第36話 Eランクモンスター



 階下、沈黙の階層(仮称)。


 そこにいきなり、長年満ちることの無かった轟音が響き渡った。言わずもがな、メルたちの足場が崩れたことによるものである。


『グギ──かピゃき』


 たまたま真下に居た運の悪い魔物らは、降り注ぐ岩石の前に抵抗することなくその命を散らした。


 これでもかと言わんばかりに降り注ぐ。


 地と岩がぶつかる音。

 岩岩が衝突し、破砕する轟音。


 十中八九、ヒトの鼓膜を蹂躙するであろうそれは、落ちる岩石を含め、確かにヒトを殺すモノである。


 そんな崩壊は、数十秒後に収まった。


 そして、しばしの沈黙。

 それが10秒であったのか、10分であったのか、はたまた1時間だったのかは最早知るすべはない。


 だが、突如。


 ガラッ……


 積もっていた瓦礫が崩れ始めた。

 そして、そこから立ち上がる小さな人影。


「うっ……く、ぁ」


──数多の血を、全身から滴らせるメルである。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 


(危なかった……めちゃくちゃ痛いし……)


 俺は、瓦礫から抜けるとすぐに回復魔法を発動させた。

 全身の痛みが徐々にではあるが消えていく。

 今使える中で一番回復出来る魔法、『グレートヒール』である。グレートヒールはレベル8の上級魔法でありながら、詠唱の時間が少ない魔法だ。

 その分MPを消費してしまうが……


 俺は確認のためステータスを開く。


ーーーーーーーーーーーーーーー

Lv:16

HP:357/422

MP:414/464

SP:324/443

ーーーーーーーーーーーーーーー


……よし、ある程度は回復できている。

 グレートヒールを使える回数も限られているので、慎重に行きたい。

 辺りを見渡すが、ごつごつした岩肌が見えるのみである。

 魔物はまだいない。


 いや、潰されたのか。


 俺たちが落ちてきた筈の天井を見上げても、そこにはだけだった。


「……」


 ん? 俺


「あ」


 自分と一緒に落ちていた人の存在を思い出した俺は、直ぐ様瓦礫の撤去に移った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 瓦礫の撤去には土魔法のレベル7のアースコントロールを使った。

 制御する土の量が多くなれば多くなるほどMPが増えていくのが難点だが、瓦礫を割るだけなら消費MPは最小で済む。


 後は小さくなった岩を自分の力で除けるだけである。めっちゃ大変だったけど。


 1時間もしない内に、全員見つけることが出来た。


「……」


 少女以外は、が……

 唯一息をしていた少女も危ないところであった。


 少女にはグレートヒールを2回重ね掛けし、後は自分メルの服を破いて、治っていない部分を補強する形で巻いておいた。

 未だに気絶しているが、峠は越えたと思う。


「……ちょっと、キツいな」


 救える命は救ったが、俺はとてつもない悲壮感に苛まれていた。

 悪人であったとは言え、これでは後味が悪すぎる。

 あの時、『黒浪の洞窟』に入ることを(武力行使を使って)無理矢理にでも止めておくべきだったと、今更ながらに後悔した。


 今更、どう考えてもあとの祭りにしかならないが。


 俺は無理矢理気持ちを切り替え、改めてMPをチェックする。


……残り50、か。


 思いの外、アースコントロールでMPを消費してしまっていた。

 まあ、あれだけの岩の撤去を自分1人でおこなったのだ。寧ろ少ないMPで済んだと言えよう。


 だがしかし、それでもグレートヒール1回分のMPしか残っていないのも事実だ。

 MPは大体1分で1回復するため、これからは管理が重要になってくるだろう。使うタイミング1つで命が左右される。


「っ!」


 そう思うと、途端に足がすくんだ。


 俺は、落ち着きを取り戻すために今の状況を自問自答する。


ここは?

──ダンジョン。


少女の安否は?

──無事。


ゼンたちは?

──死んだ。


MPは?

──残り少ない。


帰り道は?

──見当たらない。


助かる?

──────不明。


「…………」


 雲行きは怪しい。

 天井は既に塞がっているし、助けも無いと考えて良いだろう。


 生き残るために取れる行動は2つに1つ。


 帰り道を探すか、ことである。


 この2つなら、帰り道を探した方が良いような気もする。


 後者だと、まずこのダンジョンが何階層あるかも不明瞭だし、それにダンジョンの魔石には──、


 ひた……


「!」


 思考を巡らせる俺の前に、ソイツらは現れた。

 足音を増やしながら近寄ってくる。


 肌は紫で、体躯はゴブリンよりも小さい。しかし、それよりも真っ先に目に入るのはその特徴的な爪だ。10cmはあろうかという爪は、信じられないほどに尖っている。

 全く肉が無いように思われるその体つきに、異様なほど鋭利な爪。そのアンバランスさが余計に恐怖を駆り立てていた。


「……!」


 俺はその姿を見て少し後退る。

 何故ならセルカに、ソイツは危険だと教わっていたからだ。


『ケケ』

『ケ』

『ギギギッ!』


──インプである。


 俺のそんな様子を見て『ケケケ……』と鳴き声を発するインプは、まるで嘲笑っているようだった。いや、実際そうなのかもしれないが。


 インプはEランクモンスターである。

 そのEランクの中でも随一の速さをもち、その暴力的な爪で対象を八つ裂きにする。

 小隊のように群で行動し、その厄介さはD以上だと言われさえもしていた。


 俺は反射的に鑑定を行う。


ーーーーーーーーーーーーー

種族:インプ(Eランク)

名前:

状態:飢餓


Lv:23

HP:112/183

MP:98/98

SP:109/211


力:164

耐久:102

敏捷:398

器用:231

魔力:76


スキル:連携Lv4

ーーーーーーーーーーーーーー


 やはり敏捷が高い。ゼン単体とコイツ、どちらか厄介かと言われれば間違いなくコイツだろう。


 そしてそれがだ。

 正直、かなりキツい。


 スキルにも『連携』という初めて見るスキルがあった。

 効果はその通りなのだろうが油断は出来る筈もない。

 寧ろあの魔物が連携してくるのだから、余計に厄介と言えた。


 HPが少ないのが幸いか?

 状態も飢餓だし、勝機はある、と願いたい。

 どちらにしろ、やらないと待つのは死だ。


 俺は剣を構えた。


 魔法は無詠唱ができる風魔法しか使えない。そもそも、ケガをすることも考えれば、魔法は使わないで勝つことがのぞましい。


『ケケケ』


 そう考えている内にも距離が近づいていく。


「──シッ!」


 先に動いたのは、俺だった。


 右端のインプに接近し、剣を振るう。もちろん狙いは胸の魔石だ。

 当のインプは全くもって反応できていない。


(いける!)


 あっという間に剣が、胸に吸い込まれてき──、


 ガギンッ! と、インプによってそれが阻まれた。


「うそ……っ!?」


 今の音は、爪と剣がぶつかった音だ。

 剣で爪が切れないなんて思ってもみなかった俺に、一瞬の隙が出来てしまう。


『ケケケ』


 魔物インプは嗤う。

 その隙を見逃さんとばかりに、別の2匹のインプが俺に爪を振るった。


 俺は慌てて回避に転じた。

 体を捻るようにしてその攻撃を避けようとする、が……


「うっ!」


 その攻撃は、俺の腹と右足の太股を少し切り裂いた。

 避けなければ、あのままぱっくり逝っていただろう。

 そんな事実に、サーッと血の気が引いていく。


 恐らくだが、この革の防具も役に立たないだろう。


 俺は避けたままの勢いを殺さずに、バックステップで再びインプと距離を取った。


 数瞬ののち、俺は再び斬りかかる。

 しかしどうしてもインプの連携を崩すことが出来ない。


「いっ……!」


 一方こちらは傷を負うばかりである。


『ケケッケ!』


 そんな無様なメルに、インプが爪を降り下ろす。


 咄嗟に剣を掲げて、防御体勢を取った。


 だがついに、バキン……! と、なんとも呆気ない音を立てて剣が折れた。


「ぇ」


 大量のゴブリンとの戦いに、Eランクモンスターであるインプとの戦い。元々初心者装備である筈のそれは、それに耐えるほど丈夫には出来ていなかったのだ。


 すっ


 なんとも、拍子抜けした音が左の耳朶じたに触れた。

 それがなんの音だったのか、それに気付いた頃には。


────左肩を深く、深く、切り裂かれていた。


「ぇあ」


 血が、有り得ないほど吹き出る。

 それこそ噴水みたいに。


 場違いにも、あぁ、ホントにこんな感じになるんだと、感心さえしてしまう。


 だが、それは一瞬だ。


 遅れてきた途方もない痛みが、俺を現実に引き戻した。


「……あ、ああああっ!!」


 頭がチカチカする程の痛み。


 白黒の明点。

 縞々の光景。

 曲がる視界。


──横に、なりたい。

 そんな気持ちが、脳内ないし身体全体を支配した。

 だが。


「~~!」


 無理矢理、足を動かして距離と取った。


 明滅する視界の中で、が映ったのだ。


 メルが死ねば、あの子はどうなる?

 言うまでもなく、ぐちゃぐちゃにされるだろう。


 それは嫌だった。

 のは、もう嫌だった。



……こんなねがいをしたことが、前にあったのだろうか。


 強く、

 ひたすら強く、


 そう、思ったのだ。


「ぅ、く」


 しかし過程はどうあれ、死ぬことは回避出来た。

 全身から、何より左肩から血が今も尚溢れているが。


『ケケケ……』 


 元々醜悪な顔であるインプは、その顔を笑みによって更に歪ませる。

 勝ちを確信したのだろう。


 確かに、このままでは俺が負ける。


 ならばここは、使


 魔法の行使に踏み切った。


 攻撃魔法では効率が悪いため、俺は風魔法のレベル4、『ヴィエントエンチャント』を発動させた。

 だがそれも長くは持たない。勝負は一瞬で決めなくてはならないだろう。


 チャンスはインプが油断しているこの瞬間だ。


「しぃっ!」


 俺は歯を食い縛り、疾走する。


 向かう先は、落石のすぐ横──


 俺はフールの使っていたロングソードに手を伸ばした。

 そのグリップを掴むと、手にずっしりとした重量を感じる。


 俺は身に合わないロングソードを持つと同時、インプの元に突貫した。


『ケッ!?──ガ……!』


 流石のインプもこれには反応出来ず、1体がそのまま胸を貫かれてその姿を灰と化した。


 インプらに動揺が走る。


 今度は、こちらのこうげきだ。

 俺はそれを見逃さず、風で無理矢理剣の軌道を横に変えて、その勢いのまま近くにいたインプの首を跳ね飛ばした。


 あっさりと2体目が絶命する。


『ケギャギャ!』


 だが、インプはゴブリンの時とは違い半狂乱になったりせず、正確に俺を爪で裂こうとしてきた。

 狙ってくるのは俺の胸──心臓である。


 剣は振り抜いた状態で、回避は不可能。


 だが、俺はそれに、


 インプの爪が、胸に吸い込まれていく。

 笑うインプが視界を占める。


 あと少しで当たる──その瞬間とき、俺は風の出力をあげた。


「──つあぁっ!」


 本来、革の防具を貫く筈だったそれは、


 そして、さく、と。


 革の防具を浅く切り裂いたところで、インプの爪が止まった。


『……?』


 インプは何故切り裂けなかったのか、理解できずにいた。

 自慢の爪が、なぜ受け止められたかを、理解出来なかった。


 大きなチャンスが、生じた。


 俺はその隙に、ロングソードを横からインプに叩きつけた。

 小柄な体が、為す術もなく吹き飛ばされる。


『ガギ!?』


 俺よりも数段小さいインプはそれに抗うことも出来ず、を巻き込んだ。


 俺は間髪入れず、風の出力を今出来る最大にして、インプに突貫。

 壁にぶつかって重なっている3体のインプを串刺しにした。


『『『グギャァァッ!?』』』


 インプらは叫び声を上げて、絶命した。


「はぁ、はぁ」


 インプはもういない。


 俺の、勝利であった。


「……」


 ステータスを見ると、HPが43しか残っていなかった。

 MPも底を尽きそうである。


 ちょっと休むべきだろう。




 今使えるだけの回復魔法を掛けた後、俺は未だに気絶している少女を背負って、隠れられるところを探し始めた。



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