第6話 彼らは人ごみの中を静かに動く
店内での騒動の後、人混みの中をそこに出歩く人々とは明らかに場違いであろう、三の姿が、外にあった。
一つは三つの中でも飛び抜けて大きい背丈をしており、皮ではなく白い鋼に身を覆われていて、三人の中でも遥かに重武装としか言えない装備をしている。周囲を気にしているのか、時折顔を左右に向けているが、何処を見ているのか誰が見ても分かることはなかった。
もう一つは先程の一つとは全く違って背は大きいと言う程にはない。……だが、何を思ってか顔を隠す様にフードを深くかぶっており、いるようでいていないというほど気配は限りなくなかった。その人物も時折左右を気にしているようではあるが、さほど動いてはいなかった。
最後の一つは最初の一つとその次に見た姿とは全く違い、何も被っていない上に何も覆われてはいない。短く切り揃えられた太陽の陽を受けて薄い緑色に煌めく髪を揺らし、胸元で留めたマントを風に揺らしながら白い金属の巨体の後ろをフードを深くかぶった一つと追うようにして歩いていた。
その三つは会話をすることなく、ただ道を進んでいく。
前を歩く金属の塊を恐れる様に、人々は顔を上げては道を譲る様に開けていく。
そうして、しばらく歩いた時に、金属の塊、ケンジは背後を歩く二人に身体を振り向かせると、訊いた。
『……で、これからどこに行くんだ?』
彼の言葉を聞いて二人は交互の顔を見た。
……一人はフードをしていたのでどの様な顔をしていたのかは分からないがもう一人と同じように少し驚いたかのような顔をしていたのだろう。
そして、彼の方に顔を戻した。
「あの、マスター。まさかとは思いますが、行く当てもなくただ歩いていたのでしょうか?」
『……その、まさかってヤツだ。……というより、……こっちは全然知らないんだが』
「……知ってるかと思ってた」
『……ケイト。……あのな、俺最近まで寝てたんだぜ? ……寝てた人間にどう知れと言うんだよ』
「……ごめん、チーフ」
『……気にするな』
ケイトの言葉にケンジは息を吐きながらどうしたものか、と考え始めた。
『不可侵領域』たる『ニヴルヘルム』よりも下、最下層たる『ヴァルハラ』へのアタックをしたあの時以降の記憶はケンジには全くない。
『ゲームクリア』かと思いきや、気を失った挙句に、装備はそのままでの再スタートときた。レオナとケイトと話した感じからすると、『ゲーム』の世界にそのまま入った感触がする。
正直に言えば、今度こそ死ねば、本当の死が訪れる可能性があるのだが、その死は人としてのものか、はたまた『ゲームキャラクター』としての死か、そこはまさしく『神のみぞ知る』としか言いようがないわけだが……。
ケンジにとってはどうなるか分からないことこそが遊びであり、同時に楽しくもあった。
そのせいか、レオナとケイトはかなり心配しているのが、彼にはよく分かった。
だからこそ、彼女らを頼りにしていたのだが、それは二人も同じらしかった。
「……でしたら、マスター。『ハンターズギルド』に参ります? そこでなら、何かしらの依頼……、もしくは何かしらの情報は得られるとは思いますが」
『……「ギルド」か』
「ja。マスターがお嫌いな『ハンターズギルド』です」
レオナの言葉にケンジは渋々といった様子だった。
『ハンターズギルド』には通常、何かしらに困っている者がいてその者たちが依頼を出し、その依頼を『ハンター』たちが解決していく、その為に使う一種の『案内所』に近いモノが『ハンターズギルド』の役割だ。
だが、ケンジとしてはあまり行きたくない場所だ。
『案内所』ということはそこには多くの人が集まるということで、多くの人に姿を見られるということでもある。
別に見られること自体はそこまで問題ではない。
問題なのは、人の注目を集め依頼を解決していけば、誰かしらの恨みを買う可能性があるということだ。
恨みを買ってしまえば、その後に自身がどういう目に会うか、ケンジとしてはあまり考えたくはない。
そのために、そういった思想を持つ個人同士で集まりお互いに情報を交換し合い、行動するために一つの集団、『旅団』と呼ばれるモノが生まれたのだ。
彼らは一つの群れとして活動していたが、一人また一人と、姿を消していった。
数が徐々に減っていくことにケンジは心の内で怒りを覚え、『もう誰一人として死なせはしない』という決意に似た思いを持って『不可侵領域』と言われた『ヴァルハラ』への
その結果が、ケンジ一人だけが元の世界に帰れなかったというのは笑おうにも笑えない話ではあるのだが、そこのところは今のところはどうでもいいことだ。
問題なのは、あまり『ハンターズギルド』を利用したくないとケンジが思っていることだ。
『……、……別に「ギルド」とか使わなくても良くね?』
「……あのですね、マスター。……『ギルド』を利用したくない貴方の気持ちは痛いほど分かります。誰もが協力し合わずに、貴方だけに全てを押し付ける様にしていたのも知っています」
ですが。
「『ハンターズギルド』には少なくとも誰かがおりますし、そこにおられる誰かから話を聞くことも出来ます。もしかすれば、マスターが知りたがっている情報を持つ者がいるかもしれません。……であるならば、一回は行かれませんか?」
『……そうは言ってもな。』
行かなくなったのは俺個人の問題で、そういうのとは全く別だし。……ってか、ただその可能性が高いから『ヴァルハラ』へは遊びに行ったんだけどな? ……言い難いけど。俺、お前が思ってるほど立派じゃねぇクズ野郎だぜ? ……言い難いけど。
「では、どうします?」
『……、……とりあえず、行くだけ行ってみるか。……情報収集せにゃ動こうにも動けないしな。……頼めるか?』
「ja。では、前に……? ……どうしました、ケイト?」
前に出ようとしたレオナの肩をケイトは彼女が行動する前に掴むことで防いだ。
「……レオナ。……私が出る」
「それはよろしいですが、何故そうするのか理由を御聞きしても?」
「……前に出ても分かるけど。……貴女の気配は分かりにくいから」
ケイトに分かりにくいと言われたことに反論しようとするレオナであったが、上手く反論の言葉が出てこない様だった。……気配が分かりにくいということについてはケンジに非がある。いつもの気まぐれという名のお遊びで作ってしまった試作品をとりあえずレオナに渡したことが原因であるからだ。
まぁ、彼女はその事を理解できていたのか非常に扱いが上手で改善点などすぐに見つけることが出来た。その度に、改良に改良を重ねた結果、気配が分かりにくいという隠密特化の装備になったわけだが。
レオナも気配が分かりにくいということを否定すればケンジを否定することになると考えたのか渋々頷いて後ろに下がる。
後ろに下がったレオナに代わり、ケイトは前に出る。
『……それじゃ、案内頼む』
「……ja。……任せて」
静かに頷くと、彼女は歩き出す。
ケンジにとって少し小柄に感じる背を彼とレオナは追う。
前を歩くケイトの背を見逃さない様に気を付けながら、ケンジは前を見る。
……ケイトの言う通り、レオナが案内役を買って出ていたら、数分もしないうちに見失ってしまうだろう。彼女はそれほどまでに気配が薄かった。
数歩歩いて見失っては迷って、見つけ出しては数歩歩いてまた見失うということになってしまう可能性もなくはない。
となると、ケイトが案内役を引き受けてくれたのはとてもいい判断だったと言わざるを得ない。
『……レオナ。』
「ja。なんでしょう?」
レオナの名を呼ぶと彼女は静かにケンジの横に着く。
『……「帝国騎士団」ってのは、あんなのが多いのか?』
「あんなの?」
彼の言葉に引っ掛かりを覚えたのか、彼女は不審に思ったらしいが、即座にそれがどういった意味で言われたのかということに納得した様に手を出してポンと叩いた。
「……ああ!! そういう意味でしたか!! ……nein。いいえ、マスター。彼らは例外です」
『……例外?』
「ja」
いいですか。
「『帝国騎士団』はその名の通り、『帝国』の民を守るための盾であり、剣でもある存在です。そのような立場の人間がこんな昼間から飲みますか?」
『……ま、飲まんわな。』
「ja。己の職務を忘れ、昼間から酒に酔うなどと騎士にはあるまじきことです。」
『……だったら、なんであいつらは飲んでたんだ?』
「ja。おおよそでしか言えませんが、恐らくは訓練から逃げてきたか、あるいは見回りの仕事でふらっと寄ったついでで飲んでいた。……そのどちらかでしょう」
まぁ、私は知りませんが、と言葉を付け足すレオナにケンジはふと疑問をぶつける。
『……見回り勤務だったとしても、普通に考えてこんな昼間から飲むか?』
「ja。私もそこが疑問に思いますが。現に彼らは飲んでいたのですから、恐らくは普通ではなかったのではないかと思いますよ?」
『……普通じゃない、ねぇ。……そうだとしても、だ。……あんな昼間から酒飲むヤツを騎士だとか思いたくねぇな』
「ja。そこは私も同意致します。……やはり、将軍に具申した方がよろしいでしょうか……」
『……将軍?』
「ja。カイ・ミハヤ将軍です。……彼はなかなか優秀ですよ? 人の扱いがうまいと申しますか。この間は私とケイトの二人で前を抑える
ですが。
「彼も少し頭が堅いのか、
ああいったところがなければ、非常に優秀なのですが。
そう付け足した彼女の言葉にケンジは疑問に思い、彼女に訊いた。
『……なんでそいつ、使おうとしねぇの?』
「さぁ? 彼曰く、『騎士たるもの銃などというモノを使ってはならん!!! 剣を使っての、騎士なのだ!!!』……らしいですよ?」
『……なんだ、そりゃ』
わけが分からんというケンジだったが、一つ分かったことがあった。
恐らくだが、彼は昔銃器による事故などで身内を失くしたのではなかろうか。
それならば、銃器というモノに触れさせずにしようとしているのかが、少し分かる気がする。
銃器というモノに暴発は付き物だ。
どんなに警戒して気を付けて取り扱っていたとしても、ふとした一瞬、その一瞬で全てが変わる。
腕一本が無くなるか、半身が無くなるか、命が無くなるか。それは誰にも予想がつかない。
そう言った意味であれば、『キャラクター』を選択する時に『ヒューマン』を選ばず『メカノイス』を選んでよかったと思うわけだが。
『ヒューマン』の身体は非常に脆いが、『メカノイス』の身体はそれと比べると遥かに頑丈だ。
腕が無くなるかなどという心配せずとも無くなるという程まで脆くはないのだから。
おかげで、何回か暴発事故に遭っていても全くの無傷で済んだことに安堵したことが多々あった。
そう考えると、銃による暴発事故で肉親を亡くしたか、知り合いを亡くしたかのどちらかだろうと推測できた。
そうでなければ、銃を使うことを禁止にするわけがないとケンジは考えた。銃器を使わずに刀剣を使用しての近距離戦を主軸に考えるなど愚か者が考えることだ。
銃器を使えば、近距離戦で戦わなくとも良くなり、中距離や長距離での戦闘が可能となる。
可能となればその分の
死の危険に怯えなくとも良いとなれば人はその分、どう接近をさせないのかということに頭を使う。
接近をさせない。ただその為に、『ガンズタレット』を作ったといっても過言ではない。
……と言っても、単なる遊びで考え付いて皆で作り上げただけ。
銃剣というものがある。
本来銃というモノは近距離で戦うモノではない。
弾があれば、相手に近付く必要はないのだ。
だが、ここで問題が発生する。
では、弾がなくなった時はどうするか?
弾がなくなった時、人は戦えなくなる。それはそうだろう。戦うために使っている銃器の弾が無くなってしまえば戦えないのだから。
そして、人は考えた。
弾が無くなった時に戦えなくなるのではない。
銃に剣を取り付ければ戦える、と。
そうして生まれたのが銃剣というモノだ。
それは単に弾が無くなった時に備えてのおまけでしかない。
人よっては考え方は違うだろうが、それは単なるおまけであって、メインではない。メインはあくまでも銃そのものだ。
今のケンジの武装もそうだ。
左腕に取り付けている大盾の『ガトリングランチャー』や背後に取り付けている『小型ミサイル』が主であり、右腕の『パイルバンカー』などは無くなった時のもしもに備えてのモノだ。
……厳密には近距離は『パイルバンカー』でどうにかなるが、遠距離はどうするかと考えた末に、『ガトリング』で弾幕張って
だが。
『……そうなるきついな。』
「難しいですか?」
『……ああ。……遠距離戦が出来りゃこっちのレベルなんざ大した問題じゃねぇ。……近付かなければいいんだからな。……だが、近距離だと無理だ。……ただでさえレベル差があるのに近距離で戦うとなりゃ群れに食われて、……全滅して終わりだ。』
「なるほど。確かにそうですね。」
そもそも、
「私やケイトはともかくマスターの様に遊ばれた結果、強くなられたのは、『旅団』の方々でも数名でしたから」
『……そう言えば、そうだっけか?』
「ja。……と言いましても、私たちはマスターの付き添いをした結果ですので、例外だと言えると思いますがね?」
『……遊んでたのは、主に俺でだったからな』
「ja。まぁ、マスターがたまたま思い付いたモノを使っていただけですので。」
『……迷惑だったか?』
「まさか!! ……nein。迷惑など、その様に思ったことは御座いません。貴方が作ったモノを最初に使えるのは嬉しかったですよ?」
『……そう言ってもらえれば作った側としちゃ嬉しい限りだがね』
「ja。少なくとも、私たちは貴方の味方ですよ、マスター。この世界が終わろうとも、この心は貴方と共におります故」
『……愛されてるねぇ』
「ja。私たちにとって貴方は全てであります。貴方を否定する者がいれば、全てを持って消す覚悟があります。それほどまでに私たちを大切にしてくださったお方を無下に扱うことが出来ましょうか。」
nein、
「出来ません。……出来ませんよ、マスター。」
ですので、
「無茶だけはしないでくださいね? 今はあの時とは違い、マスターの代わりなど出来る者などいないのですから」
『……大丈夫だ』
「そうですか?」
『……知ってるだろ? ……「
「死なない、ですか?」
『……そうだ。……俺はそう簡単には死なない。……だから、安心しろ。』
「それでも、心配してしまうのですよ。」
いつかの様に。
「貴方が消えてしまうのではないか、と」
『……大丈夫だ。……姿は消すかもしれんだろうが、別に死ぬわけじゃない。……
「それは知っています。ですが、そうではない可能性も……」
『……ないくはないってか?』
「ja。そうです、マスター。」
『……大丈夫だ。』
ケンジの言葉にレオナは反論しようと口を開いたが、すぐに閉じた。
反論したところで彼はいつもの様に言うだろう。
『スパルタン』は死なない、と。
彼も、彼と同じく『旅団』に所属していた彼らも同じように言った。
誰かがいなくなったとしても死んだのではない、行方が分からくなっただけのだと。
それは多くの『プレイヤー』……彼曰くには、その心に、死というモノを感じさせないためだったのかもしれない。
だが、レオナは覚えている。
死んでいった彼らのために、彼らを忘れないために、彼が彼らの遺品を保管しているということに。
少し。
ほんの少しだけ。
彼が戻ってくるまでの間にチラリと見たことがあった。
それらは武器という概念で一括りにされているのだろうが、レオナにはどの様に使うのか全く分からなかったために使おうとは思わなかった。
……もし、理解できていたとしても使わないだろうが。
その遺品はレオナのモノではなく、ここにはもういない彼らのモノだ。
そう。
彼らの思いが込められたモノだ。
彼女の主たる彼が触ろうとしない限りはレオナが手を付けていいモノではない。
つまりは、そういうものだ。
レオナにとってケンジは自分が愛する主であり、尊敬する人物だ。
だが、彼は自分が生きていた世界との関わりは嫌っていて、自分の世界との関わりは好んでいる。
そんなに世界との交流を嫌っている彼が関わろうとしている。
そのことはレオナにとっては非常に嬉しいと思えた。
自分から変わろうとしている彼を手伝いたいと心の中から思えた。
今はあの頃とは違う。
だが、レオナとしては変わろうとしているように見えた。
……今でも無茶をしようとする癖は治っていないみたいだったが。
その証拠に、今こうして『ハンターズギルド』に向かおうとしているのはあの頃を知るレオナにとっては信じられないことであったが、同時に嬉しくもあった。
自分から世界を知ろうと動き出している。
彼がどう感じているのか、レオナには分からない。
だが、彼の中で何かが変わった。
いや、変わろうとしてるのかもしれない。
だとすれば。
レオナが決意に似たモノを心の中で思っている間に、前を歩いていた彼が足を止めた。
止まったことに確信を抱きながらも彼に訊いた。
「どうしました、マスター?」
『……、……あ~、その、なんだ。……「ハンターズギルド」の建物ってアレでいいのか?』
そう言って指差された先には一つの建物があり、その前にケイトがこちらに向かって大きく手を振っていた。
その建物はどこか時代が違った感じ……『プレイヤー』曰くには『西部劇に出てきそうな感じ』の建物でその横にはこれまた時代が違った赤と白の二色が交互に重なっておりガラスのような透明な容器に入れられて回転をしているのが目に留まった。
「えぇ、あの建物です。……それがどうかしましたか、マスター?」
『……いや、大したことじゃないんだが。……まだ、アレが動くんだなぁ、と思ったな。』
「……おや? 確かアレは『旅団』の方々共に、永久的に動き続ける目印にでも作ろうか、とマスターが言われたモノではなかったですか? 『それだったら、床屋とかでよく見るアレにしようぜ』などと言われていた記憶がしますが」
『……、……あ~……そう言えば、んなことも言ってたっけな。よく覚えているな』
「ja。お誉めに預かり、恐悦至極。感謝の極みにございます」
『……皮肉をどうもありがとう』
「皮肉ではないのですが」
というコントに似た会話をしていると痺れを切らせたのかケイトが二人がいる方へと向かってくる。
「……二人で話して楽しい、レオナ?」
「ja。楽しいですよ。長い間、会話が出来なかったので」
「……もう前歩くのしんどいから変わる? ……というより変わって」
「nein。お断りします。それにしんどいと申されましても大した距離は歩いておりませんし、貴女がそう易々と根を吐く様には思えないのですが?」
『……、……あ~、なんだ。……ケイト。……俺の背中使うか? ……俺あんまりしんどいって言うならだが』
「……背中? ……チーフの?」
ケンジの提案を聞くと目を輝かせながらケイトは訊いてきた。
その様子にレオナはやっちゃったよ、という様に頭に手を置いていた。
『……、……もう距離はないけどな』
「……ja。……喜んで使う。……というより使わせて」
「ケイト。もう距離はそんなにないのですからマスターの背を借ろうとするは如何かと思うですが」
「……レオナは鬼。……ひ弱な私を思ってチーフは言ってるんだよ? ……そんな優しさを無下に扱うレオナは鬼か悪魔のどちらか」
「nein。私は鬼でも悪魔でもありません。あり得るとすれば、従者でしょうか」
「……鬼と書いて?」
「読みません。そう読むのはモンスター位なモノでしょう? ……まぁ、その様なモンスターの話は聞いたことも見たこともありませんが。」
レオナの言葉にケンジは
……声に出すことはなかったが。
カランカラン、と静かに鳴る音を聴きながら三人は中に入ると、建物の中は繁盛しているようで多くの者たちがいた。
装備を整えている者からまだ駆け出しの者までと多くの者たちがジョッキを片手に互いの肩を担いだりしてバカ騒ぎをしている。
その光景を見て、ケンジは静かに息を吐いた。
『……変わってねぇなぁ』
「変わっていませんか?」
『……あぁ。……ま、俺が見たのは「旅団」が出来るまでだったけどな。……それでも、ここは変わってねぇ』
「……安心した?」
『……あ? ……あぁ、そういう意味だと。……安心したかな。……やっぱり、俺はこの世界の中にいたんだってな』
ははは、笑えるな。
と言外で言うケンジにレオナとケイトの二人は何も言えなくなってしまった。
ここではない場所に向かうつもりで向かったはずだったのに、結局はここではない外の世界ではなく、この世界にいたままだった。
その事に彼が何を思っているのか。
彼の心境を理解することは出来なかった。
三人とも動かずにいると、酒を飲んで騒いでいた一人が気付いた様子で声を掛けてきた。
「あ? なんだ、あんたら? 『ヒューマン』に『エレメンタリオ』、それと『メカノイス』たぁ~、奇妙な組み合わせだなぁ、おい」
そちらの方に顔を向けると、身体を鍛えていることをアピールするように胸元大きく開けた服装で両肩にはトゲが付いたものを付けており、見た目はいかにも世紀末といった服装をしている。
そう言えば、『旅団』の中に「最強装備と言ったら世紀末覇者一択しかねぇだろ、常識的に考えてよぉ」、等と言ってた野郎がいたな、と思いながらケンジは彼に訊く様に言った。
『……ちょいと色々あってな。……そんなに奇妙か?』
「なんだよ、訳アリか……。それだったら、別に訊きやしねぇよ。人には人それぞれいろんな事情があるってな」
『……それは何よりだ。……恩に着る』
「んなことで、恩に着なくてもいいってもんだ」
『……一応、訊くんだが』
「……あぁん? どうした?」
『……ここは「ハンターズギルド」で合ってるんだろな?』
「ああ、そうだぜ。ここは荒くれものの野郎どもが集まる地獄の入り口、『ハンターズギルド』さ」
『……それは何よりだ』
「一応言っとくが、
『……了解』
知ってるけどな、と小さな声で呟く様に言いながらケンジは歩いて行った。
その後ろをレオナは静かに追う。
そして、ケイトが歩こうとしたその時、世紀末覇者が何かを気になった様子でケイトに訊く。
「なぁ、一つ訊いていいか?」
「……ja。……良くはないけど、なに?」
「いや、別にただ気になったってだけだ。……『ヒューマン』と『メカノイス』はお互いに嫌ってるはずだろ? それなのになんで『パーティ』を組んでるのか気になってな」
「……好きだから」
「はっ?」
ぼそりと呟かれたケイトの言葉に彼は唖然とした様子でポカンと大きく口を開けていた。
「……それだけ?」
「あっ? あ、あぁ。それだけだ。……お前もか?」
「……ja。……それが何?」
「い、いやぁ、何でもねぇよ」
「……そそう」
質問には答えたからもういいか、と思ったのかケイトは再び歩き出した。
そんなケイトの背を見て男はただ一言、呟いた。
「……人ってホントそれぞれだなぁ」
なんであんな野郎を好きに思うんだか、訳が分からねぇという様に男は再びジョッキを口に持って行き、呷った。
そんな会話をしているとはつい知らず、ケンジとレオナの二人は受け付け横にある『ボード』に貼られている『クエスト』を確認する。
確認してみたところで、特に重要な依頼は来てはいない様だった。
迷い猫を探してくれなど依頼しなくとも良さそうな依頼が貼られていてそれらを見る限りは
『……平和だな。』
「ja。全くもってその通りですね。」
『……
「こういっても失礼かと思われるのでしょうが、マスター。……起きますか?」
『……あくまでも俺が覚えてる範囲で、なんだが。……ここら辺で出るモンスターじゃないやつが出た』
「……本当ですか?」
『……記憶が確かならな。……出てくるにしてはレベルが妙に高かったと思ってな』
「となると、確かに可能性はなくもないですね」
『……だろ? ……それなのに「クエスト」が出てないとなると、だ』
「誰も気が付いていないか、そもそも誰も気にしていないか……」
『……そのどっちか、ってわけだ』
どうしたものかと二人が考えているとケイトがケンジの背を叩いた。
「……チーフ。……何かわかった?」
『……あぁ、ケイトか。……嬉しい報告だ。……分からないということが分かったぞ』
「……、……? ……分からないのに、分かった?」
どういうことか、と説明を求める様にレオナの方を見た。
ははは、と乾いた笑いをしながらレオナは答えた。
「あのですね、ケイト。どうやら、『帝国』では
「……依頼にないの? ……調査とかそういうの。」
「nein。それが全く出ていないですよ。」
「……だったら、……たしかにチーフの言う通りだね。……ごめんね?」
『……気にしてないからお前は、……気にするな』
「となると、話は変わってきますね……。
『……別に出しても構わんが、……出せるのか?』
「ja。聞いた話によると依頼料の四分の三は自己負担ですが、四分一は『ギルド』で出してくれるようですよ?」
と言いましても、依頼したことがないので分かりませんが。
レオナの言葉にケンジは悩んだ。
『クエスト』を出すか出さないか。
『クエスト』を出した場合は、
話が広まれば、それだけそれに備えての準備が出来る時間が稼げる。
だが、出さないとなると、話は別だ。
何を知らないで外を歩けばモンスターの群れに食われて、誰も知らないまま死ぬ。
その可能性を無くすためにケンジを含めた『旅団』の面子は『ガンズタレット』といったおもちゃを作ったりした。
したのだが、それを利用しないとなると、どうなるか。
一応、『ガンズタレット』は誰の操作をすること無く動く自動運転で動作が可能と言えば、可能だ。ここを守る様に配置されている『タレット』は『帝国』の城内を歩いた感じでは恐らくは一基の限界射程が半径三~四kmだろうと推測される。
互いの円に重なる様に築けばどちらからモンスターが来ようとも迎撃することは可能だ。
問題は重なるのはあくまでも二基のみで、周囲を守る四基全基が対応できるわけではないということだが、……そこは今考えるべき点ではない。
円に重なってもどちらかに戦力が集中すれば迎撃することが出来ずに『タレット』は破壊されてしまう。
動くことが出来れば、別に心配などしないのだが、動くなどことは出来ないので、ただの鉄の塊でしかない。
そうなる可能性を少なくする為に『クレイモア地雷』などを等間隔で仕掛けたりはしていたのだが、果たしてまだ『クレイモア地雷』が機能するのか、そもそもまだあるのかケンジはそこまで知らない。
一応、レオナたちの話を聞いた限りだとまだあると判断できるが、そう決めつけるのは早計だと言えた。
と考えると。
『……いや、「クエスト」は出すな』
「ですが、マスター。そうなりますと、避難などの準備が出来ませんし迎撃も出来ないと思われますが?」
『……迎撃は出来るぞ?』
「……まさか」
まさかというケイトにケンジは頷いた。
『……そのまさかだ。……俺たちで迎撃するぞ』
「そ、それでしたら、『クエスト』を出した方が」
宜しいのでは? という彼女の言葉をケンジは遮った。
『……「騎士団」も把握してない情報なのにか? ……「クエスト」を出したところで根掘り葉掘り訊かれるだけだぞ? ……何も準備も対策もせずにな』
「それは、……その通りですが」
ですが。
「マスターがそこまで思うことではありませんよ?」
『……まぁな。……把握してないんだったら、関わりたくもねぇ。……放ったままにしといた方が楽さ。』
「だったら!!」
『……でもな?』
だけどな?
『……もう何人かには知られちまってるんだ。……俺が、スパルタンが生きてるってことがな。……だったらやるしかあるまいよ。』
「マスター。」
ケンジは退こうにも退けないことを自覚しているということにレオナは何も言えなくなってしまう。
何も言えないレオナとは違ってケイトは優しく微笑むと彼に訊いた。
「……チーフ。……私は何をすればいい?」
ケイトの反応に優しいな、こいつはと思いながら、彼女の頭に手を置くと優しく撫でた。
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