第16話 大蛇退治

 およそ一ヶ月の時間が経過した。

 一行は訓練と実戦で、レベルをおおよそ60代まで上げている。技能レベルも全員がメインとするものは5以上に上がった。

 路銀も着実に稼ぎ、武器や防具も新調したりした。そして先を見据えて、火に耐性のある魔法具を買おうかとも思ったのだが……。

「クソたけぇ……」

 店の前で、一行はうなだれていた。

 4大迷宮のうち最初に挑戦するのは火炎迷宮である。火に対する耐性は割りとメジャーなもので普通に売っているのだが、それでも値段が高い。

「しかもこの魔法具、性能が微妙だしな」

 光次郎は涼しい顔をしているが、彼と美幸はそもそも火に対する高い耐性を持っている。また魔法で熱を遮断することも出来るため、あまりその辺りは心配していなかったのだが。

「マグマの中に平気で入っていられるぐらいの火耐性はいるぞ。少なくともレベル7の耐性は必要だ」

「……マジっすか」

 透の言葉に光次郎と美幸も顔を引きつらせる。

「火の加護を持っている人間なら大丈夫だろうが、さすがに一人では攻略も無理だろう」

 別所は火の加護を持ってるが、彼女一人で攻略は確かに無理だろう。

 だが透の知識によると、わずかだが幸いな部分もある。

 火炎迷宮はひたすら熱いだけで、毒ガスなどは発生していないそうなのだ。

 それでも50層ある火炎迷宮を攻略するのは、レベル云々の話ではない。



 火炎迷宮を攻略すれば、暗黒迷宮はともかく、嵐の山脈と水の神殿はぐっと楽になる。

 なぜなら迷宮踏破のご褒美に、嵐の山脈と水の神殿を攻略するための技能なり魔法具なりをもらえばいいのだ。

 もちろん魔物はいるだろうが、そもそも挑戦できないということはなくなる。

 肝心の火炎迷宮が攻略出来ないというのが最大の問題なのだが。



 耐性を得るのは色々な手段があるが、やはり分かりやすいのは、それに属する環境に長くいることだろう。

 火の耐性なら火に焼かれることを繰り返す。または火属性の魔法を繰り返し受ける。そんな地獄を見てようやく、火に対する耐性が付く……かもしれないのだ。

「やはり魔王に頼んで、火耐性の宝珠を作ってもらうことだな。居所が分かるやつで一番近いのはあいつだし」

「宝珠……ですか?」

 美幸の知識にある宝珠は、イリーナからもらったドラゴンオーブだけだ。

「そうだ。使ったら火耐性の技能がもらえる。魔王ならレベル7までの宝珠は余裕で作れたと思うぞ」

 そこで少し透は遠い目になった。

「昔の仲間にな、そういうの作るの上手いやつがいたんだが……1200年前の大崩壊で死んじまったからなあ」

 またここでも1200年前の話である。どれだけこの世界に傷を残したのだろう。世界と世界の衝突というのは、ちょっと想像がつかない。







 さて、レベルが上がったらすべきことがある。

 それはこの大蛇の迷宮の攻略だ。

 既に25階までの攻略は済んでいる。そろそろ迷宮の主を倒さないと、光次郎と美幸のレベルが上がらない。

 他の13人の連携はかなり取れるようになってきた。全員が武器技能と魔法技能を持っているパーティーというのは、やはり弱点が少ない。

 斥候役も美幸だけでなく、谷口が出来るようになっていた。何かあれば加速で逃げてくればいいのだから、確かに適役である。

 ギルドでも見る目が違ってきた。最初は敵視していた人々も、ブルーメさんやメッシさんの話を聞いて、打ち解けるようになってきた。

 だが、あくまで一行にとってここは通過点に過ぎないのだ。

 地球へ帰る。そのためにはここで足を止めていてはいけない。

 透がキングヒュドラは暗黒迷宮では普通に出てくる魔物だと言ったことも関係ある。

 暗黒迷宮の攻略のためには、キングヒュドラを余裕で倒す必要がある。しかも、この15人でだ。



 相談したところ、透は難しい顔をした。

「二人でなら倒せるだろう。だが二人を除いた13人では無理だな」

 遠慮のない戦力判断に、一行はむっとする。光次郎と美幸におんぶに抱っこというのは、事実でもプライドを傷つけられるものだ。

「あんたなら、どうなんだ?」

 今泉が挑戦的に問うと、透は平然と答えた。

「キングヒュドラなら素手でも余裕だ。成竜で互角、武装が整えば古竜とも戦えるな」

 どの魔物とも戦ったことはないので、どれぐらいの強さか分からない。

「イリーナとではどちらが強いんすか?」

 土屋は今泉と同じく不良グループの一員だが、透に対しては丁寧に接している。

「人間形態のあいつとなら、俺が勝てる。ただ神竜形態になられたらどうにもならん」

 イリーナが本気で戦ったのを見たのは光次郎だけである。だがあれでも、あくまで人間としての本気だったということか。



「竜以外で一番強いのは誰なんです?」

 好奇心で今村が問うと、透はむむむと首を傾げた。

「元人間というくくりも入れていいなら暗黒竜だな。それを除いた場合、どんな武装を使ってもいいと条件いうなら大魔王だ」

 大魔王。

 魔王が一番強いと思っていたら、そんな存在までいるのか。

「大魔王なんているんですか? ちなみにどんな戦い方を?」

 光次郎も興味はある。この目の前の男に勝てないと言わせるほどの実力者が、はたしてどういう存在なのか。

「武器と魔法だけなら互角なんだろうが、あいつロボットに乗ってくるからな。目的のためには手段を選ばないやつだ」

「ロボット……」

 また山本がファンタジーとの乖離に頭を悩ましている。

「やっぱり魔族が強いんですか……」

 川島がちょっと悔しそうに言うと、透はいや、と軽く否定した。

「大魔王は不老不死だが人間だぞ。二代目の勇者が魔王を倒した後に魔王になって、その後各大陸に魔王を配置したんだ」



 ちょっとした衝撃だった。

「勇者が魔王になったんですか?」

 それは珍しい展開だと今村は思った。勇者が裏切りにあい復讐を決意するという物語は良く読んだが、勇者が魔王になれるものなのか。

「今ではそうでもないが、あの頃の魔族の価値観では、強い者が偉い、というものだったからな。その意味では確かにあいつは強かったし、俺には出来ないことをやったからな。世界史で一番偉い人間は多分あいつだ」

 魔族にも色々あり、勇者にも色々あるということか。

 透はこれを、魔族の文明化と言った。

「不思議なもので文明が発達するにつれ、多産なはずのゴブリンやオーク、獣人も出生率が下がっていった。地球ではあった人口爆発の問題は起こっていない」

 それは確かに不思議なことだが、多分神竜が何かをしたのだろう。特に暗黒竜が。



 少し話がそれたが、結城が元に戻す。

「こちらの世界に来てもう2ヶ月は過ぎました。早く元の世界に戻りたいんです。受験勉強とかもあるし……」

「受験か。懐かしい言葉を聞いたな」

 透は遠い目をした。それでも頷くと、よし分かった、と膝を叩いた。

「俺が同行してやろう。戦闘には加わらないが、危ないところは助けてやる」

 イリーナ並みの戦力が一行に加わった瞬間であった。







 充分な食料を整え、野営の準備もしっかりとし、一行は迷宮へ潜るわけだが……。

 透はラフなTシャツにジーンズという格好である。ちょっとその辺に散歩、といった出で立ちだ。

「そんな装備で大丈夫ですか?」

 思わず谷口が突っ込み、それで初めて透は気が付いたように頷いた。

「大丈夫だ。問題ない」

 そう言った瞬間、彼の全身は黒い板金鎧に覆われていた。

 背中にはイリーナが使っていたような大剣を背負っている。

「盾は使わないんですか?」

 ちょっと唖然としながらも今村が問うと、透は大きく頷いた。

「盾はなあ、まあ人間レベルの戦いでなら有効なんだが、俺たちのレベルになると魔法や闘気の鎧をまとうから、必要ないんだ。魔法の盾なら効果はあるが、それでもなあ」

 むしろ盾は後衛の魔法使いを守るためにあるのだという。



 戦士が前衛、魔法使いが後衛、透が殿という編成で、一行は迷宮に突入した。

 基本的に敵には13人で対応する。指示を出すのは主に結城だ。時折難しい敵が出てきた時には美幸が注意を促す。

 途中で休息をはさみつつ、一行はどんどんと進んでいく。やがて野営の時間になる。

 光次郎が風呂魔法を使うのを見て、透が驚いていた。

「なるほど、こうか」

 だが一度見ただけで同じ風呂魔法を発動させる。戦士にしか見えないのに、魔法も高レベルで使えるということだ。

 それはまあ、光次郎と美幸も同じであるのだが。



 移動して休息して食べて眠って、一週間が経過した。

 一行はついに、迷宮の最奥30層に到達したのだ。

 その30層には広大な空間が一つあるだけ。そしてその奥には巨大な水溜りがある。

 そこから首を出して、キングヒュドラは眠っていた。

 いや、眠っているのは半分だけで、残りの頭は既にこちらに気付いている。

 既に作戦は決まっている。援護魔法をかけて光次郎と美幸が接近戦。

 他の皆は魔法で援護。隙があったら攻撃という形だが、基本は命を大事に、だ。

「うんとね。レベルは150。気をつけるのは酸と火のブレスを吐くこと。あと首を切断しても、数分もしたら生え変わるんだって。きしょいね」

 池上が鑑定をして、こちらも補助魔法をかけ終わる。

「よっしゃ、行くか」

 刀を手に、光次郎と美幸は駆け出した。







 先制して、光次郎の刀が一本の首を切断した。

 美幸の刀はそこまでいかず、それでも半ばまでは断ち切ったのだが。

「うわ、再生早い」

 谷口が言うように、じゅくじゅくと傷が再生している。

「ほら、今の内に切断された首を炎で焼く」

「はい!」

 透に言われて別所をはじめとした火魔法の使える面々が、ヒュドラの切断面を焼いていく。

「次!」

 光次郎は2本目の首を切断した。速い。慌てて魔法使い陣が切断面を焼いていく。



 ヒュドラは首が多くあるので、他の13人にも攻撃をかけてくる。酸のブレス、火のブレスと、池上の水壁や今村の土壁がそれを防ぐ。

 首自身の攻撃は、土屋と梅谷の大盾コンビが防ぐ。そこを滝川の槍が貫く。

「あたしの貫通とはあんまり相性がよくないね。すぐに再生する」

 それは土屋の破壊も同じだ。だが池上の能力鑑定で、HP自体は減っていると分かる。

「少しずつでもダメージ与えてるよ。皆頑張って!」



 時折前衛の攻撃陣がダメージを受けるが、米原の治癒魔法ですぐに復帰する。

 ささやかな攻撃が徐々にヒュドラの生命力を削り、時に大きく光次郎の切断で首を減らす。

 美幸は刀での攻撃を諦め、影を使ってヒュドラの動きを拘束する。

 光次郎の攻撃がより当たりやすいようにするのだ。また味方への攻撃も減らせる。

 やがて一際大きな首が一本残り、一口に飲まんと光次郎に襲い掛かる。

「遅い!」

 軽々とその攻撃をかわした光次郎は、刀を一閃し、最後の首を叩き切った。







 地面に身を横たえたヒュドラは。もう動かない。完全に息絶えている。

 多少のダメージは貰ったが、まず完勝と言うべき結果だった。

 光次郎が切断でヒュドラの皮を切っていくと、輝くような赤い石が現れた。

「魔石……いや、魔結晶か」

「迷宮の高レベルの魔物は、だいたい魔石じゃなく魔結晶を持っている。さすがはキングヒュドラ、かなりの価値だな」

 透の説明に、光次郎は魔結晶を高々と掲げた。

「意外と楽だったな」

「それじゃあ遺骸も素材になるだろうし、持っていくね」

 ふらふらと揺れながらも、川島が切断された首と本体を収納する。

「あ~帰るのもしんどいなあ」

 レベルアップ酔いが14人を苦しめる。そう、光次郎はともかく、美幸までレベルアップ酔いになったのだ。

 これからまた往路と同じ道を帰るのだ。まずしばらくは休息しなければいけないだろうが。

「心配するな。帰るのは一瞬だ」

 そう言った透はどこからともなく一つの石を取り出した。

「これは消費型の転移石だ。一度だけ指定された場所に帰還できる。まあうちの庭なんだけどな」

 そう言って透は転移石を使った。既に見慣れた透の屋敷の庭に、一行は転移していた。



「さて、それじゃあこれからギルドに行くか」

「ちょ、ちょっと待って……」

 レベルアップ酔いで立ち上がれない女子から懇願され、透は足を止めた。

「ふむ。じゃあギルドへの報告だけはしておこう。魔結晶や素材は、明日にでも持っていけばいい」

 ちょっとした騒ぎになるぞ、と言い置いて透はギルドに向かった。



「あ~、やったなあ」

 谷口が呟く。頭がぐらぐらするが、それを上回る達成感がある。

「だいたい黒沢と赤木のおかげだけど、それでもやったよな、俺たち」

 今村も同意する。

「あ、俺ステータス見たら技能に酸耐性と火耐性がついてる」

 川島の言葉に全員が確認すると、確かにレベル1の耐性がついていた。

「なんでだ?」

「そりゃ、火のブレスとか酸のブレスとか防いでたからじゃね?」

「ちなみにあたしの治癒魔法も上がってるよん」

「技能的には、やっぱりあたしが一番かな」

 そういう水野の祝福は技能経験値倍化なので、やはり成長しやすいのだろう。

 ちなみに全員の称号に「大蛇殺し」というのが追加されていた。



 庭に寝転がっているところをお手伝いさんに発見され、一行は順番に風呂に入っていった。

 敷かれた布団に寝転がっている間に、いつの間にか全員が寝息を立てていた。

 それは光次郎と美幸も同じであった。

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