第59話 再確認


「……それで、お前たちに聞きたいことが山ほどあるのだが」


 セルカは、視線を俺たちに合わせながらそう言った。 


「……」


 対してエイミは、先程まで背けていた顔を再びこちらに向ける。その碧眼には、どうすれば良いか分からない、という戸惑いの色があった。

 

 恐らく、未だに不安なのだ。

 本当のことを言ってしまえばどうなるのか、エイミなら簡単に想像出来ただろうし。


(……でも)


 ここは、真実を伝えるべきだ。


「エイミは、大切な仲間」

「!」

「……ほう」 


 2人は別々の表情を浮かべた。

 1人は一瞬驚いた後、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 だが、もう1人は俺の言葉に不審な表情を浮かべた。いや、不審というよりは見極めていると言ったほうが良い。

 真っ直ぐに俺の目を、その髪と同じ色彩の瞳で見据えてくる。


 息を呑んだ。

 

 数瞬後、俺の口から出たのは、紛れもない、事実だった。



────エイミに何度も助けられた。


────エイミはずっと付いてきてくれた。


────エイミが居なかったら、私はここにはいなかった。



 そんな、事実。


 何分経ったのだろうか。10分のような気もするし、1時間以上も話していたような気だってする。


 エイミは、ずっと俺を見ていた。

 セルカも瞑目し、ずっと聞いていた。


 そして、最後に、


「……だから、エイミにはずっと一緒にいてほしい。一緒に冒険してほしい」


 嘘偽りなんて無い、ほとんど勝手に口から出た懇願。

 俺はセルカの薄く開いた目を見つめ返した。


 短くも重く硬い空気が張り詰める。

 顔を一筋の汗が伝い、ベットに落ちた。


「っ……」


 再び、息を呑む。

 その直後であった。


「本当に、そう思うのか?」


 氷のような声が、響いた。


「そもそも、今回こんなことになったのは、その『仲間』のせいだろう?」


「っっ!?」


 エイミから叫びにならない悲鳴が上がる。手は震え、発汗も最高潮に達しようとしていた。

 対して、俺は黙ったままだ。黙ることしか、出来ないでいる。


 そんな俺たちに構わず、は続く。


「今まで何をしてきた? 悪事ばかりを働いてきたを、生きるためだったとは言え、許されると思っているのか」


 と。


 余りにも残虐なまでに、そう言った。


 限りない正論。

 限りない愚論。

 これ以上ない、罵倒。

 妖精の口から吐き捨てられた、


 その言葉の刃は、限りなくエイミを切り裂いていく。


「わ、わた、し……は……」


 エイミの声は震え、過呼吸になっていた。

 綺麗な碧眼も、今は焦点すら定まっていない。


 壊れたオルゴールのように、エイミの声は小さく消えていった。


「………………」


 エイミとセルカの話し合い。そう、思っていた。

 だからこそ、俺は口出ししないと。そう、決めていた。


 だが、これは、あんまりじゃないか。


「セルカ……!」


 しかし、


「私はっ!」

「!」


 俺の言葉は、

 しっかりとセルカの目を見つめる、エイミによって。


 その声は震えてなどいなかった。


「私は、メル様の力になりたい!」


「────。」


「私はどうしようもないほどの最低なヤツで、色んな人を困らせて……それでも! こんな私でも!………ずっと付いて、いえ、付いていくだけじゃない!




────メル様のお役に立ちたいんです!」



 エイミは、言った。

 嘘偽りない、本心を。


 胸の情動が、溢れていた。

 

「……………………」


 セルカは緘黙かんもく


 ややあって。


「そうか………」


 笑みを、浮かべた。


「えっ?」


 その呟きはメルのものだったのか、エイミのものだったのか。

 だが2人とも、セルカの微笑みに驚いたことに違いはなかった。


「それなら、


 メルとエイミは与り知らないことであるが、セルカの中では既に結論は出ていたのだ。



────あの日。少女達がオーガを撃破した日。


 セルカ達は、倒れ伏す左腕の無い獣人の少女と、とある白髪はくはつの少女を見た。


 己の衣服を破り、応急手当をする少女の姿が、そこにはあった。


『メルさまぁ! メルさまぁ!!』


 少女の慟哭はダンジョン中に酩酊していた。

 その声は枯れていた。

 辛そうで、儚くて。


 だが。

 決して、

 あのままでは片腕の少女は間違いなく死んでしまうだろう。


 だがそれでも、少女は諦めることだけは決してなかった。


 約束ナニカに押されている。

 初めて少女を見たセルカは、そう感じた。


 それを見たゼファーがまず駆け寄り、セルカもそれに続く。


 碧眼の少女が、それに気づいた。

 驚きは一瞬のみ。


「メルさまを、助けてください……!」


 今にも裂けそうな声で彼女は言い、そして意識を失った。

 長年生きてきたセルカが状況を察するのに、時間はかからなかった。



──確かに、諦めないだけではきせきは掴めない。結果から言えば、その少女は身を結ばない努力をしただけだった。



 だが。

 ったなどと、誰が言えよう。

 ちっぽけな白髪の少女は、獣の少女に勝るとも劣らない勇気をセルカ達に見せた。


 彼女を否定する理由など、もうどこにも無かった。


 だから今回は、あくまでも確認。

 悪役を演じ、少女らの本心を聞き出した。

 たったそれだけのこと。

 


 「自分さえ無関心で、危なっかしいところも多々あるが、がいてくれるなら、こちらとしても願ったりだ」


 メルとエイミに向かって言う。

 少しの間固まっていた2人だったが、


「………うん」

「………はい!」


 どちらも微笑みながら、答えた。


 だが、すぐに。


「あ」


 と。


 自分が獣人になっていることどうなっているかに気付くメルの、素っ頓狂な声が部屋に響く。


「え、気付いてなかったんですか?」


 そんな少女エイミの声と共に。


 あぁ、まだまだ長くなるな、と、セルカは苦笑した。

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