第28話 今日も平和だなー


 冒険者といえば皆は何を思い浮かべるだろうか?


  魔物の討伐?

  仲間との協力?


 遠くの街に仲間と出掛けてみたり、

 それこそダンジョンに潜ってみたり、などなど、色々あるだろう。


 男ならそんな体験を一度は夢見たことだろう。


 俺も冒険者になってはや半月が経った。

 だがその間、


「あー、だるいーー」

     


────特に何も無かった!


 新たな仲間に出会うことも、魔物を倒す事さえ無い。受けられるクエストは案の定薬草関連のものだけである。

『12歳までは魔物関連のクエストは受けさせないからな』とはセルカの言葉だ。


 これの面倒くさいところは、ギルドカードに、と言う点にある。

 言うまでもないだろうが、セルカは俺が薬草を届けた際には必ずカードを確認してきた。


 つまりは、バレるのだ。

 表示が『1』となっていただけでも特大の雷が降り、俺の異世界生活が幕を閉じることは間違い無かった。


 それに加えてこの薬草採集のクエスト、労力に対して報酬が思いの外少な過ぎることが難点だった。5時間ぶっ通しでやったとしても、1500サリスがいいところである。


 宿を調べ回って分かったが、一番安い宿でも1泊900サリスが必要。ご飯にしても、朝と夜の2食だけにしたとしても500サリスは下らない。

 

 当たり前だが、毎回その額1500サリスが稼げるわけじゃない。運が悪い時だって勿論存在した。

 そんな場合、稼ぎが1000サリスを超えない時だってあるのだ。


 そう。

 全くお金が足りていなかったのである。


「……それなら!」


 俺がやるべきことは1つな訳で────。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ある夜、街の一角。


 『子ども』であるならば眠りについても可笑しくはない時刻に、しかしその場所は依然として活気づいていた。


「おーい、ねーちゃん! こっちにエール3つに角兎と低菜のソテー5つ。あとは……じゃあ適当につまみ持ってきてくれ!」

「はいはーい! ちょっと待ってねー!」


 ひたすらに喧騒があった。

 止むことのない男らの笑い声。

 それに応える妙齢の女性は、せわしくその間をすり抜ける。


 この熱気は果たして屈強な男らのものか、それとも華奢な女性陣のものなのか。


────なんて考えてる暇はなぁーい!!


「メルちゃーん! と言うわけでよろしくー!」

「は、はいぃっ!」


 そう、そんなわけで俺はバイトをし始めた。


 冒険者という職業に就いていながら別の職業に就くのはどうかとも思ったが、セルカに聞いたところ全然オーケーらしい。


 寧ろ、冒険者でありながら高級料理店のオーナーをしている人もいるとのこと。

 バイトの許可はすぐに下りた。

 そしてそれが1週間とちょっと前のことである。


 俺は今、『熊の蜜嘗め亭』という酒場で働かせてもらっていた。



────熊の蜜嘗め亭。


 この店はジガートでも言わずと知れた酒場である。

 開店は夜からだが、その繁盛ぶりは俺のド肝を抜く程だった。


 空席がまず出来ないのだ。


 まあ、店内はお世辞にも広いとは言えず容量も50人程度ではあるのだが、夜遅くの閉店まで活気が薄まることはない。


 俺が入るまでは従業員も2人しかおらず、忙しさも洒落になってなかったらしく、亭主含め従業員は俺が入ることを歓迎してくれた。

 まかないもあるし、屋根裏になら泊まっても良いというオマケつきである。

 なんという優良物件。


 しかしながら、ここで疑問に思う人もいるだろう。


『人手が足りなかったとはいえ、7歳を雇うか?』と。

 

 当然の疑問だ。

 正直言ってしまうと、俺も(前にも言ったが)こんな年端もいかない女の子を雇う店はどうかしてると思う。

 だが、そこは安心してほしい。この店にはちゃんとした理由があったのだ。


 簡単に言えば、亭主が、ということに繋がる。というのも────


「メル! これを4番テーブルに届けて下さいですー!」

「っ! はーい!」


 亭主の大きな声。

 だが、その声は高く、何より


 俺の目の前には、作った料理を左手で差し出し、右手で包丁を高速で動かしている少女いた。



  そう、小人族ドワーフである。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



──小人族ドワーフ


 知らない人のために説明しておくと、小人である(ド直球)。


 ヒューマンと土の精霊のハーフという説もあるが、定かではない。


 俺の前世では男性はおっさんで、女性がロリ、という認識だったがどうやらそれで合っているらしい。

 体が小さい以外の特徴としては、力が強いのと手先が器用なところが挙げられる。それを活かして男性は鍛冶師に、女性は料理人になることが多いようだ。


 そしてそれは『熊の蜜嘗め亭』の店主も例外ではなかった。


 長い蜜柑色の髪を三つ編みにして腰から下げている少女は、50人分の料理を1人で捌ききっている。


 もちろん忙しくないわけがない。今でも亭主の顔には汗が伝っていた。


 さて、他の従業員は手伝わないのか? というところに、今回俺が雇われた理由がある。


 そう、このお店キッチン……完全な、まごうことなきなのだ。


 どういうことかと言うとつまり、めちゃくちゃ小さい。


 50cmあるかないかというレベルである。だがそれは俺にぴったりなサイズでもあった。

 それが今回俺が雇われた理由──料理を手伝ってほしい、ということだった。


 他の従業員は皆ヒューマンの女性だ。身長も俺たちに比べ遥かに高い。


 少し前までは手伝っていた女性のヒューマンが居たらしいが、あまりにも低すぎたがために腰を壊してヤってしまって退職したらしい。


 俺は今はまだウエイトレスをやっているが、料理が出来るようになれば手伝う予定である。

 そのために毎日、朝から正午にかけて料理を教わっている。薬草採集は昼からだ。


 亭主は、かわいらしい見た目に似合わず結構スパルタであるが、なんとかやっていけている。


 そのスパルタの甲斐あってか、いつのまにかスキルに『料理Lv1』が発現していた。


 亭主は『レベル8が最低ラインですー!』と言っていた。まだまだかかりそうではあるが、頑張るしか無いだろう。


 因みにだが、亭主の名前はアルマと言う。

 年齢は不詳だが、この前お客さんが『20年は来てるなぁ』と言っているのを聞いたことがある。

 

 流石合法ロリ。隙はない。




 と、そんなことを考えていると、アクシデントが起こった。


 『熊の蜜嘗め亭』のお客はほとんどが冒険者で、お酒も入っている。こんな状況下で起こることとはつまり……


「おいテメェ! なんつったコラァ!」

「あぁ? 聞こえてたのかよテメェ。やっぱテメェには剣士じゃなくて斥候がお似合いなんじゃねーの? 力も弱いんだしよォ!」

「んだとテメェ!? ぶっ殺すぞ!」


 ガタッと椅子を倒しながら、片方の剣士らしき冒険者が立ち上がる。


「あぁ!? やってみろやコラ。俺様は優しいから叩きのめすだけで許してやるよ!」


 もう片方も大声をあげながら立ち上がった。


 そう、喧嘩である。

 しかもちょっと洒落になってない方の。


 周りの冒険者は「おい、止めとけって」と止めているが、熱くなった2人には聞こえていない。


 遂に2人は剣を抜いた。

 そう、のだ。


 その瞬間、


「────何、や っ て る で す ?」

「「「「   」」」」


 店内が静寂に包まれた。

 剣を抜いた2人も、その声を聞いて固まってしまっている。


 声を放った張本人のアルマは料理をしていた手を止め、すたすたと静かになった店内を歩いていく。そして2人の前で止まった。


「ちょ、ちょっと待ってくれアルマさん……コイツが勝手に突っかかってきやがってさぁ!」

「はぁ!? テメェが──」

です。あなた達はこの店のルールを知らないです?『ご飯を食べるときは皆仲良く喧嘩しない』。こんな簡単なことも出来ないです?」


 2人の声は、アルマの冷たい声によって遮られる。


「わ、悪かったアルマさん……だから……」

「謝るなら最初からしなかったら良いです。喧嘩をした者は両成敗。この店のルールです。さあ! です!」


「「ちょ、ま──」」


 ドゴッッッッ!


 比喩抜きで、2人の頭から鳴ってはいけない音がした。破壊の轟音が店中に響く。


「「「「…………えっぐ」」」」


 しばらくして俺が背けていた目を向けると、そこには2人の姿があった。


 アルマはいつのまにかキッチンに戻って料理を再開していた。


「さあ! 皆は楽しく食べるですよ~!」

「「「「……は、は~い」」」」



 『熊の蜜嘗め亭』は今日も平和である。


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