第5話 大婆様と名前
転生してから一年が経った。
そう、今日が名前を貰える日なのである。
『名付け』は村長の家で行われるらしく、今はパピーに抱えられて村長のところに向かっていた。隣にはマミーがいる。
名無し脱却まで後少しなのだが、ワクワク、というよりは緊張の方が勝っている感じだ。
この一年、長いようで短かった。
最初の1ヶ月はこの世界に来たことを夢のように思っていたのでぼーっとしていたのだ。
転生したんだと思えるようになったのは2ヶ月頃の話だ。
今では離乳食の真っ最中である、全く時間が経つのが早い。
因みにこの一年で親の名前が分かった。パピーが『ガルド』で、マミーが『シル』という名前だった。
まあ、予想はしていたが苗字は無かった。
ウチの家は木組みで出来ているし、狭い。回りの家も大体そんな感じだ。
前世で言うところの中世みたいな時代だと思われるし、苗字が無いのも頷ける。
人間は、貴族とかなら流石に家名はあるんじゃないだろうか。
………人間と言えば、2ヶ月ほど前に3人の人間がウチに来ていた。
めちゃくちゃビックリした(小並)
産まれてこのかたタヌキしか見たこと無かったから、この世にはタヌキしかいないんじゃ無いかと心配していたのだ。
まあ、杞憂だったんだけど。
構成は、男が2人、女が1人だった。男はどちらも20歳位か。女の人は背が小さいから断定は出来ないけど19歳と見た。
3人は俺を見ると、何やら言葉を投げ掛けてくる。どうやら違う言葉らしい。
そんな光景に呆然としていると、突然女の人が何故か顔を輝かせて俺を抱えてきた!
もちろんマミーの了承付きではあったのだが、いきなりの展開に少し困惑する。しかし───
「大丈夫よ。フィーネ達は昔、私たちと一緒に冒険者でパーティを組んでいたの」
と言うことらしかった。フィーネとは俺を抱えていたお姉さんのことだろう。
それにしてもパピーマミー共に冒険者だったのか。こうして見ると、言っちゃ悪いが結構場違いじゃ無いか? 人間の中にタヌキって、なんか違和感ある。
だけど、パーティ組んでいたって言うのも嘘では無さそうだし、今も仲良さそうに話している。しかも、俺の知らない言葉(恐らく人間語)でだ。
スゴいな、パピーとマミー。尊敬します。
その後は俺を揺りかごで寝かせて、5人で談笑していた。昔のことを話しているのだろう。微笑ましかった。
俺がちゃんと言葉を話せるようになったら2人の冒険者時代のことを聞いてみるのも良いかもしれない。
と、そんなこと思い出していると、どうやら村長の家に着いたようだった。
他の家と変わらない、いや寧ろ普通よりも質素な家だった。
パピーがドアをノック。
「
………大婆様て………どっかの谷のナウ○カなの? なんかいつも苦そうなもの嘗めてるの?
「入ってよいぞ」
しわがれた声だ。大婆と言われるだけあって結構なお年寄りのようだった。
区別はつきにくいがまあ「ババ」だし、女性だろう。
パピーがドアを開けると、中の様相が次第に視界に入り込んできた。
絨毯が引かれており、奥にはベットがある。見たところ特別なモノは無いようだが………
「よくぞ来た。そうか、もう8年になるか、お主らがここを発(た)ってから…………全く早いのう。まるで昨日のことのように思い出せる。儂らの制止を振り切って出ていった時のことをな」
「!!」
しわがれた、けれど、それでいて重厚な声が中に響き渡った。
よく見ると、ベットに誰かが上体を起こして座っているのが分かる。恐らく、今の声の主はあの人だろう。
そして、その人とは別に、無視できない存在がもう一人。
「よくいらっしゃいました。ガルドさん、シルさん。本日はおめでとうございます」
「!!?」
しかも、少女。詳しく言うなら、
その少女は、ベットの傍に、侍るようにして立っている。
ただでさえ背が低いマミーよりも、更に一回りも二回りも小さい。
ナニコレ誘拐? と反射的に思ってしまう程には、その少女は異質だった。ばっちりシャンパーユ語で喋ってるし………
少女自身が満面の笑みを浮かべているのでその心配は杞憂なのだろうけど………
パピー達は良い意味でも悪い意味でもこそばがゆそうにしていた。
て言うかパピマミ(意:パピーとマミー)、集落の皆から止められてたのに出ていったのか。
戻ってきてるあたり、ここが住みにくかったとかではなく、ただ単に若気の至りだったっぽいが。
「す、すみません」
と、大婆様にパピーが謝罪。
そこからは本心からの申し訳なさが見受けられた。
「いや、もうよい。もう今になってぶり返すつもりは無いのじゃ。少しからかいたくなっただけでな。謝罪は1年前に聞き飽きたし、そもそも、そなたらが無事でおったのだからそれで十分であると言うのに」
おお……大婆様いい人。
パピーは苦笑いをしつつ、人間の少女の方に向き直った。
「サーシャもありがとな。祝ってくれて」
「いえ、今私が生きていられるのは、
………いや重いよ! 一体何があったんだよ!
パピマミもちょっと顔が引き
「…………」
「「…………」」
いや、なんか喋ってくれよ! その間が怖いよ!
雰囲気が俺を殺しに掛かってきてるよ!?
「………あ、あぁ、確か今日は……」
と、ツッコミの権化と化し、カオスになり始めていた俺を助けるように、大婆様が口を開い(てくれ)た。
「あっ……はい! 我が子に名前を付けて頂きたく存じます。女の子です」
今度はマミーが応えた。今まで喋らなかったのは、どうやら緊張していたかららしい。
マミーの顔に汗が伝っているのが見える。やはり偉い人なんだな、大婆様って。
「どれ、見せてみよ」
大婆様が顔をこちらへと向ける。
………やはりと言うべきか、タヌキだった。
て言うかフード被ってるし、完全に谷の大婆様だな。
「……はい」
俺の体がパピーの手を離れ、大婆様の手に移る。
折れそうなほど細いのに、何故か温かい。そんな不思議な安心感に包まれていた。
「ハハハ、よく似ておる」
よく似てるらしい。きっと別嬪さんだねやったぁ。
そう言えば、鏡が無くて俺は一度も自分の顔を見たことがなかった。
マミーが川で俺の体を洗ってくれてたけど、流れがあって良く映らないのだ。水は綺麗なんだけどね。
「どうか、この子に善き名を……」
「分かっておる分かっておる」
………大婆様じゃなくてユ○様だったかもしれない。
そんな(しょうもない)こと思っているうちに、どんどん話は進んでいく。
それにしても、本当に大丈夫だろうか。痛名つけられるのはゴメンだぞ。女の子の名前をつけられるのは仕方が無いとして。
まあ、でも大丈夫だろう。パピーもマミーも大婆様に名前付けてもらったっぽいし。
と、そこで大婆様が顔を上げた。
「そうだな、『メル』。この子は『メル』だ」
「「…………素晴らしい名を、ありがとうございます……!」」
震えた声で感謝の言葉を述べるパピマミ。
メル、メルか……………うん。良いんじゃないだろうか。
ギ○ガメッシュとかじゃなくて良かった。
パピーなんて感極まって泣いちゃってるし、マミーもほっとしている。
こうして、俺の名前は『メル』となったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます