第29話 とあるポンコツ妖精の話 sideセルカ


「セルカさん。今夜『熊の蜜嘗め亭』という店に行ってみませんか?」


 そう私に提案するのは、私と同じ受付嬢のミーナである。

 顔立ちも良く、受付嬢の中でも人気が高いミーナであるが、その容姿は少し目立つものであった。


 というのも、彼女の耳はヒューマンより長く、エルフの私よりは短い。ヒューマンが言うところの、というものであった。


 彼女は、私の古い親友であるレミーナと、とあるヒューマンの男性との間に出来た子だ。

 

 レミーナと私は、小さい頃から外の世界を見てみたくて仕方がなかった。だから、私達はエルフの集落をこっそり抜け出したのだ。それが今から40年ほど前の話である。


 それから20年ほどとして世界を旅していた私達だったが、とある街で、レミーナはヒューマンの男性と恋仲になったのだ。

 そこで、あろうことかレミーナは子どもを身籠ってしまった。


 そうして生まれてきたのがミーナという訳である。


 だが10年前、訳あってレミーナとそのヒューマンはエルフの集落に行くことになり、2人はミーナを私のところに預けたまま、それから戻ってきていない。


 私は冒険者を止めて受付嬢になることを選択した。ミーナを1人にさせないためである。

 

 最初は、何故ヒューマンとのハーフなどを見なくてはならないのかと思っていたが、例えハーフでも親友が愛した者との子である。見捨てることなど出来る筈もなかった。


 それに、受付嬢になるまではヒューマンなどとしてしか見ていなかったが、案外そうではないものだと観取できた。

 ゼファーがその例だ。まだ私が新人だった頃に面倒を見ていたのだが……ま、まぁあれは篦棒だろう。聖人が過ぎる。

 ゼファー以外にも素晴らしい人格を持った奴らは多数いた。彼らに触れることが出来て、への評価は180度変わった。


 ミーナは、エルフとヒューマンが近づくことが出来るという証なのだ。だが、そんなミーナの誘いと言えど、今回は承諾する訳には行かなかった。


「ミーナ。あそこのなど止めた方が良い」

「ドブ店!?!?」


 すっ頓狂な声を上げるミーナ。

 ふむ。有り体に言えば、まだドブで済んでいるだけマシと思って貰いたいものなのだが。


「あぁ。ミーナはあそこの店主がだと知っていて言っているのか?」

「え、えぇはい、それくらいは……」


 ミーナは何を当たり前ことを、という風に言った。


「それなら尚更だ。あの野蛮なヤツの店に行くべきではない」


 ドワーフの料理を口に入れるなど考えたくもない。

 そんな態度を露にする私に、ミーナは目を伏せて遺憾をおもてに出した。


「そ、そうですか……友達が、あそこの店は美味しいって言ってたので、つい。それに、セルカさんが気にかけているメルちゃんもそこで働いているらしくて、セルカさんも興味があるかなと思ったんですが」


「そうか……ん? 今なんと言った?」


 今とてつもないことを言っていたような気がするのだが。


「え? えっと、友達があそこの店は美味しいと」

「違う、その次だ」

「……メルちゃんがそこで働いている、と」


「   」


「セ、セルカさん?」

「……少し行って来る」

「へ?」


 目を丸く開くミーナ。


「今すぐドブ店に直行だ」

「え、でも開いてるのは夜からで……今はまだ朝です。仕事だって──」

「そんなことはどうでもいい」

「そ、そんなこと!? どうでもいい!!?」

「ミーナ、私の代わりはお前がしろ。私はメルをドブ店から救いだしてくる」

「ふぇ!? ちょっと待っ──」


 ミーナの返事を聞かずに私はギルドから出た。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 私の目の前には古びた酒場のようなドブ店がある。全くよくこんな店構えでやっていけるものだ。まぁ、ドワーフらしい店だが。


 そう思いながら、私は先週のことを思い出していた。




『仕事が見つかった?』

『うん。住み込みで働かせてくれるって。今日は一応伝えにきた』


 メルが薬草をこちらに渡しながらそう言う。


『なるほどな、それで(朝働くから)昼にしか来なくなったのか。しかし、そう言うのは早めに言え。少し心配したんだぞ』


 すると、メルは顔を少し曇らせた。


『ご、ごめん……(朝と夜忙しくて)昼しか空いてなかったから……』


 まぁ、夜は壁の外は危ないからな。仕方もないだろう。


『いや、良い。ただし、これからはすぐに知らせてくれ』

『……分かった』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 とまあ、そんなことがあったのだ。


 私はてっきりメルは花屋云々で働いているものだと思っていたが……なんとまぁ、このドブ店で働いていたとは。

 しかも住み込みだと!?

 あの野蛮なめ……こんな薄汚れたところにメルを住まわしていると言うのか!?


 私は、たまらず閉まっているドアを思いっきり開けた。


「メル! 無事かっ!?」


 ドアを開けたそこにはキッチンとは言えないほどに小さくてお粗末な台(byセルカフィルター)と、そこに並んでいる2人、いや、と1人の姿があった。


 ドブ虫とメルである。


「セ、セルカ!?」


 メルは私を見ると驚いていた。すると、ドブ虫も顔を上げる。


「セルカ、ですー? ああ、なエルフさんじゃないですかー。なにしに来たですー? もしかして私の料理を食べたくなったですかー?」

「誰が貴様の粗暴な食事など口にいれるものか! 戯けめ」

「またまたー。良いんですよー? 正直になっても。そうしたら食べさせてあげますー。本当はエルフなんかには嫌ですけどー、土下座するなら考えてあげても良いですよー?」


 だからこいつらは……!

 心底嫌厭する。

 破竹の如く心の中の炎が勢いを増していくのを感じるが、どうにか抑え込んだ。

 

「っ……ふう、きょ、今日はそういう用事でない。メルを連れ戻しに来たのだ」

「へ?」


 するとメルが調子っぱずれな声をあげた。


「野蛮なドワーフのことだ。無理矢理入れさせられたのだろう?」


 そうに違いない。

 するとそこで、ドブ虫が話し始めた。


湿なエルフは言葉のレパートリーが少なくて困るですー。野蛮野蛮と、それしか言えないのですかー?」

「なにっ!?」


 勝ち誇ったような顔を向けるドブ虫。


「それに、私は強制なんてしてないですー。メルが困ってるから手を差し伸べた心優しき店主ですよー。ですよねー、メル?」


「うん」(ちょっと強引だったけど)


 メルがドブ虫の言葉を肯定する。


「な、なん、だと」


 私が、間違っていたのか…………!

 てっきり目の前に通った少女を誘拐するように連れ込んで無理矢理働かせていたのかと…………(ほとんど当たってる)


「そう、か。すまなかったな、メル」


「だ、大丈夫……」


「私にも謝ったらどうですー?」


「………………」


 私は踵を返した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「セルカさん、どうでした?」

「……少し、1人にしてくれ」

「あっはい(察し)。無理しないでくださいね」


 優しい後輩を持ったものだと思いながら、私はギルドの奥へと入っていった。



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