第20話 博物館

 翌朝、食堂で豪華な食事をしている一行の前に、シャーリーが現れた。

「おはようございます、皆さん。本日の予定ですが、何かご要望はありますか?」

 予定通りに美幸が手を上げ、魔法の訓練がしたいと言う。ほかの一行はうえ、と言いたげな顔をしていたが、火炎迷宮に挑戦するのに、確かにレベル上げは必要だろう。

「分かりました。せっかくですから、出来るだけ高位の魔法使いの方に頼んでみますね」

 シャーリーはスマホのようなものを操作していく。もうスマホでいいんじゃないかな。

「あ、丁度大賢者様が休暇を取られているようですね」

 スマホで連絡を取るシャーリー。猫耳なのだが器用に使っている。

「あ、どうもお世話になっております。ええ、お休みのところ申し訳ありません。実は地球からの勇者様方がいらっしゃっておりまして」

 何も無い場所に向かってお辞儀をしたり笑顔を見せるシャーリーは、ちょっとシュールだ。

「え? 会いたい? え? 来る?」

 その瞬間――。



 魔王城を包む結界が、ずれた、ような気がした。



 そしてそれを起こした人物は、いつの間にかシャーリーの背後に立っていた。



 どちらかというと小柄な、15歳ぐらいの少年である。手には身長より巨大な杖を持ち、美少年というほどではないが愛嬌がある。黒髪黒目だが、日本人という顔立ちではない。

「やあやあ、平たい顔族の諸君、初めまして」

 明るい声でそう言った少年に対して、一同は固まっている。

「あれ? このネタそっちの地球ではなかったかな?」

 ちょっとバツの悪そうな顔をする少年に、美幸が答える。

「いえ、ありましたけど……。あの、あなたは……」

 美幸の質問に少年が答える前に、廊下からどたどたと足音が聞こえてくる。



 勢いよくドアを開けて入ってきたのはレイを先頭に衛兵が数名。どれもこれもレベルは100に到達するというとんでもない面子だが。

「やあ」

 気軽に挨拶をする少年に飛びつき、レイはその頬を引っ張った。

「前にも言ったよな? 転移するなら転移門か、せめて正門から入って来いって」

「いひゃいいひゃい」

「ふん!」

 勢いよく離された頬を、少年はさすった。

「で、今日は何の用だ?」

「21世紀の地球から勇者が来たって言うからさ。ちょっと話をしてみたくてね」

「申し訳ありません。私がお呼びしました」

 頭を下げるシャーリーだが、彼女は悪くないだろう。

「あたしが魔法の訓練をしたいと言ったんです」

 何か責任感のようなものを感じて、美幸が言う。レイはそれで全て納得したようだった。

「まあ、確かに魔法を教えるなら最高の人材……なのか?」

 何か釈然としない様子のレイだが、それに構わず少年は挨拶した。

「改めて初めまして。おいらはサジタリウス・クリストール・クロウリー。21世紀の地球から転生した魔法使いさ。長いからサージでいいよ」

「こんなんでも世界で五指には入る魔法使いだ」

 レイはそう言い置いて、部屋を出る。

「私は忙しいから面倒は見ないが、変なことを教えるなよ」

「了解」

 そしてレイと衛兵たちは去っていくのだが、去り際に物騒なことを言った。

「次に結界破りなんてしたら、暗殺してやるからな」



「破ってないよ。少しずらしただけだよ」

 レイが去ってから小声でサージは言った。そして改めて一行に向き直る。

「それにしても、レイは何を忙しがってるの?」

 シャーリーに説明を求める。聞き終えたサージは首を傾げる。

「宝珠なんてクリスに頼んだほうが早いのに」

「クリスティーナ様もお忙しいでしょうから」

「別においらも暇じゃないよ。今は休暇中なだけで」

 サージの視線が一同に向けられる。

「それで、魔法を教えてほしいってのは?」

 美幸と光次郎が控えめに手を上げる。サージは少し首を傾げた。

「君たち二人だけ妙にレベルが高いけど、勇者召喚ってそんな偏るものだったっけ? そもそも本来一人しか召喚しない術式だったはずだけど」

 あっさりと偽装と隠蔽を看破するサージに驚きながらも、美幸が答える。

「私たちは、地球にいた頃から魔法の心得がありましたから」

「え? 魔法? 地球にあったの?」

「ええ……。一般人は知りませんでしたが」

「そうなの。それじゃおいらの地球にもあったのかなあ。神様はいたことだし、あったのかな」

「神……が存在していたんですか?」

「うん、おいらが転生してきたときと、大崩壊の時、二回会ってるね」

 そこでサージは光次郎を指差した。

「彼の呪いも、神由来のものじゃないかな?」



 呪い、とサージは言った。

「解呪出来なくもないけど……代償が消えるかな」

 それはイリーナと同じ分析。神竜と同じレベルで解析できるのか。

「まあ、それは地球に戻る時に他の神竜にでもお願いしてみなよ。イリーナは若いから無理だったのかもしれないけど、ラナやテルーならどうにかなるかも」

 それよりも、とサージは話題を変えた。

「まずは博物館に行こうか。魔法の訓練も大事だろうけど、もっと面白いものを見せてあげるよ」

 博物館。

 この世界に来て、今までになかった単語である。正直、美幸は興味が湧いている。

「あの、ちょっといいかな?」

 あまり関係のないことなので遠慮していたが、聞かないのもなんなので結城が発言した。

「あなたは何歳なんですか? 僕たちの目からすると15歳ぐらいに見えるんですけど」

「外見年齢は15歳にしてあるから間違いじゃないよ。実年齢は・・・1220歳ぐらいかな」

 詳しいことは忘れた、とサージは肩をすくめた。







 魔王城の正門前まで転移し、結界を足で踏み越え、そこでまた転移。

 一行が到着したのは、王都でもやや中心から外れたところにある建物だった。

 これがまた大きい。

 魔王城には及ばないまでも、これほど大きな建物が博物館とは。

 シャーリーを先頭に立て、一行は博物館に入っていく。ちなみに入場料は銅貨一枚だとのこと。



「ふあああああ」

 まずはインパクトということで、シャーリーは魔物の剥製のコーナーに連れていった。

 戦ったことのある魔物もいたが、多くは初見のものである。

「げ、でっかい虫……」

 風の谷で重宝されそうなでっかい団子虫がいた。

「うお、恐竜か」

 火トカゲとそうそう変わらないのだが、それでも驚きはある。

 しかし、である。

 その展示場の最大の主役は、あれである。

 竜である。

 さすがにこれは剥製ではなく複製だが、その巨体は洒落にならない。

 全長は軽く100メートルを超し、人を一口で食べてしまえるような巨体である。

「まあ、これでも成竜の中では小さい方だね。これが1000年以上かけて脱皮を繰り返して、古竜になる。すると全長は5倍から10倍になるよ」

「サージは竜と戦ったことあるの?」

 敬語はいらないと言ってあるので、気楽に女子がサージに訊いてくる。

「竜と一緒に戦ったことはあるけど、竜を相手にしたことはないね。成竜ぐらいならともかく、古竜相手だと厳しいし」

 トールとは別方向だが、この少年も化物であるらしい。

「神竜はどうなんだ?」

「どうって……大きさ?」

 光次郎は頷く。イリーナは結局竜にはならなかったので、その全容は分からない。

「う~んと……神と戦ったときの大きさは……雲をはるかに突き抜けてたような……」

 それはもう、生き物ですらないのではなかろうか。







 それから一同は美術品のコーナーにも案内された。

 巨大な宝石や細工物もあったが、シャーリーが案内したのは歴史的な偉人の肖像画や彫像のコーナーである。

「この方は聖帝リュクシファーカ様といいます。4200年前に人間を率いてこの世界にやってきたお方ですね」

 それはまた、古い話である。トールが3200歳と言っていたから、それよりも昔の話だ。

「ひょっとして、今もまだ生きてたりするんですか?」

「残念ながら100年ほど前にお亡くなりになりました。世界中でその死は悼まれました」

 4100年以上は生きていたという訳か。



「こちらが3200年前の千年紀――魔族と人間の間の大戦争が行われたときの偉人の肖像ですね」

 剣を持ち、竜に乗った美女がいる。武帝リュクレイアーナの肖像画となっている。美人だ。

 その隣に、透の肖像画もあったりする。

「え? ええ?」

「透さん、だよね?」

「トール様とお会いになったことがあるんですか? あの方も隠居なさってから、所在がつかめないのですが」

 普通にニホン帝国にいると聞くと、シャーリーは大層驚いていた。



 次に大きな歴史の山場が訪れるのは2200年前となる。

「勇者アルス・ガーハルト様と、レイテ・アナイア様。そして後に5王国を築いた4人の王族の方々ですね」

 大魔女シャナ・ミルグリッド、大賢者アゼルフォードといった人物が紹介されるが、どのくらいすごいのか分からない。

「レイとアスカっていたでしょ? あの二人今は魔王級の実力者なんて言われてるけど、この二人と戦ったら一瞬で消し炭だね。今のおいらでも微妙かな」

 さらりとサージは言ったが、レイとアスカよりも自分の方が強いということだ。

 レイはともかく、ほとんど不死身のアスカをも殺しつくす手段があるということか。



「さて、1200年前の大崩壊。ここからが本番だ」

 楽しそうにサージは言って、調子に乗って解説していく。

「かつて勇者として召喚されながら、魔王として君臨し、事実上世界統一を成し遂げた、アルス・ガーハルト。本名は有栖川春人」

 その使われた武器や防具が再現されて陳列されている。本物は竜骨大陸の博物館に展示されているらしい。

「その次はカサリア王国の王女として生まれながらも国を出奔、ほとんど自力で国を興し、後にはカサリアを併呑し、さらに暗黒竜バルスの後継者となったリア姉ちゃん」

 初代オーガス帝国リュクレイアーナと肖像画には説明書きがある。

 武器や防具が飾られているが、光次郎の興味を引いたのはその武器である。

 刀だ。

 しかもこれは、おそらく本物。

「虎徹……」



 光次郎は普段飄々としているが、刀に関してだけはうるさい。

 ケースに張り付くように眺める光次郎に、サージは声をかける。

「刀が好きなら、姉ちゃんに打ってもらうかい? いや、もう何本も打ってるはずだから、言えば良さそうなのをくれると思うよ」

「これは、そのリアという人が打ったのか? 俺には虎徹にしか見えない」

 茎の部分にも、虎徹の銘が切ってある。

「姉ちゃんの魔法に創世魔法っていうのがあってね。それはその魔法で作られたものだよ。ほとんどオリジナルと同じはずさ」

 虎徹。もちろん今の村正にも愛着はあるし、よく斬れるのも分かっている。

 だが予備の武器もほしい……というのは建前で、虎徹ならば剣士であれば誰でもほしいだろう。

「リア……暗黒竜レイアナ……」

 4大迷宮の中でも最も敵の強さが飛びぬけているという迷宮の主。

「おいらが知っている限りでは、世界最強の武器は、神竜刀ガラッハ。普段は威力がありすぎて使えないから、虎徹を普段使いにしてるね」

 威力がありすぎるというのは、果たしてどのくらいものものなのか。

「一振りで山が吹っ飛ぶ」

 それはもはや刀と言えるのだろうか。



 武器のコーナーには、他にも色々な展示品があった。

「どうしてこれがここにある……」

 思わず光次郎が声に出したのは、やはり一振りの日本刀。

 童子切安綱。天下五剣の筆頭にも挙げられる刀である。

 説明書きには地球が破壊されたときに保護されたとか。

「そんなに刀が好きなら、姉ちゃんに貰いなよ。あの人鍛冶仕事ばかりしてるから、多分もっといい刀持ってるよ」

「童子切よりいい刀だと……」

 思わず目の色が変わる光次郎である。



 博物館の1割も見ないうちに、閉館の時間となる。

 旅行者は普通一週間以上かけて全体を見るそうだ。

 なんなら明日もここを見て回ってもいいが、美幸の言ったとおり、明日は魔法の訓練となる。

「いや~、面白かったなあ」

 呑気な声で一行は迎賓館に戻り、感想を言い合う。

 それを見つめるサージの視線は、生暖かい。

 日本の思い出を口にする時は、少し悲しそうな顔をした。

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