第14話 勇者
翌朝、勇者一行15人は、再び迷宮へと入っていった。
とりあえず本日の目標は5階。地図もちゃんと買ってある。罠もないそうだし、油断しなければ大丈夫だろう。
兵隊の詰めている間を過ぎて、迷宮の探索を開始する。先頭を美幸、殿を光次郎という陣形は変わらない。
爬虫類メインの敵を倒して、魔石を回収していく。主に戦うのは13人で、美幸と光次郎は突然の敵に備える。
「おし、レベル上がった」
谷口が嬉しそうに言う。彼以外も順調にレベルは上がっている。この迷宮はレベル的にちょううどいい強さの魔物が多い。
昼食を摂る間も見張りを立てる。なかなか探索者らしくなってきた一行である。
何度か魔物の攻撃を受けたが、防具で防げる程度のものだ。美幸と光次郎がフォローして、すぐに片付けていく。
「いって~、米原、頼むわ」
これまで鉄壁の護衛によって守られてきたが、ここまできて治癒魔法使いの米原はようやく活躍の場を得た。
光次郎と美幸ももちろん治癒魔法は使える。というか二人の場合使えない魔法の方が少ないぐらいなのだが、餅は餅屋である。
「やたっ、技能レベル上がった」
これまであまり使っていなかった治癒魔法である。これから先は重要になるだろう。
最短のルートで一行は進む。2階はやはり爬虫類系の敵が多いが、微妙に敵のレベルも上がっている。
「経験値、経験値」
谷口などは嬉々としてそれに向かっている。他のメンバーも、さすがに慣れてきたようだ。時々池上や米原、別所のギャルメンバーがキャーキャーうるさいが、それでもちゃんと応戦している。
池上は氷結弾などで遠隔攻撃。米原は間合いの遠い槍を使っている。別所は意外と過激で、火魔法で広範囲を攻撃している。
「よっしゃ! レベルアップ!」
「あたしも上がった!」
15人もいれば誰かしらはどんどん上がっていくもので、正直光次郎と美幸は寂しい。レベル差がありすぎて、マトモに経験値が入らないのだ。
3階、4階と進んでいく。5階まで来ると、敵も強くなる。
パンフレットにも書いてあった、石化能力を持つバジリスクなどといった敵も出てくる。これは危険なので美幸が先に一人でしとめた。
「じゃあ今日はここで休むか」
光次郎が風呂魔法を使い、女子の皆さんが先に入っていく。男子は見張りだ。覗こうなどと考えるやつはいない。美幸が怖い。
「つーか、風呂に入るのももう少し分けた方がいいな。こんなところで襲われたら、半分は戦力にならないぞ」
「3人、4人、4人、4人ぐらいかな?」
「そうだな、それがいいだろ」
女子の皆さんが上がってきたところでそれを説明し、男子は4人が先に入る。
料理の得意な山本が指揮を執り調理を行う。カロリーメイトのような携帯食もあるのだが、そちらはあまりに味気ない。
全員が風呂上り状態で夕食。そして就寝となるのだが、見張り番は5人ずつの3交代だ。光次郎と美幸のいる番はいいのだが、他の5人で組む番はちょっと危険だ。これもイリーナがいてくれれば、というところである。
一家に一人イリーナちゃん。真剣にほしいところだ。
翌朝、と言っても迷宮の中なので時間感覚は曖昧なのだが、光次郎と美幸は早起きして、型稽古をする。レベルが上がらない以上、地味に訓練して技量を上げていくしかない。
むしろこちらの世界のシステムに慣れたら、地球に戻ったときに弱くなっているかもしれない。
朝食の場で、光次郎が発言する。
「臨時雇いでもいいから、あと一人ほしいな。隠密性に優れた敵に襲われた場合、お前ら気付かないだろ」
「ああ、俺らは戦闘に特化してるからな」
意外と言えば失礼かもしれないが、今泉は気付いていたらしい。
「でも報酬の割り当てとか、考えること難しいんじゃない? この迷宮では人間って嫌われてるみたいだしさ」
山本も真面目に考えていてくれたらしい。だがいい案までは出てないようだ。
「ギルドの人とかブルーメさんに相談してみようか。そういうの斡旋してくれるかもしれないし」
結城がまとめて、とりあえず一行は二度目の探索行から戻るのだった。
「というわけで、そういうのに向いた人、誰か余ってませんかね?」
帰還早々、光次郎は相談窓口にやってきた。窓口のお姉さんはコボルトだ。なんだか和む。
「ええと、皆さんは15人でパーティーを組んできたんですよね? それで斥候役のような人がもう一人ほしいと」
「斥候というか、襲い掛かってくる魔物を、先んじて察知してくれる人がほしいんですよ。俺たちは戦闘力はあるけど、そういうのに鈍いので」
「難しいですね……そういった探索者はもちろんいるんですけど、斥候は普通パーティーに所属していますし、この迷宮だと人間と組みたいという人は少ないかと……」
目の前のコボルトさんなんかも、五感は人間をはるかに超えるだろう。だがそういった獣人や魔族は人間とは組まないということか。
「一応そういう条件で募集することは出来ますが……あまり期待出来ませんね。報酬を多めに貰うという条件で参加してくれる人はいますが、それでも皆さん人間ですし……」
なんと恐ろしい逆差別。脆弱な人間は、探索者世界ではヒエラルキーの底辺に属するというのか。
仕方ない、ブルーメさんにでも話してみようと光次郎が振り向いたところ。
男がいた。
この至近距離で、全く光次郎に気付かれることなく、その巨漢は立っていた。見た目はまさに日本人だが、その巨体はオーガにも匹敵するだろう。
「待たせてすまんな」
待つも何も、初対面のはずである。一行で一番背の高い土屋より、さらに頭一つ分背の高い、筋肉の分厚い巨漢である。一度会ったら忘れようがない。
「あの、どこかでお会いしましたっけ?」
思わず敬語の光次郎である。目の前の男、おそらく自分より強い。イリーナのような訳の分からない強さではなく、純粋に姿勢を見るだけでも分かる。
「イリーナから話は聞いている。ついて来い」
「イリーナから?」
背中を向ける男に、一行は付いて行く。とりあえずイリーナの名前が出たということは、敵ではないのだろう。
ギルドを出たところで、光次郎は尋ねる。
「あの、ひょっとしてあなたも神竜ですか?」
ぐるりと振り返った男は笑っていた。
「面白いことを言うな、お前は」
にっかり笑うと本当に男くさい。
「神竜は全員女だ。というか、竜は全部が雌なんだ」
「え? それって繁殖はどうするんですか?」
結城が知的好奇心から尋ねる。
「子供を作るときだけは、どちらかが男の肉体になるんだ。地球にもそういう生き物はいただろう」
地球、と男は言った。つまりそれは一行が地球から来たということを知っているということで。
「すると、あなたは何者なんです?」
光次郎は警戒を解いていない。目の前の男は、明らかに武術の心得がある。それも相当に高いレベルで。
「そういえば名乗っていなかったな。俺は透。袴田透」
そして付け加えるように、簡潔に言った。
「3200年前にお前たちとは違う地球から召喚された勇者だよ」
大通りから一つだけ角を曲がり数分歩いたところに、広大な日本風の屋敷があった。
透はそこに入っていく。敷居の高い建物だが、光次郎と美幸はこういう屋敷には慣れている。
「帰ったぞ」
「お帰りなさい」
ぱたぱたと奥からやってきたのは、着物姿の金髪エルフだった。
「あら、随分と多いお客さんですね」
「ああ、お茶の準備を頼む」
「はい、分かりました」
ぱたぱたと奥に去っていく金髪エルフさんの後姿を、一行はずっと見ていた。
「ファンタジーじゃない……」
相変わらず山本が今更のことを呟いていた。
「あの、今のエルフさんは?」
「ああ、妻のリーシャだ」
「異世界リア充爆発しろ!」
谷口と今村の叫びが重なった。
一行は和風の応接間に通された。
透が畳敷きの床に座ると、卓を囲むように皆も座った。
「さて、何から話したものかな」
腕を組んだ透は悩んでいる。
「あの、俺たちとは違う地球から召喚されたって聞きましたけど……」
気になっていたのはそこだ。今村が問う。ライトノベルに多い、平行世界ということなのだろうか。
「ああ、それから話そうか。異世界には、地球がたくさんある。その中の一つから勇者を召喚するのが、元の術式だった」
「やっぱり平行世界ですか……」
「そうだ。この世界に勇者を召喚すると、なぜか21世紀の地球から召喚されたんだ。理由は知らんが、神竜にでも聞いたら分かるだろう」
透は本当に関心がないようで、用意されていた柿ピーに手を伸ばす。
「3200年前って……帰りたくはなかったんですか?」
思わず口に出す光次郎は帰りたい。いや、帰らなければいけない。
「少しはあったが、もう帰りようもないしな」
「なぜです? イリーナは神竜の力を借りれば帰れると言ってましたけど」
「それは、お前たちの地球だな。俺の住んでいた地球は、1200年前に滅亡した」
1200年前。
良くキーワードで出てくる。1200年前に何があったのか。
「1200年前に、何が起こったんですか?」
タイミングよく運ばれてきたお茶に口をつけ、透は言った。
「地球が……この場合は俺の住んでいた地球が、破壊された」
静かな表情で透は告げる。
「だからもう、帰るところはないんだよ」
地球が破壊された。それは平行世界の地球だというが、それでも地球だ。
「なぜ……」
思わず洩れた光次郎の言葉に、透はどこか悲しげに答えた。
「勇者は必ず地球から召喚される。つまり、この世界と地球は近い関係にあった。それが近づきすぎて、どちらかを破壊しなければいけなくなった。そして惑星を破壊するような力は、神竜しか持っていなかった」
だから暗黒竜バルスがその身と引き換えに地球を消滅させたのだという。
「もう一度同じことが起これば、今度は俺たちの地球が破壊されるということですか?」
「理論上はそうだが、数万年か数億年のスパンの話だと言っていたぞ。とりあえずは心配要らないだろう」
「それも神竜がですか?」
「そうだ。彼女たちは惑星とほぼ同じスパンの寿命を持っている。それに自分でも知らないはずのことを……星の記憶を知っている。だから、言ってることに間違いはないはずだ」
「でもあなたが召喚されたのも、21世紀の地球なんでしょう? こちらが数万年、数億年経過する間に、向こうではほとんど時間が経っていない可能性もあるのでは?」
その疑問に、透は意表を突かれたようだ。
「そうだな、気にしていなかったが、それも神竜に聞いてみろ。たとえそうだとしても、今度はもっと多い数が助けられるはずだ」
「今度?」
「前回の大崩壊……1200年前の世界と世界の接触は、事前準備が足らなかった。だから数百万単位でしか、地球の人間をこちらに移住させることしか出来なかった」
70億の人間を見殺しにした、と静かな声で透は言った。
「ひょっとしてこのニホン、その移住してきた人たちの子孫なんですか?」
「そうだ。21世紀の日本っぽさがあるだろ? だから俺はこの国に住んでるんだけどな」
既に22世紀レベルの技術もありそうなのだが、段々と変化していった国の様子は、やはり日本を感じさせるのだろう。
「次に、お前たちが帰るための方法だが、正直今のレベルでは、厳しいな」
透が言うには、竜骨大陸の4大迷宮は、攻略の難易度が極めて高いらしい。
火炎迷宮と嵐の山脈は一度も踏破されたことはなく、水の神殿も一度だけ。暗黒迷宮は何度か攻略されているが、敵のレベル自体はそこが一番高いという。
なぜ敵の弱い他の迷宮の踏破回数が少ないかというと、そもそも火炎迷宮、水の神殿、嵐の山脈の三つは潜ること自体が難しいそうだ。
火炎迷宮は中層以降はマグマの流れる道があり、水の神殿は最奥が数千メートルの水中にあり、嵐の山脈も奥は常時巨大台風レベルの風が吹いている。
むしろどうやって水の神殿を踏破したのか疑問だが、1200年前に勇者とハイエルフが、当時大陸有数のパーティーと組んで攻略したそうな。
「イリーナは自分が大丈夫だからお前たちも鍛えれば大丈夫と思ったんだろうが……そもそもそんな場所を踏破する祝福も技能も、普通の人間は持ってないからな。鍛えるにも限度がある」
トールの言うとおりである。実は別所が地味に『火の加護』の祝福を持っているのだが、それだけでは足りないだろう。
「一応勇者として召喚されたんだから、本来なら踏破するための実力も身に付くと思うんだが……」
透は全員の顔をゆっくりと見回し、深く溜め息をついた。
「弱いなあ、お前ら」
そのお前ら、の中には光次郎と美幸も入っていた。おそらく一瞬で鑑定……いや、看破を使ったのだろう。
「そっちの二人だけなら、俺が何年かつきっきりで見てやればなんとかなるかもしれないが、そうすると今度は人数が足りないしな」
困ったもんだ、と透は首を傾げるが、本当に困っているのは勇者一行である。
まあ、それはそれとして。
「レベルや技能自体の問題もあるが、役割分担も歪だ」
透が言うに、普通のパーティーはもっと役割分担がしっかりしているという。
前衛に盾役とアタッカー。後衛には魔法使い。それに斥候と、もう一人魔法使いがいれば5人ぐらいで丁度いい。
おおよそのパーティーは戦士と斥候を中心に、魔法使いが一人いればマシだそうな。
だがこのメンバーには肝心の斥候を専門に務める者がいない。美幸が主に行っているが、彼女は本来魔法も使う戦士だ。魔法使いが余っているのはいいが、やはり専門の斥候は必要だ。
「とりあえず、心当たりがあるので紹介してやろう。この迷宮に潜る間に、向いてるやつは技能を身に付けられるだろう」
それはありがたい。
「週に五日ほど迷宮に潜って、残りの二日で郊外の探索者養成学校に行って勉強しろ。寝る場所はうちを使っていいぞ」
本当にありがたい。一同は深々と頭を下げたのだった。
翌日、一人のコボルトさんを紹介された。
「メッシです。どうぞよろしく」
犬獣人であるコボルトは色んな外見の者がいるが、彼はシェパードのような顔をしている。肉球に触れてみたい。
犬なら確かに五感に優れているだろう。もっとも、彼と同じようなことは人間には出来ないだろうが。
15人が挨拶していくが、残念ながら彼にはあまり人間の顔の区別がつかないそうだ。確かにシェパード系の犬獣人を紹介されたら、こちらも区別がつかないかもしれない。
「メッシは戦闘力はあまりないが、斥候や見張りにはもってこいの人材だ。よく教えてもらえよ」
頭を下げる一行に対し、メッシは少し照れたような動作をした。
「メッシさんはどうして探索者をしてるんですか?」
迷宮までの道中、川島がそうやって話題を振る。
「う~ん、僕の先祖ね、元は大陸に住んでたんだよ」
ぴこぴこ耳を動かしながら、メッシは答えた。癒される。
「でも魔王継承戦争の時に、戦乱に巻き込まれてニホンへ来たんだ。けれどやっぱりニホンって、差別こそないものの人間主体の社会でしょ。今も実は難民扱いだし。だからお金をためて、魔族領に移住したいんだ」
そして稼ぐためにもってこいの職業といえば探索者だろう。幸いコボルトの彼は生来の五感を持っているため、斥候としては優秀なのだ。
いつもはちゃんとパーティーを組んで潜っているのだが、丁度他のメンバーが休暇を取ることもあり、特別に透に頼まれ頭割りで参加してくれるそうな。
聞くだけだと日本に出稼ぎに来る外国人のようにも思える。あのギルドにたむろしていたオークやゴブリンも、そういう事情があるのだろうか。
「魔族領って物価とか安いんですか?」
「安いよ~。だからニホンで稼いで魔族領で過ごすっていうのが、魔族の夢見るライフスタイルだね」
メッシはそのまま迷宮に向かわず、ギルドの建物に立ち寄った。
設置されている端末に、ぴょこりと椅子に飛び乗って触れる。
「えと、これは何をしてるんですか?」
川島がかぶりつきで質問している。そういえばこいつは犬好きだった。犬と話せたらなあ……と呟いていたのを光次郎は知っている。
「魔物の中でも、素材になるようなものを募集してたりするんだよ。魔石だけでなく、素材も適度に採集するのが稼ぐコツだね」
「メッシさん、実は俺、宝物庫の祝福持ってるんです」
メッシの耳に囁くように川島が言う。
メッシは口を閉じた。驚いているのだろう。
「それは……嬉しいね」
犬の笑顔というのも複雑なものだが、確かに彼は笑ったようだ。
「じゃあ行こうか。一気に稼ぎたいね。ところで……」
メッシは光次郎と美幸を見て、お約束のように言った。
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
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