第35話 イレギュラー


 (ここで最後……?)


 初めてのゴブリンの戦闘から1時間後、俺たちは黒浪の洞窟の最奥へと来ていた。


 戦闘もこなしながらでの1時間だし、距離で言えば歩いて20分も掛からないくらいだろう。


 来る途中に分かれ道も無かった。聞いた通り滅茶苦茶簡単なダンジョンである。


 今、俺の前に見えるのは、部屋みたいなドーム状の形をした場所だ。天井は今まで通ってきたところとは比較にならないくらい高い。目を凝らしてもよく見えない程で、恐らく20m以上は軽くあるだろう。


「ここって……」


 セルカがこの場所について、なにか明言してたような気がする。

 が、思い出せない。

 なんだったっけ。


 そう悩む俺に、ゼンが得意気に話しかけて来た。


「ガキ、見えるか。ここがダンジョンの一番奥だァ。広いだろォ?」


 まぁ、うん、広いな。


「うん」


「なンッだよ味気ねェなァ。折角苦労して連れてきてやったんだから喜べよォ? オラ、綺麗だろ?」


 不服そうなゼンは、俺の腕を引っ張って自分の前に立たせ、ほとんど無理矢理にドーム内を見させた。


 まぁ別に良いんだけどさ。


 見ると、半球状であるのがよく分かった。

 青い光を放つヒカリゴケが群生しているようで、岩肌が綺麗なブルーに染められている。

 天然のプラネタリウムと言えば分かりやすいだろうか。

 まぁとにかく、綺麗だった。


 ゼンが自慢気になるのも分かるな。


「……やっぱり広い」


 奥行きも40mはあると思われる。

 

 因みにだが、今まで通ってきた通路の天井は5mくらいである。こうして見ると、このドームがとてもデカいのがよく分かった。

 

 俺はこの時、少しながらも、ダンジョンという神秘に魅了されていた。



────だからだろう。


 俺は、、それを把握することが出来ていなかった。


 直後。


「──がっ!?」


 背中に強い衝撃が走った。

 体が反対にくの字に折れ曲がった俺は、受け身も取ることも出来ず、全身を打ちながら10mほど転がっていく。

 そして、停止。


 何が起きたのか。

 

 頭が数瞬フリーズするが、直ぐに状況を理解した。


(……嵌められた!?)


 バカか俺は。

 いや、バカだ俺は。


 こいつらに背中を許してしまっていた、先程の自分を殴りにいきたい。


 口の中に血の味が広がっていく。どうやら口を切ってしまったようだ。全身も傷だらけである。


 ダンジョンの表面は固い岩のような感じなので、そこで切ったのだろう。

 痛みはもちろんあるが、まだ大丈夫だ。

 あの3人相手になら、まだ、戦える。


「バぁカがァ! 気付いて無いとでも思ってたのかァ!? そっちの考えはこっちに筒抜けだったんだよォ!! ギャハハハハ!」


 ゼンが笑いながら叫ぶ。

 その笑みはまさしく下衆ゲスだ。


 にしても、一体どこから情報が漏れたのだろうか。

 あの話を知っているのは信頼出来る人たちだけな筈なのだが。


 答えはすぐに見つかった。


「……あ」


 もしかしなくても、フードのヤツが聞いてたのか!?

 あり得る、というよりそれしか考えられない。


 ギルドの中で話をしていたから大丈夫だろうと思っていたのだが、それが裏目に出てしまったようだ。



 と、次の瞬間、更に混乱することが起こった。


「ほォら、テメェも行くんだよォ!」

「──ぇ? きゃぁ!?」


 ゼンは何故か、フードのヤツにものだ。


 その小さな体から悲鳴が上がった。

 フードをはだけさせながら、俺と同じところまで吹き飛ばされて来る。


 その頭は、フードが外れて、今までずっと隠されてきた顔があらわになっていた。


「……ぁ、う」


 少女だった。


 整った可愛らしい顔立ち。ボサボサになっている少しピンクがかった白髪は、女児にしてはやけに短く雑に切られている。

 その閉じた目が開けられると、そこには美しい碧眼があった。


「ヒューマン……?」


 それに彼女は、ドワーフではなかった。

 アルマ曰く、ドワーフの髪は。物理的に。


 アルマが密編みを幾重にもしているのは、その長すぎる髪を地面につかないようにするためらしい。


 それに比べ、どうだ。

 目の前の少女は髪がバッサリと切られているではないか。


 相変わらず鑑定出来ないので断定は出来ないが、ヒューマンである可能性が高い。

 当の少女ヒューマンは顔を上げ、ゼンたちに抗議の声を上げた。


「話が、話が違います! 何でこんな……!」


 仲間割れ、だろうか。

 急展開過ぎて俺にはなんのこっちゃという話である。


 だが、出来ることはやっておこう。

 俺はポケットに手を入れ、ゼファーから託された録音の魔道具マジックアイテムのスイッチを入れておいた。


 それと同時、ゼンが喋り出す。


「これだからバカは困るんだよなァ。ギルドの野郎に疑われた時点で、のが当たり前ってもんだろォ?」


「っ……!」


 そう言うことか。大体読めてきた。

 俺はてっきりこの少女がコイツらに協力しているものと思っていたが、どうやら違っていたらしい。


 恐らく、この少女は利用されていたんだろう。そして、バレそうになったから殺す、と。


「そんな、ことって」


 少女は、絶望したように地面に手をつく。


 俺も、コイツらがしようとしていることが分かった。

 この場所の特徴を思い出したのだ。


『一応言っておくが、黒浪の洞窟の最奥には人が入ると』


 セルカが確かに言っていた。

 そう、ここは──、


『魔物が、湧く』


 

────ぱき。


 ナニカを。


 それこそ、雛が卵を突き割ろうとしているかのような音が突如響いた。

 だが雛のそれとは違い、暖かみのあるものではない。

 俺には、おぞましいとしか感じられなかった。


 それが

 その音は次第に大きくなりついに、ビキッ、と。




 魔物が、産まれ落ちた。



『『『グギャァァァ!』』』


……いやまあ、ゴブリンなんですけどね。



「最近冒険者になって、魔物を一体も殺ったことがないガキと、の雑魚には過剰戦力だろォ?」


 ゼンが嘲笑いながら言う。

 確かに、そう見えるだろう。


 だが、それは間違いだ。


 俺のステータスは、平均350を超えている。対してゴブリンのステータスの平均はおよそ50(備考:全てのステータスに差が100あれば相当なユニークスキルが無い限り簡単に勝てる)。


 セルカの言う通りなら、このゴブリンはドームからは出られないらしいので別に逃げても良いのだが、ここは倒しておいた方が良いだろう。


 ゼンの、『万年レベル1』という単語がどういうことなのかは気になるが、今は置いておこう。



──勝てる。


 俺は腰から剣を引き抜いた。一応、もしものためにMPは温存しておきたいので魔法は無しだ。


「ギャッハハハハ! そんなんで勝てると思ってんのかァ?」


 何か言ってくるが無視をする。


 俺は動き始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……え、え?」


 私の目の前では、訳の分からないことが起きていた。

 黒目黒髪の少女が無謀にも剣を抜いたかと思うと、その瞬間、のだ。


 それが、目にも止まらないほど早く移動しているからだと分かったときには、10


 速過ぎる影は止まらない。


 ゴブリンの胸、首、頭、急所という急所が切り刻まれていく。この数瞬で、5体。


 この時点で、戦闘が始まってからほんの10秒。この圧倒的短時間に対し、残るゴブリンはなんと半分以下だ。


 ゴブリンは、戸惑う暇もなく解体されていった。


 強すぎる。

 強すぎた。


 私は言うまでもなく、Eランク冒険者ですら、彼女の次元に到達することすら敵わないだろう。少なく見積もってもD以上の実力が彼女にはあった。


「は? え、何が起こ……え、は?」


 男らも、私と同じ心境のようだ。


 一部のゴブリンが半狂乱になって棍棒を振り回すがそれも意に介さず、が宙を舞う。

 ゴブリンの首が胴体から弾け飛んだ。


 だった。


 そして、20秒が経つ頃には死体の山が出来上がっていた。

 そのいただきには、黒髪の少女が1人佇んでいる。


「……」

「……」

「……」


 5人の間に流れる無音。


 そして、


「────、」


 ゆっくりと、彼女のまなこが私と男らを射ぬいた。


 その時。


「──っ!?」



 全身に悪寒が走った。

 気のせいでは、ない。


 私には、

 魔物の返り血を浴びた彼女がどこか、

 


『復讐者』に、そう見えたのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……」


 ゴブリンを全て倒した俺は、少女が無事なことを確認した後、ゼンの方を向く。


 当のゼンたちは、口をぽかんと開けたまま固まっている。

 そんなゼンに、俺はあの魔道具マジックアイテムを見せた。


「これ、録音させてもらった。自首すれば殺人未遂のことは無かったことにする。どうする?」


 俺は、条件を出すことにした。

 1番良いのは、このまま自首してくれることだが……


「ど、どんな手品を使いやがったのかは分からねェが、オレだってゴブリン30体くらいはれるさ! ゴブリンを倒したくらいでいい気になるなよ! ガキィ!!」


 さっきまで良い気になってたのはどっちだよ。


 この世界には、良い人と悪い人が別れすぎてやしないか?

 この体が既に鍛えてあったのは、こういうことのためなのかもしれない。


 そんな俺の内心が通じる筈もなく(通じても困るのだが)。

 ゼン、アントン、フールの3人はそれぞれの得物を構えてこのドームの中に入ってきた。


 やはり、思った通りにはいかないようである。


 ステータスには100近い差があるが、3人となると不安要素も出てくる。

 ならここは、速さで撹乱しつつ──、


 その時だった。


「!?」


 ダンジョンがのは。


「「「うおッ!?」」」 

「きゃぁ!」


 はっきりと知覚できるほどの揺れに、ゼンと少女は声を上げる。

 アントンとフールに至っては、みっともなく転んですらいた。


 地震か……?

 でも、こっちに来てから地震なんて経験したこともない。

 頻度が少ないだけかもしれないけれど。


 だがそれでも、今がチャンスだということだけは分かった。

 剣に手を掛け、低く構える。


「──しっ!……え?」


 そして、3人へ迫ろうと1歩を踏み出そうとして、それに気付いた。



 足元に、が入っていることに。


(え、これヤバくね?)


 今尚大きくなっていくその亀裂は、あっと言う間にドームを埋め尽くした。



 地面が、揺れてるんじゃない。


 


 そう気付いた時には、轟音とともに、足場が崩れていた。






──誰かが言った。


『黒浪の洞窟にダンジョンの魔石は無かった』と。



 


『そんな訳無いだろう』、と。


 だっただけだ。


 それが今まで隠されていた。

 たったそれだけの話。


 

 

  ダンジョンは、ここからである。





 俺たちは為すすべもなく、階下へと落ちていった。

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