第31話 犯人の足跡


「何故そんなところで30000サリスなどという大金を持ち歩いていた? 近頃スリが多発していたのはお前でも知っていただろうに」


 そう言うのは受付嬢のセルカだ。

 今日の分の薬草を届けようとしていると、心配した顔で俺に訪ねてきた。

 

 俺からこのことを言ってはいないのだが、どこからか伝わってしまったようであった。まあ、大声で叫んじゃったしな。


 ちなみに、自分から言わなかったのは理由が理由だからだ。3人へのプレゼントを買おうとしてスリあったなど言える筈もない。


「ごめん……」


「何故謝る。まぁ、良い薬にはなっただろう。これからは気を付けることだ」


 やはりと言うべきか。

 セルカはいつだってド正論の塊だ。

 だがそれで不快にならないのだから、こちらもかの聖人ゼファーと一緒で100%善意で言ってくれているのだと分かる。


 この世界にスリを取り締まる法律はない。

 個人で捕まえて、個人で勝手にしてくださいって感じだ。

 流石に殺しとかになると騎士らが動くらしいが。


「うん………」


 セルカの忠告に素直に頷く。


「まぁ、次の冒険者も待っている。今日は一先ひとまず──」

「ね、ねぇ、セルカ」

「ん? どうした?」


 俺はセルカの言葉を遮って、あれからずっと気になっていたことを聞いた。


ってあるの?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 俺は『熊の蜜嘗め亭』の屋根裏──俺の部屋で、セルカに言われたことを思い出していた。


『可能性は、なくはない。だが、それは源流魔法オリジナルでは無いだろう。恐らくは独創魔法ユニークだ。ただ、一介のスリがそれを持っているのもおかしな話だが』


 と、言うことであった。


 オリジナル?

 ユニーク?

 ナニソレ分からん。


 なので、説明してもらった。


 曰く源流魔法オリジナルとは、風魔法や回復魔法などの俺が覚えている一般的な魔法のことを言うらしい。

 

 対して独創魔法ユニークとは、既存のものとは異なる魔法のことである。今回であれば、不可視魔法(仮)がソレに当たる。


 俺はあのとき確かに考え事をしていたが、流石にポケットから抜かれれば気付くと思う。スリで有りがちなぶつかられることも無かった。


 他の被害にあった人達も、いつのまにか財布が無くなっていたらしい。


 俺の仮説は正しいと思われる。


 ただ、セルカはこのことをあまり信じていなかった。

 と言うのも、


『ユニークは莫大な時間と研鑽の積み重ねだ。完成に辿り着くには相当な長寿では無い限り、たった一世代ではほぼ不可能。それこそ何十世代にも渡る膨大な時が必要になる。それに加え、扱えるようになるためには常軌を逸したセンスと時間がいるらしくてな。故に、ユニークの研究をしているのは、公明な魔術師や、上級貴族だけだ』


 ということらしい。


 ふむ。

 とにかくすごいまほーってことだな!


 まあつまりは、ユニークを使えるならスリをしなくても食べていけるくらいの価値がある魔法ということだ。


 そんな話を聞けば聞くたび、俺の考えは違うのではないかと思い始めてしまう。


 だが、ここで諦めてしまえば俺の30000サリスの無念を晴らすことは出来ない。


 結局、俺はそれから2時間に渡って考え続けた。



 そして、俺の中で結論が決まった。



 【結論】。


「逆に考えるんだ。あげちゃってもいいさ、と……」


 


ーーーーーーーーーーーーーーー



『──いや、


       よくねーよ!!?』


※汗水垂らして稼いだ大事な大事な大金を盗まれたのだ。

 ちょっと精神が狂っていても可笑しくはない。

 なので許して欲しい。


 とまあ、そんな感じでここ最近少し病んでいた俺だったが、スリにあったちょうど1週間後、急に事態は動き出した。


「3人組の冒険者パーティー、『夜狼やろうの爪』が怪しい?」

「あぁ、ずっと調べてたんだが、そのパーティーが最近のスリ騒動に関係している可能性が高い」


 俺にそう言うのは、顔に隈が出来て余計に怖くなっているゼファーである。

 例のことはゼファーには話してないのになんで知ってるんだという問いは、答えが分かりきってるのでもうしない。

 多分セルカと同じような感じだ。

 というか、メルだけのために隈まで作ってまで調べてくれたの? 聖人過ぎない? という問いも野暮だ。だって聖人ゼファーだし。

 ここはお礼だけ言って素直に聞くが吉だろう。


「調べてくれてありがとう。それで……なんでそのパーティーが?」

「ああ、まずな。『夜狼の爪』はEランクのパーティーなんだが、受けてるクエストと浪費している金の釣り合いが取れないんだ」


 ほう、それは怪しいな。

 火の無い所になんとやらだ。


「そのパーティーが受けてるクエストって言うのが、ゴブリン退治──所謂Gランク冒険者向けのクエストで、報酬はたったの2500サリスしかない。それを3人で分けるとなると1人1000サリスの取り分もないんだ。嬢ちゃんならそれがおかしいのも分かるだろう?」

「うん、おかしい」


 俺みたいに住み込みじゃなければ、1日最低1500サリスは稼いでおかないといずれ必ず破綻する。

 裏があるとしか思えない。


 ゼファーはそれに頷きを返すと、さらに話を続けた。


「それでもきな臭いって言うのに、そいつらは毎晩飲み歩いているらしい。必ず10000サリスは使うんだとよ」


 真っ黒じゃねぇか。

 いやでも、もしかしたら勘違いってこともあるんじゃないか? 

 家が裕福だとか、何かの副業をしているという可能性だってある。


「まあ、それだけじゃあ完璧な証拠にはならない。素性を勝手に調べることは禁止されてるしな」


 どうやらゼファーもそれは分かっているようだ。

 じゃあ、何故俺に『夜狼の爪』が怪しいと言ってきたんだ?

 他に理由があるのか?

 

「だが昨日の朝、壁の外へ出た『夜狼の爪』の後をつけてたら意外なことが分かったんだ。白亜の森の手前でフードを被ったやつが出てきたんだ。遠くからだったもんで詳しくは分からなかったが、パーティーのヤツらの身長から考えてお嬢ちゃんくらいの背丈だ」

「!」


 急に現れた、か。

 これは決まりだな。

 背丈が小さいってことはドワーフか? ドワーフなら長寿だろうし、独創魔法ユニークが使える可能性もなくはない。


 それだけで食っていけるだろうになぜそうしないのかという新たな問題も出てくるが、まあ、考えるだけ無駄だろう。

 ここまで証拠が出ているのだ。

 疑う方が愚行である。


 どちらにせよ犯人が分かっただけでもめっけ物だしな。


 そしてそれをギルドに突きだす……と。

 流石ゼファー。家に1人は欲しい男ナンバーワンだな。


「で、最後の一押しの証拠がほしい。そこで嬢ちゃんに頼みごとがあるんだが……」


…………ん?


「潜入調査を、頼まれてくれないか?」

「……スゥーー」


 すいません。前言撤回します。

 クーリングオフ制度をお願いしたいのですが!




 ひそかに。

 だが確かに。


 波乱の予感が、渦巻いていた。

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