第23話 昔話

 ほのかに赤く光る洞窟の中を、一行は進んでいた。

 先頭を光次郎と美幸が進み、他の一行はそれに続く。サージとアルヴィスは会話をしながら進んでおり、最後尾はマオだ。

 マオは迷宮に入ったところで、自分の役割は案内だけだと断言している。それだけでもありがたいのだが、的確に魔物の気配を教えてくれる。

「ほい次、右の通路から火トカゲ二匹な」

 またも誰よりも早く気配を感知し、こちらに知らせる。

「よっしゃ!」

 今泉たち前線の戦士がそれを屠っていく。池上の水壁によって火のブレスは弱められ、火トカゲはただのトカゲとなる。

 光次郎と美幸も臨戦態勢ではあるのだが、とりあえず今は戦力として必要ないだろう。

 それよりも、後方でのんびりと昔話をしている二人の魔法使いをどうにかしてほしい。



「それにしても……」

 光次郎と美幸が気にしているのは、気配を消すこともなく堂々とついて来る、30人あまりの探索者だった。

 別に害意があるというわけではないだろう。ただ、あの場にいた探索者が全員連れ立ってきているだけだ。

 おそらくアルヴィスの名前を聞いて、ひたすら後をつけたいファン心理のようなものなのだろう。

 15人が勇者の称号を持つというのもある。その戦闘を見てみたいという好奇心も理解できる。

 だが、正直うざい。

「なあサージ、火トカゲの皮とか肉とかどうする?」

「ん? お金ならおいらが持ってるけど、お小遣いがほしいなら時空収納で――」

「俺が! 俺の宝物庫があるから!」

 自分の存在意義を脅かすサージの存在に、川島が必死でアピールする。

 まあ確かにサージの時空収納はほんのわずかだがMPを消費するので、無意味ではないのだが。

 ちなみにサージは高速MP自動回復や、魔力操作、魔力奪取などの技能をたくさん持っているため、竜と戦ってもMP切れは起こさないとのこと。

 勝てるかどうかは別問題であるが。



「そういえば君の時空収納はすさまじい容量だったね」

「まあ……ね」

 笑いを含んだアルヴィスの言葉にサージはちょっと苦笑する。

「どのくらい入るんです?」

 美幸が興味津々と聞いてみるが、なかなかサージは答えようとしない。

 笑みを浮かべてアルヴィスが暴露する。

「山を一つ飲みつくして、それで小さな島を作ったことがあるよな?」

「あれは若気の至りで……」

 サージは居心地悪そうにそう言うが、山を一つ丸々収納というのは……。

 ちなみに川島の宝物庫は、本当に宝物庫という容量しかない。もちろんそれでも凄まじいのだが。



 その他にも20万の兵と5万の騎馬の食料2か月分を一人で運んだとか、無茶苦茶すぎて歴史書に書かれていない事実も明らかになる。

「ちくしょう……このチートめ……」

 今村あたりがうらやましそうに呟くが、サージはむしろ勇者の方がチートだと言う。

「おいらも昔は弱かったんだよ。まあ『魔法の天稟』『鑑定』『時空魔法』はそこそこチートだったけど、勇者と違ってレベルは1からだからね。オークの巣を全滅させようとして逆に死に掛けたこともある」

「サージにも弱かった頃があるんだ」

 谷口が感心したように言う。なんとなく、最初から強かった気がしたのだ。外見からして、今もそう強そうには見えないが。

「本当のチートは姉ちゃんだよ。あの人おいらの5倍のポイント持ってたらしいから。それで適当に選んだ祝福が『竜の血脈』なんだから、大当たりと言うべきか、悲運というべきか……」

「ポイント?」

「ああ、昔地球からの転生者が多かった頃は、最初に神様に持ってるポイントを教えてもらって、それを使って祝福を自分で選んでたんだ。ただこれには罠があってね。記憶に関する祝福を持っていないと、赤ん坊のうちにほとんど記憶が消去されるんだよね」

「何それ面白そう」







「アルヴィスさんも転生者なんですか?」

 川島が問うと、アルヴィスは頭を振る。

「私は血統の問題かな。祖父が大賢者で、父が魔王だった」

「え! それおいらも初耳!」

「まあ吹聴するようなものでもないからね。今ならもう当事者はほとんどいないし、話してもいいけど」

 そして話されたアルヴィスの生い立ちは、意外なほどに奇縁に結ばれたものだった。

 まず、祖父は他の大陸で大賢者をしていたクオルフォス。なぜかこの大陸のハイエルフと同じ名前であった。

 その息子が、後に魔王となる男である。

 当時竜牙大陸の統治は乱れに乱れて、貴族が圧政を布いていた。

 その中で平民出身の父は実力でのし上がり、さる貴族の令嬢と恋に落ちる。

 だがその令嬢に目をつけていた、王族に濡れ衣を着せられ投獄。

 父は処刑こそされなかったものの、およそ一年監獄に閉じ込められ、魔法使いとしての功績も全てなかったことにされた。

 そして令嬢は、宿していた父との子の男の子を一人生み、その産褥で死亡。ちなみにこの男の子というのがアルヴィスである。

 アルヴィスは捨てられたところを祖父に保護され、両親を知らないまま魔法使いとして成長する。

 一方絶望した男に、ちょうどよく魔王システムが接触。

 父は魔王となって王国を滅ぼし、大陸全土に死を撒き散らした。



 だが魔王システムには対になるシステムがある。

 それが勇者システムである。

 大陸全土の知的生命の数が一定以下になるとそれは発動する。

 勇者の因子を持つ母体と接触し、勇者が生まれる。

 勇者は竜をも従える戦士と、成長したアルヴィスを連れ、魔王を滅ぼした。

 勇者は帝国を興し、その両脇には竜の戦士と祖父の遺志を継いだアルヴィスが侍る。

 しかし話はここで終わらない。

 王となった勇者が早世したのである。

 戦士と賢者、そして王妃がどうにかこうにかして、なんとか国は安定した。

 それから300年ほどは国の安定期である。多くの国家が帝国と同盟し、大陸には平和が訪れた。

 だが長い平穏は腐敗を生む。

 大陸の知的生命体の数が多くなり、国家が豊かになった頃。

 再び魔王が生まれる。

 そして人間や亜人、魔族さえも魔王は滅ぼしていく。

 勇者のシステムが起動し、勇者が生まれ、魔王を滅ぼし……。

 それの繰り返しだった。



 やがてそのシステムを把握し、魔王をも超えた大魔王とも言える魔族が現れた。

 大魔王は魔族すら滅ぼし、大陸を死の大地へと変えた。

 アルヴィスはわずかな生き残りと共に竜骨大陸へ避難。

 そこでシファカやトール、何より竜の力を借りて、大魔王を滅ぼした。

 大魔王は滅んでも、大陸は死の荒野へと変わった。

 それが再び豊饒の大地へと変わるのは、1000年以上の時間が必要だった。

 人間や亜人、魔族の入植が行われるようになったのは、1200年前のことである。







「……アルヴィスさん、壮絶な人生送ってるね。魔王とはいえお父さんと敵対したり……」

 サージはそうこぼしたが、アルヴィスはそれほどのことではないと言う。結果的に父である魔王は、自ら滅びを望んでいたのだと。

「竜牙大陸もそうだが、竜翼大陸も竜爪大陸も、何らかの問題があったんだ。だからシステムは破綻し、結局竜骨大陸だけが生存圏となった。それすら限界を迎えたところに現れてくれたのがアルスだ」

 アルスは勇者として魔王を討ち、その後神竜の同意を得て、システムを完全に破壊した。大崩壊でシステムに頼った体制を破壊し、人の営みを自然に帰した。

「たいした男だよ、彼は」

「そのアルスさんだけど、体調が悪いって話、聞いてる?」

「いや。だが彼はまだ2200歳くらいだろう? 精神的な限界を迎えるには早いと思うが……」

「1000年で魔族を文明化して、その後1000年は三つの大陸を実質的に一人で見ていたわけだから……」

「世界をその肩に背負って1000年か……。確かに疲れているのかもな。だが魔王は引退したのだろう?」

「燃え尽きたんじゃないかな。フェルナさんも心配してた」

「……分かった。この迷宮を踏破したら、少し様子を見てこよう」



 なんとも世界規模の話であった。

 1000年単位で時間が進み、当事者がまだ生きているという。

 改めてここがファンタジーの世界だと感じる一行である。

「ほい、ここが2層への階段」

 そんな中マオが階段を示し、一行はぞろぞろと下へ降りていく。

「しかし、もう既に結構暑いな……」

 土屋が呻く。重装備の彼や梅谷は、確かにそうかもしれない。

「2層に降りたら小休止しようか。とにかく歩くだけで体力が減っていく迷宮だしね」







 小部屋になった迷宮に、一行は腰を下ろす。後を付いてきた探索者たちも同じだ。

 地面はじんわりと熱を伝えてくる。普段なら暖かいと感じるのだろうが、この状況では暑苦しいだけだ。

「前に一度、攻略したって言ってましたけど、この後どうなっていくんですか?」

 結城の問いに、サージは答える。

「30層までは普通の暑い洞窟だよ。魔物も普通に暑い地方に住む、爬虫類系と虫系が多いかな。31層から急に難しくなる」

 マグマの間に道があるというのだ。

「そこになったら金属製の鎧はしまったほうがいいね。あと、魔物もほとんど出なくなる。生物が生存するには難しい環境だからね」

 だから、とサージは続けた。

「火の精霊が襲い掛かってくる」

 精霊。ここにきてまた気になるキーワードである。

「ある程度の指向性を持ったエネルギーと言えばいいのかな? エルフは精霊魔法でこれを使役することが出来る」

 まれに人間にもいるそうだが、エルフは普通全員が出来るそうだ。

 つまり31層以降の敵をほぼ無効化出来るということだ。



「あれ? でも前に攻略した時は3人だったんですよね?」

「おいらと姉ちゃんの魔法で力押しでいったからね。珍しく刀があんまり通用しなかったから、怒って暗黒魔法乱舞してた」

「イリーナはどうしてたんですか?」

「あいつはあの頃、人間の姿では魔法使えなかったから、お荷物だった」

 そこだけ憮然とした表情になるサージである。



 さて、わずかな休息の間サージに結界を張ってもらって、冷気で体力を回復した一行である。

「歩きながら冷やすことって出来ないんすかね?」

 珍しく土屋が泣き言を呟くが、彼の重装備では仕方ない。

「やってもいいけど、面倒なんだよね」

「面倒なだけかよ!」



 からからと笑いながらも、サージは期待に応えて空気の温度を冷やしてくれた。

 前衛の動きが鋭さを取り戻し、恐竜にしか見えない魔物を片付けていく。

「よっしゃ別所! 盾になれ!」

「うえええ」

 火の加護を持っている別所は盾にされているが、自分の役割を果たしているとも言える。

「こんにゃろおおお」

 いまいち気が抜ける声で氷の弾を発射しているのは池上。

 皆最初に比べると強くなった。肉体的にも、精神的にも。

 光次郎と美幸が注意をしなくても、なんとかなっている。連携も取れている。

 たまにミスをして傷を負っても、その程度に合わせて米原が治癒をしていく。



「よっしゃ、お疲れ。そんじゃそこの道を右な」

 まるで疲れを感じていないように、マオが指示を出す。

「ところでお前ら、いつまでついてくるわけ?」

 マオが声をかけたのは、追跡する30人あまりの探索者である。

「いや、なんつーか、なあ?」「ああ、アルヴィス・エストに……」「サジタリウス・クロウリーだろ?」

 有名人に群がる一般人のように、彼らは後を付いて来ているだけのようだ。

「おいらは名前言ってないはずなんだけど?」

「ギルマスとの話を盗み聞きしていた者がいたのさ」

「なるほど、何年経っても、探索者は目ざとい」

 むしろ嬉しそうにサージは笑った。



 迷宮の中なので時間の感覚が狂いやすいが、5層まで突破したところで夜になった。

「いいペースだな」

 マオがそう言うのでそうなのだろう。川島の宝物庫から食料と水を出し、夕食とする。

 普段の15人に加え、サージとマオ、アルヴィス、そして30人あまりの探索者たちがまとまるほどの部屋で、夜営となる。

「そう、あれはまだおいらが10歳で、ただのサージだった頃……村の近くにオークが巣を作り出した」

 探索者たちに囲まれて、サージは昔話を語りだす。既に伝説となった事実を。

「リア姉ちゃんは刀を一閃、一太刀ずつオークを屠っていった」

 サージは話上手と言うわけではないが、なにしろ当事者である。

「そして辿り着いた最下層と言われる第10層。そこで待っていたのは、堕ちた神々の末裔であるサイクロプス!」

 思わず声を上げる探索者たち。それに調子に乗ったサージが物語っていく。

「暗黒迷宮はね、まあ普通の魔物が魔石でなく魔結晶を持っているぐらい強かったよ」



「仕方ねーな、あいつは」

 サージを囲む輪の中から少し離れて、マオは欠伸をする。

 その隣に座るアルヴィスは、興味深そうにマオを見下ろしている。

「なんだよ?」

「いや、あなたはどうしてこんなことをしているのかと思ってね」

「そりゃ、面白いからだよ」

 マオは歯を見せて笑った。

「面白い……かな?」

「人間はすぐ死ぬだろ? でもその短い人生の間に、色々なことがある」

 だから面白い、とマオは言う。

「あたしは寝るから、他のやつらも適当なところで寝かせておけよ」

 ごろりと寝転がるマオを眺めて、アルヴィスは心の中で呟いた。

(私にとってはあなたのような存在こそ面白いものですよ)

 サージの語る武勲は、まだ少し続くようであった。

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