第17話 さらばニホン

 ちょっとした騒ぎになると透は言った。

 ちょっとどころではない騒ぎになった。



 翌日探索者ギルドに赴いた一行は、ギルド前にたむろする取材陣にまず囲まれた。

 通してください、通してくださいと連呼してギルドに入った15人は、今度は探索者の大歓声で迎えられた。

 歓迎されているのは分かるが、もみくちゃにされるのは勘弁してほしい。

 ブルーメさんは「見所のあるやつだとは思っていたよ」と肩を叩き。

 メッシさんは「おめでとう」と控えめに祝福してくれた。



 テーブル上に乗せられた川島がキングヒュドラの魔結晶を掲げると驚嘆の声が上がった。

 また素材置き場でキングヒュドラの遺骸を出すと、そこでは嘆声が上がった。

「いや~、よくこんなのに勝てたな、お前ら」

 ブルーメさんは少し不思議そうに訊いてくる。それは確かに、レベル60オーバーのブルーメさんでさえ絶対に無理するなと言っていた相手だ。

「うちにはアタッカーがいるんすよ。しかも二人」

 今泉が光次郎と美幸を指差す。そんな装備で大丈夫か? と何度も言われた二人である。

「あれ? でも二人ともレベル60台だよね? ……ひょっとして隠蔽と偽装?」

 能力鑑定を持っていたメッシさんが暴露してくれたところに、二人は苦笑するばかりである。



 魔結晶と素材を売った金額は莫大なものになった。それこそ路銀など充分すぎるほどに稼げた。

 少なくともギルドにたむろしていた連中に奢っても全く問題にならない金額である。

 その日は馬鹿騒ぎをして過ごし、酔っ払って透の家に帰ってリーシャに怒られた。

 この世界、成人は15歳なのだが、ニホンは例外的に18歳まで酒は飲めないのである。







 次の日も朝から忙しかった。

 まず記者会見である。ネオイズモの公民館で、マスコミを集めた記者会見が行われた。

 探索者らしく、ということで皆小奇麗になった武器防具をわざわざ装備しているのだが、相変わらず光次郎と美幸の浮きっぷりがひどい。

 その美幸が代表して記者からの質問を受けることになった。当初は結城の予定だったが、さすがに本人が固辞したのである。

 ちなみに光次郎は打診さえされなかった。性格の問題だろう。

「皆さんお若いですが、やはり小さい頃から訓練されてたんですか?」

「私ともう一人はそうですが、他の13人は召喚されたときに力を貰いました」

「召喚……ですか?」

「はい、勇者召喚の魔法です」

 この答えに、今までとは違うざわめきが会場内を満たした。

「勇者召喚ですか? 神話に残っている?」

 問いかけた記者自身も戸惑っているのだろう。その質問に、美幸はしっかりと答えた。

「はい、勇者召喚です」

 そして付け足す。

「私たちはアセロア王国の勇者召喚によって21世紀の地球から連れてこられた、拉致被害者です」



 言ってしまった。

 言ってやったというドヤ顔の美幸に対して、一行は「そこまで言わなくても……」という表情を向けたりする。

 だがそれが真実だ。特に受験勉強に必死だった結城などは、うんうんと頷いている。

 光次郎も美幸と同じで本来の役目を果たしていないという罪悪感があるのだが、イリーナの言葉が残っている。

 呪いの解除。短命の呪いの解除だ。

 イリーナは、弱くなってもいいなら出来ると言っていた。もしそれが本当なら……。

 だが光次郎はそれを選ばない。たとえ地球に帰還する時にでも、それは選ばないだろう。それは一族に対する裏切りだからだ。



 記者会見は方向が少し変わっていた。

 単に大事を成した英雄を称えるというものではなく、アセロア王国の問題が出てきたからだ。

 既にアセロア王国は魔王の襲来、竜の鉄槌、魔王軍の侵攻で滅亡している。それはテレビのニュースでもやっていたので一行も知っている。

 顔見知りだった人々の安否を気遣う声もあった。拉致された召喚と言っても、その後の待遇は悪くなかったからだ。

 だが根本的なことは変わらない。アセロアは戦争のために勇者という名の犠牲者を拉致した。それが真実だ。

 そもそも勇者召喚自体が疑わしいと思われていたのだが、一応ニホンには白銀暦以前の記録がある。

 それには確かに、ネアースと地球の衝突という事実が書かれているのだ。

 神話に残る存在。それを目の前にしているのだと、記者たちは知った。



「しかし地球は1200年前に破壊されてしまったと記録にのこっていますが……」

「平行世界の地球だと説明されています。私たちの地球と、破壊された地球は違うものだと」

 記者の中にはメモを取っている者がいる。これは違う方面から今回の話を捉えているのかもしれない。

「ええ、話はそれてしまいましたが、皆さんは今後どうなさるのでしょうか? やはりニホンで探索者として活動を?」

 そういった理由であれば、ニホンの永住権も取れるのでは、と記者から言われたのだが。

「いえ、私たちは中央大陸に渡る予定です」

 美幸は断言した。

「そして4大迷宮を踏破し、神竜の力を借りて、地球に戻ります」

 決然と宣言した彼女を、カメラのライトが照らし出した。







 それからも忙しい日々は続いた。

 そもそも神竜、竜が実在の――そして現在もまだ存在するのかという番組が組まれたりもした。

 竜が存在すること自体は実際にアセロアが滅ぼされたことにより証明されたのだが。

 透の家には連日取材陣が詰め掛けた。結界により騒音は遮断されているが、迷惑なことには変わりない。

 変わらず優しくしてくれる透とリーシャには頭が上がらない。

 女子の場合は切実に必要なものをリーシャに頼んで買ってきてもらったりした。

 化粧品ではない。下着でもない。

 生理用品である。

 これこそまったくもって最大限の必需品である。

 ニホンの技術力で生産されたさらさらの生理用品を大量に買ってもらい、美幸の影収納に収めてもらう。

 冗談のような話だが、女子全員が一致して之だけは必要と力説した。



 テレビ番組への出演依頼もあったが、真面目な番組以外は全て断った。

 なぜ探索者がフードバトルに出場せんといかんのか。企画を出したやつを連れて来い。

 真面目な番組には結城と美幸に出演依頼が来るのだが、二人はもっと真面目な問題に取り組んでいるので暇がない。

 ニホン帝国政府との折衝である。

 幸いと言っていいのかどうかは分からないが、15人にはニホン国籍が認められた。

 これから他国に行っても、公式にニホン人として扱われる。出稼ぎの探索者とは一味違うという訳である。

 その間に光次郎はひたすら透にぶちのめされていた。

 もはや彼ほどになると、下手に魔物を倒すより、透に扱いてもらうほうがレベルアップへの早道なのである。



 3人を除いた一行は迷宮に潜り続けたが、さすがにレベルも上がりにくくなった。

 それでも技能のレベルを上げるためには実戦を重ねるのが一番なのだ。

 幸いにもブルーメさんやメッシさんの知り合いが付いてくれて、危険な探索行はまずない。

 だんだんと取材陣の数も減ってきたという時、とんでもない爆弾が投下された。

 天皇陛下からの晩餐への招待である。







「天皇陛下、いるんだ……」

 山本が思わず呟いたが、ニホン帝国のことを多少は調べていた美幸は当然のごとく頷いた。

「そりゃ帝国なんだからいるに決まってるでしょ」

 しかもこの系統、相当に長く続いている。

 確実に史実に残る限りでも、地球でおよそ1400年、ネアースで1200年。

 竜骨大陸の一番古いレムドリア帝国とイストリア王国で2200年の歴史を持つというのだから、それよりもさらに古い。

 そして古さ、伝統とは権威でもある。

 ニホン帝国はその海軍力もあり、世界中の国々と親交を結んでいる。

 唯一の例外が竜牙大陸の魔族領だったのだが、南方三国が事実上滅亡したため、今後は繊細な外交を展開しつつ、緊密な関係を構築することになるだろう。



 それはともかく宮中晩餐会のお誘いである。

 アセロアとは違い、天皇とはよりその権威を感じさせるものである。

 さすがに断るという選択肢はなく、皆がスーツとドレスを新調することになった。

 光次郎と美幸だけなら制服で通したのだが、さすがに他の皆と合わせることになった。

 男子はモーニング、女性はドレスと、格式ばった格好である。女性陣はきゃきゃい言いながら選んでいたが。



 当日は朝から緊張のし通しである。

 なんといっても天皇陛下である。地球と同じく権力はないが権威はある。下手をすれば社会的に抹殺される。

 不良メンバーとギャルメンバーには出来るだけ喋らないように言ってある。一応の作法やマナーも指導してもらった。

 いざ開戦、というぐらいの気持ちで挑んだ一行だったが、実際はそれほど緊張するものでもなかった。

 天皇陛下は穏やかさを感じさせる老人で、にこにことした笑顔で一行の前に現れた。

 食事の後、応接室で歓談が行われる。

 陛下は一行のこれまでの旅路と聞いて、心底から大変でしたね、とお声をかけてくださった。

 思わず泣いてしまった女子もいるのだが、それが誰かは秘密である。







 もみくちゃにされながらの一ヶ月が過ぎた頃、珍しく結城がキレた。

「いつになったら魔族領へ行けるんだ!」

 その絶叫に、思わず一同ははっとしてしまった。あまりに居心地がいいので、時間の流れるのを忘れていた。

 光次郎や美幸でさえそうなのだ。他の面子は言うまでもない。

「確かに、長居しすぎたわね……」

 反省した美幸は、その日のうちに、透へ辞去する話をした。

「そうか。確かに余計なことに時間を取られすぎたかもしれんな」

 透はその場でさらさらと各地の著名人に紹介状を書いた。

「それとパスポートだが、実はもう作ってある」

 透が用意してくれていたのは、15人分のパスポートであった。

 魔族領内はともかく、その他の国への出入りは審査があるのだが、これでほとんどの国は通過できるとのこと。

 最後まで透には頭の上がらない一行であった。



 出発の準備は一日で済んだ。

 元々魔族領もかなりの文明水準を持つということで、それほど必要なものが多くなかったためだ。

 勇者一行の4大迷宮踏破を追跡取材しようとする奇特な放送局もあったが、同行するのがそもそも無理であるというのでとりやめになった。

 そして出航の日、透の一家に見送られ、一行は船に乗った。

 順調に行けば、二度と会わない別れである。

 船が桟橋を離れるとき、思わず涙ぐむ者もいた。



「あのさ、もしもの話だけどさ、もしあたしたちが地球に帰れなかったりしたらさ……」

 池上が呟く。その内容は分かっている。

「ニホンで生活するのもいいかもね」

「そうだな。帰れなかったらな……」

 池上の言葉に、なんと今泉が賛同した。

「帰るよ、あたしは。絶対に帰る」

「そりゃあんたは婚約者いるんだもんね」

 断固とした美幸の言葉を、女性陣がまぜっかえす。



 その時だった。







「勇者一行、だね?」

 気配が突然背後に出現していた。

 砂色のフードを目深に被った女性だ。その気配のなさに思わず臨戦態勢を取る一行だが、女性は意に介しなかった。

 フードを脱ぎ、目の下までを隠したマスクを取る。

 褐色の肌、銀色の髪。

 そして何よりその尖った耳。

 ダークエルフだ。ニホンでさえ、エルフはともかくダークエルフは見なかった。

「ほとんどの人には初めまして。私は魔族領の……まあ、魔王の秘書などをしているレイ・ブラッドフォードだ」

 そこで光次郎は気付く。この気配、あの時の。

 魔王との戦いに水を入れた者だ。



 膨らんだ光次郎の殺気にも、レイと名乗った女はさほど注意を向けない。

「気をつけろ。この女、並じゃない」

 光次郎の警告に、レイは手を振って敵意の無さを示した。

「アセロアが完全に滅んだ今、君たちと戦うつもりはない。むしろ君たちを元の世界に帰すことが私たちの役割だ」

 神竜の方々の考えは分からない、と言いつつ、レイは苦笑している。

「神竜……イリーナの知り合いか?」

「ああ、彼女とも知り合いだし、レイアナとも知り合いだ。1200年前には一緒に戦った仲だからな」

 またここでも1200年前である。文字通り世界が一丸となって戦ったのだろう。

「それでも俺が、魔王と戦った事実はなくならないと思うんだが……」

「あの馬鹿は時々失敗するからな。今回のこともいい薬になっただろう」

 魔王相手にひどい言い様である。

 それともやはりあの魔王は、残念な魔王だったのだろうか。



「まあ、私が気に入らないというなら勝手についていくだけだが、私がいると便利だぞ? 肩書きとしては魔将軍だからな。魔族領ならどこにでも入れる」

 魔将軍。それは魔王の下で各地を支配する魔族に与えられる地位だ。

「え、でもその人レベル30しかない」

 池上はそう言うが、間違いなくそれは偽装と隠蔽の効果だ。

「私の仕事は主に諜報や妨害だからな。自分のステータスを自由に変えることは造作もない」

 そう言っている間にもステータスが変化していた。

「れ、れべる192……」

 思わず絶句する池上だが、光次郎はその程度想定済みだ。

「それに……うわ、技能が山ほどある……」

「長く生きてると、それなりの経験が積めるということだ。戦闘力に関してはあまり自信がないが、それでも足手まといにはならないつもりだよ」

「俺たちを、魔王のところまで連れて行くのが役割か?」

 あくまで慎重な姿勢を崩さない光次郎に対し、レイは肩をすくめた。

「いや、諸君が竜牙大陸の魔族領を出るまで案内する予定だ」

 嘘は言っていない。虚偽感知の魔法は発動しているが、それに反応は無い。

 そもそも透からも魔王には会うように言われているのだ。

 各自の表情を確認してから、光次郎は頷いた。

「分かった。同行してくれ」

 そう言うとレイは短く息を吐いた。

「そうか。じゃあそれほど長くはならないと思うが、楽しくやろう。イリーナやトールには及ばないが、頼りにしてくれ」

 こうして魔将軍レイ・ブラッドフォードが一行の旅路に加わった。

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