第26話 火竜オーマ

 煌びやかな玉座に座り、膝の上に片肘を立てる。

 その顔には子供のような面白がる笑みを浮かべている。

「気付いてたか?」

「マオ、なんていうから実は魔王なのかと思っていましたけど……」

 そう答えたのは結城で、他は特に何も考えていなかったと答えた。

「サージの知り合いだから只者じゃないとは思ってましたけど」

 美幸が険のある眼差しで見つめる。

「面白かったですか? 人間が必死でここまで来ようとする様子は」

「面白かったと言うよりは……嬉しかったな。なにせここ数百年、31層を突破出来たやつはいなかったから」

 笑顔のままオーマは言って、懐から宝珠を取り出した。



「まずは忘れないうちに、これを渡しておこう」

 美幸に投げ渡したのは赤みを帯びたドラゴンオーブ。

 イリーナの物と色は違うが、同じ大きさだ。

「それと、蘇生だな」

 オーマの手が振られると、肉塊となった者、消し炭となった者が、次々と姿を取り戻して横たわる。

「んで、生き残ったやつには祝福」

 また手を振ると、魔力を注がれるような感じがした。これはたやすく見えるが、レベルをアップさせたということだ。

 正直だまされてた感のある生存者だったが、レベルアップは素直に嬉しい。

「6人生き残って一人分で蘇生させたから、あと五つ。何か望みはあるか?」

「ちょっと待った。おいらとアルの分は?」

「お前ら何もしてねーじゃねえか。特にアルヴィス、お前のんびり昔話ばっかりしやがって……」

「周辺の索敵はしていたけど、確かにね。だから私は特に望むことはないよ」

「ちゃんと補助魔法かけてたおいらは資格有りってことでいいかな?」

 オーマは頭をぼりぼりと掻いて、仕方ねえなあと了承した。



「光次郎の呪いを解いてほしいってのは……無理なのよね?」

 美幸の確認に、オーマは頷く。

「正確には代償となる力をなしに解くのが無理ってことだな」

「今までに削っていった分を戻してもらうことは出来るか?」

 光次郎の問いに、またオーマは頷く。

「こちらの世界で2回、元の世界で……3回使ってるのか。それぐらいなら戻してやれるよ」

 光次郎は美幸と見合って、願いの一つをそれに決めた。







「それで、お前らはどうする?」

 オーマが問いかけたのは残りの4人である。

「質問があるんですけど」

 結城が手を上げる。

「元の世界に戻るとき、僕らはどういった状態で戻るんですか?」

 オーマは胡坐をかき、腕を組んだ。

「ラナとテルー次第だが……出来るだけ元の世界に影響がない状態で、戻されると思うぞ」

「それは、こちらに召喚された1秒後とかも可能ですか?」

「あ~、多分可能だ。なんなら記憶を消去して、完全に元の世界から引き継いでいるようにも出来るな」

「それなら僕は、この世界の記憶を消して、知力だけが上がった状態で戻して欲しいです」



 結城はその人生を、受験勉強に賭けてきたと言ってもいい。

 今村や谷口のような、のんびりした青春は送っていない。

 ただひたすら大学受験、さらに先の就職までを見据えた、いわゆるガリ勉と言ってもいい。

 だからこの世界の記憶は、必要ない。

 ステータスで上がった知力だけを持ち越したい。

「なるほど。じゃあお前が戻るときにはそうなるように調整するよ」



「あの、俺の宝物庫、地球に戻っても使えますか?」

 次に手を上げたのは川島だ。

「いや、祝福は消去されるはずだが……使いたいのか?」

「出来れば……。便利ですし」

「分かった。それぐらいなら地球の神の干渉もなく変えてみせる。記憶や能力はどうする?」

「こちらも出来ればそのままで」

「うん、分かった」



 別所の頼みは、非常にまっとうなものだった。

「うちのお母さん、昔の交通事故で、車椅子なんですけど、それを治してもらうことって出来ますか?」

 オーマは穏やかに微笑んだ。

「分かった。急に治っても不自然だから、一ヶ月ぐらい時間をかけて治していこうか」

「あ、ありがとうございます!」



 最後に残ったのは水野だ。

「不老不死……出来るんですよね?」

「やめとけ」

 思わず素の口調に戻ってサージが言った。

「現に不老不死のおいらが言ってもあんまり説得力はないけど、不老不死はやめといたほうがいい。多分、普通に狂う」

「それに現代日本で不老不死なんかになったら、そっちの機関に狙われるな。間違いない」

 裏の世界に詳しい光次郎も断言する。

「じゃあ出来るだけ若々しくいつまでも健康で長生きして、幸せな死を迎えたいです。あ、ここでの記憶は消去して」

「曖昧だな……。でも地球に干渉して、それぐらいならどうにかしてみせよう」

 やったぜ、とばかりに水野は拍手した。







「それで、お前は何を願うんだ?」

 オーマの視線が向けられた先は、当然サージである。

「おいらと戦ってもらえないかな。死なない程度に」

「ほう……」

 ごく平然と言ったサージに、オーマは牙を見せて笑った。

「竜と戦いたがる英雄は多いが……神竜と戦おうとしたのは、お前が初めてじゃないかな?」

「アルスさんは黄金竜クラリスを消滅させたよね?」

「あれは例外中の例外だが……まともに戦えると思っているのか?」

「それを試したいんだよ」

「いいだろう」



 オーマが手を振ると同時に、一行は火山の中腹へと転移していた。

「アル、皆を麓の街に」

「酔狂だね、君も」

 街の外壁にまで転移した一行は、中腹にサージとオーマの姿を探す。



 それは、突然に現れた。

 深紅の球体が、火山の頂上を超えて出現する。

 そこから首が、翼が、足が出てくる。

 街をそのまま飲み込むほどの巨大な存在。

 神竜。

 その首は雲にまで届いた。







「おい、起きろよ。すげーもんが見れるぞ」

 光次郎は級友たちを揺さぶるが、どうやら蘇生された状態からの覚醒には時間がかかるらしい。

「これは、目に焼付けとかないとね」

 美幸が真剣な声で言う。おそらく地球に戻っても、これだけの戦いはありえないだろう。



『召喚・機械神』

 短い詠唱と共に、巨大なロボットが現れる。

 神竜と比べればその爪の一つほどの大きさの……それはロボットだった。

「ロボットかよ……もはやファンタジーでもなんでもないな」

「ニホン帝国製かも」



 戦いが始まった。

 高度すぎて、何が何やら分からないほどの戦いだった。

 ただ何度も空間が波打ち、歪み、撓み、神竜への攻撃だと知れた。

 そして神竜は全てを弾いた。

 おそらく巨大な活火山をも消滅させるであろう時空の歪み。

 その攻撃さえも、神竜には効果がない。

「化物だ……」

 神竜も、サージも。

 暗雲が天を閉ざし、雷鳴がとどろき、地面が揺れ、神竜が咆哮する。



 それは天地崩壊の前兆にも思えたろう。

 だが実際は、ほんの1分か2分だった。

 地面に激突するロボット。

 それは召喚陣に吸収され、残るは大地にひれ伏す少年が一人。

「まあまあだったな」

 半死半生といったサージを浮かばせながら、オーマはそう言った。

 一行の前に静かに横たえられたサージは、それでも気を失ってはいなかった。

「……今ので全力の何%ぐらい?」

「そうだな2%っていったところか。むしろ手加減するのに苦労した」

「2%……」

 横たわったままのサージは、深く息を吐いた。

「叶わないなあ……」

「なんだお前、亜神にでもなる気なのか? お前なら別になってもいいと思うけど」

「いや、神になるのはちょっと……」



 この世界の神は、かつての争いによりほとんどが竜によって滅ぼされ、残りも封印されている。

 封印されている神が絶賛イリーナの経験値になっている最中だ。

 しかし存在することは存在するし、人間の願いに対して恩寵をあたえることもある。

 もちろん神竜に比べると出来ることは圧倒的に少ないが、神をまとめて祭る神聖都市という街もある。

「サージが神になるってんなら力を貸すぜ。あたしたち竜の力は、普段使うには強すぎるからな」

「いや、本当にそんなつもりはなかったんだけど」

 ただ、自分の強さがどれぐらいの位置にあるが知りたかった。

 神竜は基本、人間や魔族の争いには不干渉。世界を守るために存在する。

 よってほんのわずかながら、人間や亜人、魔族の願いに応えてくれる神は必要とされている。

 ……イリーナが滅ぼして回っている神は、一応人間を初めとする知的生命体に仇なす存在である。



「本当ならシファカやアルスあたりは、亜神になっても良かったと思うんだけどな」

 不老不死。魔族や亜人を含めた人を守ってきた存在。

 しかしあくまで彼らは人間であることに拘った。

 1200年生きて、サージはそれがなぜなのか分かってきた気がする。

「おっと、人目が集まってきたな」

 オーマとサージの戦いは、もちろん麓の街から見えただろう。

 門の中から人が現れ、いったい何事が起こったのかきょろきょろと周囲を見回す。

「さて、じゃあレイアナのところまで送ってやるか」

 そう言ったオーマは、小さな……全長100メートルほどの竜に変身した。

 その背中にぽんぽんと念動で一行を乗せていく。

「おいらの転移で行けるんだけど……」

『そう言うな。たまには姿を見せないと、竜が死滅したとか思われるからな』

 頭の中に直接伝わる声。ちょっとびっくりする。

 街のすぐ傍に横たわる竜を見て、住人たちはぎょっとしている。

 それに向けてオーマは、かなり格好つけた台詞を告げた。



『聞け、小さき者たちよ』

 その言葉の威圧に、全ての者たちが例外なく膝を着いた。

『火炎迷宮は踏破された。ここに踏破者たちの名を記す』

 土の中から石板が生まれ、門の横にサージとアルヴィスを含めた8人の名前が刻まれた。

『励め、小さき者共、神竜に至る者は不老不死も巨大なる財も、およそ叶わぬと思われる願いを全て叶えよう』

 オーマは軽く羽ばたき、その巨体を明らかに釣り合っていない翼で浮かせる。

 そしてゆっくり旋回すると、己の姿を焼き付けるようにして、北へと向かう。

「あ、オーマ、ちょっと迷宮都市に寄ってくれるかな?」

『うん? まあ距離的にはそう変わらないから構わないけど、なんでだ?』

「ラビリンスに、彼らを会わせてあげたいんだよ」

『そういやあいつも転生者か。……まだ生きてるのか?』

「2200年組の中では一番若いんじゃないかな? 基本引きこもりだし」







 迷宮都市近くの台地にオーマは降りる。その頃には気絶していた者たちも意識を取り戻した。

 マオの正体がオーマだと知った時には皆腹を立てたようだが、自分たちを乗せる巨大な火竜に対して文句のつけようもない。

「じゃああたしはここで待ってるから、行ってこいよ」

「ラビリンスに会わないの?」

「あ~、別に仲がいいわけでもないけど……久しぶりだし会ってみるか」

 迷宮の門まで転移する。まだ明るい時間なのでぎょっとする探索者たちがいたが、まあ問題はないだろう。

「ん~、寝てるのかな? 反応がないや」

 杖を地面に突き刺し、サージは呟く。

「じゃああたしが呼んでみるか」

 オーマの魔力が高まり、迷宮の中へと伝わっていく。



「ねえ、ラビリンスっていう人も転生者なの?」

 問われたサージは、軽く頷く。

「年齢2200歳。この迷宮の創造主にして、創世魔法の使い手だよ」

「創世魔法って……確かすごく使える人が少ないんじゃなかったっけ?」

「うん、神竜を除けばアルスさんとラビリンスしかいないはず」

 そう言葉をかわしている間に、オーマの呼びかけが届いたようだった。

 迷宮への扉が開き、そこからエルフの少女が一人で出てくる。

「ぐっすり眠ってたのに……乱暴な起こし方ねえ……あら、サージにオーマ? どういう組み合わせ?」



 目蓋をこすりながら現れたエルフの姿に、一行の間に動揺が走る。

 地球からの転生者。にも関わらずエルフ。

 その様子を見ていたラビリンスは、東洋人特有の顔立ちに、喜色を現す。

「え? もしかして地球人? というか日本人?」

 一行が頷くと、ラビリンスは両手を上げた。

「きゃ~、懐かしい。この平たい顔!」

 失礼なことを言いながらも、ラビリンスは喜んでいるようだ。

「まあ、入って入って。ゆっくりとお茶しましょう」

 出てきたばかりの門に入っていく彼女を追って、一行も後に続いた。

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