第32話 それだけ


 少しの沈黙のあと、俺はたどたどしく言った。


「そ、それだけあって、まだ完全な証拠にはならないの?」


 俺がそう聞くと、ゼファーは渋い顔をする。


「あぁ、これはあくまで状況証拠に過ぎないんだ。最後のやつも俺が見たってだけだしな。俺が嘘を吐いてるってアイツらが言ってしまえばそれで終わりだ。多くの目があれば良いんだが、如何いかんせん何も出てこない」


 なるほどな、それで検挙出来てしまえばこの世の中が冤罪だらけになるということか。


「ん、分かった。でも潜入調査って何をすれば良いの?」


 問題はそこである。

 入るのは良いが、果たしてどうやって。


「あぁ、そこで、嬢ちゃんにはコイツを持っていてもらいたい」


 ゼファーはそう言いながら俺に棒状のガラスのようなものを手渡す。

 その中は、プリズム状でもないのに淡い色が輝いていた。どこか神秘的である。


 俺が不思議そうに見ているとゼファーが意気揚々と喋り始めた。


「そいつは魔道具マジックアイテムでな、出来るという特性を持ってる。試しにその端を強く押してみてくれ」


 魔道具マジックアイテム、よくラノベで出てきるヤツか!


 俺はそう思いながら、言われた通りに端の少し出っ張っているところを強く押した。


 それから暫く待ったが何も起きない。

 何か間違ったのだろうか。


 困惑した顔でゼファーの方を向くと、ゼファーは笑いだす。


「ハッハッハッハ! 嬢ちゃん、もう2回押してみろ」


「……うん、分かった」


 言われた通りに2度強く押してみる。

 すると、

 

『…………………ハッハッハッハ!嬢ちゃん、もう一回押してみろ……うん、分かった』

「!?」


 先程喋ったことがその透明な棒から聞こえてきた。ちゃんと声で誰が喋っているかも分かる。


 いやスッゲェな。

 この透明な棒のどこから声が出てきてるんだ、意味分からん。


 それを見て、ゼファーは大変自慢げに微笑んだ。


「驚いたか? 1回目で音を記録し始めて、2回目で終了。3回目で録音したものを聞ける魔道具マジックアイテムだ。本当なら映像を記録できる魔道具マジックアイテムで俺だけで解決する方が良かったんだが………すまん。お金が足りなかった」


 やはりこういう手の物はかなり高いらしい。

 ちょっと気になったので聞いてみることにした。


「これはいくらしたの?」


 ゼファーは少し渋った顔をしたがすぐに喋ってくれた。


「200万サリスだ」


「ブーッ!?……ゴホッゴホッゴホッゴホッ」


「お、おい嬢ちゃん!? 大丈夫か!」


 え、今俺200万握ってんの!?

 じゃあさっき言ってたカメラみたいな魔道具マジックアイテムは一体いくらするんだ。

 に、2000万くらいか?


…………なんか疲れたな、もう値段を聞くのは止めておこう。


「だ、大丈夫……で、それを持って潜入。それらしい会話をしているときに録音すれば良いの?」


「あぁ、簡単に言うとそういうことになる」


 一応は分かった。


 だが、そう簡単に上手くいくだろうか?

 そもそもパーティーに入れてくれるかどうかすら怪しいんじゃないか?

 それに、もし入れたとしても、そう簡単に話すとは考えにくい。


 俺が不安そうな顔をしていることにゼファーは気づいたらしく、「大丈夫だ」と言って話を続ける。


「パーティーへの潜入に関しては問題ない。俺の読み通りならすんなり受け入れてくれるだろう。問題は喋ってくれるかどうかだが、それはこれを使う」


 ゼファーはそう言って懐から小さな瓶を取り出した。

 そのなかには謎の赤い液が入っている。


「これは……?」


「これはスフィンクスの血だ」

魔物スフィンクスの………血?」


 ゼファーは頷く。


「そうだ。スフィンクスの血は、飲むと何を聞かれても真実を話してしまうという性質を持ってる。しかも飲まされた本人はそれをおかしいとは思えないって言うのがミソでな。嬢ちゃんにはそのパーティーのヤツらにこれを飲ませてほしい」


 うわっ、これまた高価そうな……。


 だがなるほど、どうやって聞き出すかという問題はそれで解決するわけか。でも、こんなに真っ赤なのに気付かれないだろうか?


「スフィンクスの血は薄めても効果を発揮する。そこで、だ。お嬢ちゃんはソイツらを『熊の蜜嘗め亭』に連れて言ってほしい。そこで働いてるからまける、とかなんとか言ってな。そのときに酒に入れるんだ」


「ちょ、ちょっと待って。そんなことアルマが許さないと思う……」


 食べ物のことになると鬼のようになるアルマのことだ。そんなことは許さないだろう。


「大丈夫だ。もうアルマさんには話はつけてある」


「へ?」


 そうなの?


「いくらアルマさんでも悪人を守ったりする真似はしないさ」


 た、確かに。

 それはそうか。


「わ、分かった。やってみる」


 よし、やってやるぞ。

 待ってろ俺の30000エリス。


 と、その時、『スパンッッ』とゼファーの頭を誰かがはたいた。


「いっ!」

「!?」


 俺とゼファーは、叩いた人物の方を向く。

 そこには、


「何を言っているのだ貴様は…………寝不足でとうとう髪だけでなく頭のネジも飛んだか」


「セルカ!?」

「セルカさん!?」


 ギルドの受付嬢──セルカが立っていた。


「ゼファー、貴様は少し寝ておけ。もうと聞いたぞ。自分の提案がメルを危険に曝すことになるかもしれないということも考えられないようだな」


「あ……」


 セルカの言葉にゼファーは呆然とする。

 そして一瞬ののち


「す、すまなかった! 嬢ちゃん!」


 謝った。

 正座で頭を地面につけている。見事なまでの土下座であった。


 この世界に土下座ってあったんだなぁ……っていやいやそんなこと思ってる場合じゃない。


 セルカの言う通り危険かもしれない。

 でも、ゼファーも折角ここまでやってくれたんだ。やらなきゃ漢が廃る。


 セルカには悪いけど。


「ゼファー、セルカ……やるよ?」


 言葉は、それだけで良い。

 二言はない。



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