第22話 『世界の声』
(世界の声、か……)
果たして、信じてしまって良いものだろうか。もしかしたら、俺を騙そうとしている可能性だってある。
……いや、そうと決めつけるのは早計だ。今はこの『世界の声』とやらを信じるしかないだろう。
最近、酷い目に合いすぎたせいで人間不信、いや、
従うだけで生き残れるなら万々歳なのだ。そもそも、従う他に生き残る道は無いみたいだし……。
「……」
それにしても、この世界には神様がいるのか。やはり、俺を転生させたのもその神様なんだろうか?
いや、さっきの『
あ、ダメだ分からなくなってきた。まず、神と世界の声の関係が分からないことにはなんとも言えない。
一応、今は『世界の声』が味方ということで良いんだろうけど。
《5秒後、右斜め前方向に45度で2メートルの跳躍。その後、右手にある木に登って下さい》
「えっ!?」
い、いきなり!?
ちょっと待って心の準備が──。
見れば、戸惑っている俺へと、バトルボアが一直線に突進してきていた。
《2………1……》
無慈悲にカウントする世界の声さん。
あぁ、もうこうなったらやるしかない!
《…0》
「──っ!」
俺は言われた通りに右斜め前に向かって跳んだ。45度なんて知ったことではない。
その直後、俺のすぐ横をビルドボアの巨体が物凄いスピードで通り過ぎていく。風圧だけでも凄まじいモノだ。
……あんなの当たったら一撃で天に召されるぞ。
《無駄な思考をしている暇があるならさっさと近くの木に登ってください。どれでも良いです》
結構辛辣だし適当だな!?
「…………」
俺はすぐ右にあった木に登った。
前世で木登りなんてやったこと無かったし、今世でもまだ無かったので少し心配だったが、そこはタヌキ。難なく登れた。
ビルドボアが、
よし、『世界の声』さん。次は気付かれないようにここから離脱すれば良いんだな?
《……はぁ、違います》
おい、今呆れたでしょ。
……って、え? 違うの?
《ビルドボアの嗅覚は優れており、隠れきることは現段階では不可能です。そして、個体名:『メル』の敏捷では逃げ切ることは出来ません。10秒もすればここもバレるでしょう》
じゃあ、どうすれば……まさか倒すって訳でも無いだろうし。
《倒します》
だよね、やっぱ逃げるしか────え?
《倒します》
………グッバイ、俺の人生。
いやいや、そうじゃなくて!
俺は今、剣を持ってないんだぞ? 上級魔法なら倒せるかも知れないけど、あのクソ長い詠唱をするわけにもいかない。
レベル7の風魔法ならダメージは多少は与えられるだろうが、それもMPが持たない! 文字通りの万事休すなのだ。なのに倒すだなんて………
《問題ありません。『世界の声』の権能の一つ、『代行』によって、既に風魔法Lv10『ストームブラスト』の詠唱に入っています。現在の詠唱の完成率20%。詠唱完成まで、残り87秒。それまで『世界の声』の指示に従ってビルドボアの攻撃を回避し続けて下さい》
なん、だと……そんなことまで出来るのか『世界の声』。ちょっと万能過ぎませんかね……?
ともあれ、さっきまで前途真っ暗だった
《尚、ビルドボアの攻撃は主に突進攻撃しかありませんが、直撃すれば個体名:『メル』のHPは吹き飛びます。頑張って避けてください》
「…………」
なんでそういうこと言っちゃうかなぁ。胃が痛い……
いやでも、詠唱を『世界の声』がしてくれてるんだったら、別の魔法使えるんじゃないか? だったらこの前役立ったレベル4の風魔法、『ヴィエントエンチャント』を使えばだいぶ楽に──
《魔法は使わないで下さい。『世界の声』の行使には少なからずMPを使用しています。魔法を
「
確か、詠唱中に集中を欠いたりするとなるんだったか。そして、使おうとしていた
やっぱ洒落になって無いよな、これ。HPが少ない魔法使いが起こしたら即死案件だ。
まあ、とにかく魔法は使ってはいけないってことだな。
《最適行動予測、ビルドボアは3秒後に個体名:『メル』の存在を認識、そこから1秒後、攻撃体制に移行。そして3秒の後、木に衝突します。衝撃に備えてください》
っ! またいきなり………!
猪の方を見ると、既にこちらの方に突進してきていた。マジかこれ……100%あってるの?
《衝突した
30度、無茶なお題だ。
だが俺が頷く暇もなく、足元に大きな衝撃を感じた。言うまでもなくビルドボアが木に衝突したのだ。
立派な木がメキメキと音を立てて折れていく。よし、30度だ、30度、30……いや分かるかァ!
俺は半分ヤケになって飛び移った。
《良い調子です。このままの調子で
「 」
長すぎませんか、世界の声さんよ……。
それからは、1分ちょいだというのに永遠と思えるほど長く感じた。飛び移っては倒され飛び移っては倒されのループで、もう精神力が限界を迎えようとしていた、その時。
《風魔法Lv10、ストームブラストの詠唱終了。標準を定めるため、地面に降りて下さい》
《確かに『世界の声』は完璧ですが、撃つのは個体名:『メル』です。ミスがあっては堪りません》
「…………」
やっぱ余計なこと言うよな、このヒト。それに、なまじ真実だから何も言えないのが悔しい。
《次の衝突が起きた後、道に降りて下さい。既に道側には戻ってきています》
「!」
見ると、確かにさっきの俺が落とされた道に戻ってきていた。どんどん森の奥に入っていってると思っていたのだが、流石は
俺はビルドボアが木に衝突するのを待ってから、道に飛び降りた。
ビルドボアは、
《ビルドボアは怒りにより、今まで以上に直線的にしか攻撃してきません。そこを狙ってください。外せば命は無いです。カウント開始5、4、3》
一言余計だが、ビルドボアが怒ることさえも計算の内だったらしい。全く、感服せざるをえない。
ビルドボアは、わざわざ地面に降りてきた憐れな獲物目掛けて突っ込んできた。
《2、1》
俺は目の前に意識を集中させる。そして、
《──0》
「ストームブラストッ!!」
MPがごっそり抜けていく感覚。それと同時に暴風──いや、暴風と呼ぶのも烏滸がましいほどの破壊の嵐が巻き起こった。それは周囲の木々を薙ぎ倒しながらビルドボアへと向かっていく。
『────!?』
凄まじい音のせいで、ビルドボアの声は聞こえない。
「~~っ!」
使用者である俺も反動によって後方に飛ばされていった。
地面を転がるのは本日2回目だ。滅茶苦茶痛い。
「ぅ、うぅ……」
十数秒後、音が止んだので目を開けると、そこには息を飲む光景が広がっていた。
魔法の進行方向だった木という木が薙ぎ倒され、辺り一面坊主になっていたのだ。地面も少し抉れているところさえあった。
そして、ギリギリ視認出来る距離にビルドボアだった物が転がっている。
「 」
──これ、絶対レベル8の魔法で良かったでしょ。
《はい》
はい、じゃねぇよ。どうすんだこれ。
《ビルドボアの死体を回収した後、逃げることをお勧めします》
何普通に言ってんだ。そして何当たり前のようにビルドボア持ち帰ろうとしてんだ。無理だろこんな巨体。
《スキルに異次元収納Lv-を加えさせていただきました》
……なんか誤魔化そうとしてない?
《 してないです》
今ちょっと間があったろ。
いや、ホントにこれからどうなるんだ。
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