第41話 その少女ら、『迷宮』に在り



────なぜか、


 体が動いていた。



(庇うつもりなんて、全く無かったのに)



『守らなきゃ』って思って、

 叫ぶ暇もなく突っ込んで──。



 そこから先は、覚えていない。

 私は、死んでしまったのだろうか?



(…………、、。。)



……ははっ、


 私らしくない。

 自分のことなのに、笑いが込み上げてくる。


 失笑ものだ。


 元々、


 私とは違って、レベルも上がる。

 魔法だって、簡単に使えてしまう。


 彼女は何から何まで恵まれていた。

 冒険者になっているのも、ただの好奇心に決まっている。


 そう、思っていた。



 あの時だって、そう。


 わざと『10階層に魔石がある』と言ったのも、全ては、生きることを諦めてほしかったから。


 本当のことを言ったところで、どうせ置いていかれて私だけ死んでしまう位なら、一緒に死んでほしかった。


 我ながら、最低な人間だとは思っている。


 だけど、これが私なんだ。



 結局、彼女は諦めなかった。


 普通なら、諦めるのに。


 まるで、この死という抗いの無い恐怖を感じていないんじゃ無いかと、正気を疑った。


 だが、本当に驚いたのはそのすぐ後のことだ。



 私を──、




────エイミを、







『必要だ』と、

 そう、言ってくれたのだ。



 今度は、耳を疑った。


 こっちは、酷いことをたくさんしたのに。

 やって、しまったのに。


 しかし、それならば、と。

 ほとんど賭けに近かったが、手を組むことにした。

 全く、酷過ぎる手のひら返し。

 彼女につけこんだ、悪魔エイミ


 だけど、

 私は元々、

 そんな、汚く穢れたヒューマンだ。


 根っこの水さえ穢れて、

 それでいて、

 そんな、くそみたいなヒューマンだ。


 こんなことを思っていたなんて知られたら、流石の少女も呆れ果てて私を見放したことだろう。


 だから、私は言わなかった。

 隠し通した。


────生き残るために。



 だけど、こんな汚れた私でも、罪悪感と呼べるものは残っていたらしい。

 ホーネットが近づいて来たとき、体が勝手に動いていた。



 そこで、気付いたのだ。



────万年レベル1のカースのせいで無能の烙印まで押され。


──────


 そんな、無様な私。




 だけど、


 そんな、私だからこそ、






『必要だ』と。



 そう言ってくれたのが、何より、嬉しかったのだ。



「かぱ──、げぽっ」



 生まれて初めての人助けで、命を落とす。

 穢れきった自分には、お似合いの末路である。




 そう、思った。



…………


     ………… 


    ………






ーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ん……」


 エイミが目を開いた。

 あれから5時間後のことである。


「エイミ……っ!」


 俺は思わずエイミに抱き付いた。

 あれだけ血を流したのだ。傷は塞がったといっても死んでしまうんじゃ無いかと心配した。

 とても、心配したのだ。


「め、める、さま……? わたし、いきて……?」

「大丈夫。ちゃんと生きてるよ……っ」


 今回の出来事は、全て俺の甘さが引き起こしたことだ。


 いや、エイミのことだけではない。

 アイツら3人組だって、俺が早いうちにケリをつけていたら死ぬことも無かったのだ。


 だから、

 俺は、


「ごめん……エイミ……ごべんなざい"……っ!」


 謝ることしか、出来なかった。

 いつのまにか、俺の目からは涙が溢れている。嗚咽混じりの謝罪は、それこそ近くにいる者にしか聞こえないほどの大きさしかなかったけれど。


(──なんで、あなたが謝るんですか)


 それで充分だったのかは、分からない。


 だが、それで良いと思った。

 なんとなく。


「メル様……く、苦しいです」

「あ、ご、ごめん……」


 そう言われて、咄嗟に離れた。


「…………」

「………………」


 暫しの沈黙。

 それを破いたのはエイミだった。


「メ、メル様……? 何故、私を見捨てなかったのですか? そうすれば、確実に逃げられたのに……」

「え?」


 いや、

 いやいやいや、


 そんなこと──


「出来るわけ、ない」


 そうだ。

 出来るわけがない。


「私がエイミを守るって言ったのに、逆に守られて……その上、身代わりにするなんて、出来るわけない。


────これからは、どんなことがあってもエイミを守るよ」


「~~~~っ!?」


 これは無責任なことではない。やるのだ。やってみせる。絶対に。


 エイミが口を開いた。

 震えている。


「メル様……わた、し、は……っ」


 だが、不意にそこで言葉が止まった。

 彼女の顔色は悪くなっていた。


 まるで、何か言いたくないことを無理矢理言おうとしているかのような──。


「言いたくないなら言わなくて良いんだよ?」


 声をかける。

 彼女はずっと懊悩していたが、やがて、


「……はい」


 複雑な顔をしていたが。

 まぁ、言いたくないことを言うべきでは無いだろう。


「これから、4階層……最後の階層に、行くよ?」


 俺は話を強引に切り替えた。

 エイミも、それが分かったようで。


「──はい」


 力強く頷いた。


「何が起こるか分からない。けど、絶対にエイミは守る。エイミは生きることだけを考えて」


「……分かりました」


 そんな感じで、一応の方針は決まった。


 これからは4階層──最後の、階層戦場である。

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