第42話 最終階層


 4階層は、岩のようにゴツゴツした一般的なダンジョンの様相になっていた。


 ただし、思いの外天井が低い。

 2階層は10mくらいあったが、ここは4mと無いだろう。

 それこそ、スカルウォーリアーが剣を思いっきり振りかぶれば届いてしまいそうな距離だ。


 だが、今のところスカルウォーリアーに遭遇はしていない。


 いや、まず、姿


 少し不気味だった。

 まるで嵐の前の静けさのような気がして。


 そして、その予感は当たっていた。

 突如『グルル』と、獣が唸るような声が響く。


「!」

「!?」


 エイミの『魔力感知』が反応しなかったということは、相当に弱い魔力しか持っていない魔物だろうか。


 俺が剣を構えて目を凝らしていると、その姿が見えてきた。


 狼だった。


 黒い体毛に包まれたソイツは、薄暗いダンジョンの中であれば発見のしにくさに一役買っていることだろう。

 だが、何せ図体がデカイ。4足歩行である筈なのに、俺よりも高いとはどういうことか。

 その巨躯に飛びかからればどうなるかは容易に想像できる。そして何よりも目立つのが、今なお爛々と輝いているその血のような色をした両の眼だ。

 口からは唾液を垂らし、そこから鋭い牙を覗かせている。


 名をキリングルプス。Cである。


 その醜悪な姿を見て、エイミは後ずさった。


「そ、そんな、キリングルプス!? やっぱりこのダンジョンおかしいです! 出現モンスターの平均アベレージが高すぎます!」


 俺も、そう感じていた。


 セルカに聞いた話だと、ダンジョンの1~5階層まではどんなに強くてもEまでしか出ない筈なのだ。


 それでも、浅いダンジョンなら時々Dランクの魔物も出るようなので今までは見過ごしていたが、Cが出るとなると、話は別である。


 俺は迷わずステータスを使った。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

種族:キリングルプス(Cランク)

名前:

状態:普通


Lv:32

HP:596/602

MP:0/0

SP:357/423


力:527

耐久:387(+100)

敏捷:650

器用:245

魔力:0


スキル:剛毛Lv-(耐久にプラスの補正)

ーーーーーーーーーーーーーーーー



「……っ」


 俺の唯一のアドバンテージだった敏捷を抜かされている。


 つまり、もう速さで撹乱することは出来ないと言うことだ。

 逃げるなんて以ての他である。追い付かれて終わりだ。


 それにエイミもいる。


 どうする……


 ここは残っているビルドボアで……いや、それだと少なすぎる。一瞬で食べられるだけだ。

 すぐに攻撃の手がこちらに向くことだろう。



……応戦するしか無い、か。


 俺は自分のステータスを再度確認した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

種族:ヒューマン

名前:メル

状態:疲労(中)


Lv:20

HP:429/462

MP:421/496

SP:371/475


力:403

耐久:357

敏捷:582

器用:450

魔力:450

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 結構な数のインプを倒してきた筈なのだが、レベルがあまり上がっていない。


 やはり、実力差によって貰える経験値(仮)が決まっているようだ。


 敏捷については、いつもお世話になってる『ヴィエントエンチャント』を使えばタメを張れると思う。


 だが、攻撃は食らえば致命傷になりかねない。

 避けることを最優先にして戦わなくてはならないだろう。


 スキルの『剛毛Lv-』があるが、それを入れても耐久が他に比べて低いのと、1匹だけなのが幸いか。


 それに、このダンジョンのことが分かったような気がする。


 恐らくだが、


 出現頻度が極端に遅い代わりに、強い魔物を産み出しているのではないだろうか。

 そしてそれは、ダンジョンの魔石が近いことの裏返しでもある。


 俺のなかで希望と不安が入りじるが、今は戦いに集中するべきだ。


「──、」


 気持ちを切り替える。


 相手の敏捷が高い時は、後手に回ってはいけない。

 今までの戦いで俺はそう確信していた。


「エイミは下がって」


『ヴィエントエンチャント』を発動した俺は、キリングルプスに斬りかかった────。




ーーーーーーーーーーーーーーーー



 私には、祈ることしか出来なかった。

 何が起こっているのか分からない。

 分かる筈もない。


 ガキンッ!


 硬いモノ同士がぶつかる音が、また、響いた。

 彼女はもうかれこれ10分以上戦っている。


 時々上がる血飛沫は、どちらのものなのか、それすらも認識できない。速すぎるのだ。


 せめて、私が多少なりとも戦えればもっと違っていただろう。

 いや、逆に足手まといか。


 自分の弱さが嫌になる。体も、心も。


 さっき彼女に、今まで私がしてきたことを全部話そうと思っていた。

 と思っていた。

 そう、したかった。


 でも、出来なかったのだ。


 結局、彼女だけには嫌われたくなかったのだろう。


 彼女は私に、『生きることだけをを考えて』と言ってくれた。


 嬉しかった。

 でも、本当のことを言ってしまえば、見捨てられるんじゃ無いかと怖くなった。

 彼女を信じることが出来なかったのだ。


 本当に、自分の弱さが嫌になる。


 私は……どうするべきなんだろう。


「……ぁ」


 と、そこで、戦いの音が止んでいるのに気がついた。


 倒れ伏しているのは、頭を失ったキリングルプス。


 立っているのは、黒髪の少女だ。


 ただ、彼女も大きな傷を負っていた。

 左腕は脱臼し、全身からは血を流している。


 肩で息をしながら、それでも彼女は立っていた。


 彼女の、勝利であった。


「……」


 私はやっぱり、彼女の役に立ちたい。


 そのためには…………




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「はぁ……はぁ……」


 身体中が酸素を欲しているのが分かる。

 戦闘が終わって1分以上経ったいまでも、全身の震えは止まらなかった。


 そんな俺の目の前には、頭が無くなったキリングルプスが横たわっている。


 勝負の決め手は、魔法だった。


 まず、魔法を躱されないように脚に一撃を入れて動きを鈍らせた後、風魔法のレベル7の『サイクロンカッター』を撃ち込んだのだ。


 『サイクロンカッター』はほとんど視認できない速さで飛んでいった筈なのだが、獣の勘が働いたのか、脚に傷を負っているにも関わらず避けようとしたのだ。

 恐らく、万全の状態であれば避けられていただろう。そう思うっとゾッとする。

 だが結果は、少しずれたとはいえ、運良く首に直撃して倒せることが出来た。


 こちらも体当たりを食らってしまったり、爪で引き裂かれたところもあるが命に別状は無いだろう。だが、MPが残り少ないのが心許ない。


 ここからはすぐに離れるべきだと、そう判断した。


 少しの間、魔物とのエンカウントは避けないと


「エイミ、行こう?」


「…………」


 エイミは答えない。


「……エイミ?」


「え? あ、はい……」


 何か考え事をしているようだった。

あれから、ずっとこの調子である。


 それが少し気がかりだったが、気にしている余裕はもう既に無くなっていた。



 俺たちは進み始めた。道のりはまだ、長い。

 

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