第38話 心情と信条


「ごめん」


「良いですよ、仕方無いと思います」


──あんなことをしたんですから。

 と小さく付け加えて、彼女は言った。


 目を逸らし、床を見つめる。


 なんだろう、とても気まずい。


「……ここから出るために、エイミの力を借りたい」


 でも、遠慮している暇などメルたちには存在していなかった。

 一刻も早くここからの脱出を量りたい。


 前途真っ暗な現状だが、エイミのスキルや魔法次第でどうにかなるかもしれないと思ったからだった。

 だが──、


「……恐らく、帰り道は無い、と思います」

「っ」


 淡々と述べるエイミに俺は言葉を詰まらせるが、エイミは尚も言葉を続けた。


「出口があるならとっくの昔に誰かに見つかっている筈です。それが見つかっていない……と言うことはつまり、実質帰り道は、私たちが落ちてきただけ、ということになります」


「────。」


 帰り道は、無い。

 その言葉は、確かに俺の胸を鈍く貫いていた。

 それでも、諦めきれない。


「で、でも……エイミはすごい魔法を持ってるんじゃないの?」


 そう、独創魔法ユニークを彼女は持っている。

 それさえあれば、なんとかなるかもしれないのだ。


──ダンジョンの魔石を砕くことだって、出来るかもしれない。


「やはり、魔法のことに気付いていたんですね」


 床を見つめていた彼女は一転、天井を見上げた。

 まるで、諦めたかのように。

 一体、は、俺には分からなかったが。


「ごめんなさい」


 開口一番に彼女の口から漏れたのは、否定でも希望でもなく、ただの謝罪だった。


「無理、なんです。私の『認識阻害魔法』は不完全なので魔物には見つかってしまいます。それに、私は。MPもありません」


 俺の一縷の望みを、エイミはいとも簡単に切り払う。だが、気になる単語があった。確かゼンも言っていた言葉だ。


「その、万年レベル1って言うのは?」


呪いカースです、それもの。『カースブレイク』でも解けませんでした」


 呪いカース

 確か、特殊な異常状態だと聞いたことがある。

 本来ならば、魔法の『カースブレイク』で解けるらしいのだが。


「この呪いカースのせいで、私は親に捨てられたんですっ」


 え……


「す、捨てられた? それだけのことで?」


「私の生まれは、そういうところだったんです。別に親を恨んでなんかいません。今では仕方が無かったと割りきっています」


 そう言う彼女の横顔は、言葉とは反対に暗くなっていた。


「ごめん」


「謝る必要は全くないですよ。まあ、そう言うわけなので、私が着いていったとしても貴女の足枷にしかなりません。それなら、貴女だけでダンジョンの魔石の破壊に賭けた方が良いと思います。


──つい先ほどまでは、私も、なあんて思っていたのですが、やっぱり、無理そうです」


 エイミは笑ってそう言うと、下──ダンジョンの床に向かって指を差した。


「私の『魔力感知』が、うっすらとですがここから8つ下の階層、つまり10階層に強い魔力があると反応しています。恐らくその階層にダンジョンの魔石があるでしょう」


 それに、とエイミは俺に振り向いて言葉を続けた。


「貴女は私と違って、レベルアップできます。希望はまだあると思いますよ」


「──。」


 ここから、更に8階層……?

 今の階層だけでも精一杯なのに…………?


 例えレベルアップしていくとしても、命が持たない。

 精神だって持たない。


 インプの時のようなことは、もう出来る気がしない。

 そんな俺に、果たして出来るのだろうか?



 いや、違う。

 んだ。


 言葉だけど。


……俺はジャ◯プの主人公とかいう、大したモノじゃない。

 ましてや、女の子ヒロインを救う男の子ヒーローですらない。


 ただの、獣人の少女たぬきっ娘なのだ。

 

 それでも、足掻いてやる。

 ここで諦める方がよっぽどのだ。


 だから、そのためには──、


「やる。でも、


「まあそうですよね諦めますよね……えっ? 今なんて言いました?」


「エイミにも来てもらうって言った。エイミが必要。エイミがいないと無理」


「えっ?……えっ?………ええっ?」


 エイミはすっとんきょうな声を何度も上げた。


「私は魔力感知とか持ってない。エイミがいないと魔石の場所が分からない」


「で、でも、私はレベル1で……足手まといに…」


「私が守る」


「……トクン……」


 エイミはチョロイン。


 だが、すぐに状況を思い出したようで、ブンブンと首を横に降る。


「い、いやいやいやいや、やっぱりおかしいです! 何で、諦めないんですか!」


「諦める理由がない」


「……そっ、そもそも、私は貴女の事を嵌めようとしたんですよ?」


 あぁ、そういえばそうだったな。


「あのときは無事だったから別に良い」


「…………30000サリ──」

「それは許さない(食い気味)」


「えっ……えぇぇぇ?……」


「だから、払ってくれるまで死なせない」


「      」


 エイミが、喋らなくなった。


 …………俺、何か変なこと言ったっけ?(言った)

 いや、やっぱ30000サリスは大事だろ。


「名前……」


「え?」


「貴女の名前まだ聞いて無いです! 一緒に行動するなら教えて下さい!」


「……メル。メルだよ」


「メル様、ですね……」


 それにしても、ずっと思ってたんだが。


「なんで、ずっと敬語なの……? 年はそんなに変わらないはず……」


「く、癖です! 良いじゃないですか! 別に!」


 なんかキレられた。

 まあ、個性を否定するのは良くないしな。


「分かった。じゃあ、よろしく」


 俺は手を前に出す。


「よ、よろしくお願いします……」


 エイミはその手を握った。


 小さな握手だけど。

 俺には、今までしてきたどんな『それ』よりも、大きく見えた。


「……」

「…………」


 よし。

 これで活路が見えて来たように思……、


「…………」


 あ、あれ?

 見えてこないんですけど。

 やっぱ10階層ってキツいんですけど!?


 と、俺が考えあたふたしていると。


「あ、あの、先に謝りたいことがあって……」


 え、まさか、何か異常事態が!? これ以上の厄介事は流石にNGなんですけd──、


「ダンジョンの魔石の位置、10階層じゃなくて4階層、です」


 え、えぇ……(困惑)

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