第22話 案内人

 翌朝、勇者一行は出発した。

 と言ってもサージの転移で一瞬なのだが。

 見送りにはレイと、陽光の下で辛そうな表情のアスカがいた。

 吸血鬼であるアスカは太陽の光が苦手なようだが、灰になるまではいかないらしい。

「それでは皆さん、お元気で」

 そう言ったのはシャーリーで、一行も頭を下げる。

「じゃあ、またね」

 気楽な調子でサージは言って、次の瞬間には周囲の風景が変わっていた。



 転移した先は、ちょっとした台地になっていた。

 近くに見えるのは頂上からもくもくと煙を上げる活火山。

 その麓にへばりつくようにして、中規模の街が広がっている。

「ザール王国の……名前は忘れたけど街だよ。前に来たときは結構荒っぽい街だったから気をつけてね」

「前に来たのは何年前なの?」

「……1000年ぐらい前かなあ」

 なるほど、それは街の名前も忘れているだろう。



 ちなみに支配する王国の名前は変わっていなかった。

 元々竜骨大陸は帝国を中心に、五つの王国が人間の広大な版図を築いていたという。

 この辺りは大昔はルアブラ王国が治めていたらしいが、次第に衰退。1100年ほど前にザール王国と合併した。と言うより、王国最後の王女がザールの族長と結婚してザール王国となった。

「おいらは普段魔法都市に住んでいて、教鞭を執ったり研究をしたりしている。ごく稀に国家間の調停なんかも依頼されるけど」

 そんな説明をしながらサージが向かうのは探索者ギルドである。竜骨大陸のギルドは国家間をまたいで提携しているが、ニホン帝国や竜牙大陸のギルドとはほとんど交流がない。

 よってまたささやかな登録をしなければいけないのだが……。

「どこだったかな……?」

 1000年でさすがに街の様子も変わっている様子である。

 ようするに一行は迷子になりかけていたのだが。







「おーい、サージ」

 声をかけてきた方角を見ると、ぼさぼさした赤毛の目立つ少女がいた。

 瞳の色は金色。美形だが明らかに薄汚れている。

 衣服は膝丈の布を腰で縛り、肩をむき出しにしている。浮浪者に見えなくもない。

 だが声をかけられたサージは、顎が外れそうなほど驚いていた。

 それはまるで、この世にあってはいけないものを見たときのような。

 なんだかんだ言っていつも飄々としていたサージの、初めて見る驚きの表情である。

「ちょ、ちょっと君たち待ってて」

 そう言ったサージは少女の元へ向かっていく。肩を抱くようにして会話をしていたのだが、やがて天を仰いで何やら慨嘆していた。



 サージに連れられた少女は、一行の前で自己紹介した。

「初めまして、あたしの名前はマオ。職業は火炎迷宮の案内人だ」

 なるほど、彼女がイリーナの言っていた案内人か。サージとも知り合いのようであるし、見かけ通りの者ではないのだろう。

「とりあえず登録に行くか? それとも宿を決めるか? 飯に行くのはちょっと早いな」

「まず登録だろ。すぐに迷宮に向かおうと思ってたんだけど、どうする?」

 確認してくるサージに対して、一行は顔を見合わせる。

「一応食事と水の準備はしてあるんですけど、他に事前に準備しておくものはあるの?」

「まあ、火耐性さえあれば、他に準備はいらないかな?」

 問われたサージはマオに確認している。

「いらないいらない」

 気軽に答えたマオに連れられ、一行は探索者ギルドに向かった。



「なんだか大きくなったような……」

 そんなサージの感想はともかく、一行は探索者ギルドに入った。

 受付カウンターにマオが向かい、後ろの16人新規で、と早速登録している。

「では保険料として一人当たり銀貨2枚をお願いします」

 登録料が必要になるギルドは初めてで一行は驚くが、詳しく説明を聞くと、木製の仮登録証から銅の登録証になる時に返金されるとのこと。

 銅の登録証には魔石を5つ採取できたら変更できるので、普通の探索者なら問題ないということ。

 探索者ギルドの登録証がこの大陸ではけっこう普通に身分証明証として通用するので、下手に発行は出来ないらしい。なるほどそう言われれば納得出来る。



 ここでまた貨幣の問題が出る。

 魔族領から直接この街へ来たので、大陸共有貨幣を持っていないのだ。

「じゃあおいらが払っておくよ」

 サージがどこからか銀板を3枚、銀貨を2枚取り出す。

「おいおい、子供ばっかだな?」

「あと10年は修行してから来たほうがいいんじゃねえのか?」

「後ろの二人、そんな装備で大丈夫か?」

 お約束として洗礼のわめき声が聞こえてくる。テンプレキターと今村あたりが喜んでいるが、特に絡んでくる者はいなかった。

 なぜなら建物の奥から、厳しく震える声が聞こえたからだ。

「やめておけ。その連中、全員がレベル60を超えているぞ」



 見れば、フードを目深に被った男だった。

 手にした杖の使い込みよう、またそのまとう雰囲気が、熟練の魔法使いであることを示している。

「こいつらが、レベル60?」

「促成栽培の貴族じゃないのか?」

「促成栽培が可能なのはせいぜい30までだな。それに技能もレベル5を持っている者が多い」

 促成栽培というのは、俗に言うパワーレベリングである。

 経験豊富な探索者に付いて、弱った魔物を倒す。これでも魔素が吸収されるため、レベルは上がっていく。

 もっとも技能は上がりようがないため、同じレベルでもまともに経験を重ねたものに比べると、圧倒的に弱い。

「それにしても、全員がレベル7以上の火耐性を持っているとはな。本気で火炎迷宮を踏破する気か?」

 能力鑑定を相当高いレベルで持っているのか、こちらのステータスを見破っていく。

 それを口にするのはマナー違反だ。だがそれを指摘する前に、男はさらに重要なことを言った。

「驚いたな……。偽装に隠蔽はしているが、そちらの少年は153か……。勇者並だな。いや、勇者か。アセロアで召喚されたというのは間違いなかったのだな」



 光次郎は腰に差していた刀に手をやる。この男は危険だと、本能的に感じた。

「おじさん、人のステータスを吹聴するのは明らかに犯罪だよ」

 厳しい顔でそう言ったサージだが、次の瞬間には表情を朗らかなものに変えていた。

「……アル? アルヴィス?」

「そうだよ。私だ」

 フードを脱いだ男は意外と若く、まだ20代に見えた。

「えーっ! 懐かしい! ここ1000年音沙汰がないから、もう死んだと思ってた」

「トールから連絡があってな。この件に関しては、私も動かないわけにはいかないだろう。マオと一緒に、ここで張ってたんだ」

 きししと笑うマオの顔を見て、サージは了解する。

 周囲が戸惑う中、二人は旧交を温めあった。

 絡んできた探索者たちも呆然としている。つい先ほどまで、その青年は老人だったはずなのだ。

「それにしてもさっきのは何? わざと老けてたの?」

「若い魔法使いはなめられるからね。普段は老人に変身している。そっちは相変わらず若作りだな」

「外見が若いと精神も若くなる気がしてね。あ、皆紹介するね。この人はアルヴィス・エスト。1200年前にも活躍した、世界で二人しかいない大賢者の称号を持つ人」

 アルヴィス・エスト。博物館ではそう多く言及されなかったが、確かに肖像画にはあった。地味な顔だったので、あまり記憶に留まらなかったが。

 それにしても、大賢者が二人。



「アルヴィスだって……?」「いや、偽者だろう……」「本物なら2000年以上生きてるはずだぞ」

 小声で囁きあう探索者たちを横目に、一行はギルドの登録証を作っていく。サージがさらさらと用紙に書いて受付嬢に渡したところで、彼女が固まった。

「し、失礼ながら、他にご身分を証明できるものをお持ちですか?」

 サージはどこからともなく魔法都市の職員在籍証を取り出す。

「しょ、少々お待ちください」

 受付嬢さんがすごい勢いでバックルームに入っていく。それを見てサージはしまったな、という顔をしていた。

 やがて明らかに偉そうな服装の男性が出てくる。

「あ、あなたが、そうなのですか?」

 戸惑いながらも確認してくる男に、サージは頷いた。

「申し訳ありませんが、少しばかり時間をいただけますか? ご相談したいことがあるのです」

「おいら一人の方がいいのかな?」

「はい、出来れば」







 ギルドの登録証が出来るまで、一行と二人は、ギルドの一角に固まる。さすがに席が空いてなかったのだ。

「正直なところ、私はあまり外に出ないのでね。サージと会うのもこれで数回目かな? マオと出会ったのも……これで3回目か」

「そんなに少なかったっけ?」

「あの、すみません」

 こういうところで気になることを口にするのは美幸である。

「アルヴィスさんも、長生きなんですか?」

 問われたアルヴィスは、少し考え込んだ。

「そうだな……。人間では私が一番長命になるだろう。3400歳くらいになる」

「まあ竜を含めたらそれでも若い方だろうけどな」

 混ぜっ返すようにマオが言うと、アルヴィスもその通りだと頷いた。



 それほどの間もなくサージは戻ってきた。

「待たせた?」

「いや、ちょっと竜の話をしていた」

「それで、話はなんだったんです? 聞いてはいけないことですか?」

 美幸はぐいぐい突っ込むが、サージは平然と答えた。

「もう3ヶ月以上前になるけどさ、竜が空飛んでるところ見つかったんだよ。竜なんてまず見ることないから、それで何事が起こったのか調査してほしいってね」

 3ヶ月前。

 それはアセロアを襲ったという竜のことではないのか。

「うん、おいらもそう思ったから、そう言っておいた。まあ人間が竜を見たらそりゃ驚くよね」

 この1000年間では初めての目撃情報だったために、その時は街が大騒ぎになったそうだ。

 おかげでと言うべきか、探索者の活動も活発になっているという。

 それでも31層まで行くのが精一杯で、そこが壁になってるのだとか。

「まあ、あたしに任せな。道順だけなら49層まで分かるから」

 マオが胸を張って言う。それは確かにすごいのだろう。全50層という迷宮をそこまで知っていると言うのは。

「あの、ひょっとしてあなたも不老不死?」

 美幸の問いに、マオは首を振った。

「そんなわけないだろ。ただ、火炎迷宮に関しては良く知ってるってことさ。案内人の看板に偽りはないさ」

「そうだな。では行こうか。道々色々話したいこともあるし」

 なぜか音頭を取ったのがアルヴィスだったが、一行は火炎迷宮へ向けて出発した。







 火山の中腹へ向けて、なだらかな道が続いている。

 街の門からそう距離はない。せいぜい1キロというところか。

「毒ガスとかはないんですよね?」

 改めて結城が確認するが、マオはひらひらと手を振る。

「ないね。その点は大丈夫。火耐性持っていればそこそこ行けるんだから、まだマシな迷宮だよ。個人的に一番えげつないのは、水の神殿だと思うよ」

 水中呼吸に水耐性、さらに出てくる魔物のレベルが高いという。

「でも、一回は攻略されてるんですよね?」

「その時は勇者とハイエルフがいたからね。精霊の力を行使するハイエルフがいれば、暗黒迷宮以外の3つは攻略できるよ」

 アルヴィスが言う。当時1200年前だが、その勇者とハイエルフを監視していたらしい。

「ハイエルフがいると、どうなるんですか?」

 結城が重ねて問う。アルヴィスはちゃんと答えてくれる。

「火の精霊に頼んで熱を遮断したり、水の精霊に頼んで道を作ってもらったり、風の精霊に頼んで風が吹かないようにしてもらったり出来る」

 つまり耐性がいらないということだ。

「その、ハイエルフに頼んで一緒に行ってもらうことは出来ないんですか?」

「ハイエルフは本来森の外に出ない。現在唯一人いるハイエルフのクオルフォスも、一度1200年前に大崩壊を前に出た限りだ」

 アルヴィスはそう言っているが、サージは「ふ~ん、そうだったのか」と相槌を打っている。



「サージは知らなかったの?」

 美幸が確認してくるが、サージは軽く頷いた。

「その頃はまだ下っ端だったからね。円卓会議には呼ばれなかったなあ。……あの頃に比べると、突出した人間が減ったね」

「平和な証拠だろう。魔王システムは消滅したし、勇者召喚の儀式も失われたはずだった」

「なんでアセロアなんかに伝わってたんだろうね?」

「分からないけれど、ひょっとしたら全く別の召喚式を生み出したのかもしれない」

「そんなことしても竜に滅ぼされるだけなのに、分かってないなあ」



「あの、魔王システムって何ですか?」

 美幸が問うと、サージはアルヴィスに説明を譲る。

「ある一定の条件を満たすと、世界が魔王を生み出すシステムのことだ。たとえば竜牙大陸では人間の数が一定以上になった場合。竜骨大陸では1000年紀と呼ばれる1000年ごとの魔族の侵攻のことだな」

「世界が? 魔王を生み出すんですか? なんのために?」

「人間や魔族の数を減らし、調整するためだよ。魂の循環がなければ、大崩壊という世界と世界の接触が起こり、もっと大変なことになる。それを防ぐための、生贄の儀式のようなものだ」

 何かイリーナも似たようなことを言っていたような気がする。

「それもアルスの手によって必要なくなった。今いる魔王は世界に選ばれた者ではなく、単なる魔族の統率者だ」

 何を言っているのか正直理解出来なかったが、とりあえず昔の魔王と今の魔王は違うことは分かった。

「さて、それでは火炎迷宮に入るとするか」



 衛兵に守られた鉄門。そこが火炎迷宮の入り口。

 登録証を見せると、門を開けてくれる。

 一歩も踏み入れていないというのに、もうかすかな熱気があふれ出してきていた。

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