に、『ヒト』に近い種族
そうした四種族が一堂に集った惑星、『ミッドガルド』を舞台にした『ゲーム』。
それが、この『ギガンティック・スペイサー』という『ゲーム』であった。
『しかし、暗いな。……いや、「不可侵域」と呼ばれている「ニヴルヘイム」より下、最下層ってことだったら納得か』
一人で独り言としか思えない言葉を呟いて彼は先程と同じくうんうん、と頷きながら鉱石を適当に放り投げた。
この『ゲーム』、『ギガンティック・スペイサー』という『世界』においては彼は間違いなく『ヒト』であった。……外見は『機械』ではあるが。
『ギガンティック・スペイサー』と呼ばれるこの『世界』においては、彼は
彼の名は、伊藤ケンジ。プレイヤーネームは『ケンジ110』である。
こうした『ゲーム』では集団行動が鉄則であるが、彼は集団行動が苦手というただそれだけの理由で一人だけで進むというスタイルをとっていた。
……と言っても厳密には一人ではなく、一応は『プレイヤー』何人かで組んでいたわけだが。
『サポートキャラ』と呼ばれる『キャラクター』を三人作り、何度か行動を共にしたことがある。
理由は先程と同様な理由ではあるが少しだけ違った。
ただ、他人とどう話したらいいのか分からない。
ここ最近になって増えている俗称『コミュニケーション障害』、略称『コミュ障』と呼ばれる障害を患っていたからだった。
他人と関わるのが苦手。
他人と何を話せばいいのか全く分からない。
だが、独りでの過ごし方には特に問題がなく、独りでの行動は得意としている。
彼が他人と話す際にほんの数文字だけで話を終わらせようとするのもそうした『障害』のせいだからであったのだが、彼の声が他の『ゲーム』に出ている『キャラクター』とほとんど似ており、『そうしたキャラクターを演じて遊んでいるプレイヤー』、俗に呼ばれる『なりきり』と思われてか、他の『プレイヤー』からは名前ではなく、『チーフ』と呼ばれていた。
否定したいところではあったが、否定すること自体が面倒であること、別に呼ばれること自体は自分からは特に問題がないために呼ばれるままにしていたら、いつの間にか名前を忘れ去られたというのは別の話である。
故に、彼はただ一人だけでこの暗い闇が支配する『世界』を歩いていた。
何故一人で歩いているのかについては話したが、何故『不可侵域』という場所を歩いているのか、それについては明らかにしていなかった。
まぁ、『よくある話』なのであるが。
『VRMMOゲーム』で『ログアウト不可能』という非常事態を打破するためだ。
勿論、『それだけ』ではない。
『ログアウト不可能』ということは一回体力がなくなり『死んでしまえば』、そのまま『死んでしまう』ということを意味する。
『普通の人』であれば、『死』というモノに恐怖を抱き、何も出来なくなってしまうものだが、ケンジ達、『メカノイス』を選んだ『プレイヤー』達は喜んだ。
そう。
『やっと死ねる「ゲーム」になった』と。
『普通の人』であれば、この考えは理解が出来ないだろう。
だが、思い出してほしい。『仮想現実体験』が出来る『ゲーム』は多く世に出ていたということを。
それは、無論のこと、『ゲーム』ではあるが『戦場』を題材にした『ゲーム』も『この世界』にはあるということで。
それは、『仮想現実』ではあるが、『死』も体験できるということでもある。
そして、もう一つ。
『ヒト』という生き物は多くのモノが出ればやがて『飽きる』生き物なのだということを。
『死』を疑似的にではあるが、既に経験したことのある『頭のネジが盛大に捻じ曲がっている』生き物と『まだ捻じ曲がっていない』生き物。
ケンジは悲しいかな、前者の生き物であった。
だが、先程も言ったが『ヒト』はやがて『飽きる』生き物だ。
このことからも分かっただろう。
彼らは『ゲームクリア』を掲げているのではないということに。
そう。
彼らは『飽きてしまった』のだ。
本当の意味で死ねる『ゲーム』に変わったことに狂喜乱舞したが、自身より強く強大なモンスターを相手に戦い続けた結果、彼らは訪れるでろう『死』が来ないことに『飽きてしまった』。
自身よりも強いモンスターを倒し続けた結果、自身よりも強いモンスター自体がいなくなってしまった。
けれども、自身はモンスターよりも遥かに強くなってしまったが故に、倒されることに恐怖も何も感じることが無くなってしまった。
となれば、どうなるか。
『飽きる』。
モンスター相手に戦っても『死ねない』。
『プレイヤー』同士ならば『死ねる』かもしれないが、『プレイヤー』同士の戦闘は早期のうちに禁止事項となってしまった。
禁止事項を破ってもいいが、他人を楽にさせるよりも自分が楽になりたい。
だが、自分よりも強い相手がそもそもいない。
さて困った、とケンジたちが悩み始めた時に誰かが言った。
『だったら、「クリア」すればいいんじゃね?』
それだ、と思ったケンジはあらゆる可能性を考えた。
未踏ダンジョンの捜索をすればもしかすれば……っ、と考えたがこの案は考えるまでもなく却下した。
やっと本物の『死』を体験できる!! と狂喜乱舞した時期に、彼らの手によって早急にダンジョンへの攻略は終わっており、まだ誰も入ったことがないエリアはなかったからだった。
未踏ダンジョンの捜索は却下したが、すぐに次の案が浮かんできた。
『モンスターが強すぎる』という理由で『不可侵領域』と『プレイヤー』同士で取り決めたエリアはまだ捜索していなかった。
そうした経緯を経てケンジはただ一人、『不可侵領域』を歩いていたのだった。
『にしても、「モンスター」がいないな。……誰かが来たのか?』
自問するケンジであったがすぐに否定する。
もし、誰かが来ていれば間違いなくこの飽きてしまった現状は打破されているはずであり、そうなれば、『プレイヤー』は誰一人としていないはずである。
それがまだ為されていないということは、この『不可侵領域』に挑もうと考えたのは、今現在、『ニヴルへイム』より下の最下層となる『ヴァルハラ』を歩いているケンジ一人のみということになる。
とすると、どちらにしても、ここにいるのはケンジだけということだ。
『う~ん。喜ぶか喜ばないべきか……』
どちらにしてもここにいるのは俺だけか、と独り言を言いながらケンジは鉱石を適当に投げながら前に進んだ。
ライトなり、何かしらの光源で照らせばいいだけの話ではあるのだが、この問題はそう簡単に解決は出来ない。
まず、強力な光源があるモノ、この『ゲーム』内では『アイテム』になるが、そんなものはない。
新しく『アイテム』を作ろうにも、素材を集めてそれに詳しい誰かがいなくてはならない。
仮に素材も知っている人材を確保できたとしても、今度はそれを作るための『スキル』がなくてはそれは作れない。
ケンジの左腕に付けている盾、それの先に取り付けている『ガトリングランチャー』は、この『ゲーム』、『ギガンティック・スペイサー』にある『アイテム』同士をケンジが持つ『スキル』、『特殊装置整備又取り付け技術主任』という『錬金系』の『スキル』で取り付けたモノでしかない。……右腕に付けているのは、たまたま知っていた知識を有効活用しただけに過ぎないのだが。
他人は他人で、自分は自分。
この終わりなきつまらない『ゲーム』を名も知らない誰かが『クリア』した。
人との交流を断ってきたケンジにとっては、その終わり方が一番だと思えた。
名も知らない誰かが、飽きたというただそれだけの理由で終わらせた、ということは知られなくていい。誰も知らなくていい、と。
そう思いながら、ケンジは歩を進める。
やがて、ケンジの目の前に何かを想像させる大きな建物が目に映った。
例えるならば、大きく聳える古い寺院だろう。
誰も、『プレイヤー』がいないはずの『不可侵領域』で、誰かが作った建造物……。
『鬼が出るか蛇が出るか。さてさて……』
何が出るかな、と細々と呟きながらケンジはその建物の閉じられた巨大な扉に手を掛けた。
大きな音を立てて扉は開かれたのだが、そこにはなにもなく、ケンジを出迎えたのは、闇だけだ。
『なんか建物はありましたけど、入ってみたら何もなし、ねぇ……。
そう言いながらも、ケンジは数歩、歩を進めた。
すると、足元になにかがカツン、と当たった。
『あん……?』
当たったものを確かめるためにケンジは頭を前に倒した。
そこにあったのは古びた傷だらけの一本の剣だった。
ケンジは自動で発動できる自分の『スキル』、『鑑定』でその剣の名称を判明させた。
名称『カリバーン』。
所有者『アーサー』。
武器ランク『C+』。
『なんだこのクソ武器』
舐めてんのか、と言いながらケンジは『カリバーン』と銘打たれた剣を手に取る。
各武器に付けられる武器ランクというモノがある。
武器にはランク『F』から始まり、現在分かっている最上級ランク『SS++』までのランクが存在する。
ケンジが身に着けている各武装のランクは大まかに分けて『A+』から『SS+』。
『C+』というのは今現在の低レベル『プレイヤー』でも装備するかどうか怪しいランクの武器である。
『いや、ちょっと待てよ……』
ケンジはふと考える。
今現在の『プレイヤー』で、ランク『A』~『S++』の武装を揃えてダンジョンに挑むのが定石となっている。
だが、この『アーサー』という『プレイヤー』が、今はいないが昔はいた『プレイヤー』だとすれば……?
直後。
ケンジの考えた通りに『カリバーン』の所有者を示す欄が変更された。
名称『カリバーン』。
所有者『ケンジ110』。
武器ランク『C+』。
『なっ!?』
その変化に気が付くや否や、ケンジは大きく背後に向かって跳んだ。
すると、先程立っていた場所にどこからか数十本の矢が飛来して地面に突き刺さり……、数瞬後に、爆発した。
その様子にケンジは静かに息を吐いた。
『……なるほど。トラップか』
やれやれ、と言いながらケンジが立ち上がると同時に背後で扉が閉まる音が聞こえ、ケンジを中心にして大きな円を描く様に炎が巻き起こる。
その現象を見てケンジは思った。
これは、トラップという生易しいものではない、と。
そのケンジの思考を証明するかのように数十体の魔物が炎を跨ぐようにして現れた。
『そういうことか。……ま、やりがいはあるけどな』
と誰に聞かせるまでもなくケンジは何もない空中をタップすると、一つの画像が宙に出現する。
その現れたものに驚くまでもなくケンジはササッと慣れた手つきで『アイテム』と書かれた欄をタップする。
すると、今度は『アイテムをアイテムボックスに戻しますか?』、『yes/no』と文字が現れる。
ケンジは迷うことなく『yes』の方をタップすると、手に持っていた『カリバーン』が手元から消える。
恐らくではあるがこれは『トラップ』を無事に回避した『プレイヤー』を確実に殺すために仕掛けた『ブービートラップ』であるとケンジは推測した。
目の前にいる大きな魔物たちはケンジたちがかつて暇潰しと称して、遊んだ上位クラスの魔物たちだ。上位クラスと言っても普通の『プレイヤー』が戦おうとすれば一秒も持たずにやれてしまうだろう。
だが、悲しいかな、ケンジは普通ではなかった。
頭がいかれた阿保としか言いようがない『メカノイス』の『プレイヤー』集団。
その一人が『ケンジ110』という『プレイヤー』であった。
『さて。
そうケンジは言うと左手に握ったトリガーの押しボタンを親指で押しながら左腕に装備した盾を魔物たちに向けて横に薙ぐ様にして大きく振った。
すると、先端部に取り付けてあるガトリングランチャーが重厚感漂う重い音を立てながら銃口から火が吹いた。
命中させるために横に薙いだわけではなく、モンスターが接近しにくい様に弾幕として撃っただけだ。
適当に薙いだだけなので命中することには期待していなかったのだが、何体かに命中したしたのか、近くにいた数体と遠くにいた数体が倒れる。
だが、他のモンスターが倒れようとも命中せずにまだ立っているモンスターは大きな口を開けると、ケンジに向けて咆哮した。
『……。……五月蠅いな』
自身に向けられた咆哮もただの雑音程度にしか捉えていなかったのか、ただ五月蠅いと言うと、ケンジは咆哮したモンスターに向けて掃射した。
六つの銃口が回転しながら弾丸を打ち放つ。
一回転するまでに六発の弾丸が発射され、モンスターに向かって行く。
一発目がモンスターの額に当たり、頭部から出血する。
二発目、三発目が、当たった反動で後ろに仰け反った頭部から下、首元と胴体に当たり、なぜか身体に付けていた鎧を貫通した様に血飛沫(の様にプログラミングされた赤いなにか)が飛び散った。
四発目以降は確認は出来なかった。
それを観察する時には、他のモンスターに気を向けていたからだ。
意識をそのモンスターから自分の方へと向かってくるモンスターの方へと向ける。
目を向け、表示された内容に、ふとケンジは疑問に思ったが、気にせずに先程と同じようにガトリングランチャーでの一掃をすることによってモンスターを弾き飛ばした。
弾き飛ばした時、もう既に次のモンスターが前に踏み出そうとしていた。
まずいな、とケンジは思って一回トリガーから手を放して、マントを翻す様に大きく右腕を振った。
すると、マントの下から長い長方形の小型のコンテナが現れる。
ケンジは迷うことなく、右手でそれに触れ、持ち手を握ると手前に出す様にして引っ張り出した。
『アァァァァァァ、ピィィィィィィィ、ジィィィィィィィィ!!! ……ってか?』
まぁ、違うんだがな、とぼやきながらコンテナの横を叩いた、その瞬間。
一発のミサイルがモンスターに目がけて放たれた。
突如放たれたミサイルに対し、モンスターは行動をとることが出来ずにそのまま爆散した。
その様子を見ながら、ケンジは中身が無くなったコンテナを地面に放り投げるのと何体かのモンスターが先程と同じようにして炎を跨ぐようにして円の中に入ってくるのは同時だった。
その様子を見てケンジはなるほどな、と何かに理解が出来たように言った。
『つまり、これは「ラストダンジョン」定番の「ボスラッシュ」ってか』
やれやれ、と首を左右に振りながら自身が今装備している装備を思い出す。
『ボスラッシュ』。
『ダンジョン』の奥などによくいるその『ダンジョン』の
未攻略『ダンジョン』を『ラストダンジョン』とするならば、次から次へと
先程から簡単に倒しているからそれほど苦労しないのでは? と思われるだろう。
だが、それはケンジが遊び続けた結果、レベル上げをする必要がない程までにレベルがあるからでしかなく、普通の『プレイヤー』では早急にモンスターにやられていることだろう。更に付け加えるとすれば、ゲーム内にあるレベルを上限まで上げるとそれまでの経験値を引き継いでまたレベル1から上げられるという転生システムがある。
そのことを証明するかの様であれだが、ケンジは今現在出来る転生の限界までしており、ケンジのレベルもこの時には、もう既に四桁に達していた。
なぜそこまで上げたのか?
その理由はただ一つ。
『気が付いたら四桁になってた』
ただそれだけでしかない。
重い音と共に銃口から火を吹きながら、ガトリングランチャーから弾丸が弾き出される。
弾き出される度に、一体、また一体とモンスターはケンジの手によって倒されていく。
だが、ケンジにはいちいち確認する時間も暇もなかった。
何故か。
それは簡単だ。
油断をすれば、いくらレベルが高かろうとものの数秒で死んでしまうのは目で見るよりも明らかだからだ。
厄介だな、と思った時に、耳元に甲高い警戒音が鳴り響いた。
左腕の方を見下ろすと『ガトリングランチャー』から火が出たかのように湯気が立ち昇っていた。
このゲームでも言えることだが、全てのゲームに共通して重火器の唯一というべき弱点がある。
オーバーヒート。
休ませることなく使用し続ければ、熱が蓄積されていき、その熱が膨大なモノとなれば、重火器を使用できなくなってしまう。
『ヒューマン』ならばすぐに手を放すだろうが、『機械人種』たる『メカノイス』ではその感覚はほぼないもの同じである。そのため、オーバーヒートに気が付くのが遅れてしまった。
『……っ。無理は出来んな。』
左手に握ったトリガーを離すと、ケンジは左腕を大きく振った。
すると、盾から『ガトリングランチャー』が切り離され、少し遠くの方でガタッ、ガン!と重量あるモノが力強い力で投げられた音がした。
ケンジは首を捻りながら、音を鳴らす。
そんな彼の動作を隙だと勘違いしたのか二体のモンスターがケンジに向かって駆けてくる。
『……』
二体が接近してくるにも関わらず、ケンジは盾から伸びる細いワイヤーに繋がれた一つのリングを中指に通した。
そうしている内にモンスターは徐々に距離を詰めてくるが、ケンジはただ視線を元に戻しただけで終わった。
一体は左手から剣士のような格好で腰に差した鞘から剣を引き抜こうとし、もう一体は右手から接近しており、巨体がでかいだけの、ただのイノシシに似た
『……ちょうどいいな』
何が丁度いいのか、それもよく分からないままケンジはようやく迎え撃つ様に歩き出した。
だが、その歩みは迎え撃つためのモノではなく、ただ自然に歩き出したと言えるモノだった。
残り数歩でぶつかる、と言ったところでケンジは大きく右腕を後ろに引き、左腕を盾にするかのように身体の前、顔面上に構えた。
衝突するかに思われた次の瞬間。
イノシシに右手を刺し貫くかのように思い切り前に手を伸ばし、イノシシに当たるかどうかと言ったところで、右手の先の尖った一本だけの棒が爆音と共に突き刺さった。
『グ、グオォォォォォォ……』
断末魔に似た最後の声を出しながらイノシシは姿を消していく。
その様子を静かに観察している余裕はケンジにはない。
左からやって来る剣士の剣を盾で受けながら、剣を下の方へと流していたからだ。
盾に剣が当たった衝撃からケンジは『そりゃまぁ、強いよな。』と零しながら盾の向きを変えていく。
ガリ……。ガリガリ……。
非常にゆっくりとであるが剣は下向けに流されていくのを剣士はどうすることも出来なかった。
いや。
どうにかすることは出来ただろう。
だが悲しいかな、剣士はヒトではなく、ただのモンスターだった。
それを証明するかのように剣は流された方向、地面に向かっていき、剣を手前に引くことなくそのまま地面を強く叩く。
叩いた衝撃の強さを証明するかのように、破片がケンジと剣士の二人の周囲に飛び散る。
地面を叩いた剣士の剣は地面に刺さり、力づくに抜こうとしているのか剣士はあらん限りの力を振り絞っているかのようにケンジには見えた。
だが、悠長に剣が抜かれるのを待っているケンジではなく、盾を剣士に向けると、中指を力一杯に下に降ろした。
すると、ケンジは盾の先端部を剣士に向けた。
次の瞬間、リングが掛けられた中指を下げると同時に盾の先端部から細く先が尖った一本の長い棒が剣士に突き刺さった。
『グ、グアァァァァァァ……』
剣士から盾を抜くのと、剣士の姿がひび割れて消えていくのはほぼ同時だった。
『……やれやれ。上手くいったか』
上手くいったことに安堵しながら次やって来るモンスターに視線を向ける。
十体くらいの数を数えたところでケンジは数えることを放棄した。
数は別に数えなくていい。
分かっておかなければならないことは。
『自分が立ってるか。……立ってないか。……それだけか』
簡単だな、と一人で頷きながら、先程と同じく歩を進めた。
歩を一歩進めるごとにモンスターが複数体襲ってくる。
だが、ケンジもただやられているだけではなく、右腕、左腕、両腕二本のみとなった杭を差し、抜いて、また差すといった動きをした。
その動作から左右の杭はケンジにとって一撃必殺の切り札の様に見えた。
一体、また一体とモンスターが差し貫かれ、消えていくたびにケンジは静かに腕を後ろに振るう。
パイルバンカー。
一本の杭を相手を穿つ。
ただそれだけの単純な構造で作られた代物である。
単純な構造で出来た代物ではあるが、この武器が使われた歴史は実に長い。
城を攻略するために作られた破城槌から硬い岩盤を貫くために誕生した杭打ち機とその用途は様々であるが形はとんど変化はしていない。
堅い装甲をただ穿つ。
人は長い歴史の中でただ穿つことを研究してきたと言っても過言ではなかった。
その言葉を証明するかのように、ケンジは左右に二つのパイルバンカーを装備していた。
……まぁ、ケンジの場合は単なる趣味でしかなかったが。
『機械人種』という種族、『メカノイス』を選択した理由もそうしたのもあるのかもしれない。
……とは言っても、そういうのとは全く関係なくただカッコいいからという単純なモノだったが。
『……、弱いな。』
そう呟きながら、一体、一体、丁寧に処理しながらケンジは歩いていく。
そんなケンジの視界端で術士の格好をしたモンスターの姿が見えた。
瞬間、ケンジの身体に圧力がかかった。
ベゴッ。
ケンジを押しつぶすかのように圧力がかかるが、ケンジは何も感じないのか先程と同じように静かに歩くのみだった。
その様子に少し焦ったのか、術士はケンジに魔法を向ける。
紅く赤熱するほどの熱量を持った業火。
地面をひび割るほどの絶氷。
部屋に鳴り響く雷撃。
大地を割るほどの大地震。
天変地異の前触れかと思える術を向けられてもケンジは何事もないかのようにただ歩を進めるのみだ。
それに腹を立てたのか術士は何やら呪文を唱えると、どす黒い邪気のようなモノがケンジに向かってくる。
なにかは分からないが、良くないものであるのは確かであったが、ケンジは避けようともせずにただ歩いていた。
そして、ケンジに触れるまで数メートルといったところで右腕に掛かったマントを払いのけながら、右親指にリングに似たものを取り付けると、術士に狙いを定める様に腕を上げる。
そうしていると、邪気は案の定ケンジに纏わりつくのだが、どうしたものか、ケンジ先程と同様に平然と立っているのみであった。
すると、一瞬だけ、ケンジのマントから光が溢れ、邪気は術士の方へと戻っていくではないか。
その現象に術士は驚いた様子であったが、逃げずにそこに立っていたせいで邪気に纏わりつかれてしまう。
『ウッ。ウガァァァァァァァァァッ!!』
苦しむように喉を掻きむしりながら手を天に向けてる術士。
その様子を見てケンジは静かに息を吐いた。
『……楽にしてやる。』
そう言った刹那、親指を前方に倒すのと、手首に据わっていた銃口が轟音と共に火を吐いた。
放たれた弾丸は術士の身体に向かって行き……そのまま邪魔されることなく、身体を貫通した。
弾丸が貫通してか、術士はだらりと両腕を下げ、彼の身体が消えていくのを横目で見ながらケンジは前へと進んでいく。
何人たりとも誰一人近付けさせぬ絶対的なスキル、『
ケンジが背に付けているマント、『
そのマントは、かつて誰も倒しえなかった魔物の肉(皮や血といったモノであるが)を使用し、ケンジがマントとして加工したものである。
それが持つ効果は以下のモノであった。
『
スキル『
効果‐一、能力減衰魔法を効果を二倍にして相手に反射する。
二、能力強化魔法は二倍にして吸収し、四分の一を相手に反射する。
三、即死系魔法や時間を制限される魔法は全て無効化し相手に反射する。
四、状態異常は常時解除する。五つ、向けられた攻撃魔法は常時無効化する。
といった効果を持つ絶対的な聖域である。
ケンジは先程と同様に立ち向かってくる相手は両手のパイルバンカーで穿ちながら、遠くの敵は右腕の仕込み銃で狙い倒すといったなにやら作業に近いモノで倒し続けながら、ただ前に、ただ前に歩を進めた。
そうしているうちに早何十体ものモンスターを倒したところで円を描く様に立ち上っていた炎が消え失せた。
『……これで、準備運動は終わり。それでは、
そう言い終わるが早いか、いつの間にか目の前にあった階段、その先にあった扉が突如強く開かれ、一人の老人が外に出てくる。
その老人は、老人と呼ぶにはさほど衰えを感じさせぬしっかりとした足取りをしていて、手には一本の長い槍が握られており、片目には眼帯をしているようにケンジには見えた。
『……あん?』
何処かで見たような、と既視感をケンジが感じた直後、隻眼の老人がケンジに向かって槍を投擲した。
うおっ、と驚きの言葉を上げながらもケンジは身体を翻して槍を避ける。
隻眼の老人はそのケンジの動きを見ると、ニヤリと口元を歪め、その手元には先程投擲したはずの槍があった。
その様子を見てケンジは腸が煮え切りそうなほどの怒りを覚え、老人に向けて大声で吠えた。
『てめぇ……、
大声を上げながらもケンジは足を前に出し、距離を縮めようとするが、隻眼の老人はケンジを近付けさせまいと再び槍を投擲する。放たれた槍をケンジは避けようとして……突如、何を考えたのか槍を掴んだ。
『……ッ!?』
突如として槍を掴むという彼の謎の動作に隻眼の老人は驚いたのか、大きく目を開けている。
彼は顔を上げて老人を見ると、心の内でニヤリと笑った。
『……これで、手元には何もなし。丸裸当然ってわけだ。』
そう呟くと、右腕を上げ、狙いを定めた。
『地獄で会おうぜ、クソ爺。』
静かに呟きながら、銃声が鳴る。
頭部に小さな弾痕を残しながら、隻眼の老人は倒れ、階段から落ちてくる。
それとは正反対でケンジはただ上を見て階段を上っていく。
そして、彼の足元を老人の身体が過ぎ去っていくと、老人の身体が消えた。
『戦乙女たちの……いや。』
言葉を一度切ると、続けた。
『俺の怒りの分だ。きれいなお嬢さん方を「
それが弾一発で済むなんざ安いモノだがな。
先程の戦闘と言っていいのか分からないものの、戦闘報酬である手元の長い槍を手を伸ばし、見る。
『……いらね。』
と言いながら何もない空中に手を翳して操作パネルのようなモノをササッと操作すると、『アイテムボックスの中に戻しますか?』、『yes/no』と書かれた選択肢を躊躇うことなく『yes』の方をタップして収容した。
そうしている間に老人が立っていた扉の前にケンジは着いてしまった。
ここまで来るまでの間で起きたことを少し回想してみる。
回想といってもほとんどが『攻略』という名の遊びの記憶しかない。
他と言えば、自分がサポートキャラとして作った三人のキャラクター位だ。
一人はケンジが主だということを理解しているのか何かあれば気軽に『マスター』と呼び、一人はこのゲームの中で皆がそう呼ぶように『チーフ』と呼び、一人はケンジの下の名前(といっても現実世界では上の名前なのだが)である『110』とケンジのことを呼んでいた。
彼女たちは今どうしているだろうか……。
いや、どうにかはしているだろう。
ケンジとは違って彼女たちはこの世界の住人だ。心配することは何もないだろう。
一応、ここに来る前に別れとなる最後の会話はしてきた。
だが、会話をしてきたからといってどうにかなる話ではない。
このゲームが終われば、彼女たちもこのゲーム同様に終わりを迎える。
それをどうにかすることはただのプレイヤーの一人であるケンジには出来ない。
出来るとしたら、彼女たちのこととこのゲームのことを忘れない様にすることだけだろう。
『案外、気に入ってたのかもな。結構、楽しめたし』
悪くはなかったよな。
うんうん、と頷きながらケンジは扉を開けて部屋の中に入った。
扉が閉まる前に部屋に付いていたコケに気が付くことが出来ずに。
そして、暗闇の中で彼は気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます