第27話 ドワーフの里

 門を抜けると、そこは花畑だった。

 明るい日差しが空間を満たし、巨木が一本、そして小さな小屋が一つ。

「ようこそ、迷宮の11層へ。あ~、誰かがここに来るの1200年ぶりだわ」

 そう言うラビリンスの姿は、エルフではなく小さな羽根妖精の姿となっている。

「椅子はあったほうがいいわね」

 ラビリンスの声に従って、人数分の椅子が地面から生える。

「それと、飲み物は紅茶でいいかな?」

「ちなみに他に選択肢は?」

 川島が尋ねると、緑茶や烏龍茶があるという。残念ながらコーヒーは用意してないとのこと。

 結局舞台装置に合わせて全員が紅茶を注文する。

「蜂蜜もあるわよ。なんなら冷たい紅茶でもいいけど」

 そのようにおもてなしされて、一行は恐縮しつつも納得していた。

 ああ、この人元日本人転生者だと。



 ラビリンスは2200年前の大戦で活躍したエルフ……らしい。

 もっともその活躍がほとんどの資料に載ってないので、存在を疑う歴史学者がほとんどだとか。

 戦争が終わったとき彼女は竜ほどではないが強大な力を持ち、どんなものすら手に入れることが可能だったという。

 だが彼女が求めたのは、平穏とわずかな刺激。

 よってここに、世界でも一つしかない特徴のある迷宮を作り出した。

 不死の迷宮。あるいは試練の迷宮。

 探索者は迷宮の中で死んでも、装備を失うだけで外の丘に放出されるだけ。

 踏破した者には彼女の力によって可能な祝福を与えているという。



「まあ、それでもたいていの探索者は7層ぐらいまでしか来れないんだけどね」

 最後に踏破したものは1200年前。後に暗黒竜となるレイアナのパーティーだったとか。

 5層まで到達したらその様子をこっそりと観察して応援するのだが、あくまで応援するだけ。

 さすがに暇になって最近は寝てばかりして過ごしていたらしい。

「というわけで、地球出身の日本人に会うのは久しぶりなわけよ」



 ラビリンスの言う地球と、一行の地球は違うはずだが、ほとんどの部分で一致している。

 滅びた地球に元々魔法が存在していたかどうかは、サージも言っていたがラビリンスも知らないようだ。

 女子連中とラビリンスは地球の話題できゃぴきゃぴと騒ぎ、男子連中は珍しそうにラビリンスの世界を眺めている。

「太陽……光合成はどうなってるんだろう……」

「この一本だけ生えてる木はなんなんだ?」

「ああ、それは世界樹を株分けしたらしいよ」

 サージが言うには、彼の使う杖は本家の世界樹から作り出したものらしい。

「世界樹か……何か特別なものなのか?」

「大森林の中央にある木で、竜と並んでこの世界を調整する存在の一つだよ。地脈や天候を左右する能力があって、ハイエルフの下数十万のエルフの戦士に守られている」

 今更ながら知らされる異世界の神秘である。

「やっぱでっかいの?」

「1万メートルはなかったはずだよ」

 雲にまで達するというのか、世界樹は。



 女子トークが続いている間、男子とオーマは地味に女の子の好みなぞを話していたりする。

「え? 竜って同性具有なの?」

「そうだぜ。イリーナなんかはクラリスを父として、先代暗黒竜バルスを母として生まれたんだ。あたしも先代オーマが父親で、母親はテルーなんだよな」

「オーマはどっちが好きなん? その、男と女」

「女かなあ。男ははっきり言って臭くて硬い」

 なぜか女子と好みのタイプを話す男子一行である。







 盛り上がった女子トークが終わる頃、既に男性陣は花畑で眠りこける者もいた。

「あ~、面白かった。っていうかサージ、たまには遊びに来なさいよ。あんたクリスと違って世界中遊び歩いてるんでしょ」

「いや、おいらもちゃんと仕事があるんだよ。今回のこれは長めの休暇で……」

 言い訳するサージだが、本当になんでまだ付いてきてるのだろう。

「あんたもクリスもまだ若いんだから、色々しときなさいよ」

 そう言って卑猥な握り拳を作るラビリンス。こいつは大阪のおばちゃんか。



「まあおいらも姉ちゃんに会ったら、山に戻る予定だけどね」

 その言葉に、一行は意外な顔をする。

 なんとなく、サージはこの旅の最後まで付いてきてくれるような気でいたのだ。

「次の目的地で姉ちゃんにバトンタッチするからさ。あの人おいら以上の暇人だから」

 そういうサージは100年に一度くらいは遊びに来るように、とラビリンスに約束させられていた。



 手を振るラビリンスに手を振り返し、一行は台地へと戻った。

 そこでオーマがまた火竜の姿になり、その背に一行を乗せる。

『さて、暗黒迷宮へ行くか』

「いや、オーマ、多分姉ちゃんはそこにはいないよ」

 サージは確信を持って言った。

『じゃあマネーシャか?』

「いや、ドワーフの里だよ」

 ああ、とオーマは納得した。



 迷宮都市の上空を何度か旋回し、オーマは進路を北へ向ける。

 音速を軽く超えて、それでも背中の一行が風圧を感じることはない。

 途中でいくつか街や村の上空を横切って、その存在感を示す。

 もっともあまりの速度に、ほとんど認識されなかっただろうが。

『お~し、ドワーフの里だ。ここは変わらねえなあ』

 平原に着陸すると、オーマは再び人の姿を取る。

 彼方に見えるのは排煙を天に向ける、都市と言ってもいい規模の集落。

「行くよ~、皆~」

 サージの先導に従って、一行はドワーフの里へ向かった。







 ドワーフ。金属と細工と酒を愛する種族。

「本当にここは……いつ来ても変わらないというか……」

 サージは嬉しそうに、それでも苦笑して、道を辿る。

 ドワーフの里と言っても全てがドワーフというわけではなく、人間もいればハーフリングや獣人も多い。

 そして何より他の街や村と違うのは、絶え間なく聞こえる金属を打つ音。

 その中でサージは、比較的小さな店の暖簾を潜る。そこには「武器・防具取り扱います」との看板があった。

「いらっしゃいませ。あら、サージ」

「お久しぶり、カーラさん」

 女神がそこにいた。



 銀の輝きを髪に、空の高さを瞳に宿した女神だ。

 タートルネックのセーターに、無地のエプロン。衣装は庶民的だが、正直こんな小さな店の店員をしているのが不思議である。

 だがサージはそんな美女にも緊張せずに話しかける。さすが中身が1200歳オーバーのおっさんである。

「そちらの方たちは? あら、オーマ様も?」

「あれ? 姉ちゃんから聞いてない? イリーナから伝わっているはずなんだけど」

 カーラは頬に手を当てると、首を傾げる。その動作は美しいと同時に品がある。本当に、貴族か何かじゃないのか?

「多分気付かなかったんだと思うけど……ちょっと待ってください。呼んできますから」

 店の奥から裏口を抜けて、ぱたぱたとカーラは駆けていく。



 残された一行は女神の残滓にほうと息を吐いたり、武器屋の中を眺めている。

 珍しく女性に魅了された光次郎だったが、視線を何気なく店内に向け、それを見つけた。

 刀である。

 鞘に入れられ、鍔も付いた、今すぐにでも実戦で使えそうな刀。

 大きな壺の中に無造作に何本も入れられたそれを、何気なく手に取る。

 ぞわりとした。

「……」

 誘われるように鞘から抜く。刃の光が目を眩ませる。

 研ぎがいい。だがそれだけではない。鎬地には文様があり、魔力を放っている。

 材質は鉄だろう。だがそれでいて、魔力を感じる。こんな刀は地球でも数振りしか見たことがない。



 いや、地球でもこんな刀は出来ないだろう。

 光次郎の様子に美幸もまた一本を手に取るが、こちらも業物。

 いや、最上大業物と言ってもいいだろう。さらに切れ味だけでなく、魔力をまとっている。

 力を与えてくれる魔法。切れ味を増す魔法。さらに幾つもの魔法がかけられた、地球では生産不能の刀たち。

「その良さが分かるか?」

 声をかけられ二人は振り向く。カーラの前に、その女性は立っていた。

 黒髪は波打つ炎のように。瞳は貫く閃光のように。

 美しい。カーラを月とすれば、こちらは太陽か。

「これは……いったい誰が……」

 光次郎はこんな刀を数振りしか見たことがない。銘のない正宗や、天下五剣の一部。

 それでもこれほどの物がぽんと置かれているなど、ありえない。

「私が作った」



 改めて光次郎は目の前の人物を見る。年齢は二十歳くらいだろう。ツナギの上半身を腰に巻き、肩を剥き出しにした格好。その腕のしなやかな筋肉は、戦うためのものだろう。

「あなたが、これを? これ全部を?」

 壺に入れられた刀は10本。おそらくそのどれもが、これと同じほどの出来栄えなのだろう。

「1000年も鍛冶をしているとな、少年」

 爛々と光る肉食獣のような瞳。

「才能がなくても、その程度のものは打てるようになるんだよ」

 いや、それは無理だろうと光次郎は思う。

 思うが、口に出さない。これは彼女なりの謙遜なのだろう。

「これは一本いくらですか?」

「今手にしているのが金貨7枚だな」

「安っ!」



 思わず光次郎は叫んでいた。彼の見立てではこの世界の貨幣に換算して、金貨100枚は軽くすると思えたからだ。

「原価は割ってないぞ。まあ、使い方を知らないやつには売らないが、お前になら売ってもいい」

「ください。全部ください」

 思わず光次郎はそう言っていた。

「全部は駄目だな。一本は残しておいてくれ」

 そう言われた光次郎と美幸は、全ての刀を眺めていく。目利きはそれなりに出来るつもりだ。

 そうして二本の刀が残った。一本は長さが足らず、もう一本はかけられた魔法に波がある。

「それでも……それでも……どっちもいい……」

 どちらかを選ぶなど、光次郎には出来ない。だが美幸があっさり決めた。

「こっちの短いほうにしましょう」

「ホワッ!?」

 思わず変な声を出してしまった光次郎の顔は、リアクション芸人のように固まっていた。

「短いなら、あたしが使える」

 もしくは身長の低い者が使えばいい。理論的に考えれば、美幸の言うとおりである。



「なかなかいい目をしてるな。さすが日本の裏で動いていた一族は違うか」

 腕を組んでその様子を眺めていた美女は、そう呟いた。

「あなたは……?」

「挨拶がまだだったな。私がレイアナ」

 その美麗な唇に笑みを湛えて。

「暗黒竜レイアナだ」

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