第30話 一方的な出会い


 冒険者と酒場の従業員とを兼任し始めて、3ヶ月と少しが経った頃。


「借金が無いって、素晴らしい……!」


 やっとの思いで、俺はギルドの支給品の債を全て払い終えることに成功していた。

 この世界に極悪非道リボ払いなるものが無くて良かった。

 前世では……い、いや、この話は止めておこう。


 ドワーフサイズの剣と革の防具で16000サリス。


 結構な値段ではあったが、こちとら住み込みで働いているし、加えて賄いも毎食出るのでお金には余裕ができていた。


 今は貯金として30000サリスが手元にある。既にゼファーにお金を返した上での金額だ。ゼファーは遠慮していたが、無理矢理押し付けておいた。



 料理スキルについては、やっと6に届いたところである。


 今までの経験則上、6からはレベルが急に上がりづらくなるので目標の8にはまだまだなれそうにはない。

 いや、本来ドワーフアルマが器用すぎるだけであって、ヒューマンが3ヶ月で8になるって事の方が無理な話だろう。


 アルマもそれを踏まえて言っていたようで、「この倍は時間がかかると思ってたですー! メルは料理の才能があるですー!」と言っていた。ちょっと嬉しい。


 3ヶ月も有名店で働いていれば俺もそれなりに有名になるというもので、今では『熊の蜜嘗め亭』のマスコットキャラみたいな扱いになっていた。不本意だけど。


 覚えが良くなったと言えば聞こえは良いが、実はあんまり嬉しくはない。


 というのも『メルちゃ~~ん。こっちにおいで~~』などの気持ち悪いセリフを、酔ってニヤニヤしたおっさんらに言われるのだ。恐怖モノである。


 他の従業員さんからは『無視して良いわよあんなの』とか『アレは流石にスルーしかないじゃーん?』と言われているので、無視を決め込んでいる。

 おさん達も端から相手にされるとは思っていないようで、無視されては笑われて自分も笑って、無視されては笑われて自分も笑って、の繰り返しである。1種の酒のさかなみたいなもんなんだろう。


 まぁ、こんなことが出来るのも単にアルマさんののおかげなんだけど。


────そのルールを破ったものは、どんな人であれ

 いや、確認したことないけど、床にめり込むほどの威力など想像も出来ない。


 そして当事者たちには後日床を修理させるというオマケ付きである。


 この前セルカが来た時に野蛮野蛮と言ってたのも案外間違いではないのでは……と思い始めた。


 

 ドワーフ、怒らせると、怖い、まじで


 


 心のノートに刻み込んだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 そして俺は今日、アルマに休暇を貰ってショッピングに来ていた。


 いきなり女の子に目覚めたとかではない。

 ゼファーやセルカ、そしてアルマに日頃の感謝として贈り物を買うためだ。


 俺の所持金は30000ちょっとなので、今後の事も考えれば1人に付き限度は8000サリスである。

 お金はいつも異次元収納にいれているのだが、人前で使うと目立ちそうなので今はズボンのポケットに入れていた。

 

 因みに異次元収納には未だバトルボアが入っている。ワンチャン、アルマになら譲れるか? と考えたこともあったが、結局は止めた。

 食べかけだったので気が引けたというのもあるが何より、セルカにそれが伝わったらどうなる? 

 お先真っ暗視界断絶というより、精神的にお首を断絶されるだろう。


 ビルドボアの処理はまだまだ先になりそうである。



 それにしても。


 こんなに大金を持っていると、どうにもスリに遭わないかと心配になるというものである。最近スリの被害が多発していると聞くし、不安は大きい。

 だがまあ、まさかこんなに小さい子が持ってるとは思わないだろうし、大丈夫だろう、多分。

 あ、ちなみに1サリスは1円くらいの価値ね。


「うーん。何買おうかな」


 さて、商店街へと来てみたは良いものの、何を贈るかはまだ決めていない。


 8000サリスで買えるもの。

 あんまりショボいのも嫌だし、格差があるのもダメだろう。


 あ、イヤホンとか良いんじゃね?

 あ、イヤホン無いわこの世界。


「ん?」


 そんなことを考えていると、とある店が見えてきた。

……いや、店じゃない。確かここは薬師ギルドだったと記憶している。


 俺の予想は当たっていた。

 入ると、たくさんのポーションが並べられているのが分かった。

 ちらっと値札を見たが、滅茶苦茶高い。HPとMPを両方回復させるポーションなんてのも売ってたが、15000サリスとかいうふざけた値段をしている。

 一番高いポーションなんて、20万サリスを超えていた。

 め、目眩がっがが。

 俺は何も見なかったことにして足早に薬師ギルドを出ていった。



 しばらく何を贈るか悩みながら歩いていると、視界の隅に気になる店を見かけた。店といっても、屋台みたいな店構えだが。

 ネックレスやブレスレットなどの装飾品が売られているらしく。値段は一番高いやつでも6000サリスほどだった。

 よし、許容範囲内だ。


 俺がじっと見つめていると、店のおじさんがこちらを睨み付けてくる。


「なんだ、嬢ちゃん。冷やかしなら帰ってくれ」


 もちろん冷やかしのつもりはない。


「お金ならある。大丈夫」

「……なら、良いんだがよ」


 おじさんは渋々といった表情で答えた。恐らく半信半疑なのだろう。

 俺はそんなおじさんをよそに商品を見始めた。

 ラピスラズリのような石が連なったブレスレットに、ルビーのような石が埋め込まれたネックレス、etc...。


 こうして見てはいるものの、この世界の宝石とかは見たことが無いし、というより知らないからどんな価値があるのかも分かってはいない。

 だが、綺麗ならそれで良い。


「おじさん、これとこれとこれ買う」

「………お金持ってるのか?」

「持ってる。ほら」


 ガサゴソ


 俺はそう言って、

 代金である16500サリスを────


「……ん?」


 がさごそ、がさごそ、がさごそ。


「……んん??」


 ポケットをまさぐりまくる。

 だが、手先から伝わってくるのは、ひたすらに


「あ、あれ?」


 サリスを──。


「……」


 サリス、を…………。


「……おい、嬢ちゃん」

「スゥーー」

「いや『スゥーー』じゃなくてだな」



 スリに合ったと気付いたのは、それから少し経った後のことだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 場所は変わり、とある路地裏。

 そこには4つの影があった。


「そんな! 約束と違います……!」


 私がそう言うと、目の前の3人の男は私を睨み付けた。


「あぁ? なんだって? 俺たちに口答えする気かよ」

「生意気な野郎にはお仕置きが必要だなぁ? オラァ!」


 男の1人はそう言うと、私のおなかに蹴りを入れた。


「かはっ……」


 肺から空気が捻り出される感覚。

 痛みのあまり、ずっと何も食べていないにも拘わらず体が嘔吐感を訴えてくる。

 口から出てくるのは全て、朝飲んだばかりだ。


「うぉっ! コイツ吐きやがった、汚ぇ!」

「しかも水だぜこれ! ちょっと可哀想になってくるわァ」


 そんな言葉とは裏腹に、男たちの顔には笑みが浮かんでいる。

 そのニヤニヤとした顔に怒りを覚えるが、私ではどうしようも出来ない。


 私が歯を噛み締めていると、近づいてきたリーダーの男が、私の服の襟を思いきり引っ張って無理矢理立たせた。


「あ、うっ……」

「お前にやる金なんてねぇんだよ。ゴミはゴミらしく黙っとけばそれで良いんだよォ!」


「ギャハハハハハ!」


 人気の無い路地裏に下衆ゲスの笑いが反響する。私は言い返すことも出来なかった。


 男は暫くして私を解放すると、こう告げた。


「テメェがスリをやってるってことをバラされたくなかったら、俺らの言うことを大人しく聞いとくんだな」


「……っ」


「じゃあなゴミ。明日また噴水で待っとけよ? 汚ぇ水でも啜りながらよォ!」


「「ギャハハハハハ!!」」


 そう言いながら男たちは離れていく。その姿を、私はただ見つめることしか出来なかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 次の朝、私は市場へとやって来ていた。


 もちろん買うためのお金なんて持っていない。

 スリに来たのだ、生きるために。


 私は、いつものようにを発動させて通りを歩いていく。


 だが、最近やり過ぎたせいか皆ガードが高い。


 手に直接持っていたり、胸ポケットに入れている人ばかりである。


 認識阻害魔法は他者に強く触れてしまうとその人にはバレてしまう。だから、ズボンのポケットからこっそり抜き取るのが一番なのだが。


 辺りを見渡すが、そんな都合の良い人は見つからなかった。早くしなければ集合の時間に遅れてしまう。それだけは避けなくてはいけない。


「──あ」


 と、私が焦っていると、とある少女の姿が目に入った。


 その少女の髪は腰まで伸びており、身長は私と同じくらいで100cm前後といったところ。

 何より特徴的なのが、黒目黒髪だったことだ。生まれて初めて見たほどである。顔も整っており、将来は美人になること間違いなしだろう。

 

 私は時間が迫っていることすら忘れて、少女が通りすぎるのを眺めていた。それほどに驚いていたのだ。


 しかし次の瞬間、私はさらに驚くことになる。


 何気なく覗いた少女のポケットの中に、なんと30000サリスもの大金が入っていたのだ。


 当の少女はまるで男のように腕を組んで、「ん~、どうしようかなぁ」と唸りながら歩いていた。何か考え事をしているようである。


 間違いなく、チャンスだ。


 私は認識阻害魔法を最大限まで掛けてから少女に忍び寄り、ポケットから30000サリスを抜き出す。

 そしてすぐに通りから離れた。


 近くの裏路地に入ると、私は自分の手を見つめた。そこには30000サリスが握られている。

 思わず笑む。


 そうだ。

 アイツらには15000サリスだけ渡して、あとは自分で使うことにしよう。そう考えると、また私の口から笑みがこぼれた。


 これで、久しぶりにおなかいっぱい食べられる!


 そんな期待を胸に、私は歩き慣れた路地裏を進んで市場を離れていった。




  

 その数分後、市場一体に「の30000サリスー!」という少女の叫び声が轟くのだが、それがスリの少女に届くことはついぞ無かった。


 

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