第27話 とても恐怖を感じた


「──では、ゴブリンの魔石の位置と習性は?」


 講習は現在、最後の仕上げに入っていた。


「……ヒューマンでいう心臓部に当たる位置だから、左胸。習性は、森の中で群と戦ってしまうとゴブリンの上位種、ゴブリンジェネラルを呼び出される……?」


「正解だ。それでは、ゴブリンの上位種に出会った時の対処法は?」


「えっと……すぐに森から抜け出す」


「そうだ。──よし、Fランクでは教えるのはここまでだ。次のランクに昇格した時には、また講習を受けてもらうことになる。復習も含めてな」


「や、やっと終わったぁ……」


 ここまでに費やした時間はなんと10時間。進みも鬼のように早かったので、まさしく地獄に相応しい内容だった。


 ちなみにこの講習で習ったのは主に、ランクEまでの全てのモンスターの習性+プラスそれに関連する注意すべき魔物の習性と対処法だ。

 そしてこの周辺に自生する薬草の見分け方に、それぞれの薬草の効果などなど……。


 いや、よく10時間で終わったな。

 普通の人なら3日はかかるんじゃないかってくらいキツかった。

 疲れ果てている俺を見て、セルカは感心したように『うんうん』と頷いている。


「それにしてもお前は頭が良い。普通なら早くても1週間はかかるからな。教えていて楽しかったぞ」

「……」


 こ、このドSエルフめ……!


 俺は思わずセルカを睨む。

 すると、彼女は急に口に手をやり、肩を震わせ始めた。


 え、このエルフ、もしかしなくても笑ってくれちゃってる?

 

「ふふ、そう睨んでくれるな。なりたいのだろう? 冒険者に」

「……そう、だけど」


 正論。

 その通りだ。

 早く冒険者になれるように最善を尽くしてくれたと思えば、このむくれっつらも少しは収まるというものである。


 対して、笑いが収まったらしいセルカはいつもと変わらぬ顔でこちらを向いて言った。


「……まぁ、正直な所、どこまでいけるのか試してみたくなっただけだが」

「……」

「ふふっ、気にするな。エルフジョークだ」

「……スゥーー」

 

 とりあえず落ち、まずは深呼吸だ。


 ひっひっふー。ひっひっふー。

 

……良し(←?)。


 大方、俺がを上げれば止めてくれたのだろうけど、そうはならなかったから余計面白がった、という所だろう。


 堪ったものではない。

 俺はセルカに対し、『ふんっ』と顔を横に背けた。


 視線の先には窓。

 外では既に、すっかり日が落ちているのが分か──。


「あ」


 そこで気づいた。


 もしかしなくても俺、

 今日野宿なのでは? ということに。


 ヤバい。

 勿論、宿なんて取ってない。

 それに加え、門前のあの人数だ。宿だってそう簡単には空いていないだろう。


 ここはやっぱりゼファーに頼むか?

 いや、もう居ないだろうし、もし居たとしてもこれ以上頼るのも悪い。


 俺がしばらく考え込んでいると、セルカが核心をついてきた。


「メル……まさかお前、宿を取ってないなんてことはあるまいな?」

「……」


 思わず黙ってしまう俺に対し、セルカは溜め息。


「まぁ、それは私の講習が長すぎたから、というのもあるか。仕方ない、今日は私の家に泊まっていけ」

「え、いいの?」

「……お前みたいな子どもを放っておくと寝覚めが悪いだけだ。勘違いするな」


 せ、セルカ姉さん! 

 一生着いていきますぅ!



 と、いうことで今日はツンデレなセルカの家に泊まることになった。


 因みに、ゼファーは俺の講習が終わるまでずっと待っていたのだが、セルカが一刀両断(口撃こうげき)するとトボトボと帰っていった。


 ご、ごめんなゼファー。

 心からのザオラルを贈っておこう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここが私の家だ。慣れないだろうが靴は脱げ、エルフの習慣でな」


 ギルドから歩いて10分のところにセルカの家はあった。別段変わったところはなく、普通の住居という印象だ。


 俺は言われた通りに靴を脱いで(普通は脱がない)、家の中に入っていく。

 やはりエルフというべきか、想像通り部屋はとても片付けられていた。物も少なく、娯楽と言えば本しかないような部屋だ。

 

 セルカは荷物を下ろしながら言う。


「メル。お前は先に風呂に入れ。入り方は分かるか?」


「え、お風呂あるの?」


 その言葉に俺は食いついた。


 今までお風呂に入ったことなどロクに無かったのだ。来る途中はクリエイトウォーターとドライのコンボで済ませていたし、久し振りのお風呂ということになる。


 一応言っておくが、俺は臭くない。

 多分。


「あぁ、この街には大衆浴場があるが、どうしても入る気になれなくてな……高くついたがいい買い物だったと思っている」


 家にお風呂があるのはそういうことらしい。やっぱり潔癖なんだな。

 靴を脱ぐことと云い、お風呂好きと云い、そこんところはなんかエルフって日本人っぽい気もする。まぁ、偶然だろうけど。


「「…………」」


 そう思っていると唐突に、2人の間に何故か気まずい雰囲気が流れ始めた。


 え、なに? この妙なは。

 当のセルカは俯いており、表情が窺えない。


「セルカ……? どうしたの……?」


 そう聞くと、いきなりセルカがバッと顔を上げた。


「メ、メル! や、やはり、わ、私が洗ってやろう……!」

「ふぇ!?」


 い、いきなりナニを言い出すんだねこのエル──いやエロフは!?


 いつもの澄ました白い肌はどこへやら。

 挙動不審で顔も真っ赤だ。


「な、なんで?」

「い、良いから、私に洗われろ? な?」


 疑問を呈すが、セルカは答えてくれない。しかもちょっとヤケクソ気味である。


「……」

「……?」


 びくっ! 

 全身が粟立つ。

 さ、寒気が……!


 結局、俺は(死にたくなかったので)渋々オーケーしたのだった。




────実のところは。


 後で分かったことだが、恥ずかしいことに不肖この俺。


……結構、臭ってたらしいですよ奥さん。


 うん、ショック。


 まぁ、考えてみれば当たり前か。

 魔法で簡単に済ませていたとは言え、臭いは蓄積するものだ。


 綺麗好きのセルカが案の定それに耐え兼ねたというのが、先程の迫真の提案の正体だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 半時間後。


 セルカの凄まじい洗いテクによって体の隅々まで洗われサッパリした俺は、とあることに気付いた。


(……全然興奮しなかったんですけど)


 そう、全然気持ちにはならなかったのである。

 

 あの時セルカは、服を着てくれていた。

 だがしかし、然れどしかし!

 セルカは紛うことなき美人である。


 着ていたとは言え、そういうであるのは間違いない。

 

 体は女の子でも頭は大人の立派なである筈の俺が、そんな前世では○○するのは必然のシチュに全く興奮しない。


 つまり、だ。


(もしかして、精神が体に引っ張られてる?)


 あり得ない話では無かった。

 心なしか、話す言葉もどこか幼くなっているような気もするし。

 かなり意識すれば昔のように喋れるのだが、普通に喋ろうとすると先程のようになってしまうのだ。


 だがまぁ、今のところは気を付けておく程度の認識で良いと思う。

 自分が無くなる、なんてことは無いだろう。


 そんな少しの不安を覚えつつ、俺はセルカと一緒にふかふかのベットで眠った。



────なぜかその夜。

 獣人姿の俺が、めちゃくちゃセルカにモフられるという変な夢を見た。


 きっと、疲れているのだろう。


 そうに……違い、ない……zzz



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 翌日、変な夢から解放された俺は、セルカと一緒にギルドへと出発した。


 そんな俺の体からはいいニオイがしている。


 異世界って生活水準が低いものだと勝手に決めつけていたが、そんなことは無かった。ちゃんとシャンプーもボディーソープもあったし、リンスだってあった。俺の髪もサラサラだ。


 昨日食べたバトルボアだって、香辛料がしっかり使われていて美味しかった。


 どうやら、前世の知識チートで……みたいなことは出来ないらしい。

 流石に掃除機や洗濯機などはないようだが、俺みたいな平凡な高校生だった男が作り方を知っている筈もない。


 そう、圧倒的に前世というアドバンテージを活かせていないのだ。いや別に活かせなくても良いんだけどね。


「着いたぞ」


 そんなことを思っていると、どうやらギルドに着いたようである。


 朝早いので、まだ冒険者はほとんどいない。セルカは俺に「ここで少し待っていろ」と言うと、受付の奥に入っていった。


 セルカの姿が見えなくなると同時、後ろから声をかけられる。


「早いな、嬢ちゃん」

「あ、ゼファー」


 振り向くと、昨日セルカに口撃こうげきでぶちのめされたゼファーがいた。

 彼はちょっと気まずそうにスキンヘッドの頭を掻く。


「それで……大丈夫だったか? あのセルカさんと一緒で……」

「大丈夫だった、優しかったよ?」

「そうか、ならよかった」


 そうして、近くにあった椅子でゼファーとそんな会話をしながら待っていること10分。


 セルカが戻ってきた。

 彼女の手には、鞘に入れられた剣と防具らしきもの、そしてカードが握られているのが見える。


 セルカは一瞬ゼファーと目が合ったが、すぐに俺の方に向き直して話し始めた。


「この剣と防具はギルドから新人冒険者への支給品だ。支給といってもタダではない。報酬から幾分か差し引かせてもらうことになる」


 俺は、『へぇ~~支給とかあるんだ』と、軽く感じていただけだったが、そこにゼファーが突っ掛かる。


「お、おいセルカさん。それくらいなら俺が払うから……」


「阿呆か貴様。前から思っていたが貴様は他人に甘いところがある。いや、甘すぎる。一個人への過度な贔屓は回りの冒険者の嫉妬を買うぞ。最悪の場合メルに悪影響が出るかもしれん」


 ゼファーはそう言われると口をつぐんだ。まあ、ド正論だしな。

 俺はそんなつもりはないが、子どもを甘やかしすぎると我が儘に育つって言うし。

 うん、これからは自分で頑張るべきだろう。


「それで、これがお前のギルドカードだ。モンスターの討伐数などはここに表示される」


 セルカは装備一式とカードを俺に渡した。


「ありがとう」


 よし。

 これで俺も今日から一端の冒険者だ。

 じゃあ早速クエストを──。


 そう嬉々としている俺に、セルカが口撃ギロチンを落とした。


「あぁ、言っておくが、12歳までは魔物関連のクエストは一切合切受けさせないからな?」

「ゑ?」


 こうして俺の、平和な異世界生活が幕を開けた。

 

────いや。

 タヌキ生が、ついに幕を開けてしまったのだった。

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