第43話 生きている


 薄暗い。


 ヒカリダケやヒカリゴケの数が少なくなってきているのか、先程までとは比べ物にならないくらい、視界は暗く閉ざされていた。

 それこそ洞窟の中を歩いているような感覚。

 いやまぁ、ここ黒浪の『洞窟』なんだけど。


 キリングルプスとの遭遇から約1時間。あれから何とも遭遇せずにそれだけの時間が経過していた。その間、ずっと俺たちは歩き続けている。


 ここまでエンカウントが少ないとは思っていなかった。安心とともに不気味さが頭を埋め尽くす。

 このまま何も起きないでくれという願望は、考えれば考えるほどただただ不安を募らせるだけであった。


 ずっと寝ていなかったのもあり、現在俺は、まるで1本の糸で吊られて立っているのではないかという錯覚を覚えていた。

 今ここで眠りたいという衝動さえ出てきてしまうほどだ。流石にしないけど、そのくらいには眠いのだ。


 何よりも俺たちを阻んだのは、ダンジョンのダンジョンっぷり(?)である。


 構造は、今までのどの階層よりも複雑で奇怪だった。一生終わらないのでは無いかと思ってしまうくらいには。

 今通っているここでさえ通ったことがあるような気がしてしまう。実際そうかもしれないのが恐ろしい。


 エイミの『魔力察知』はあくまでも方角だけのものだ。どの道を選べば良いかなんて分かるはずがない。


 エイミも疲れてきているようで、ずっと俯いていた。


 早めに安全地帯セーフティーゾーンを見つけて休息を取るべきだろう。

 だがこの1時間、そういうのは一度も見かけなかった。世界には安全地帯セーフティーゾーンがないダンジョンもあるらしいので、最悪無いと考えた方が良いのかもしれない。


「……っ?」


 そう思っていると、開けた広場のような場所に出た。今まで見なかった風景に少し感動を覚えてしまう。


「エイミ!」


 意味もなく、エイミに呼び掛ける。それほどに嬉しかったのだ。


「は、はい!」


 エイミも先程の状態から一転、明るい顔を俺に向ける。

 明らかな違いは、俺たちにとっての天恵にさえ思えた。それほどまでに思い詰めていたという裏返しでもあるが。


 俺たちはその広場の真ん中へと歩を進める。そこから辺りを見渡すと、そこが不思議な場所であることが良く分かった。


 半径20mほどの半球の形をした場所だった。そしてその壁には、水平円上で六芒星を描くかのように等間隔で6つの通路が存在している。どこか神秘的なものに見えるほどだった。


「メル様! あの方角から強い魔力の反応があります。もしかするとあるかもしれません!」


 エイミが嬉々として1つの通路を指差しながら言う。

 あるかもしれない、とは勿論、魔石のことだ。


「! 行こう!」


「はいっ!」


 俺たちは足早に歩き始めた。



──だが、

 そこで俺は、強烈な違和感──いや、を捕らえた。


「────?」


(この構造、見覚えが、ある)


 巨大な広場。

 形は半球。


 それはまるで、を彷彿とさせる光景で──。


(いや、彷彿とか、そういうレベルじゃない。通路がある以外は、まるで、おなじ……)


 その時。


「    ぁ  」


 俺は、『最悪』を想像した。


「っ! エイミっ!」

「ふぇっ!?」


 すぐさまエイミの手を引っ張って走り出すが、


────びきっ。


 とは違い、無骨で、俺たちを嘲笑あざわらうかのようなシニカルな音がその場に響いた。


「「────。」」


 息を飲むとは、真にこういうことを言うのだろう。


 そんな硬直する俺たちを余所よそに、音は連鎖し、壁に入った亀裂は大きさを増していく。

 今更何をしたところでもう手遅れだった。


 ビキバキバキビキィッ。


 ソイツは、

 ソイツは────、


『『オォォォォォ!!』』


 今、産声を上げた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



──メルやエイミだって、流石におかしいと思っていた筈だ。

 いくら少数精鋭とはいえ、Cランク1匹だけな訳無いと。


 だが、張り詰めた緊張と極度の疲労によってそう思わざるを得なくなってしまっていた。

 そう、願ってしまっていた。


 このドームの違和感に気付くことなく、蜜に誘き寄せられた憐れな虫のように、あっさりと、この篭に入ってしまった。


 これはダンジョンの罠であった。


 ダンジョンは、己の魔石を破壊するには必ずここを通らなければいけないように、そう、仕組んでいたのだ。


 初見殺し。

 だが、そんなことをメルとエイミ知るよしもなかった。


 改めて謂おう。


────ダンジョンは、



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 産まれ落ちた存在は、緑の皮膚をしていた。加えてその手には、棍棒を持っている。


 それは、とある最弱モンスターを想起させる特徴である。


 だが彼らは、最弱Gランクモンスターなどという軟弱な存在では無かった。


「ぁ……う、そ」


 少なくとも、俺たちを絶望させてしまうような、そんな存在。


 2メートルを超える巨躯。

 たった今産まれた筈であるのに、彼らの筋肉は引き締まっており、棍棒も背丈ほどの大きさを誇っている。


────セルカとの最初の講習が、思い出される。


『Fランク冒険者ないしEランク冒険者。果てにはDランク冒険者の死因で一番多いのが、』と。


 たった1体でも、それほどの脅威なのだと。

 そう、習った。


「『ソイツの名は──、』」


 口から、震えたこえが行き場を失ったように漏れ出る。



「ゴブリン、ジェネラル……」


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