第21話 面倒事
絶望する俺たちに対して、檻の外には上機嫌な声が3つ、存在していた。
「にしても、コイツらの種族は何なんだろうな。見たことが無いが……」
「オレもだ。まぁ、珍しいから高く売れるとは思うんだが………出来るだけ高く売りてぇよなぁ。ちと賭けだが、金払って鑑定してもらうか?」
「そうだな、正式に未確認の種族だと分かれば値も跳ね上がるだろうしよ」
「違いねぇ! ギャハハハハ!」
そう話しているのは奴隷商人の内の3人である。もう1人の奴隷商人──俺がいる檻を担当しているヤツ──はあまり喋っていない。
もちろん、会話はキリシス語だ。俺以外の子には理解出来ていないだろう。まあ、聞こえなくて良い内容なので寧ろ
だが、その意地汚い会話を聞いて顔をしかめていたのがバレたのか、俺の隣にいたリィカが掠れた声で話しかけてきた。リィカは、よくトレーニングの時に話しかけてくれたチャイさんの娘である。
その顔は涙で腫れており、まだ目には涙が浮かんでいた。
「ねぇ、メルちゃん……私たち、どうなっちゃうの……?」
「…………」
言葉に詰まる。リィカは、俺がキリシス語が分かることを知っていて聞いているのだ。
真実を話すべきか────。
「……大丈夫、リィカ。あのヒューマンは私たちを助けてくれるって言ってる」
結局、俺は嘘を吐くことにした。
自分でも無責任だと思う。けれど、今からずっと絶望し続けるよりはマシだと思ったのだ。
それでも、リィカの顔は暗いままだった。
「でも……お父さんとお母さんが………ひっぐ」
親がもういないのだから、当然の帰結だろう。
この中には、親が殺されるところを間近で見た子もいるかもしれない。立ち直れと言う方が無理である。
「リィカ……」
どうしたものかと思案していると突然、檻の中へとパンが投げ入れられた。
「メシだ、獣ども。さっさと食え」
投げた張本人である無口な男は、それだけ言うと元居た場所に戻っていく。
パンは40cmほどの長さで、2本。俺たちが12人だから、1人6~7cmくらいの計算となる。全然足らないが、無いよりはマシと言えた。
水も、何かの革で作られた簡易な水筒のようなものを渡されるのみだ。
「かたい……」
もちろん、これから売られてしまうような
──だが、食べないと死ぬ。
全員がそれを分かっていたのだろう。取り合いもなく、黙々と自分に与えられた分だけを
毎日がそれの繰り返しだった。
1日に2度配られるパンと水を、無言で消費する日々が続いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから半月が経った。未だに、それらしき街には到着はしていない……というより、景色すら変わっていない。今もずっと森の中を進んでいる。
流石に精神が参ると言うものである。食事をまともに摂ってないこともあり、俺も意識が少し朦朧とすることがある。他の皆も廃人のような顔つきになっていた。
奴隷商人の会話を聞く限り、やっと半分の距離らしい。不安だ。あと半月も持つのか? という当たり前の疑問が脳裏を
そんなどうしようもないことを考えていると、男の内の1人が、いきなり大声を出した。
「──ヤバイぞ、ビルドボアだ! 後ろから来てる!」
「なに、ビルドボアだと? Dランクの魔物がなんでこんなところに……」
「
ビルドボア!? Dランク!?
咄嗟に振り返ると、かなりの大きさの猪みたいな魔物がこっちに突っ込んで来ているのが視認できた。魔物に違わず、やはり心から嫌悪感を抱いてしまうような醜悪な相貌をしている。
それに、あんな巨体が当たればタダでは済まないだろう。この檻だって壊れてしまうかもしれない。
────ん? あの猪どっかで…………ぁ。
微妙な既視感。だが、すぐに思い出した。
パピーが俺の誕生日に狩ってきてくれたヤツだ。あの時は丸焼きだったけど。
「……っ」
そう思うと、こんな状況なのに涙が出てしまう。理由は明白だ。俺は、その考えを振り払って涙を拭った。
「オイ、速く走りやがれ! このウスノロがっ!」
対して男らは、鞭で馬のような魔物を打ちながら唾棄。すると、少しだけ速度が上がった。
……だがそれだけだ。差は開かない。
当然だろう。檻と俺たちを引いているのだ。2匹で引いているとはいえ、無理がありすぎる。
俺はビルドボアと馬(仮)に向けて鑑定を
ーーーーーーーーーーーーー
種族:ビルドボア(Dランク)
名前:
状態:興奮
Lv:23
HP:532/541
MP:0
SP:467/521
力:410
耐久:398
敏捷:356
器用:142
魔力:0
<Lv2では閲覧出来ない情報です>
ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーー
種族:アグリーホース(Eランク)
名前:
状態:恐怖
Lv:15
HP:308/324
MP:0
SP:212/352
力:198
耐久:178
敏捷:247
器用:120
魔力:0
<Lv2では閲覧出来ない情報です>
ーーーーーーーーーーーーーーー
………これはダメだ。ステータスが違いすぎる。今までの俺の経験則だと、ステータスに100近い差があるだけでも勝つことは絶望的だ。
これでは、このアグリーホースとやらも直ぐに追い付かれてしまうだろう。ただでさえ速度で負けているのに、加えて俺たちと檻を引っ張っているのだ。万が一にも振り切ることは出来ないだろう。
……いや。
これは寧ろチャンスじゃないか? ビルドボアに襲わせ、檻を壊させる。それから──
カツ、カツ、、カツ
「じゃあこうしよう」
「……?」
そう考えている俺に、無口の男が近付いてきた。そして、
「
そう俺に向かって言っ────えっ?
すると、俺の首につけられていた、枷のようなものから光が溢れ出した。
「おい! 売り物なんだぞ!」
他の奴隷商人が止めさせようとしているが、男は意に介さない。
「死ぬよりマシだ。たかが
その光がおさまったかと思うと、俺の体が意に反して勝手に動き出した。ゆっくりと外に向かっていく。
「ぃ、ゃ……」
ちょっと待って、冗談だろ? さっきのステータスを見る限り俺に勝ち目は──。
「──ハッ」
男は嗤っていた。あまりに残酷で、軽薄な笑みだ。
「……っ」
ああそうか、要するにホントに死ぬためだけの囮ってことか。くっそ………この短い人生、ロクなことがなかったなぁ。
タヌキだし、♀だし、全然チートとかなかったし、火と水の魔法は覚えらんないし、ここ最近特に──
《諦めないで下さい。まだ生き残る道はあります》
「────え」
今、誰か──
「じゃあな、
俺の首輪がパキンと音を立てて外れた。そして反応する間もなく背を蹴られる。
「──ぁ──っ!」
「メルちゃぁぁぁぁん!」
リィカが叫ぶ。その声を後ろに聞きながら、蹴られたことにより体勢が崩れた俺は、為す
ビルドボアよりは遅いとはいえ、アグリーホースのスピードは30キロは下らない。受身も取れなかった俺は、整備されていない道を慣性に従って転がっていってしまう。
「~~~~~~っ!?」
地面から無数に突き出た岩の尖った部分が身体中に当たる。強い痛みが全身を駆け巡った。
数秒後、砂煙を上げながら体が止まった。全身が悲鳴をあげているが、俺はなんとか体を起こす。骨折していないのは、
見れば、ビルドボアは10mほど離れたところで止まっており、俺を、獲物を見るような目で見ていた。クソ……癪だが、あの男の言う通りになったらしい。
さて、ここからどうするか。諦めるという選択は絶対にしない、最後まで足掻いてやる。だが、さっき幻聴みたいなのも聞こえたし、なかなかどうしてヤバいかもしれな──
《幻聴などではありません。スキル、『世界の声』の権能の効果です》
「うわぁっ!?」
先ほどと同じ、脳内に響くような声。そしてそれは、幻聴ではなかったという証拠だ。
いや、それよりも、世界の声って……?
《この『世界の声』は元々、あなたが成長した際に獲得できる筈でした。しかし、
世界の声? 神? 予定?
スケールがデカ過ぎる。それに、厄介事の匂いしかしない。
分からない。
良く分からないが、しかし、何か面倒事に巻き込まれようとしているのは分かった。だが、俺はもう面倒事はゴメンである。
俺は声が聞こえないように耳を塞いだ。
《これより、完全予測を行います。個体名:『メル』はこれからの指示に従って下さい》
無駄だった。
くっ、直接脳内に!? いや、元々か。いやでも、これ聞こえるだけでやらなくても良いのでは?
《……別に従わなくてもいいですが、死にますよ》
「……従いますっ」
どうやら俺は、面倒事に巻き込まれてしまうようです(キレ気味)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます