第60話 こわいギルマス


 1時間くらいかけて、ダンジョンでの大方の出来事を話し終えた頃。

 セルカは、元々色の薄かった肌を更に青白くしていた。


「い、一応確認するが……オーガを倒した、というのは間違いではないのだな?」

「うん」

「……そう、か」

「……?」


 即答する俺に対し、彼女はどこか、心此処に在らずといった感じだ。


 少し気になった俺が『どうしたの?』と聞いてみると、セルカは、途切れ途切れに答えてくれた。


 掻い摘んで説明すると、どうやら、俺たちのダンジョンでの死闘が、セルカが思っていたそれよりも何十倍も過酷だったのでめちゃくちゃ肝を冷やした、とのこと。


 セルカの予想としては、あの大量のゴブリンジェネラルに重症を負わされながらも命からがら脱出。そして力尽きて倒れていた……と、そう見当を付けていたそうだ。


 確かに言われてみれば、セルカは、キリングルプスが話に出てきた辺りから顔に『?』が浮かび始めて、オーガの話になる頃には真っ青になってたな。


……少し面白かったのはここだけの話だ。


 もし、そんな態度を面に出してしまえば、折角助かった命さえ粉微塵のように容易く吹き飛ぶだろう。

 それを想像し、ぶるるっと体が震えた。

 獣の本能が、ヤバイと告げている。


 そんな、青ざめる2人を余所に、エイミは熱弁を演じていた。


「──メル様はまるで、英雄譚ものがたりに出てくる英雄様のようにカッコよくて──」


 途中までは俺が話していたのだが、徐々にエイミが侵食していき……


(んんああああああああああ!?!?)


 俺としては、悶死もんし寸前も寸前。

 エイミが放つ言葉のつぶてから想像される自分は、前世で言うところの厨二病を彷彿とさせるモノだった。


 もう止めて、俺の(メンタル)ライフはもうゼロよ!


 リアルで吐血しそうなくらいに、言葉黒歴史が深々と心に刺さっていく。

 外面では苦笑いをしながら、内面ではしくしくと冷たい雫を流していた。


「エ、エイミ、もうそのくらいに……」


 このままでは埒が明かないと感じ、止めに入るも──。


「いえ、そうはいきません。もっとメル様の素晴らしさを……」


……止まらなかった。


「本当に、懐かれたものだな」

「……うん」



 もうしばらくの間、それは続いた。 


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 それから、俺もセルカに色々と質問を重ねた。


──俺が獣人であることはどれだけの人に知られているのか。

──ジガートに運び込まれた筈の同族ラクーン達はどうなっているのか。


 他にも、他にも、他にも。


そして、


────俺はこれからどうなるのか。



 結論から言うと。

 セルカ曰く、俺が獣人だと知っているのはゼファーとアルマ、セルカに、ジガートのギルマス(ギルドマスター)の四人だけであるらしい。


 残りの質問の答えは『ギルマスの元で話す』と、いうことになった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ギルマス、連れてきたぞ」


 コンコン、とドアをノックするのはセルカだ。

 今の彼女は、受付嬢の格好とは違って私服である。その容姿は、美しいというよりも格好いいと言った方がしっくりくるだろう。


 時刻は正午を少し過ぎた辺りで、窓からは強い陽が覗いている。


 現在俺達がいるのは、言うまでもなくギルマスの部屋の前である。ここに着くまでは人目があったため、俺は『人化』を使っていた。久しぶりのため少々足がふらつくが、直に慣れるだろう。


「どうぞ」


 部屋の中から、いかにも優しそうな声が聞こえてきた。

 それを聞いたセルカはこちらに視線を投げ掛けた後、取っ手を引いた。


 ギルマスのいる部屋だからか、ドアもちょっと豪華だな、などと気の抜けたことを思いながら、中を見やる。


「やあ」


 そこには、机に向かってペンを走らせる男性がいた。

 サラサラとした翡翠色の髪は肩で切り揃えられており、その耳はセルカのように鋭く伸びている。


──エルフだ。


 そう思う暇もなく、男性は動かしていたペンを止め、こちらの方に視線を向けた。その薄い橙の瞳がメルを映す。


「お疲れ様です、セルカさん……メルちゃんも、無事みたいで良かったよ」


 そう言って笑みを浮かべるエルフは、まるで青年のようだった。そして顔に浮かべるのは、イケメンの代名詞とも言えるような笑みスマイルだ。


 一体、どれほどの女性を落として来たのだろうか。

 これだからイケメンは。


 だがしかし、眼下についた真っ黒な隈がその全てを台無しにしてしまっていた。骸骨さえ彷彿とさせてしまうくらいの大きなそれは、最早ホラーの域だ。

 正直言って、めちゃくちゃ怖い。


「……」

「? あぁ、顔を合わせるのは初めてだったね。初めまして、ボクはクリフ。これでもジガートのギルマスをやってるんだ。どうぞよろしく」

「……はじめ、まして」


 黙っていた俺に気を遣ってか、クリフは優しく話しかけてくれた。

 声から予想した通りの優男っぷりだ。

 ギルマスというから一体全体どんな堅物が出てくるのかとヒヤヒヤしていたが、どうやら杞憂だったようである。

 めっちゃ怖いけどね。

 

 因みに、この部屋は俺が寝ていた部屋の丁度真上にある部屋だ。そのため日当たりも良いのだろう。クリフは薄いクリーム色のローブを羽織っているだけだった。勿論、部屋の広さは比べるまでもなくこちらの方が大きいが。


 そんなことを思っていると、クリフは急に溜め息を吐いた。


「……しかしまぁ、セルカさんもよくこんなを持ち込んで──」

「クリフ」

「──おっと、すいません。これは聞かなかったことに」


 セルカが咄嗟にクリフの発言を戒める。

 それに対し、俺はクリフのフォローに回った。


「大丈夫だよ、セルカ」

「……そうか?」

「うん、だいじょうぶ」

「……なら、良いのだが」


 うん。

 全然良いんですよ、うん。

 自分オレが超特大の爆弾ということは自分自身、身に染みて分かってますし。


 だから、全く気にしていない。

 というより寧ろ、申し訳無さの方が勝っているくらいだ。

 多分、というか絶対。し。


「はは、メルちゃんは優しいな」


 笑みを浮かべるガイコt……あ、間違った、クリフ。

……心が痛い。

 

「──さて、雑談も良いものではあるんだけど、気を取り直して本題に入ろうか。……メルちゃんには、幾つか質問がある。君はそれに嘘偽りなく答えてほしい。そちらの少女エイミちゃんにも聞きたいことはあるけど、それは後で、だ」


 気持ちを切り替えたらしい彼は、正しくギルドマスターに相応しい顔つきになっていた。その顔からは、威厳すらも垣間見える。


「っ………」

 

 その様相に思わず息を飲む。

 俺が返事を返す間もなく、彼は続けた。


「よし、じゃあ1つ目だ…………。








────君はヒューマンを。いや、を、恨んでいるかい?」


「────っ (いきなり本命これかよ……!)」


 長耳の青年から放たれる重圧。

 それが、この広い部屋中を埋め尽くした。

 答えないという選択肢は無いぞ、と言わんばかりに。


 セルカは目を瞑り、待っている。

 エイミは息を呑み、此方を見つめる。

 クリフは依然変わらぬ目で、俺を射貫いている。


 それに対し、俺は。


「…………分からない?」


 クリフからの疑問の声。その表情には、俺への不信感がありありと感じられた。

 だが。


「うん。分からない」


 貫き通した。


「全部を赦せるかって言われると、それは違う。。────でも、を恨んでいるわけじゃない。


 セルカ、ゼファー、アルマ……エイミだって。

 良い人がいっぱいいるんだ、って、この街で暮らして、分かったから」


 嘘は言わない。ありのままだ。

 ダンジョンで、顔も分からない彼女が気付かせてくれた、自分の本心。

 紛れもない本心すべてを告げた。


「…………」


 それを聞いたギルドマスターは手を額に置き、俯く。

 暫しの沈黙が場を支配した。


「……っ」


 あまりの緊張感に耐えかねていると、青年は徐に顔を上げた。

 そして。


「これなら、。嘘も吐いていないようだし」


 そう、言ったのだった。

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