第21話 大賢者
翌朝、昨日とはまた趣の違う豪華な食事を終えると、一行は魔王城の訓練場にやってきた。
「考えてみれば理論を教えるだけなら、おいらよりクリスの方が適役なんだよね」
そんなことを言いながら、実戦で戦い方を見るという。
結界の張られた訓練場を占拠して、杖だけを持ったサージが隙だらけの構えで立つ。
「順番にどうぞ」
「では、あたしから」
一番やる気にあふれた美幸が手を挙げる。その手には真剣を持っている。
呼吸を整え、一息に飛び出す。サージに向けて手加減なしの袈裟切りの一閃。
「単純に、力と速度が足りてないよ」
刀を素手で受け止めたサージは、涼しい顔をしている。
杖を向けられた美幸は、そのまま吹っ飛んだ。地面に激突する前にはその慣性もなくなり、足から着地させてくれるというおまけつきである。
「魔力の収束がまだまだだね。もっと鋭くしないと、おいらの体に傷をつけることは無理かなあ」
単に斬撃だけでなく、衝撃さえも無効化する。それを魔法で行っているというのか。
それからは順番に攻撃をかけていくのだが、全てが素手で防がれて吹っ飛ぶ、という結果に変わりはなかった。
滝川の貫通でさえ、魔力の防壁によって防がれる。土屋の破壊でさえもだ。
そして最後に残ったのは光次郎である。村正を構え、一足で突きを入れようとしたのだが……。
「げう!」
空中で上から叩き潰されたように、地面に伏してしまった。
「ごめんよ、君の突きだけはちょっとやばそうだったから」
「じゅ、重力魔法か?」
体重が何倍にもなったかのようだ。それでも根性で光次郎は立ち上がる。
「重力魔法は時空魔法の一種だよ。というか、現在の魔法の分類はいまいち適切じゃないと思うんだけどね」
「な、なるほど……影よ!」
光次郎の言葉と共に影が伸びて、サージを拘束しようとする。
しかしそれもまた、サージの手前で霧散した。
「暗黒魔法の一種か……。変わった術式だね」
感心したようにサージは言うが、それをあっさりと解除してしまう自身はどうなのか。
そしてここまで彼は、一言も詠唱をしていない。完全無詠唱である。
魔法の術式は最低でも頭の中で組み立てる必要があるのだが、サージにはそれがないように思える。
「化物か……」
「そう言われるのは久しぶりだなあ。でもイリーナに比べたらたいしたことないと思うけど」
イリーナは、確かに凄まじい魔力を持っていた。
神を切り裂くあの光の刃は、正直今でも訳が分からない。
それに比べるとサージの力は『たいしたことない』のだろう。
だが同じ人間として、重ねた年月の違いがあるとはいえ、ここまで一方的に負けるのは悔しい。
『狂戦……』
「駄目!」
発動しようとした魔法……いや、呪いを、美幸が抱きしめて止めた。
「正解だ。それはいざという時の切り札にしておいた方がいいよ」
初めて杖を構えていたサージが、その構えを解いた。
それからは皆で座ってお勉強である。
サージの説明は割りと感覚的なのだが、それでも体系化されていることは分かる。
「まあシファカさんがこの世界に連れて来た人が、そもそもある程度の科学技術を持ってたらしいからね。それほど科学と反したことは起こらないよ。……転移なんかは別だけど」
確認されている中で最も高度というか、使い手の少ないのが虚空魔法。なんでも神竜でも使えない、史上唯一人しか使い手のない魔法らしい。
その使い手というのが1200年前に召喚された勇者らしいのだが、名前も伝わっていない。
その次に希少なのが創世魔法。無から有を作り出す魔法で、神竜をはじめとして、他に大魔王と迷宮妖精が使えるそうな。
時空魔法はその次で、1200年前はそれなりに使い手がいたらしい。
今となっては神竜を除くと、使えるのはほんの数人だそうだ。
そしてサージはその時空魔法を究めているという。
「ただこれ、レベルは10になってるけど、異世界への移動は出来ないんだよね。さらに上のレベルがあるような気がするんだけど……」
目下研究中の課題だという。
「時間移動は出来るんですか?」
それは結城の質問だった。科学的な質問は、彼が言い出すことが多い。
「未来への移動は割りと簡単なんだけど、過去への移動はね……。1200年前に帰れたら、マールを……」
語尾は小さくなる。そしてサージは珍しく老成した表情を浮かべて、頭を振った。
「無理か。大崩壊の中では蘇生も出来なかったからなあ。アゼルさんとはもっと話したかったけど……」
宙を眺めて一人ごちるサージだったが、見つめられているのに気付いて笑みを戻す。
「じゃあ、次は二つ以上の魔法の合成についてしてみようか」
1200年前、70億の人間が死亡したという大崩壊。その中で神と戦った大魔法使い。
わずかながら、その片鱗を見た気がした。
昼食を終えて、実際に魔法を使ってみる。
サージは山ほどMP回復ポーションを持っていたので、ポーション酔いにならない程度にポーションで回復していく。
「君はせっかく『MP高速回復』を持ってるんだから『魔力譲渡』の魔法を覚えたほうがいいね」
結城に対してそんな指導を行っている。確かに彼の祝福を考えればそうなのだが、そこまで術理魔法の技能レベルが高くないので、無理な注文だ。
ちなみに、この一行の中で光次郎と美幸に次ぐ実力を持っているのは、意外な人物である。
普段から要領がいいと言われている水野だ。彼女の祝福『技能経験値倍化』により、本業の剣術だけでなく、色んな魔法の技能レベルが高い。
もっとも経験値……所謂それは、レベルが高くなるほど次の段階へ進む値が高くなるため、器用貧乏の気がしないでもない。
ちなみにレアな祝福を持っているのが誰かという問いに、サージは首を傾げた。
「持っている技能との相性もあるけど……パーティーに一人は欲しいのは『能力鑑定』かな。魔物ならたいてい隠蔽や偽装は持ってないし」
もっとも術理魔法で全く同じ性能がある魔法が存在するので、それほどレアとも言えないらしい。
「あとやっぱり『宝物庫』は商人なんかに大人気だね。おいらの時空収納ほどじゃないけど、かなりの物資が入れられるし」
戦争に参加していたときは随分重宝されたものだ、とサージは懐かしそうに言った。
夕食の時間になって皆が訓練場から去るときに、サージは光次郎と美幸を呼び止めた。
「ジロ君にはこっち。ユキちゃんにはこっち」
そして渡されたのは、光次郎には刀。美幸には辞書のようなものであった。
「これは……まさか清麿か?」
さすがに光次郎は銘すら見ずにその素性を当てた。
「これって……魔道書? でも日本語で書いてある…」
「刀の方は姉ちゃんから貰ったものだし、魔道書はおいらが特別に編集したのを日本語に直したものだよ」
あげるよ、とサージは軽く言ったが、どちらも国宝級の品物ではないのか。
「刀は姉ちゃんが作ったものだし、魔道書は創世魔法で複製されたものだから、特別に貴重なわけじゃないよ。地球に帰るなら役立つよ」
顔を見合わせる二人を残して、サージは立ち去る。その背中に対して、二人は深々とお辞儀をした。
翌日から、一行は二手に別れて行動した。シャーリーに連れられて都を観光する者と、サージに教わって魔法を磨くものだ。
意外なことに光次郎と美幸以外にも、サージの指導を受けたいという者が多かった。
そのサージも講義を行うだけでなく、街を案内してくれたりもする。
もっとも彼の場合、お勧めの店に行ってみたら、既に廃業してたりする。
前に訪れたのが10年前とか20年前なので仕方ないのかもしれないが、やはり時間の流れは違うように感じるのだろう。
「竜は基本、全部寝てるんだよ」
寿命の話をしている時、サージはそう言った。
「おいらみたいな不老不死の人間は、たいがい1000年ちょっとで精神が摩滅して自殺する。中にはシファカさんやトールさんみたいなのもいるけどね」
それを聞いている光次郎は、己の寿命の短さにいつも怯えている。
余裕のあるように普段から見えるのは、その寿命の短さにいつも抗っているからだ。
「1000年は、長いですか」
短命の少年が、不老不死の少年に問う。
「うん、長い。最初の100年が特に辛かった」
自分の子供たちが寿命を迎えて死んでいく。同じ旅をした仲間はもっと早い。
ハーフエルフの魔法使い。エルフスキーの騎士。力持ちのオーガの少年。猫獣人の少女。
「不死の迷宮に挑んだ仲間で生きてるのは、おいらと姉ちゃんだけになっちゃったな……」
「不老不死になるのは、自分で選んだんですか?」
光次郎が問う。その重さを量るように。
「自分で選んだ。姉ちゃん一人だと可哀想だとおもったからね。まあ、自分でも長生きしたかったんだけどさ」
それでも、とサージは続けた。
「多分あと1000年は大丈夫だと思う。2000年も何とかなるかもしれない。でも……5000年は耐えられないんじゃないかな」
竜は別だと、サージは言う。
竜には寿命がない。もちろん稀に殺されたり、事故で死ぬ個体はいる。だが竜は、特に神竜は、無限の時を生きるという。
神竜であるレイアナに、出来るだけ付き合おうと考えた。だがそんな自分と、共に生きてくれる存在がある。
「これ、おいらの奥さん。美人でしょ」
胸元から取り出したロケットには、小さな肖像画。
「大魔女なんて呼ばれてるけど、それはおいらに付き合ったせいなんだよね。それに姉ちゃんにはカーラさんがいるし」
レイアナは神竜である。そのレイアナの伴侶は、一人を除いてもういない。
「カーラさんは凄いよ。強いし優しいけど、何より精神力が並じゃない。たぶん数万年は生きるんじゃないかな」
既に歴史の登場人物となった人々のことが、サージの口からついほんの前のように出てくる。
それは戦中のことを老人から聞くのと同じことなのかもしれないが、時間のスパンが違う。
話に出るのはやはり1200年前のことが多い。それだけ大きな歴史の分岐点であったのと、彼自身が若かったからだろう。
「神竜になる前の姉ちゃんとハルトさんの戦いはすごかったなあ。ハルトさんロボット出してくるから、姉ちゃんも竜になって、怪獣大決戦だったよ」
そんなことを話しながら、逆に21世紀の地球のことも訊いてくる。
「かなりおいらの地球と近いね。ほとんど同じと言ってもいい」
川島や今村とマンガやアニメの話をすると、驚いた表情をする。
「へ~、あれまだ完結してないんだ。そういやこっちに転生した時も、まず気にしたのはそこだったなあ」
ネタバレになるとは思っていても、最終回まで聞いてしまう。仕方ないだろう。元の世界にはもう戻れないのだから。
「それで火炎迷宮の攻略のことだけど」
本題とばかりにサージが真面目な顔をする。
「やっぱり、難しいですか?」
「まあ公式に攻略されたことは一度もないから、難しいことは難しいね」
公式に、というところが引っかかる。
「実は自分の迷宮を作るイリーナに付き合って、一度攻略してみてことがあるんだ。姉ちゃんとおいらとで」
結果を言うなら、三人で攻略は可能だったとのこと。
「でも君たち二人だと、無理だろうなあ」
15人だと、さらに難易度は増すだろうと言う。
4大迷宮はそもそも数の力で攻略できるものではない。少数精鋭の方が適している。
「まあおいらがついていくから、なんとかなるでしょ」
「ついてきてくれるんですか?」
休暇中とサージは言っていた。そこまで面倒を見てくれるのか。
「優先順位の問題でね。そこはクリスと話してあるんだ。イリーナも追加で案内人を用意してくれるみたいだし、問題はないよ」
「イリーナと連絡がついてるんですか?」
「ああうん、時空魔法使えるから。相手が迷宮とか結界の中にいると駄目だけどね」
なるほど。便利である時空魔法。
「だからあとは火耐性の宝珠が出来るのを待つだけ。それまでに出来るだけのことはやろうか」
そしてまた、サージの訓練が始まるのだった。
そして予定だった15日目の晩。
「出来た~」
籠の中に15個のオーブを入れたアスカがやってきた。
食事中だったため、咄嗟の反応がない。背後からやってきたレイが「ご苦労様」と肩を叩く。
「いや~、久しぶりだから時間かかったわ。もうちょっと早く出来ると思ってたんだけどね」
ぽんぽんと宝珠を15人に渡していく。
「え、と。これどう使うんですか?」
「ん? 頭の中で使う、って思ったら使えるわよ」
早速使ってみると、宝珠はかすかに発光して消失した。
「これで火炎迷宮に挑む、最低限の準備は出来たわね。まあ何年かかかるかもしれないけど頑張って」
「いや、おいらが付いていくから、一度で済むと思うよ」
サージがのんびりと言うと、アスカがむきーっと牙を出す。
「あんたねえ、迷宮をなんだと思ってるのよ! 迷宮は自分の力で攻略してこそ意味があるんでしょうが!」
「いや、神竜の方々もそう言ってるしさ。……ラナとテルーには連絡付いてないみたいだけど」
「……寝ぼけてるんじゃない?」
「その可能性は否定しない」
寝ぼけるのか、神竜。
「とにかくあたしの仕事は終わったし、あんたたちと一緒に過ごすのも今日で最後ね」
「色々と、お世話になりました」
複雑な表情で光次郎が言うと、アスカは流し目で答える。
「あんたは特にね。死ぬかもと思ったのは100年ぶりぐらいだわ」
給仕のメイドからワイングラスに血液を注がれて、アスカは最初に会ったころのような美麗な表情を浮かべる。
「まあサージがいるなら大丈夫だと思うけど、もし死んだら神竜に頼んで生き返らせてもらうのよ。死体はなるべく保管して」
蘇生が普通に可能と言うのは、地球では考えられないことである。
「それじゃあ火炎迷宮の攻略を祈って。乾杯!」
アスカに合わせて、皆がばらばらに乾杯をした。
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