第31話 海獣王
「リヴァイアサン?」
集落に案内された一行は、ゲガスの口からその魔獣の名を聞いた。
「はい。それが深海にある水の神殿への入り口を閉ざし、我らもラナ様にお目通りが叶わない状態となっているのです」
リザードマンはラナの眷属である。よって特別な手段で神殿に至り、祭祀を行うことが出来る。
しかし今はリヴァイアサンの存在により、その手段が断たれているのだと言う。
「リヴァイアサンか。厄介だな」
テルーが腕を組む。神竜をして厄介と言わせるとは、どれほどの魔物なのか。
「リヴァイアサンは正確には魔物ではなく、神獣ですね」
カーラが補足してくれる。魔物の中でも特に知性を持ち、強大な力を発するものをそう分類しているのだ。リヴァイアサンは特に水の神獣の中では最強を誇り、海獣王と呼ばれている。
「他には大地の神獣ベヒモス、空の神獣ジズが有名です」
「それで、強いんですか?」
美幸の問いに、テルーが答える。
「まあそれなりに強い。成竜より強く、古竜とほぼ同格といった感じだな。だがリヴァイアサンが他の神獣と比べて厄介なのは、生息しているのが水の中ということだ」
水の中での戦闘は、地上戦とも空中戦とも違う。光次郎と美幸も地球での戦闘経験でそれは分かっている。
そして成竜より強いと言うことは、火炎迷宮で戦った門番の竜よりも強いということだ。
「陸の上なら問題ない。水の中でも、全力を出せば倒すことはたやすい。だが、神竜の全力となると……」
「周囲への被害が大きすぎるな」
テルーの言葉を引き継いで、レイアナが言った。
「だが幸いここには神竜が2柱、そして竜殺しがいる」
テルーの視線はレイアナとカーラに向けられた。
「私がリヴァイアサンへの道を作り、レイアナがそれを維持し、カーラが仕留める。それが確実だと思うが」
テルーの言葉には15人の勇者は戦力として入っていない。レベルが200にも達していない者では、神獣とまで呼ばれる存在にはかなわないと判断したのだ。
そしてその分析は間違いではない。
「勇者諸君には、その他の魔物を排除してもらいたい。水蛇竜が多くいるはずだし、その程度の相手なら今のレベルでも充分だろう」
「そうですね。倒すならともかく、排除するだけなら簡単でしょう」
カーラが頷く。だが続いた言葉は少しテルーの意思に反していた。
「排除するだけなら、彼らでも大丈夫なのでは?」
カーラの言葉に、テルーは少し虚を突かれたようだった。
確かに戦力的に見て、それは可能だろう。だがなぜその選択を挙げるのかが分からない。
「彼らにとって、最後の試練だと思うのです」
カーラはテルーの当惑にそう答えた。
「試練か……。ちなみに他の神竜はどうしたんだ?」
「火炎迷宮は助けはありましたが踏破しました。暗黒迷宮には行っていません。嵐の山脈は……」
美幸の答えに、テルーはレイアナを見る。
「レイアナに連れてきてもらった、か。お前は人間に優しすぎるぞ」
テルーはそう言うが、レイアナは肩をすくめる。
「さっさと勇者を送還しないと駄目なんだろう? 嵐の山脈をまともに踏破しようとしたら、何年かかるか分からん」
「それを言うならお前の暗黒迷宮はどうなんだ。最近また拡張したそうじゃないか」
「だから、私は加護を与えてもいないし、願いもかなえていない。お前だってそうだろう」
テルーは頷くと、勇者たちに目を向ける。
「やってみるか、お前ら」
正直、遠慮したい相手ではある。
成竜でさえあれほどの力を持っていたのだ。それより強い古竜と同等の力を持つ神獣など、勝ち目はより少ないだろう。
「出来れば遠慮したいな」
光次郎は冷静に戦力を分析した。美幸も無言で頷く。
成竜には実質的に勝てたが、あれはサージの補助もあってのことだ。
「ラナはその辺りお約束と言うか、試練を用意する性格だからな。たぶん排除だけなら可能だと思うぞ」
「補助魔法は私がかけましょう。それなら神竜の力を使ったことにはならないでしょう」
カーラの言葉にレイアナはどうでもよさそうに頷く。
「それにお前が買った刀、村正以上だろう。成竜の時よりも火力は上がってるはずだぞ」
確かに、レイアナの刀は手に慣れた村正より高性能だ。
「ではその路線で行くか。食料や野営の準備はいいか?」
川島の宝物庫にはまだまだたくさんの食料が入っている。野営の準備もばっちりだ。
「善は急げ。それでは行こうか」
レイアナに従って、一同は腰を上げた。
目の前には巨大な湖が広がっていた。
「琵琶湖より大きいな」
日本最大の湖と比べて誰かが言った。そうだな、とレイアナが頷く。
地球における琵琶湖のすぐ近く、ほとんど接している土地に、長曽根町という町名がある。
長曽根虎徹のルーツであり、そこから歩いて行ける距離には彦根城博物館がある。
そしてその博物館には、井伊直弼が愛用したという虎徹の脇差が展示されているのだ。
そんなわけでわざわざ前世では、レイアナはそれを見に行ったことがある。
それはともかく、テルーは湖の波打ち際で、杖をかざす。
湖が割れた。
「おお、モーゼ……」
あれは海を割ったのでもっと凄いのかもしれないが、神竜の手にかかればたやすいことらしい。
「行くぞ。水棲の魔物には気をつけろよ」
レイアナが最後方から声をかける。カーラも最後方でレイアナと並ぶ。
「こうしていると、あの子達を連れて迷宮攻略をしていた頃を思い出しますね」
「そうだな……。これが終わったら、久しぶりにもう一人作ろうか」
背後から聞こえる家族計画に、一行は興味津々である。
「そうですね……。私も一人ぐらい男の子を育ててみたいんですけど」
「それはなあ。竜とのハーフはどうしても女の子になるからな。孫の世代に期待するしかない」
そんなのんびりした会話をしているが、前方では既に戦闘が始まっていた。
魚や水棲両生類、また恐竜のような魔物が両脇の水の中から襲ってくる。
ここまで来ると全員の連携も取れていて、盾役が攻撃を防ぎ、攻撃役がダメージを稼ぐというのも自然になっている。
問答無用で一撃必殺の光次郎や美幸もいるが、それは例外である。
「貫通!」「破壊!」
「次の敵、水魔法使うよ!」
「別所! 火魔法!」
「了解!」
水の中の生物が相手なので、水魔法は牽制程度にしかならない。逆に火魔法は大きな効果がある。
およそ半日、小休止を何度かはさみ、一行は湖底へと至った。
洞窟がある。
迷宮ではなく、海とつながる洞窟らしい。
そこに至ると、水の溜まった部分があり、生えているのも全て水草だ。
「さて、ここで休もうか」
テルーが結界を作って水が入ってこないようにする。そして食事の用意、テントの設置となる。
「しかしリヴァイアサンとは、ラナもキツイ試練を課すものだな」
食べてすぐ寝転がっているテルーは、そんなことを言う。
一応姿や能力について質問してみたが、水の中ではほぼ最強。クラーケンや水蛇竜をも上回るとのこと。
形状は東洋の竜に似ていて、ブレスも吐く。身を守る鱗もほぼ竜と互角。
まさにラスボスに相応しい巨大な神獣だと言う。
「一応雷や火には弱いが、水は全く効果がない。むしろほとんどは吸収される。
池上は鑑定要員となるわけだ。
翌日、洞窟の中をしばらく進むと、広い空間に出た。
階段が暗い水底へ続いている。上を見ると太陽の光があり、この先が海溝であると分かる。
鮫や鯱など、魔物ではない普通の生物も多い。しかも下手な魔物より強い。
倒しても魔石を採取することなく、どんどんと先に行く。なにしろ、もう少しでこの世界の金銭は必要なくなるのだ。
「水蛇竜の群れだな」
テルーが注意を促す。両方の脇から、竜と言うよりは蛇を思わせる巨体が何匹も迫ってくる。
「池上、水の魔法で進路をずらせ。土屋と梅谷で残りの攻撃をそらしてくれ」
珍しく光次郎が指示を飛ばす。
「あとは俺が全部片付ける」
リヴァイアサン。古竜にも並ぶと言う強敵。
それに対抗するためには、直前でもレベルを上げておいたほうがいい。
光次郎が構えたのは刀は、レイアナの打った刀の中でも最も業物。
正宗と思われる刀を倣って、それに更に魔法の付与をしたものだ。
「せえい!」
壁面から顔を出した水蛇竜の頭を、光次郎は真っ二つにした。
巨大な水蛇竜相手に、光次郎の蹂躙が始まった。
水の中でなら、おおいに苦戦したであろう相手。だが頭を空気中に出せば、その限りではない。
何より光次郎の頭が冴えに冴えている。
正宗の切れ味が予想以上で、そのまま狂戦士を発動したくなるぐらいだ。
だが正宗が村正と完全に違う点が一つある。
村正と違い正宗は、血を欲していない。
むしろ血を遠ざけようとしているのが分かる。刀なのに。
切れば切るほどより斬りたくなる村正とは、そこが違う。
「これで最後!」
一際巨大な水蛇竜を倒し、光次郎は息を吐いた。
左右に聳える水の壁で返り血を流す。魔力はともかく、体力はそこそこ使ってしまった。
『回復』
カーラの魔法で呼吸が楽になる。筋肉の疲労もなくなる。
「やるな。お前だけなら歴代の勇者にも負けないぞ」
他の14人は水増しととれるようなテルーの言葉だが、実際そうなのだから仕方ない。
「それでもリヴァイアサンには勝てないんだろ?」
「そうだな……カーラが限界まで補助魔法をかけてくれたら、ほぼ互角に戦えるんじゃないか? 私も相手の周りの水は抜くし」
「地上戦なら勝てるか」
光次郎はそんなやり取りをしながら、正宗を素振りしている。刀を手に馴染ませているのだ。
レイアナ謹製の正宗は、能力自体は村正より優れている。だがその性能を発揮できないのなら意味がない。
「もう少し試し切りがしたいな」
「よし、じゃあ呼び寄せるとするか」
テルーの魔法が発動して呼び出したのは、全長数百メートルにも及ぶ鯨だった。
「鯨か……」
「ここは緑の豆の団体もいないんだから、おもいっきりやっちゃいなさい!」
なぜか美幸の方がエスカレートしているが、もちろん光次郎の士気に影響はない。
ただ、鯨は巨体である。
刀を振るって傷を与えても、致命傷にはなかなか至らない。むしろ皮で刃が止まることさえある。
だからこそ試し斬りにはいいのだろうが。緑の豆の人が見れば、怒りのあまり卒倒しそうな状況である。
『刃よ』
光次郎の合言葉により、正宗に施された機能の一つが発動する。
光の刃が長く伸び、鯨を腹で両断した。
「よし、馴染んできた」
光次郎の言葉に、テルーがふむふむと頷いている。
「それじゃあ最後の大物と対戦といくか?」
テルーの手から光が生み出され、深海の暗闇を照らし出す。
もう目に見える距離の海底に、神殿が建てられていた。
そしてそれに巻きついた、蛇のような胴体の魔物。いや、神獣。
まだ距離があるのでその全長ははっきりしないが、先ほどの鯨など比較にならないだろう。
「あれが、リヴァイアサンか……」
刀を握る光次郎の手に力がこもる。そして光に照らされた神獣は、その鎌首をもたげた。
カーラの補助魔法が全力で光次郎を強化する。
『狂戦士』
発動した力は、今までのどの戦いよりも強い。
最後の戦いが始まった。
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