第58話 後日
暖かな光が、瞼越しに伝わってくる。
それがなんとも心地よい。
「ん……」
それを合図として、閉じていた瞳をうっすらと開いた。
「ぅ、ぁ……」
が、眩い光に阻まれて、またすぐに閉じてしまった。
あの薄暗いダンジョンの中にずっと居た身からすれば、
(……?)
と、そこで、違和感を感じた。
(つよい、光?)
未だ眼に、体に当たる、ダンジョン内では有り得ぬ光量。
それだけではない。
俺は一体、いつ寝たのだろうか? という問いも生じる。
確か、俺はあの時、ダンジョンで……。
「……ぁ!」
思い出した。
ダンジョンでの逃避行と言うべきか、はたまた戦記というべきか。
エイミとの邂逅から、あの怪物との戦闘。
あの時はがむしゃらもがむしゃらだったので、よく覚えてはいない。
あの後どうなったのか、知らないのだ。
エイミは。
あの
ダンジョンは。
どうなった!?
耐えきれず、ガバッと、上半身を起こそうとして。
「い~~~っ!?」
途端、鈍痛が体を襲った。
俺は痛みの発端である
と、そこで気付いた。
「スゥ……スゥ……」
「!」
光に慣れたきた目が映したのは、少しピンク掛かった
「エイ、ミ……」
彼女は背の高い椅子に腰掛けたまま、俺の太ももにその小さな頭を乗せ、気持ちよさそうに、スヤスヤと眠っている。
「……」
これは、夢なのか?
そんなことを思ってしまう。
意識が覚醒した今で尚、ここが夢なのか現実なのか俺には分からないでいた。
苦し紛れに、辺りを見渡す。
(……ただの部屋、か?)
俺が居たのは、正しく特徴の無い部屋だった。
あるのは、今自分が使っているベットと椅子が2つ(その1つはエイミが使っている)だけで、お世辞にも広いとは言えない。
だが、唯一ある窓からは陽が差しており、陽当たりは良いことが窺える。
が、それだけだ。
これだけでは、全く状況が掴めない。
エイミを起こすのも1つの手なのだろうが、それは少し忍びないように思われる。
だから今、俺には出来ることがない。
そんなわけで、どうしようか悩んでいると。
「起きたか、メル」
「!」
ガチャッと、ドアが開けられた。
そこから現れたのは、とある
澄んだ薄い瑠璃色の髪を腰まで伸ばしている彼女は、相変わらず、綺麗の一言に尽きる。
「……
俺の声は、まるで、何日も使われていなかったかのように掠れていた。
けれどその瞬間、セルカの顔に少し笑顔が浮かぶ。
そして、いつもと変わらない口調で聞いてきた。
「どうだ、調子は」
「だいじょう、ぶ。ここは?」
「……ここは冒険者ギルド職員が夜勤時に使う仮眠部屋だ」
もっとも、今は殆ど使われていないが、と。
余っていた椅子に腰かけながら、彼女はそう口にした。
「……」
「…………」
暫しの沈黙。
2人の間に気まずい雰囲気が充満するが、セルカはそれを破って話を再開した。
「それで、どこまで覚えている?」
「えっと、
彼女は「そうか……」と言った
「安心しろ。お前たちは、私らが保護した」
「……え?」
「あの時、お前を見失ったとゼファーから聞いて、私とゼファーで黒浪の洞窟に乗り込んだのだ」
「の、乗り込んだ……!?」
驚きを浮かべる俺に、言い聞かせるようにしてセルカは頷いた。
「それから先はお前の思っている通りだ。最下層でお前たちを拾い、脱出した。もちろん迷宮の魔石を割ってな」
と。
つまりは、そういうことだった。
あの時、待っていれば助けは来たのだ。
極小の確率であったとしても、待っていれば、俺もエイミも死にかけるようなことはなかった。
「────、、」
後悔と自責の念が俺を満たしていく。
なら、俺は。
俺たちは。
酷く、滑稽じゃないか──
「──勘違いをするな。お前は、お前たちは、
そんな俺の内心は、セルカの言葉によって断ち切られた。
「え?」
俺の考えを透かしたように。
その上で、妖精は言った。
「……対価無き冒険など、無い。
「!」
そうだ。
そうだった。
エイミと心が通じ合えたのは、
「……うん」
小さい肯定の筈が、やけに大きく部屋に響いた。
その時。
「んぅ………」
エイミが、目を開けた。
「エイミ……!」
「……メルさま……? えへへ、おはようございましゅ」
「……」
……噛んだ。
どうやら、寝ぼけているようだった。
前世の俺なら、この可愛さに「くっ///」と言って悶えていたことだろう。
いや、しないけども。
少しの間、寝ぼけ眼で「えへへ……」と笑っていたエイミであったが、徐々に眠気が取れてきたようで。
「……はっ! メ、メル様!? お目覚めになられたんですか!?」
と、いつものエイミに戻った。
「うん、おはよう、エイミ」
「~~~~!!(プイッ)」
「えっ」
俺がその碧眼を見つめて言うと、エイミは何故か顔を逸らしてしまった。
「!?!?!?!?」
ちょっと、いや、かなりショックだった。
比喩抜きで、がーんと音を立て、顔面に『拒否られ』というストレートが炸裂した。
メルの預かり知らないところではあるが、もちろんエイミにそんなつもりはない。
寧ろ。
(やっぱりメル様は
1人、ベクトルの違う心配事をしていた。
「…………」
そんな2人を、静かに見つめるセルカ。
心なしか、その目つきは少し、怖いモノとなっている。
が、2人は気付かない。
というか、メルに至ってはそれ以前の問題で、自分が
一応、知られていたこととは言え、メルの口から直接聞いたわけではないのだから、セルカの目つきがそうなるのも当然と言える。
「……はぁ」
誰にも聞こえない妖精の溜め息は、小さく、小さく、消えていった。
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