第24話 31層

 1日あたりの踏破速度はおよそ5層。

 壁があると言われた31層に至るまでに、一行の後に従っていた探索者は段々とその数を減じていた。

 そして迷宮に入って6日目、ついに一行は31層に足を踏み入れた。

「げ、マジかよ……」

 流れる溶岩の間に、かすかな道がある。気温も暑さではなく熱さといったほうが良い感じだ。

「ここからは金属鎧は無理だな。川島の宝物庫に……いや、サージの時空収納に入れたほうがいいな」

「なんでよ! 俺役に立つよ!?」

 マオの言葉に川島は抗議の声を上げるが、少女の指摘はもっともなものだった。

「ここから先は、死ぬ可能性が高い。それならより死にそうにないやつに荷物を預けたほうがいい」

 あまりにも冷徹な理由に、川島の顔が青くなる。



 宝物庫の祝福の場合、その祝福を所持する川島が死んだ場合、宝物庫の中の物はそこに出現する。

 時空収納の場合、時空の彼方に消え去るらしい。

 よって川島が死んでも中の荷物が残るから、本来なら川島に荷物を収納させるべきだ。

 だがサージと川島、どちらが死ぬ可能性が低いかと言えば、もちろんサージとなる。

 川島がもし溶岩に落ちて死んだ場合、荷物も全て溶岩塗れ。当然回収できなくなる。

 ちなみに光次郎と美幸の影収納も、サージの時空収納に近い。

 地球からこちらに飛ばされた時、影の中に潜ませていた武装は、全て失ったという形である。



「というわけでお前ら、ここから先は来ないほうがいいぞ」

 後をついてきた最後の探索者のグループにマオは声をかける。

「……分かった。検討を祈る」

 6人組のバランスのいいパーティーだったが、そう言い残して帰路へつく。

「さて、行くか」

 金属鎧の装備をしまい終わると、一行は溶岩の間の道を辿っていった。







「熱い……」

 暑いではなく、熱い。とことん熱い。

 そして敵が面倒だ。

 ほとんどが……というか全部が実体を持たない敵だ。

 精霊、もしくは溶岩スライムなどという、ここまで聞いたこともない敵ばかりである。

「別所! 盾になれえええ!」

「ぎゃあああ!」

 もはや遠慮なく別所は盾にされているが、皆必死である。

 とにかく剣や槍などは効果がないので、皆が魔法を使っている。

 水の魔法に習熟した池上が一番のダメージソースだ。それに並ぶように、光次郎と美幸は闇の魔法で火の精霊を握り潰している。

 先頭を行くマオは軽く精霊の攻撃をかわし、細い道をすたすたと進んでいく。



「あんまり考えないようにしてたけど、何者なんだ、あいつ」

 今泉が息を荒げながら呟く。サージとアルヴィスが平然としているのはともかく、魔法使いでもなさそうなマオが鼻歌を歌っているのは確かにおかしい。

「精霊魔法……の使い手じゃないかな?」

 結城がこれまでの情報と現状から判断するに、そのあたりが一番正解に近いのではないだろうか。

「精霊魔法は魔法じゃなく、正確には精霊術なんだよね。その使い手は、精霊使いと呼ばれることが多い」

 後ろからサージが答え合わせのようなことを言ってくる。

「精霊使いはエルフの独壇場だね。けれどエルフは本来森の民。風や水、光や闇、土に親しむものはいても、火に親しむものは少ない」

 いないわけではないが、エルフの中でもさらに希少性が高いということだ。

 人間の精霊使いなど、大陸中を探してもほとんどいないだろう。

「まあ彼女は信頼できるよ。戦闘力はともかくね」

「確かに、戦闘以外はね」

 アルヴィスもどこか笑いを含んだ声で応じた。



 31層も半ばを過ぎた。ほんのわずかだが、一行が休憩できるような空間がある。

「火の加護を……」

 別所がその地面の熱を奪っていく。冷えた岩場に、一同は倒れこむ。

「っていうかサージ、もうちょっと手伝ってほしい……」

「若いときの苦労は買ってでもしろっていうじゃん。まあこれでも、誰かが死なない程度には回りに気を遣ってるよ」

「アルヴィスさんも……」

「まあ私は、正直君たちが死んでも構わないと思ってる」

「え……」



「君たちが地球に戻るのが理想的だが、死んでしまって魂が漂白されれば、その時点で地球とのつながりが消えるからね。それでも力を貸すのはトールから頼まれたのと……暇つぶしだ」

 暇つぶし。唖然とする一同に、サージがむしろ怒りだす。

「ひどいなあ。確かにアルは暇なのかもしれないけど、それならそれで魔法都市で教鞭を執ってくれてもいいじゃないか」

 怒る方向性が違っていた。

「私はもう弟子を取るつもりはないよ。ただこのまま、ゆっくりと精神が老いていくのに任せるのみだ」

「気合と根性があれば、あと1000年は大丈夫だって」

「まあ君はクリスがいるからな。私の片翼は既に3000年以上前に死んでしまった」

 アルヴィスにも配偶者がいたらしい。

「私が育てたわけではないが、大魔王は私の血統の者だったしな」

「やっぱり子孫がそうなると辛い?」

「……子孫と言っても何百人いるか分からんしな。そっちはどうなんだ?」

「直系だけは把握しているけど、庶出の子孫とかも含めるともう分からないね」

「まあそんな話はどうでもいいか。さて諸君、体力は回復したかな?」

 アルヴィスは平然と立ち上がる。正直まだ休んでいたいが、先は長い。

「……行くか」

 光次郎に続いて、皆も立ち上がる。

 31層の攻略までは、あと半分ほどの道のりが残されていた。







 31層には壁がある。

 火炎迷宮について言われていることを、一行は実感していた。

 しかしその壁を、ついに一行は攻略しようとしていた。

「お~お~、精霊が集まってるねえ」

 マオが気楽に言ってくれるが、32層へと降りるであろう階段の前には、無数の精霊が集まっている。

「池上!」

「あ~、あたし魔力切れ~」

 よれよれと池上が米原の肩に寄りかかっているが、その背中にサージが手を当てる。

「魔力譲渡。はい、いってらっしゃい」

 サージの使う魔力譲渡は効率がよく、およそ90%の魔力を他人に渡せる。普通の魔力譲渡はせいぜい50%が限界である。

「サージが直接やっつけてくれたらいいのに……」

「おいらがやってもレベルが上がらないからねえ。まだ先はあるんだから頑張って」

「うえ~ん」



 実際、この迷宮で一番レベルが上がっているのは池上だ。

 レベルを上げるために必要な経験値……魔素の獲得には、ある程度の法則がある。

 ぶっちゃけ身近にいた者に魔素は吸収される。

 他にも大きなダメージを与えた者や、止めをさした者にも多く吸収されるようだが、あくまでも経験から導き出されたものである。

「もういいよ! サージの意地悪! 水流波!」

 池上の手から打ち出された水系の中級魔法は、見事に火の精霊たちを消滅させていった。

「やれば出来るじゃん」

 にこにこ笑いながらサージは進み、その横をマオが駆けていく。

「よ~し32層だ、32層! 久しぶりのお客さんだ~!」

 楽しそうに降りていくマオの後を、一行は思い足取りで追った。

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