第33話 帰還

 五つの宝珠が地面に置かれた。

「で、誰が言うよ?」

 川島の言葉に、誰もが手を上げたそうな顔をする。

「ギャルのパンティおくれ、なんて言うなよ? フリじゃないぞ? 絶対言うなよ?」

 今村がノリノリでそう言う。

「言わねえよ! つーかお前が一番心配だよ!」

 そんな二人のやり取りを背に、なんと結城が踏み出した。

「出でよ神竜! そして願いを叶えたまえ!」

 五つの宝珠が輝きを放ち、そして天が暗闇に覆われる。

 このあたりの演出はレイアナの分担である。

 結城は満足げに鼻から息を吐き、そして男子連中にぼこぼこにされた。だがそれでも、彼は何かを成し遂げた顔をしていた。



 赤い炎の柱と、金色の光の柱が浮かび上がる。

 そしてその中から現れたのは、イリーナとオーマだ。

「やあやあ久しぶり!」

 屈託のないイリーナの笑顔に、懐かしささえ覚える。

 だがまだ別れてから3ヶ月も経っていない。短くも充実した時間だった。

「色々あったみたいだな」

 オーマの方も相変わらず小汚い格好をしている。誰か指摘しないのだろうか。



「さて、早速ですが送還の儀式を行いましょうか」

 ラナがパンと手を叩く。どうやらこの5柱の中では、一番のまとめ役らしい。

「細かい時間の設定や、こちらで獲得したレベルや技能、祝福の調整もしないといけませんね」

 送還される時間は、こちらに召喚された一秒後。これは簡単に決まった。

 こちらで得た能力や技能についてだが、当初はそのまま帰って俺TSUEEEをしたいと思っていた連中も、先ほどのラナの予言で腰が引けている。

 聞かなければ良かった。それを承知でラナは聞かせたのだろうが。



 結局、こちらの世界の記憶を消さないと決めたのは光次郎と美幸だけだった。

 他の者は、異性にモテたいだの大金が欲しいだの、美容だの身体能力だの、俗なことを調整してもらった。

 それでいいのだろう。

 神の力で、超人になっていいことなど、おそらく一つもないのだから。

 例外は光次郎と美幸だけだった。

 二人は世界の裏を知っている。それだけにラナの予言も、これまでの戦闘の蓄積も、有用なものとなる。

 そして光次郎の呪いだが、解呪するのはやはり無理とのことだった。

 解呪すれば力は失われるし、力をそのままで解呪するのは、さすがに神竜も代償が大きすぎるということだったのだ。

 減った寿命を戻すのがやっと。それでもありがたい。







「それでは始めましょうか」

 ラナが宣言し、光の柱が勇者たちを包んだ。

 まず、ラナが勇者たちの故郷の地球を特定する。

 そしてテルーがそこへの通路を開く。

 開いた通路を、レイアナが維持する。

 勇者たちを、イリーナが地球へ移動させる。

 細かい調整を、最後にオーマが行う。



「細かい調整か……。あたし苦手なんだよな。テルー、代わってくれないか?」

「そうだな。通路を開くだけならオーマの方がいいだろう。調整は私がしよう」

 この期に及んで役割が変わって、勇者たちはハラハラしてしまう。

 自信満々の表情のイリーナが、なんとなく一番不安である。

「心配するな。多少の齟齬は、そちらの世界が修正してくれる」

 レイアナが腕を組んで言う。通路の維持は楽なのである。何より大変なのは、地球を特定するラナであろう。

 勇者と本来の世界を結ぶ、わずかなつながり。それを辿っていくのは、長い時を生きた彼女でなくてはならない。



「見つけました」

 一時間ほどの後、彼女はそう言った。

「時間の調整は問題ありません。細かい調整は世界がしてくれるでしょう」

 準備は整った。

 勇者たちは顔を見合わせる。レイアナとカーラには頭を下げる。

「お世話になりました」

「まあ世話というほどでもないが。……刀は有効に使ってくれよ」

「体には気をつけて」

 オーマには微妙に思わないものがないでもない。

「元気でな」

 二度と会わないと思うと、それでもこの別れは辛くなる。

「死んだらこっちに生まれ変わりなよ」

 イリーナは気楽に言ってくれる。

「こっちに生まれ変わるって出来るの?」

「出来るよ。普通なら出来ないけど、一度こっちに来てるから、通路は作れるし」

「じゃあ、死んだら考えるよ」

 イリーナは満面の笑みで頷いた。



「話は終わったか」

 オーマの確認に、皆が頷く。

「よっしゃ、じゃあ開くぞ」

 天に手を向けて、オーマの力が放たれる。

 暗闇を切り裂いて、星空が広がる。その中に、小さな青い星が見える。

「維持する」

 レイアナがそう言うと、星の瞬きがなくなった。くっきりとした星空となる。

「じゃあ、魂の輪廻の果てに、また会えることを願って」

 イリーナの言葉と共に、勇者たちはその場から消えた。

「問題はなさそうだな。じゃあ閉じるぞ」

 テルーがそう言うと、星空は消え、暗闇が明るい空となり、元の世界となった。

 15人が、この世界から消えた。何の痕跡もなく。

 彼らの地球は、ネアースから遠い距離に移動させられた。もう二度と、勇者が召喚されることはないだろう。







 だが、ラナは既に知っている。

「また勇者は召喚されるでしょう。今度は1800年ほど後でしょうか」

「何でだ? もう勇者を召喚する理由なんてないだろう?」

 テルーの問いに、ラナは答えた。

「神々の復活が近いのです。そして人間は、神々に対するにはあまりにも弱い」

「1800年後か……。弟子でも取るかな」

 レイアナが呟く。彼女は戦士である。剣士を指南したこともある。だが弟子を取ったことはない。



「私は自分の迷宮を作るよ」

 イリーナが手を上げる。それに追随してオーマも手を上げる。

「あたしはちょこっと迷宮の難易度を下げるよ」

「それはどうかな? 人間の装備も整ってきているし、いずれは踏破されると思うが」

 テルーは疑問を呈すが、確かに人間の文明はこの1200年、あるいは2200年で加速度的に高くなっている。

 おおよその原因はアルスと日本人にあるのだが。



「神々との戦いに備えて、私たちも戦力を整える必要があるでしょうね」

 神々は多くが封印、もしくは消滅したとはいえ、千や二千は残っているだろう。ラナがもっともなことを言うと、レイアナがその案を出す。

「旅の途中で言ってたんだが、神竜を2柱増やさないか? イリーナに竜牙大陸を担当して貰って、竜翼大陸と竜爪大陸に1柱ずつ配置すれば、勇者召喚にも素早く対応できるし、神々への牽制にもなるだろう」

「そうですね。1000年ぐらいを目処にして、増やしましょうか」



 それから5柱の神竜が話し始めたのは、新たな神竜の名前をどうするかということであった。

 これを決めるのに、10年の時間がかかった。

 それでいて結論は「サージに丸投げしよう」というのだから、神竜の気の長さは非常識なものである。







 放課後の教室に、15人の生徒がいる。

 わずか一瞬、睡魔に襲われたように彼らは思ったが、そうではないと知っているのは二人だけ。

 ただ、なぜか誰もが、教室を出て行くときに、寂寥感を覚えた。

 光次郎と美幸も、それは同じであった。いや、記憶を持っている分、余計にそれを感じた。



 自宅への帰路、しばし二人は無言だった。

「……面白い旅だったな」

 先に言葉を発したのは光次郎だった。

 確かに凄い旅だった。普通の人間なら、あれが人生の中で最も大きなイベントだったと思うだろう。

 しかし二人はラナの予言を覚えている。そして目の前には、一族の役目がある。

 また、主に中国の斥候を叩き切る仕事が待っている。陰鬱な、社会の面に出ない仕事だ。

「孫の代か……」

 光次郎の一族の男は、子を作るのが早い。それは寿命が短いことと関係がある。

 実際光次郎の父が最初の子を作ったのは17歳の頃だった。



「しゃあねえ。頑張るか」

「あたしも頑張る」

 未来は示された。孫の代ということは、おそらく光次郎は生きていない。

 だが美幸の子ということは、今の状況では光次郎の甥になるだろう。美幸の結婚相手は、光次郎の兄に決まっているのだ。

 そしておそらく、それを鍛えるのは光次郎になるだろう。

「頼りにするからね」

「任せろ。透さんとレイアナに鍛えられたからな。今なら兄貴にも勝てると思うぞ」

 魔王、竜、リヴァイアサン。格上の相手をして、確実にレベルは上がった。

 そして透とレイアナ。あの剣技を身につければ、それこそ日本最強の剣士も夢ではない。



 九鬼の男は寿命が短い。

 だがそれをもってなお、長寿の一族を圧倒する力を身につけるのだ。

 むしろ短いからこそ、その命を鮮烈に燃やすのかもしれない。

「お前の息子は俺が鍛える。そして、この世界がどうなるのか分からんが、選択を出来るようにする」

「うん、任せた」

 二人は知らない。

 短命のはずの光次郎より、美幸の方がはるかに早く死んでしまうことを。

 そして美幸の息子が、世界でどのような役割を果たすかを。

 二人は知らないがゆえに、絶望という死に至る病から逃れているのだった。



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