第29話 帝都
かつて魔族領と呼ばれたガーハルト帝国。
その中の新幹線が走っている西端の都市に、巨大な黒竜が舞い降りた。
正確にはちゃんと空き地となった場所を選んだのだが、自らの体長を把握しきれていなかったのか、森の木々を随分と倒した。
混乱しそうになった住民へ向けて、暗黒竜レイアナは咆哮する。
『鎮まれ小さき者たちよ。われは暗黒竜レイアナである』
神竜。直接にその存在を知る魔族はまだまだ多く残っている。
混乱はすぐに落ち着きを見せ、都市の外壁にいた兵士たちは、暗黒竜が人間の姿をとるのを見た。
「しかし……飛んでる時間より変身する時間の方が長くなるとは思わなかったな」
首を回したレイアナが言う。コキコキといい音がした。
「たまには変身してみた方がいいですね。じゃあ行きましょうか」
カーラは平然としているが、レイアナの下手糞な飛行に振り回された勇者たちは青い顔をしている。
「あの……転移は使えなかったんですか?」
結城がやはり青い顔で問うが、たまには変身して飛ばないと鈍るからな、とペーパードライバーのようなことをレイアナは言った。
ゾンビのような足取りの集団を連れ、レイアナは門前へと至る。当然ここで兵士に止められるのだが。ちなみに兵士は二人ともゴブリンであった。
「ほい、これ」
渡された短剣の印章を見て、兵士は直立不動になって短剣を返した。
「失礼しました。どうぞお通りください」
ぞろぞろと続いて入っていく勇者一行。そこで彼らが見たのは、日本の地方都市にも似た風景。
建築は和洋折衷。ちょっとしたビルディングもある。だがそこに住むのは人間だけではない。
むしろここでは、人間は少数派のようであった。繁殖力の関係かゴブリン、オーク、コボルト、獣人が多い。
「この調子だと、また人口爆発の問題が起こるかもな」
「そうですね。まだ他の大陸に余剰はありますが、1000年もすれば」
「あ~、また千年紀するのかなあ。やなんだよな、あれ」
「神竜の力で、繁殖力を抑制したらどうですか?」
「ん……そうだな。ゴブリンとオークはすぐに野生化するから、そのあたりからかな」
ニホンで出会ったブルーメのような親切なオークを思うと、一行は少し違和感があるのだが、魔族の中の繁殖力の高い種族が、医療や食糧生産の関係で人口が急速に増えているのが問題らしい。
地球でも中国やインドで同じことが起こっている。だがネアースのゴブリンやオークは、地球の諸国家と違い、人口の抑制に協力的だ。
基本ゴブリンは強者に逆らうことはないし、オークはまだ理性的だ。地球人のような下手な人権思想に染まった猿にも劣る存在ではないのだとレイアナは言う。その言葉には憎悪の響きがある。
「また戦争で間引くようなことになったら、アルスの努力が水の泡だからな…」
「なんだか元地球人に対して厳しいですね、レイアナさん」
「マールを殺したのが地球の勢力だったのです」
「ああ……」
1200年経っても、その怒りはなくならないらしい。
「周辺国を巻き添えで滅ぼしたのはやりすぎだったかもしれないが、石ころのなかにある玉を選ぶ余裕はなかったからなあ」
「あたしたちの地球でも、裏でいろいろ動いていますからね」
美幸が肯定する。光次郎も頷く。おそらく地球に戻れば、また他組織の暗部を相手の戦いとなるだろう。
都市の中心部には大きな建物が立ち並ぶ。ニホン帝国ほど洗練されてはいないが、それでも地球に近い文明の香りがする。
川島の宝物庫に装備を入れて、私服となった勇者たちは、遠慮なく獲得した新幹線の貴賓席に座る。
「こいつでも丸一日はかかるからな。景色はけっこう変わるから、暇つぶしにはいいと思うぞ」
新幹線の中には食堂もあり、そこで一行は昼食を食べる。
窓から見える風景はヨーロッパ風のものやアラビア風、中華風や和風のものまで様々で、ごった煮の様相を示していた。
「この統一感のなさは一体……」
「アルスが頑張った結果だな。線路近くだからまだしも人間っぽいが、辺境に行くと吸血鬼の城とかゴブリンの集落とか普通にあるぞ」
「原始集落か。見てみたいな」
「さすがに諦めろ。……サージがいてくれたら転移出来たのか」
「まあ風景だけなら見せてやろう」
レイアナが手を振ると、窓の風景が変わる。
雷を背に佇む城や、木の柵に囲まれたゴブリンの平和な集落が映し出される。
普通の風景と遠くの風景。どちらも興味深く長めながら、一行は新幹線の旅を楽しんだ。
帝都。
この世界における、最も人口の密集した都市である。
「ふあ~」
と田舎者のように視線を上に向けるのは、高層建築があるためである。
雲まで届く高層ビルが、蜘蛛の巣のような通路で結ばれている。巨大な透明なホースの中を列車が走り、それなのにビル群の間を飛竜が飛行している。
「ちょっと、ドバイの中心部っぽい感じですね」
結城が例えるが、それよりももっと未来的な都市だ。
駅からすぐの場所に、転移門がある。恒常的に転移魔法をかけられたものだ。もし壊れたら、今ではもう直せるものがいないのではないか。
「ガーハルト帝国は、アルスの手によって作られて維持されている。もしあいつが死んだら、帝国の文明は退行するかもな」
レイアナの口調には苦いものがあった。
転移門から移動したのは、役所と王城を兼ねたような建物だ。
だがレイアナはそちらに向かわず、下町に向かう。路地の間に様々な商店が並び、威勢のいい売り声が響いてくる。
ここにも人間は少ないが、いないわけではない。人種的には黒人を多く見る。その次が黄色人種だろうか。
「あの、王城には向かわないんですか?」
美幸が不思議そうに尋ねると、レイアナは軽く頷く。
「基本的にアルスはもう隠居の身だからな。まあ何か大きな事件があれば引っ張り出されるんだが。今はこちらで静かに暮らしているよ」
この喧騒の中で静かに、というのは違和感があるのだが、レイアナには不自然なことではないようだ。
路地を曲がると、また小さな路地となる。だがその路地には店はほとんどない。個人の住宅が多いようだ。
そして気付いたのだが、猥雑な喧騒はここまでほとんど届かない。
「ここだ」
こじんまりとした一軒の二階建ての家。生垣に囲まれた、典型的な日本住宅である。
「ここが、なんなんですか?」
「アルスの家だ」
大魔王の家である。王城とのあまりの落差に、一同は愕然としている。
そんな勇者たちを背に、レイアナは小さな門を開けて庭に入っていく。
一行もそれに続くのだが、門のところで何かふんわりとした空気を通り抜ける感覚があった。
「お~い、アルス! フェルナ! いるか~」
返事も聞かずにずかずかとレイアナは家の中に入っていく。ちなみに玄関があり、靴を脱ぐスペースがあった。
「失礼します」
カーラもそれに続くが、ちゃんと靴は直している。
「は~い」
奥から声がして、着物を着た女性がやってきた。
「あら、リアさんこんにちは」
柔らかい笑みを浮かべる女性。おそらくこの人がフェルナなのだろう。
「突然すまないな。アルスは?」
「縁側に出ているはずですけど」
慣れた動作で襖を開けるレイアナ。和室の縁側に、日向ぼっこをしている青年を発見する。
「アルス、地球からの客人だぞ」
レイアナの声にゆっくりと振り向いた作務衣姿の青年は…とても疲れた顔をしていた。
「地球?」
「ああ、私たちが滅ぼした地球とはちょっと違うみたいだけどな」
「そうかい。いらっしゃい」
疲れた顔にそれでも微笑を浮かべて、アルスは一行を室内に招きいれた。
「それにしても、15人か……。アセロアも馬鹿なことをしたもんだ」
情報自体は知っているらしい。そのあたりは大魔王と言うべきなのかもしれないが、反応は薄い。
座布団に座った15人を眺めていくと、光次郎のところで視線が止まる。
「呪いか……。しかも神からの呪いだね」
今までの強者と同じことを言われ、光次郎は緊張した。
疲れきり、生気もあまり感じられない目の前の青年が、大きく見えた。
「それで、君たちの地球はどうなってるのかな?」
アルスの問いに、各自が答えていく。
年号や著名な事件。学校や部活のこと。はたまたメディアや文化のことまで、15人もいれば話すことは多い。
アルスは一々ふむふむと頷いて聞いていたが、あまり感情の起伏は感じられない。
それからこの世界についてどう思ったかを尋ねてきた。一同は素直に感想を述べるが、やはりニホン帝国とこの帝都の文明に驚いたと言った。
「リア、提案なんだけど、神竜を増やせないかな?」
アルスの言葉は、それまでの話とは毛色の違うもののように聞こえた。
「狙いは何だ?」
「他世界からの召喚を、完全に切るためだよ。今回も竜牙大陸に神竜が常駐していれば防げたんじゃないかな?」
「……竜牙大陸にイリーナを、竜翼大陸と竜爪大陸に一柱ずつぐらいか?」
「そうだね。それだけあれば」
「どのみち1000年単位の話になるな。……その時にお前がいてくれないと困るぞ?」
「そうだね、まだ死ねないんだよね」
乾いた笑みをアルスは浮かべた。
少し政治向きの話も入ったが、会談は平穏に終わった。
アルスとフェルナは玄関まで見送りに出た。
「少し私も働かないといけなくなったな」
頭を掻くレイアナにカーラが微笑む。
「神竜を増やす、ですか」
「世界のバランスに関わることだからな。ちょうどいいからこの子たちを送るときにでも話すか」
路地を少し行き、完全に人の目がなくなったところで、レイアナは転移の魔法を使う。
それはサージに比べるとどこか歪な、力任せのものだった。
次の瞬間には、一行は大山嶺の麓にいた。
「あれが、嵐の山脈だ」
レイアナが顎で示したのは、おそらく富士山の倍はあるであろう山塊であった。
「私と、あと誰か一人か二人、代表者で行こうと思う。神竜の聖域は、その聖域の管理者である神竜しか転移出来ないからな」
自然と一同の視線は光次郎と美幸に向けられた。
「残りはここで待っていてもらう。カーラ、頼む」
カーラは自然と頷いた。
「さて……と」
レイアナの体の中を魔力が巡る。
脳裏に浮かべるのは破壊の象徴。圧倒的な存在。
暗黒竜。
黒い霧に包まれたレイアナ。そこから手足が、尾が、首が伸びる。
竜に変身したレイアナに促され、二人は背に飛び乗った。
翼がはためき、竜の肉体が宙に浮かぶ。
それは何度見ても圧倒的な存在感で、その姿が山塊に消えるまで、一同は見送っていた。
「では、こちらも野営の準備をしましょうか」
カーラが言って、川島の宝物庫から荷物が取り出された。
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