第18話 事の顛末


 がら がら がら


「…………」


 『一体、これからどうなってしまうのだろうか』と。

 メルはその何百回と巡らせ終えた筈の思考を、このの中で、また懲りもせずにおこなった。



──『動く檻』とは、比喩でも何でもない。そのままの意味だ。


 俺たちが入れられているこの檻は、2匹の馬のような魔物に引っ張られてゆっくりと進んでいた。数は4台。見る限り、檻の中にラクーンの大人はいない。


 まるで、異世界小説に出てくる奴隷馬車のようである。まあ、実際けど。


 そんなものに、乗っている人への配慮などある筈もなく、恒常的な揺れがこの疲弊しきった体にジクジクと刺さっていた。


 加えて、首には枷のようなものが着けられており、これのせいかは分からない(とは言ってもこれしか考えられない)が魔法も使えない。

 剣や防具も取り上げられてしまっていた。


…………最後に寝たのはいつだったっけ。たしか、3日前だったような……いや、4日前? 意識が朦朧としていてあまり覚えてはいないが、まあそのくらいだと思う。


 初めの方は泣きじゃくっていた他の子たちも、今では足を手に抱えて俯いていた。時折聞こえるのは、誰かが鼻を啜る音だけである。

 『絶望』という言葉がこれほど似合う状況はどこを探してもないだろう。それほどに、ここは地獄だった。


──どうしてこんなことに。


 俺は、随分と昔のことのように思われる出来事を、思い出していた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 5日前のことだ。

 ガルドの耳に、その凶報が届いたのは。


「サーシャが倒れた!? それは本当か!」


「何で嘘なんて吐かなきゃいけないんですかガルドさん。本当ですよ!」


 答えるのは、いつもと違い困った顔をしたヨムルである。


 いつも笑ってばかりいるのでメル曰く『スカしたイケメン』らしいが、そのスカしたイケメンがこうも困っているのだから本当なのだろう。いや、最初から疑っては無いのだが。


「シルには伝えたか?」

「はい。シルさんにはここに来る途中にすれ違ったので、その時に」

「よし、なら安心だろう。俺達も行こう」


「──え ぇ 、そ う で す ね」


「……っ!?」


 その時、比喩抜きでガルドの全身の毛が総毛立った。

 一瞬、ヨムルがように感じたのだ。いつものスカした笑みではない。もっと、恐怖を心底から煽るような……


(……いや、気のせいか?)


 見れば、ヨムルは笑ってなんていなかった。今もなお真剣な表情を浮かべている、ただそれだけだ。


「どうしたんですか? ガルドさん」

「──何でもない。とにかく大婆様のところへ向かうぞ」

「はい」


 少し気が動転しているのかもしれないな、とガルドは結論付けた。

 故にガルドは気付けなかった。



 自分の後を付いてくるヨムルが


 わらっていたことに。


 


「      」




ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 サーシャとは、大婆様にいつも付き添っているヒューマンの娘のことである。10年も前、路傍に倒れているのを、見かけた俺とシルが保護したのだ。


 それからはここで大婆様の付き人として暮らしている。若干無口(俺たち以外には)だが、良いヒューマンだ。何故倒れていたのかはついぞ説明してはくれなかったが、今の働きぶりを見れば文句を言うものはいないだろう。


 そのサーシャが倒れたと言うのだ。心配にならない訳がない。


 シルも相当心配した筈だ。まあ、シルが行ってくれたなら問題は無いだろうが………


 そんな甘い考えは、すぐに打ち砕かれることになった。




「──シルの魔法が効かない!?」


 まず、サーシャは目すら覚ませないような危険な状態だった。息は乱れ、全身からは大粒の汗が流れ出ている。顔も赤く、熱もあった。

 極めつけには、自らの手で心臓の辺りを押さえているのだ。これは単に体調を崩したとか、そういう次元ではなかった。


「ダメよ。どの魔法でも治らないわ」


 シルは「ごめんなさい」と言いながら俯いた。


「シルは悪くないさ……しかし、シルでも治せないとなると、やはり持病か?」


「ええ、多分。呪いカースでは無いでしょうし」


 そう、回復魔法でも治せないものはある。


 持病と、呪いカースの2つだ。


 持病は言わずもがな、ウイルスでの感染症ではなく、その人自身の変化として捉えられるため、治せないのだ。


 一方、呪いカースは回復魔法では治せない特殊な状態異常である。一時的なステータス低下効果や、錯乱状態などもそれに当てはまる。


 しかし、サーシャに呪いカースを掛けるヤツなどこの集落にはいないので前者の方だろう。つまりは持病である。


 この場合、早急にカルディナの医療院へ連れていかないと手遅れになってしまう。すぐにでも出発するべきだ。

 それに、足も速い方が良い。となると、俺か、ヨムルということになってくるが……


 確か先日、ヨムルはあそこのヒューマンに感謝されたと言っていた。良い意味で面識がある。適任だ。


「ヨムル、お前が行ってくれないか」


 だが、この提案にヨムルは難色を示した。


「何言ってるんですか、ガルドさん。僕の足はシルさんよりは速いとはいえ、ガルドさんとは比べるべくもなく遅いんですよ?」


……そう、だったか? 足だけで言えば同じだった筈だが。

 だがまあ、


「……分かった。俺が行こう」


 そうして早速俺は準備を始めた。事は一刻を争う。悠長にはしてられない。


「あなた、気を付けてね」


「サーシャさんの代役は僕がやっておきます。安心してください」


 その言葉を背に、俺はサーシャを背負って、集落を出発した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 カルディナに着き、早速医師にサーシャを診てもらって、分かったことがある。


 それは、サーシャは持病などではなく呪いカースを掛けられていた、ということ。


 心当たりは無かったが、今は呪いカースを解くことが最優先である。俺はサーシャを背負って、サリエス教の協会へ向かった。というのも、呪いカースを解くにはここしかないのである。サリエス教の幹部だけが使える『カースブレイク』は文字通り、呪いカースを解く。


 俺は、10000サリス(お金の単位)を払って、サーシャにカースブレイクを掛けてもらった。サーシャは目を覚まさないものの、今のところは落ち着いている。ひとまず、窮地は脱したようだ。



 そうやって俺が一安心していると、数いる神官のうちの一人が、聞き捨てならないことを言った。



「あぁ、迷いの森に汚らわしい獣人がいるらしいですね。討伐隊が向かったと言う話でしたが……もう討伐されたでしょうか?」


「───────は?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る