第18話 魔族領

 ニホン帝国を発してはや三日、船は港町エルコに到着しようとしていた。

 ここから鉄道を乗り換えていくのが、魔王城への一番の近道なのだという。

「そういえば不思議に思ってたんですけど」

 疑問の声を上げたのは結城だ。

「飛行機……空を飛ぶ交通は発達してないんですか? ニホンの技術を見ると、不可能には思えないんですけど」

「飛行機ねえ。個人で持つ人間はいるけど、移動手段や輸送手段としては無理があるかな」

 レイが説明するに、飛行機はあるし、飛行の魔法もある。

 だが忘れてはいけない。ここはファンタジーの世界なのである。

 ニホンではすっかり忘れかけていたがファンタジーの世界では、魔物が生息する。

 グリフォンやワイバーン、果てはドラゴンなどという存在もある。

 飛行機で飛ぶには、この世界の空は危険すぎるということだ。



 ついでとばかりにレイは海の危険性も教えてくれた。

 大陸棚やそれに近いところは問題ない。問題は深海の上に当たる海上である。

 海の中には巨大な魔物が居り、ニホン帝国の巨大戦艦でも、下手をすれば沈没させられる。

 よってこの世界、文明の割りに交通手段は発達していない。

 魔族領はニホンと違いリニアモーターカーさえなく、魔結晶を燃料とした列車が最速の交通手段となる。

「車はどうなんですか? 高速道路があれば列車よりも速いと思いますけど」

 高速道路の概念を伝えるのに、少し時間がかかった。

「う~ん、なんでだろうな? 私にも分からないが、何か問題があるのだとは思う。大きな都市なら自動車はあるんだが、それでも地方では馬車の方が多いな」

 大魔王は地球の科学レベルを魔法で実現させ、竜骨大陸に大きな進歩をもたらした。それこそ一部では地球を上回るほどであった。

 だが交通手段に関してはあまり積極的ではない。おそらく本人が転移魔法を使えるので、必要性を感じていないのではないかということ。



「転移魔法……使えるんですか」

 今村、川島、谷口が興味津々と問いかける。それでなくともダークエルフのレイさんは、大人っぽくて色っぽい。胸も大きいし。出来ればお話したいだろう。

「そういえばこの1200年は時空魔法使えるやつも少なくなったな。科学技術の発達もゆっくりになったし」

 ふと感じたようにレイは呟く。確かに今までに会った魔法使いの中で転移魔法……時空魔法を使ったのはイリーナと透ぐらいである。

「トールは使えなかったはずだが。魔法具の類じゃないのか?」

 たしかに転移石だかを使っていた。するとイリーナだけになる。

「神竜は使えてもおかしくないな。むしろ使えないほうが驚く」

 なんでもありなのか、神竜。

「なんでもありだな。死者の蘇生も出来るし、時間を戻すことも出来るそうだ。もっとも対価が釣り合わないため、実際は出来ないと言ってもいいらしいんだが」

 本当になんでもありだな、神竜。







 ネアースの社会について考察している間に、船は港へと入っていった。

 入国の審査などがあったが、レイがちらりと短剣の紋章を見せると、フリーパスで通された。一行も同じである。

 てくてくと駅までの短い道を歩く。そして列車に乗るのも無料である。素晴らしい。

「ここが発着点なんですね」

 なんとなく美幸が尋ねる。

「そうだな。ゴルドランも降伏したしアセロアも滅びたし、何年か経ったら延長されるんだろうが」

 一等級らしい広々とした席が16人に提供された。



 列車の発進と共に、レイは感慨深く呟いた。

「それにしても列車の旅か……久しぶりだな」

「いつもはどうして移動してるんですか?」

 美幸がまた質問している。レイに会ってから、彼女はレイに質問することが多い。

「私は自分で飛べるから、普通は飛んで行く。たまに長い距離を行く時は飛竜に乗ったりするな」

「飛べるんですか!?」

「え? 飛べないのか?」

 逆に驚かれるが、光次郎も美幸も飛べない。風魔法の暴風や、爆発の衝撃波で吹き飛ばされることを飛ぶとは言わないだろう。

「そういえばイリーナも竜にならないと飛べないと言ってたな。トールは飛べたはずだが……」

 そこで開催されたのがレイの飛行魔法講座である。

 物理魔法と術理魔法を同時に使うだけの簡単な術式だ。少ししたら光次郎も美幸も浮かぶことに成功した。

 地球にも飛べる魔法使いはいたのだが、ごく少数だった。これは戻ったら魔法の革新になるかもしれない。



 魔法に関心のないグループは、川島がニホンで買っておいたトランプやUN○に興じていた。

 先ほどから列車の窓外に見える景色は変わらない。かすかな段差がある荒野が広がっている。

 だから列車が突然スピードを落とした時には何事かと思ったのだが。

「こんなところに駅ですか?」

「いや、違うだろう。……線路に障害物が置かれているな。盗賊団だ」

 盗賊。実際のところ、初めて出会う存在である。

 魔物相手に実戦経験は積んだ一同だが、対人戦闘の……人殺しの経験があるのは、光次郎と美幸だけだ。

「左右から40騎ずつか。運の悪い盗賊団だ」

 千里眼の技能でレイが確認する。

「君たちの中で、対人戦闘の経験がある者は?」

 手を上げた光次郎と美幸に、レイは指示を出す。

「すまんが右の方を担当してくれ。左は私が担当する」

「俺たちは?」

 今泉が川島から武装を出して貰っているが、レイは軽く首を振った。

「必要ないだろう。念のため武装はしておいた方がいいだろうが」

 そういい置いて、レイは列車の扉を開けた。

『風よ』

 レイの魔法が列車を守る。飛んで来た矢は全てあさっての方向に飛んで行く。

「さて、片付けるか」

 何の気負いも無くレイは言って、光次郎と美幸も列車を飛び出した。



 戦闘は数分で終わった。

 二人がかりだったにも関わらず、列車に戻ってきたのはレイの方が早かった。

 線路の上に置かれていた鉄骨などを除去し、線路に歪みがないか車掌と確認をしている。

 そこに戻ってきた二人に、一行から質問が飛ぶ。

「どうやったんだ?」

「ああ、処分してきた」

 それだけを言って、光次郎は席に戻った。

 戦闘の余韻を見せない二人に、改めて一行は悟る。

 この二人は、違う社会の住人なのだと。



「戻ったか。ちゃんと殺してきたか?」

 何事もなかったかのようにレイは確認してきて、光次郎は無言で頷く。

「そうか。このあたりはまだ治安が悪いからな。南方の三国も滅びたし、すぐに回復するだろうが」

 大陸の南方は、人間による亜人や魔族への差別が多いのだ、とレイは溜め息混じりで言う。

 襲ってきた連中も、人間のみによる構成だった。実質はどうあれ、人間種族の解放を掲げて活動していることが多い。

「やっぱり種族が違うと、共存は難しいもんですか?」

 美幸の問いに、レイは目を瞑って応えた。

「どうなんだろうな。ニホンなんかは人間主導でも上手くやっているし、オーガスやレムドリアもそうだ。むしろ共存に失敗した国家から滅びていると言ってもいい」



 2200年前。勇者として召喚された青年が、魔王となった。それが始まり。

 魔王は魔族をまとめ、秩序を与え、竜骨大陸の魔族領を発達させた。

 そして1200年前、この世界と地球が衝突。地球からわずかな人間がやってきて、既に人間も亜人も魔族もいなくなっていた3つの大陸に入植した。

 そこには共に魔族領からも入植者がいた。

 最初の数十年は衝突もあったが、徐々に共棲、あるいは共存の道が出来ていった。

 しかし圧倒的な力で竜牙大陸を支配していた魔王が代替わりし……それから後は、アセロアでも習ったことだ。



「レイさんは、人間が嫌いなんですか?」

 再度美幸が問う。それに対してはレイも苦笑せざるをえない。

「私がこの世界で最も敬愛している方は人間だよ。個人差じゃないかな。全体的に見た場合、人間は確かに他の種族を特別視する傾向が見られる。良いようにも、悪いようにも」

 地球では今でも人種差別が存在する。それに比べると、もっと明確に種族ごとの差があるこの世界は、割と多種族に寛容にも見えるのだが。

 ニホンの探索者ギルドでのゴブリンやオーク、獣人の反応を思うと、やはり差別はあるのだろう。

 だが差別があっても、相手を許容出来るぐらいの度量はほしい。アセロアのように他の種族を排除するというのは間違っていると、美幸は思う。

「難しい問題だわな。俺らの世界では宗教も絡んでくるし。だから俺たちみたいのも必要とされるわけだし」

 光次郎が呟く。地球での彼の役目は、汚れ仕事だ。

「そういう話がしたいなら、陛下に会うといい。色々試行錯誤なされた方だからな」

「陛下って、魔王のことですか?」

 美幸の確認に、レイはいやいや、と手を振って苦笑した。

「昔からの癖が抜けないな。先代の魔王陛下。現在の大魔王陛下だよ。地球から召喚されたということなら、あの方も同じだからな」

 透が言っていた、この世界で最も偉大なことを成したという人間。

 それは確かに、会えるものなら会ってみたい。







 列車はその後、何事も無くその日の終着駅に着いた。

 半日ほど列車に乗っていたので、全身がバキバキ言っている。

「レイさん、魔族領の都まで、どれぐらいかかるんですか?」

「一週間だ」

「い……」

 思わず無言になる一同。それは確かに、日中だけをこのスピードでアフリカ大陸縦断となれば、それぐらいはかかるのか。

「イリーナがいてくれたら竜になってもらって背中に乗るんだがな。全くあの子は、物事の優先順位が分かっていない」

「優先順位ですか」

「ああ、彼女の旅の理由は、堕ちた神々を滅ぼすことによる自分のレベル上げと、自分の迷宮を作るための調査だ」

 だがそれは後でもいい。先に行うべきは、召喚された勇者を帰還させることだ。

 世界間で人間や物の移動があると、それだけ世界の間が縮まってしまう。すると1200年前のようなことが起こるので、最優先で対処しないといけないのだが。

 イリーナは生まれてまだ2000年も経ってないので、そのあたりが分かっていないのだろうとレイは説明した。



 明日も朝から列車に乗るということで、一行は早めに就寝することになる。

 もちろん泊まる宿は最高級のもので、そんなところで飛び込みで泊まれるレイはやはりたいしたものなのだろう。

 その夜、皆が寝静まる頃を見計らって、レイは起き上がった。

 音も無く旅装束に着替えた彼女だが、それに気付いた者がいる。同室の美幸である。

「どこへ行くんですか?」

 声をかけられてむしろレイは驚いたようだった。

「昼間の後始末にね。寝ていていいよ」

 昼間の、ということは盗賊団のことだろう。

 わざと一人だけ残しておいたから、今頃はアジトに戻っているだろう。そこを全部始末するのだ。

「そういうわけで飛んで行くから、先に寝ておいで」

 窓を開け、レイは宿を抜け出した。



 レイが帰って来たのは早朝であった。

 予定より時間がかかったのは、盗賊団に捕まっていた人間がいたからだという。

 それを近くの町まで送って保護してもらうほうが、盗賊の殲滅よりよほど面倒だったと言う。

「しかし私も鈍ったな。昔は一週間ぐらい不眠不休でも動けたものだが」

「まだ少し時間があるから、眠ったらどうですか?」

「ああ、悪いがそうさせてもらうよ。時間になったら起こしてくれ」

 ベッドに横になったレイは、すぐに寝息を立てだした。



 1時間ほどの仮眠でレイは復活した。

 一行をツアーガイドのように引き連れて、また最高級の座席に座る。

 窓外の風景を見ながら、レイは簡単な地理を教えていってくれた。

 やはり当然のことだが、地球のアフリカ大陸とは違う。

「本当ならゆっくりと観光案内でもしてやりたいんだがなあ」

 駅ごとに特徴のある魔族領を、列車は進む。

 何のイベントも無くその日の到着予定地まで進むと、また宿を取る。

「ファンタジーって言うより、ただの移動だな、こりゃ」

 今村が気の抜けたことを言っていたが、魔族領でのイベントは何も無い。

 辺境まで行けば危険な魔物はまだいるし、駅の近くに迷宮があったりもするのだが、わざわざ寄る必要も無い。

 結局二日目はケツが痛くなるほど列車にのり、目標の街まで到着した。

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