第19話 黒幕


 パピーが、あのヒューマン (サーシャというらしい) を連れて行ってから数時間ほどが経過していた。


 まったく、俺に 「行ってきます」 を言わずに出ていってしまうなんて、実にパピーらしくない。いや、それほどに急いでいた、ということなんだろうけど。


 因みに、俺は今は家にいる。マミーもアルも一緒だが、マミーは何か考え事をしているようだった。


 会話はない。


「…………」


 うーん、少し焦れったいな。なんか、蚊帳の外感が半端ない。


 本来ならばマミーに詳しく話を聞きたいところだけど、あんなに真剣に考えているところに水を差すのも悪いような気がする。


「……よし」


 ここはちょっと、大婆様のところに行ってみるか。ヨムルもそこにいるらしいし、サーシャというヒューマンのことも聞けるかもしれない。


「ねぇマミー。ヨムルお兄ちゃんのところに行ってきても良い?」


「──あれはホントに持病だったのかしら……?」


 おっと。考えるのに夢中になりすぎて、思考が口から漏れ出てますよ、マミー。


「マミー?」


「んえ? え、えぇ、良いわよ。でも気を付けて行くのよ? マミーとアルは家にいるから」


「え~、ボクもお姉ちゃんと一緒に行きたい~」


「ダメよ、アル。せめてお姉ちゃん並にしっかりしてないと、許可出来ないわ」


 マミー、精神年齢がもう既に20超えてるヤツと4才児を比べちゃいけないと思うんだ。いや、知らんだろうけど。


「分かった、やっぱりお姉ちゃんはスゴいね!」

「……う、うん、ありがとう、アル」


 アルも相当なシスコンに育ってしまった。将来大丈夫なんだろうか。いや、ここは我が弟を信じよう。


「じゃあ、行ってきます」


 そうして俺は家を出発した。




   これが、最後の会話になるとも知らずに。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……? なにこれ」


『なんか、入りたくない』


 大婆様の家に着いて、真っ先に感じたのがだった。特に理由があるわけでもない。本当に何故だか分からない、そんな不気味な感覚だ。


 だが俺は、それを押し退けて、ドアを開けた。

 そして中を覗き込み────それを見た。


「大婆さ、ま…………っ!?」



 その時の光景を、俺は忘れないだろう。それほどに、強烈過ぎるモノだった。


 まず目に飛び込んできたのは、いくつもの肉塊──いや、。そして四方八方には血が飛び散り、鼻が取れるかと錯覚してしまうくらいの濃厚な鉄の臭いが中を蹂躙していた。


「うっ……ぷ」


 むごい。むごい。俺は、吐きそうになるのを手で必死に押さえた。


 何故ならそこには、『ヒューマン』がいたから。


 ソイツは、抜き身の剣を重力に任せるように、ぶらん、と持っていた。剣には、血はもちろん肉まで付いている。何の肉かは容易に想像がついた。

 眼光が、こちらを射ぬく。


「あれ、なんで君がここにいるのかな?」


 知ってるヤツだった。何回も見たことがある。その姿は、アイツがした時のモノだ。


 今もその顔に笑みを浮かべているが、それはいつもの笑みとは違う。不気味で、恐怖心を底から煽られるような、残虐性を帯びたものだった。


「なに、やってる、の??」


 そう、大婆様を肉塊にしたのは他でもない。



 ヨムルだった。




「………ははっ

「おかしいな

「この家の回りには中に入らなくなるように嫌悪の結界を張っておいた筈なんだけどやっぱりメルちゃんには効果が薄いのかな

「メルちゃんにはそんな耐性なかった筈なんだけど」


 

 気持ち悪い喋り方だった。抑揚が無いというか、かといって棒読みではない、そんな喋り方。聞くだけでも気持ち悪くなってしまいそうだったが、俺はその気持ちを押し倒して聞いた。


「質問に答えて。ここで、何を……しているの?」


 声が震えている。これは紛れもない、恐怖だ。

 体がここからの逃走を求めている。


 ヨムルは、そんな俺を見て心底面白そうにしていた。表情は相変わらず不気味だが。


「何って大婆様を殺してたんだよ

「見て分からないかい?

「この人が張ってる結界が邪魔だったからね

「時間をかければ解くことは出来ただろうけど

「殺した方が早いからね」



 結界を解く? 一体何のメリットがあってこんなことを?

 しかも、大婆様を殺したことを当たり前のように振る舞っている。どう考えても普通ではない。


「なんで、こんなことを………」


 勇気を振り絞って尋ねると、ヨムルは水を得た魚のように話し出した。


「ああそうだね

「折角メルちゃんが来てくれたんだ話してあげないといけないね

「結界を解いたのはヒューマン達がこの森を抜けるためだよ

 

「ああそうそう聞かれるのも飽きたからその前に答えてあげる

「僕はね獣人が嫌いなんだ

「ずっとこんな場所壊れてしまえば良いと思ってた 

「でもね

「君は好きなんだ

「僕と同類の臭いがする

「君なら分かってくれないかな?この気持ち  

「獣人は嫌いだけどヒューマンは好きなんだよね

「だから僕がヒューマン側に付くことを条件に  

「大変だったんだよ?

「ガルドさんが居たからね

「どうにかして連れ出す必要があったんだ  

「だから僕は呪いカースを覚えた  

「大変だったんだよ?

「サーシャさんに心苦しくも呪いカースをかけて

「ガルドさんにも僕の言うことを素直に受け入れちゃう軽度の催眠を掛けてここから離れてもらったよ  

「これでサーシャさんも死ぬことは無いから安心だね  

「シルさんは手強いけど  

「ああそうそうメルちゃんは特別だ  

「僕と一緒に来ないかい?

「まあどっちでもいいけど  

「来ないとどのみち死んじゃうよ?」



「    」


 絶句。言葉が出ないとは正にこのことだろう。


 売った? 皆を? 

 マミーを殺す? 

 俺が同類? 



 何を、根拠に?





 理解したくなかった。


 だが少なくとも、コイツは嘘を言っていない。現に、大婆様がのがその証拠だ。


「……っ!!」


 早くこのことをマミーに伝えなければ、この集落は文字通り終わる。しかし、


(足が、動かない)


 気持ちに反して、足は動いてはくれなかった。もっと言えば、口も、指さえも動かない。


 ヨムルのスキルか、はたまた俺の心が弱いのか。


 

 そんな無力な俺に、ヨムルが近づいてくる。

 そして血塗れの剣を掲げた。


「答えないってことは

「来ないってことだね

「残念だよ

「じゃあバイバイ

「    あ は っ」


 降り下ろす。


 スローになる視界。




────ぁ、これ死んだ

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