第34話 エピローグ

 生垣に囲まれた小さな庭がある。手入れは特にされていないが、木製の棚には盆栽が何鉢か置かれ、あとは草がむしられている。

 それに面する短い廊下に寝転んで、光次郎は見つめていた。

 まどろみの中に、過去の異世界での戦いを思い出す。

「おとうさーん」

 庭の片隅から走ってくる幼女。その手には泥団子が握られている。

「見て見て」

 幼女は誇らしげにそれを差し出す。鼻の頭に泥がついているが、その様すら愛らしい。

 深い緑色の瞳はキラキラと輝き、光次郎はその頭を撫でた。

「凄いな。一人で作ったのか?」

「ううん、お兄ちゃんに手伝ってもらった。でも最後の仕上げはあたしだよ」

 幼女の後から、少年がゆっくりと歩み寄る。



 年齢とは全く比較できない、老成した表情の少年だった。

 対外的には、光次郎の甥となっている。いずれ一族の中の一つの家系を統率する者。

 修羅の呪いを受け継いだ者。

「悪いな。迷惑じゃなかったか」

「いえ、叔父さん。妹みたいなものですから」

 そのやり取りも、年齢相応のものとは思えない。だが瞳に映る意思の強さが、少年の若々しさを告げている。

「妹じゃないから。だから結婚も出来るんだよ」

 愛娘の言葉に、光次郎は頭を掻く。

 この幼女、将来はお父さんと結婚する、とは一度も言ったことがない。

 それが寂しい。



 そして少年の後ろから、もう一人少女が現れる。

 くるくるした金色の髪に、透き通る碧眼。美しい少女だが、なぜか印象が薄い。

 今この家に暮らしているのは、この場の四人と、少女の母で五人だ。

 少年の母、美幸は産後間もなく息を引き取った。

 まさか自分より早く逝くとは思っていなかった。

 悲しみよりも、呆然としたものだ。



 そして幼女の母、光次郎の妻も、少し前に亡くなった。

 まさか自分よりも早く、こんなに身近な人間がいなくなるとは考えてもいなかった。

「お父さんも作ってみる?」

 娘がキラキラと、母親譲りの瞳の色で話しかけてくる。

「じゃあ今度は一人で一つずつ作ってみようか」

 少年の提案に、少女もこくりと頷く。

「ようしじゃあ、お父さん、本気を出しちゃうぞ」

 娘はそれに対しても胸を張った。

「年季が違うのだよ」

 負けるわけない、という態度だ。ちょっとへこましてやりたくなる。

 背後の少年と少女は、穏やかに笑っていた。



 ああ、これが幸せか。

 殺し合いの中で、磨耗していった精神が甦るような。

 光次郎は笑って、サンダルを履いて庭に出た。

 たとえこの後にどのような修羅の道があったとしても。

 光次郎は、笑って死ねる覚悟が出来ていた。













 地球から時空を超え、はるかに捻じ曲がった場所にある惑星。

 かつて名を得ず、そして3000年前にネオ・アース、縮めてネアースと呼ばれる世界。

 その世界を眼下に見下ろし、5柱の女神が浮いている。

 それに囲まれるようにして、一人の少年が尻餅をついていた。

 召喚されたわけでも、転生したわけでもない、一人の少年。神と取引をし、役割を振られて送られた、試練に挑む者。

 あるいは道化にしかならないかもしれない、小さな存在。



「あの……」

 美しい女神たちに向けて、少年は何かを言おうとした。

「これは弱い」

 だが銀髪の女神が溜め息と共にそう言って、少年の言葉を遮った。

「仕方ないでしょう。勇者と同じ力を与えては、それこそ本末転倒なのですから」

 水色の神の女神に言われ、銀髪の女神はまたも吐息をつく。

「まあ、あたしたちが力を授ければ、なんとかなるだろう」

 赤い髪の少女が言うと、金髪の少女も頷いた。

「才能はないが、素質はある」

 黒髪の女神が言って、彼女たちの方針は決まったようだ。



 才能はないが、素質はあると言われた少年。

 彼の長い旅が始まろうとしていた。







   十五少年少女異世界冒険記 了

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十五少年少女異世界冒険記 草野猫彦 @ringniring

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