第25話 死闘
攻略は順調に進んだ。
時々足を滑らせてマグマに片足を突っ込む馬鹿もいたが、まあ順調と言っていい。
「足が~足が~」
「はいはい復元」
米原の治癒魔法では欠損部位の再生は出来ないので、サージかアルヴィスに頼ることになる。
時間をかけて、ゆっくりと、慎重に進んでいく。体力がどんどん削られていくのが分かるが、それでもこれ以上のペースアップは危険だ。
「ははは、岩で肉が焼けるよ」
「っていうか精霊って魔石持ってないのな。倒す意味ねえよ」
「経験値は魔物よりも美味しいんだけどね」
サージやアルヴィスほどになると、それでもレベルは上がらないらしい。
「イリーナは迷宮の主を狩ってるらしいけどな」
「竜は成長するだけで勝手にレベルアップするけど、現状イリーナが神竜の中で一番弱いのは事実だからね。本人も頑張ってるんだけど」
そんな会話もだんだん少なくなり、体力ももう限界に近いと誰もが思ったその日。
ついに一行は50層への階段へと辿り着いたのだった。
「なんか、涼しい?」
「熱くはないよね……」
赤い色を発していた壁面も、かすかな緑色になっていく。
感じているように、明らかに今までとは気温が下がっている。
そして階段の終わりに到達した場所は――。
「うわ……」
思わず声が洩れるほどの、巨大な空間だった。
東京ドームの何個分とかいう規模ではない。東京の区が一つは丸々入るほどの空間。
かすかに薄い緑の光が、天井からあふれている。
「さて、約束どおりあたしはここまでだ」
マオがひらひらと手を振って、階段脇の岩に座る。
「あとはあんたたちが門番を倒して神竜に会えるのを期待してるよ」
「……じゃあ、行くよ、皆」
美幸の号令に応と答えて、一行は巨大な空間へと足を踏み入れた。
巨大な空間に、巨大な岩が点在する。
よって一行の視界は奥までは見通せないのだ。
「そういや、サージが攻略したときのラスボスって何だったんだ?」
「火の巨人だったね。身長は50メートルぐらいだったかな。はっきり言って雑魚だった」
サージにとっての雑魚が、果たして一行にとっても雑魚と言えるのかは問題だが。
やがて巨岩を幾つか回避して進むうちに、空間の端が見えてきた。
巨大な門。そしてその前に身を横たえる赤い鱗の巨大な生物。
「あちゃ~」
サージが嘆息したその生物は、明らかに竜であった。
「話が違う……」
光次郎がサージに向けて問いかけるような視線を投げる。
「いや、やっぱり一度攻略されたから、門番を変えたんだろうね」
竜とは最強の存在である。
産まれたばかりの幼竜でも、熟練の探索者を片手間に始末する戦闘力を持つ。
まして視界に入った竜は全長100メートルをはるかに超える。成竜である。
「レベルは170なんだけど……竜ってだいたいレベルの5割り増しぐらい強いんだよね……」
「魔王とどっちが強い?」
魔王との交戦経験がある光次郎が問う。
「アスカとあの竜となら……多分アスカが勝つと思うけど、相性の問題もあるからね」
「サージはどれぐらい手伝ってくれるんだ?」
「補助魔法ぐらいはかけてあげるけど、基本君たちでどうにかしてね」
まずは装備を変える。ここの温度なら金属鎧でも問題はない。
そしてサージとアルヴィスが全員に、かけられるだけどの補助魔法をかけていく。
「それでもダメージが通るのは、ジロ君と……ユキちゃんぐらいかな? あとの皆は出来るだけ竜の注意を引くこと」
その後に小さな声で「それでも何人かは死ぬと思うけどね……」などと呟いていた。
現在竜は眠っている……ように見える。
最初に全力の攻撃で大ダメージを与えるという方針は決定した。つまり、闇をまとわせた光次郎の刀の切断である。
切断という祝福がその名の通りなら、首を狙えば一撃で仕留めることが可能かもしれない。念のために闇の力で竜の魔力を相殺させることができたらより確実だ。
「それじゃあ、いくぞ」
最初の一撃を仕掛けるべく、光次郎が走り出た。
駆けるというよりは跳ねるように近づき、さらに跳躍し大上段からの一撃。
「っ!」
魔力の障壁を切り裂き、その肉体へと到達する刃。
だがそれは鱗を砕いたところで、わずかに肉を斬り、止まった。
「くそっ! 切断が役に立たねえ!」
「あ~、竜の肉体が半分精神体に近いって話をしてなかったね~」
サージはのんびりと呟く。
よって物質であればなんでも切り裂けるはずの切断能力が、あまり威力を発していない。
そしてその一撃で、竜は覚醒した。
痛みによる覚醒。そして鋭敏な五感による感知。
侵入者たちに対して、竜は咆哮した。
空気に皹を入れるような咆哮も、あらかじめ精神異常に対する耐性を魔法でかけていたため、かすかな恐怖だけでその効果は留まる。
魔法使いたちはとにかく、光次郎への竜の注意を引きつけるため、遠距離から効果のない攻撃魔法を放つ。
戦士たちは竜の目の前に立つのだが、これは本当に怖い。
「くそ! 来いよでっかいトカゲ!」
今泉が盾をかかげて挑発する。もちろん実際に爪を振るわれたら、全力で回避するのだが。彼の祝福『剛身』は肉体の強度を高めるものだが、竜の前にはそんなもの役に立たない。
必死で回避する今泉が作った隙に、滝川の貫通と土屋の破壊で竜の鱗を打つ。
「効かない!?」
「くそったれ!」
だがそれは、鱗にわずかな傷をつけることさえ出来なかった。
そして均衡はあっさりと破られた。
近距離で挑発を続けていた山本が、竜の尾に弾かれた。
彼女は高速で宙を飛び、岩に激突し、死んだ。
死だ。
これまでも身近にあった死。
その顎が初めて、仲間を奪った。
「このおおお!」
恐怖を怒りに変え、梅谷の斧が振るわれる。
『剛力』の祝福を持っている彼の攻撃は、竜の足に叩きつけられ、そして振動を与えた。
足元を駆け巡る小さな生き物に、竜は煩わしさを覚えた。
叩き潰されて、梅谷が死んだ。
(こりゃ駄目だ)
光次郎の判断は早かった。
このままでは勝てない。もちろん逃げ出せば逃げ切れるが、逃げては意味がない。
目的は扉の向こう。つまりあの竜をどうにかしなければいけない。
光次郎はサージの横まで後退した。
「サージ、ありったけの補助魔法をくれ」
「いいけど、あれ使うの?」
「使う以外の道がない」
「まあ、そうだね」
サージはわずかに瞑想すると、美幸がするよりもはるかに速く、緻密に、術式を組み上げた。
『怪力・高速治癒・高速回復・高速再生・限界突破・限界強化』
そして最後に、切り札を一つ。
『超加速』
それを受けた光次郎は、己の切り札を切る。
『狂戦士』
目にも止まらぬ速度で、光次郎は跳躍した。
狂戦士は、言うなれば蛇口のノズルを限界以上に開くもの。
よって魔力、生命力の上限が上がるわけではない。限界はむしろ早く訪れる。
よって早期決戦しか勝ち目はない。
『闇よ!』
漆黒の闇をたなびかせ、光次郎は竜に襲い掛かった。
それを見た美幸も、サポートをする。
『闇よ』
暗黒魔法の攻撃ではない。あくまで竜の視界を奪うためだけのもの。
竜が暴れることにより、蹴散らされている級友たちがいるが、それはもうどうでもいい。
光次郎が……それでなくても美幸か、他の誰かが生き残れば、目的は達せられる。
神竜は、死者をも甦らせる。ならば自分が犠牲になってもいい。
そもそも美幸たちは、そういう使われ方をしてきた。
大のために小を殺す。当たり前のことだ。
光次郎の村正が、砕けた鱗に再び打ちかかる。
竜は初めて、怒り以外の咆哮を上げた。
そしてそれを吐き出すかのように、口の中に魔力が集う。
「みんな散って!」
美幸のその指示に従う余裕のあるものがどれだけいたか。
炎のブレスが放たれた。
水壁を張った池上が、その水壁ごと一瞬で蒸発した。
別所とその背後に隠れた水野は無事だ。
男子は谷口と今村の姿が見えない。
川島が無事なのは見て取れた。
そしてそのブレスが放たれてわずかに竜が硬直した瞬間。
光次郎の全力の斬撃が、竜の首を穿った。
村正が砕けた。
「くそ!」
珍しく悪態をつく光次郎だが、次の瞬間には影から、サージにもらった刀を手にしている。
清麿。比較的新しい時代に作られた刀なので、業物ランキングには入っていない。しかしその切れ味は虎徹並みとも言われている。
「あああっ!」
眼下では級友たちが竜の前に蹂躙されている。
だがだからといって決着を早めようなどとしてはいけない。
最低でも相討ちにならなければ、ここまできた意味がない。
「死ねっ!」
感情をそのままに乗せ、清麿は竜の肉に食い込んだ。
死が場を満たしていた。
蹂躙されて砕け散り、消滅した者。
魔力を使いきり、それどころか生命力さえ力に変えて敵を穿つ者。
『闇よ!』
己の死が迫る。それにも関わらず生命力を力に変えて、光次郎の刀は竜の首を切断しようとする。
「がああああっ!」
狂える獣性が理性を塗りつぶす。この目の前の敵を倒すには、命を惜しんではいられない。
だが絶対にただでは死なない。こいつの死も目の前に見えている。竜が超生物だとしても、首を切り落とされたら死ぬだろう。
咆哮に含まれるのは怒り、苦しみ、そして恐怖。
光次郎の刀が竜の首の3分の1を斬った時。
「ほい、それまで」
一瞬で、光次郎は竜から引き離されていた。
「悪いね。あんなんでも竜だから、死んでもらっちゃ困るんだよ」
ふわりと宙に浮いていたマオ。あと一歩で殺せた竜に向かうと、彼女はその側頭部に足蹴りをかました。
竜が一撃で倒れた。
生きてはいる。だが、昏倒しているのだろう。光次郎の与えた傷自体が、徐々に再生している。
「う……」
光次郎の精神を支配していた修羅の呪いは、いつの間にか解けている。くらくらする頭を振って見てみれば、わずかに生き残った仲間がいる。
結城、川島、別所、水野、そして美幸。それだけか。
あとは人であった肉塊や、消し炭がわずかにある。
「おめでとう。お前らは火竜オーマに謁見する資格を得た」
巨大な扉が、自動的に開いていく。その先に見えるのは、戦場となったこの空間よりも広い、赤みを帯びた空間で――。
そこに、竜が眠っていた。
数千とも数万ともつかない、門番の竜よりさらに巨大な竜たちが。
見通せないほどの奥から何かがこちらへ向かってくる。
それは玉座だった。
竜の意匠を施された、金色の玉座。門の前で着地したそれに、マオが座る。
「改めて自己紹介しよう。あたしがオーマ」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、神竜は名乗った。
「火竜オーマだ」
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