第37話 ダンジョントーク


「ぅ、うぅ……ここ、は……?」

「!」


 俺の隣で、白髪はくはつの少女が頭を揺らした。

 どうやら、目が覚めたようだ。


 頭を擡げた少女。

 その視線は、少しの間虚無をさ迷ったのち、俺の方へと向いた。

 碧眼と黒目が、ばっちりと向き合った。


「ぁ……」

「大丈夫? どこか痛いところとか……」

「ひぃっ……ご、ごめんなさいごめんなさい殺さないでください許してください……」


 少女は半狂乱になったかのように言葉を連ねる。

 体はガクガクと震え、心底俺に恐怖してしまっていることが窺えた。


 ちょっと、いや、かなりショックである。

 そんなに怯えられるようなことをした覚えは無いのだが。

 何か、誤解しているのかもしれない。


「……何もしないよ」

「ぇ」


 俺が宥めるように言うと、少女は止まった。


「ほんとう、ですか……?」

「うん。する理由がない」


 彼女はそれにホッとして、(それでもまだ少しだけ警戒心を抱いているようであるが) 俺に尋ねた。


「それにしても、ここは……? たしか私は、ダンジョンで………」

「ここはダンジョン黒浪の洞窟。多分、2階層だと思う」

「えっ!?」


 朧気に尋ねてくる少女に告げる。

 すると、彼女は声を荒げた。


「『黒浪の洞窟』に2階層!? あり得ません、だって今までそんなのは一度も──」


「──しっ、静かに」


 咄嗟に、を聞き取った俺は、少女の口を右手で塞いだ。


「ひっ……」


 指の間から声が少しだけ漏れる。

 少女が恐怖で震えてくるのが伝わってくる。


 が、構っている暇はなかった。

 隙間から通路を覗く。


 ちょうどその時だった。


 カツン、カツン、と。


 何か硬いものが落ちるような音が響き始める。その音はどんどん近くなっていく。


 そして、


「……!」


 来た。

 ソイツの姿が、見えてきた。


『カカ、コ……カ』


 それは、干からびた人が発する最期の声のようにも聞こえるし、何か硬いもの同士がぶつかり合う音にも聞こえた。


 その正体は、骨だった。


 見た目は骨、だがその大きさは皆2mは超えており、手には真っ白な長剣が握られている。

 無くなっている筈の眼の部分には、赤く輝くナニカが存在していた。


────D、スカルウォーリアーである。


 これも、エルフの彼女セルカにしっかりと教わっていた。


 耳がないにもかかわらず物音に敏感で、そして何より警戒するべきはDランクモンスターの中でもトップクラスのその膂力りょりょくだ。

 あの骨の白い剣で、岩をも粉砕するらしい。



 実は、先程コイツ (同じヤツかどうかは分からないが) には出会っていたのだ。

 あの時、スカルウォーリアーの降り下ろしで、ダンジョンの床がのである。


 傷もまだ治っておらず、加えて少女を背負っていたため戦うことが出来なかった俺は思わず死を覚悟したが、幸運なことにこのスカルウォーリアーという種族、足がとてつもなく遅い。


 故に、難無く逃げ切ることが出来た。


『カコッ、カカカッ』

「「……」」


 そして今、ある場所に俺たちは隠れている。


 通路の脇にあった少しの隙間。

 そこをくぐると少しだけひらけた空間があったのだ。

 恐らくここは、安全地帯セーフティーゾーンだ。


 セーフティーゾーンとは、魔物が産まれない空間のことである。

 この空間が何故ダンジョンに存在しているのかはわからないが、とにかく、ここが最後の生命線であることに変わりはない。


────早く、速く行ってくれ。


 スカルウォーリアーは、骨と骨が擦れ合う音を響かせながら、俺たちのいる空間の横を通っていく。


 見つかれば終わりだ。


「……」


 俺だけなら何とかなるかもしれないが、ここには少女だっている。      

 彼女を置いていく勇気は俺にはなかった。


「────。」


 心臓が悲鳴をあげていると錯覚するほど早く拍動しているのが分かる。

 体が空気を欲している。

 息だって、今にも荒くなりそうだ。

 

 だが、必死に耐える。


『カコカ、ココ──、』


 結局、スカルウォーリアーは俺たちには気付かず、ゆっくりと通り過ぎて行った。



 緊張が、解ける。


「……っはぁ、はぁ」


 同時に、身体からだ中から冷や汗が溢れ出した。


……このままだと、精神が持たない。

 もうかれこれ10もこの調子だ。

 どうにかして打開策を考えなければ……、


 と、考えていると、右腕がバンバンと叩かれた。

 見ると、右手で口と鼻をがっちり押さえられた少女が苦しそうにもがいているではないか。


「あ、ごめん」


 慌てて手を離す。

 少女は不服そうにこちらを見た後、はぁ、と溜め息をついた。


「……大丈夫です。ここがダンジョンであることは分かりましたから……」


 適応早いね君。

 いや、これはのか。


 そう感じた俺を余所に、少女は「それにしても……」と言葉を続けた。


「貴女は、一体誰なんですか?」

「それ、こっちのセリフ」


 うん、誰やお主。


 ・特殊な魔法(仮)を使う

 ・ステータス鑑定だって防がれる

 ・てっきり強いのかと思えば、ただの荷物持ちだと言い

 ・それもブラフなのかと思えば、実のところ正真正銘嘘偽りない真実だった──。


 こんな状況もあって、俺にはもうワケ分からん状態である。


「……私は、ただのしがない荷物持ちけん雑用です」

「そうなんだ」


 ただの荷物持ちで正解だったらしい(脳死)。


 まぁ、んだろうけど、今はそういうことにしておこう。

 訳アリっぽいしね。


「──っていや、そうじゃなくて。貴女はですか?」

「え?」


 転生したらたぬきっ娘(幼女)だった健全な元高校生男児ですけど?


「あ、いえ、言い方が悪かったですね。私が言いたかったのは、なぜあんなに『戦い慣れてる』のか、ということです」


 あぁ、そういうことね。

 うーん、これまた……


「照れる」

「褒めてないです! ちゃんと答えてください!」


 褒めてなかったらしい。


 というか、そこら辺も俺には分からないんだよな。

 目が覚めたら、ステータスやスキルが既に揃ってた状態だった訳だし。


 言うなれば、『他人が進めていたゲームを急に何も言わずに渡され、途中から、それも内容さえ分からずなんとなく進めている』。


 そんな気分に等しい。


 だけど、そのまま言うわけにもいかないだろう。

 頭が狂ってる認定されてそれで終わりだ。


 うーん、なんて言おう。



──強いて言うならば、


「頑張った、からかな?」


 ここまでのステータスになるには、相当頑張らない無理だろうし、嘘ではない。


「がんばっ……!? そんなことで……? 嘘は吐いてないみたいだけど……」


 少女は驚いていたが、信じてくれたようだ。

 納得はしてないっぽいが。


 というより、最後の言葉が気になる。


「嘘をついてる、とか分かるの?」

「あ」


 しまった、という顔。

 慌てて弁明を始めた。


「え、ええと、ですね……そう! 他人の嘘を見分けるのが少々得意なだけでして……」


 嘘だなこれ。


「それは嘘」

「えっ?」

ダウト

「だ、だう……? い、いえもしかして、貴女も『虚言察知』のスキルを……?」


 おっと、結構チョロいぞこの子。


 それにしても、『虚言察知』、ね。

 便利そうなスキルである。

 是非とも習得したい。


 さて、今の質問、どう返そうか。

 嘘を言えば分かってしまう訳だが。

 

「どうだろうね。で、名前は?」

「……っ!」


 俺は、第3の選択肢を言うことにした。

 、という選択肢を。


 この状況。


 言い方は悪いが、有利なのは俺だ。

 俺が『虚偽察知』を持っているかどうか分からない中、嘘を吐けば、信用ならない、と1人置いていかれるという可能性も有る訳で──。


「…………エイミ、です……っ」


 少女──エイミは、苦虫を潰したような顔をして言った。

 

 今回のは流石に本当だろう。

 ここで疑うのは酷と言うモノだ。


「あの、エイミ」


「……なんですか?」


「ごめん、持ってない、そのスキル」


「……やっぱり、そうでしたか」


 どうやらお見通しだっ分かってたみたいだ。


 彼女は、場違いなまでに乾いた笑みで言った。


「スキル云々よりも、ここは本当のことを話さなくちゃ、って思ってましたから」


「エイミ……」


「──でも、私を試すような真似をしたことは忘れません」


……おっふ。




『許しません』ではなく、

『忘れません』だったことに、


 エイミの優しさを感じたメルであった。

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