第13話 親切なオークさん
リニアモーターカーでわずか30分。ネオイズモの駅は木材を中心に作られた、ネオハカタに比べると古臭く見える駅だった。
だがこれはわざと時代の古さを演出しているのだと、駅員のオーガさんが牙をむき出して教えてくれた。
駅を出ると唐突に、江戸時代のような街並みが見えてくる。地球で見られる日本家屋が多い。
それでいて歩道があり、道路も舗装されている。また店で売られているものに電化製品があったりして、これじゃない感が強い。
「なんなのこの国……」
山本が呻いている。彼女は真面目だが、ちょっと精神の柔軟さが足りない。
「とりあえず迷宮ギルドに行こうか。バスで10分だし」
乗客は、多くがここを目的としていた観光客と、迷宮目当ての探索者らしい。一行はそれに流されるようにバス待機所に進んでいく。
迷宮までのバスは満車だった。ゴブリンやオークなどとすし詰めになり、ギルド前のバス停に止まる。
なぜかウエスタン調のギルドに到着する。酒場と食堂が併設されていて、そこに武装した探索者が集まっているのが、ようやくファンタジーっぽさを演出してくれる。
しかし探索者らしき者たちが、ゴブリンとオーク、獣人の種族に集中しているのはなぜだろう。
「人間だぜ」「おいおい、人間がここに来るのかよ」「珍しいな」
そんな呟きに正直、踏み込んでいくのに躊躇いを覚える。
それでも光次郎が先頭に立つと、皆も恐々とながら建物に入る。
正面の受付は銀行のようなスペースになっていて、登録と書いたスペースでは、猫獣人のお姉さんが迎えてくれた。耳だけでなく、全体が猫っぽいのだ。
「いらっしゃいませ」
「あの、登録をしたいんですけど、ここでいいんですよね?」
後ろで今村が「語尾にニャがついてない……」と失望していた。
「はい、こちらで登録をおこなっております。皆さん、他のギルドでの登録証はお持ちですか?」
「外国の登録証は持ってるんですけど」
「拝見できますか?」
「はい」
アセロアの登録証を見た瞬間、猫獣人のお姉さんの動きが止まった。
しかしそれは数秒、元の朗らかな顔に戻る。微妙に引きつっていたかもしれないが。
「申し訳ありませんが、こちらの登録証とは互換性がありません。新規の登録となりますがよろしいでしょうか?」
「お金とかかかります?」
「新規は無料ですが、もしなくされた場合など、再発行に200円がかかります」
「じゃあ新規で」
「それではこちらの紙にご記入した上で、もう一度お越しください」
「あ、後ろのやつらも一緒なんで、あと14枚もらえます?」
「はい、どうぞ」
渡された紙はアセロアの王宮で使われていたような上質のものだった。しかし名前はともかく、住所や電話番号など記入のしようがない。
「あの、こっちにきたばかりで住所も電話番号もないんですけど」
「構いませんよ。名前だけお願いします」
レンタルビデオのカードを作るよりもあっさりと、登録証は作られるらしい。だがさすがに一気に15人分は多いらしく、お姉さんはキーボードのようなものをぽちぽちと叩いている。
そのわずかな時間に、ことは起こった。
「よう、兄ちゃん。見かけない顔だが、どっから来たんだ?」
鎧を着た雄大な体格のオークが問いかけてくる。絡んできたという風ではない。本当に、ただ訊いてきただけのようだ。
「アセロア王国です」
だが光次郎が答えた瞬間、傍観していた探索者たちが沸き立った。
「アセロアだと!」「ふざけんな! アセロアの人間がここに来るんじゃねえ!」「ぶっ殺されたいのか!」
いきなりの敵意に慌てる一同だが、目の前のオークは座った目をしながらも、冷静に言ってくる。
「兄ちゃん、悪いことは言わねえ。後ろから斬られねえうちに、街を出な」
「ええと、俺たちはアセロアで探索者をしてたんですけど、出身は日本なんですよ。どうしてそこまで恨まれてるんですかね?」
その言葉に、空間を満たしていた殺気がある程度薄れる。
「なんだ兄ちゃん、ニホン出身か」
「はい、日本出身です」
「じゃあアセロアが俺たち魔族にどんだけひどい国か、分かってるんじゃないのか」
「ええまあ」
アセロアは人間至上主義の国。むしろ魔王に支配されたほうがいいとまでイリーナは言っていた。
「まあ、そういうこった。ここにいる魔族はアセロアから逃げてきたやつも多い。ニホン人はともかく、大陸の人間には深い恨みを持っているやつも多いのさ」
なるほど、光次郎は納得した。
「魔族領には行かなかったんですか?」
「魔族領でも良かったんだろうが、なにしろニホンは迷宮が多いからな。ここで稼いで魔族領に移住するってのが、ニホンの魔族の一般例だな」
ニホンは物価も高いしな、とオークは世知辛いことを言った。完全に帰化するのも難しいらしい。基本的に探索者では永住許可が下りないそうだ。それにかなり長い期間、継続して税金を納めた実績も必要になるそうな。
「ニホンには迷宮が多いんですか?」
「なんだ兄ちゃん、何も知らないんだな」
「はあ、実はアセロアが戦争になりそうなので、ニホンに逃げてきたんです」
「よっしゃ、俺が色々教えてやろう。まあ立ったまんまもなんだから、こっち来て座れや」
実は面倒見の良さそうなオークさんである。丁度登録証も作り終わったところなので、15人はぞろぞろとテーブルを二つ占領する。
ちなみに登録証はプラスチック製だった。割れないように注意しなければいけない。
「まずニホンってのは、世界でも有数の豊かな国だ。これは分かってるな?」
「そうですね。見た限りでは……」
「それを支えているのが、優秀な魔法技術と科学技術、そして産出される魔石だ」
魔石、魔結晶、さらにはそれを精錬した魔核はようするに、機械を動かす燃料である。
「その魔石を生み出す迷宮が7つ、このニホン諸島にはある。それだけ魔石が取れるということだ」
元の地球に当てはめてみれば、原油が豊富に産出されるということなのだろうか。
「迷宮の難易度はそれぞれ違う。自分に合った難易度の迷宮を選べるから、ニホンは探索者に向いてるってことだ」
「ちなみにこの迷宮の特徴はなんですか?」
「お前ら、ほんと何も知らないんだな……。本当に大丈夫か? この大蛇の迷宮の特徴は、罠が少ないことと敵が強いこと。あと構造も単純だ。だから火力に偏ったパーティーには人気がある」
パンフレットにはそこまで書いていなかった。オークさんの話は本当にためになる。
「ちなみにレベルはどれぐらいだ? あんまり低いようだと、他の迷宮に潜ったほうがいいぞ」
「平均50ぐらいですかね」
ぱっくりとオークさんは口を開けた。おそらく驚いているのだろう。
「まだ若そうに見えるが……50か。それならまあ、迷宮の主にでも挑まない限りは大丈夫か。ちょっと鑑定してみていいか? アドバイスしてやれるかもしれん」
「あ、どうぞ」
オークさんは鑑定まで使えるらしい。
詠唱をしたオークさんは15人を眺めていき、ふむ、と息を吐いた。
「前衛の戦士に魔法使いの人数も多い。慢心しなければ29階まで行けそうだな」
「30階以降は無理ですか?」
「30階は迷宮の主の部屋だ。レベル50じゃ歯が立たないな」
「倒せるものなら倒してしまってもいいんですか?」
その問いかけにオークさんは意表を突かれたようだ。
「まあ、出来るならやってみてもいいんじゃないか? 魔素が溜まっているわけだから、そのうち復活するだろうし」
復活するのか。それはアセロアにあった迷宮とは違う点である。
「それじゃあ路銀も少なくなってきたし、さっそく潜ってみるか。オークさん、色々ありがとうございます」
「ちょっと待て。今から潜るつもりか?」
「ええ、正直な話、今日の宿代がぎりぎり出せるかというくらいですので」
「装備は? まさかそのまま潜る気じゃないだろうな?」
「はい、ちゃんと準備しています、食料もありますし」
「地図は買ったか? 高いけど、かなり重要だぞ」
「とりあえずは一階だけを巡って、さしあたっての金を稼ぐつもりだったんですけど」
オークさんは眉根を寄せて考え込む。
「お前たち、レベルの割には迷宮に慣れてないな」
確かに迷宮は一つしか経験していない。それにアセロアの迷宮では、イリーナという規格外の戦力が守ってくれていた。
「分かった。俺が一度案内してやろう」
なんとオークさんはそんなことを仰った。
「おいおい、またブルーメのお人よしが始まったよ」
片隅で好意的な笑いが起こる。
そういえば聞いていなかったが、このオークさんはブルーメという名前らしい。
「魔石の報酬は頭割り。それでどうだ?」
光次郎は他の面々に確認するが、特に異論は出ない。
オークさん――ブルーメの種族に対しても、嫌悪感はないようだ。実際鎧を着込んだブルーメは、身奇麗なものである。体格はゴツいが。
「それじゃあブルーメさん、お願い出来ますか?」
「よし、では行くか」
大斧と盾を手に、ブルーメは立ち上がった。
「あ、装備を整えてくるのでちょっと待ってください」
ブルーメは少しこけた。
迷宮ギルドから徒歩で5分、山の麓に迷宮の入り口はあった。
その傍には兵隊が何名か駐在している。武器はなんと銃である。
受付で登録証を確認し、一行はぽっかりと開いた洞窟へ足を踏み入れた。
しばらく階段を降りると、ここにも兵隊がかなり詰めている部屋があった。万一魔物があふれた時のための備えだという。
「銃を使ってるんですね」
谷口が問う。かつてケインは否定していたが、やはり銃は有効な武器らしい。
「ああ、防衛戦では有利な武器だからな」
「探索者で銃を使う人はいないんですか?」
「まずいないな。一般人にはなかなか所持の許可が下りないし、探索者が使うには銃弾が高い上にかさばるからな」
簡易なバリケードを開いてもらって、一行は迷宮へと足を踏み入れた。
「ところで、そんな装備で大丈夫か?」
ブルーメが問うたのは光次郎と美幸に対してである。他の者はそれなりの防具にトイレで着替えたが、この二人はただの布の服、制服である。武器も腰に巻いた布に刀が差してあるだけである。
「大丈夫だ、問題ない」
「あたしたちは魔力の障壁を使うから、大丈夫です」
「魔力の障壁か。それも魔力を消費するには違わないのだろう。出来れば次の探索までには防具を用意しておいたほうがいいぞ」
心配性のブルーメに、二人は頷いてみせた。
最初の戦闘は、すぐにやってきた。
「ただのオオトカゲじゃない。火トカゲだよ」
池上は鑑定を使った後、水魔法で水の壁を作った。、
それに丁度火トカゲのブレスが直撃する。わずかに壁を貫いた分を、美幸が魔法障壁で完全に防ぐ。
「よし、次にブレスを吐くのに時間がかかるから、今の内に片付けるぞ」
先頭を駆けるブルーメに、土屋と梅谷が続く。だが結局止めをさしたのは『加速』の祝福を持つ谷口だった。
制限は多いが強力な祝福である。もっとも術理魔法でも同じものがあるので、それほレア感はない。
ただこの加速、術理魔法の加速と違い、思考まで加速させるので、やはり強力ではある。
「ふむ、さすがにレベル50は伊達じゃないな」
ブルーメは呟くと、火トカゲから魔石を回収する。
「魔物の素材はそのままですか?」
「そりゃあ皮や牙は有用だが、持って帰るのも難儀だろう」
「それじゃあ俺の出番だね」
川島が火トカゲを丸ごと収納するのに、ブルーメは目を見張る。
「それはまさか時空魔法か?」
「いや、俺の祝福の宝物庫というもんです。けっこう入りますよ」
「うむむ、それは出来るだけ内緒にしておいたほうがいいぞ。下手をすれば、軍に徴用されるかもしれん」
ブルーメは本当にお人よしのようで、そんな忠告までしてくれた。
一階を巡るだけでも、かなりの魔石と魔物の素材が手に入った。
それにしても出てくる魔物がほとんど爬虫類である。
「爬虫類が多いですね」
気になった今村が問うと、ブルーメは当たり前のように言う。
「迷宮の主がそうだからな。眷属として出てくるんだろう」
光次郎がパンフレットを見ると、その迷宮の主の名前も記載されていた。
「キングヒュドラ……」
「うん、お前たちもそこそこ強いようだが、迷宮の主には挑まないほうがいいな。レベル80前後のパーティー10人がかりでも、返り討ちにされたらしい」
顔を見合わせる一行。確かにレベル50前後では厳しいだろう。
だが光次郎と美幸ならばどうだろうか。
「迷宮の主の魔結晶となれば破格の値段が付くだろう。だが命を大事にするなら、絶対に挑まないことだな」
その言葉にはベテランの重みがあった。
「それじゃあ今日は、どうもありがとうございました」
「おう、また何かあったら相談に乗ってやるぞ」
既に日も没し、夜の時間帯である。
24時間営業のギルドで魔石と魔物の素材の換金もし、あとは食事をして寝るだけというわけである。
その宿も、ブルーメにお勧めされたものだ。探索者向けに、長期割引のプランもあるらしい。
一ヶ月単位の長期で借りれるアパートもあるのだが、さすがにそこまで腰をすえて迷宮に潜るつもりはない。ブルーメは借りているらしいが。
そしてブルーメに案内された宿なのだが。
「和風旅館……」
また山本が呻いているが、一行はいい加減になれたものだ。
部屋割りに少しとまどったが、適当に決めていく。
そして家族用の一番広い部屋に、15人が集まった。
「いや~、想像以上だわ、ニホン帝国」
谷口の言葉に、全員が頷いた。
その谷口は部屋に取り付けられた、PCのようなものを操作している。
……というか、PCである。インターネットで色々調べられるところも同じだ。OSは窓に似ているが、似ているだけだろう。
「ここ、本当に地球じゃないの? っていうか、地球より発展してない?」
別所の言葉に、これまた一同は首をひねる。
「この国なら、地球と同じ感じの化粧品も売ってるかもね」
水野が誘いを向けると、元々ギャル系の別所は、すぐにそちらに食いつく。
「とりあえずの問題は、物価が高いということかな。それとパソコンのハードはともかく、ソフトが古いな。10年以上は前かな」
結城が真面目に話し出す。確かにこの旅館の値段もそうなのだが、思ったより物価が高い。すぐに旅費を稼ぐという最初の案ではかなり日数がかかるだろう。
パソコンのソフトが古いのはよく分からないが。
「出来るだけ迷宮内で過ごして、少しでもお金をためないとね。あと、早く大陸に戻った方がいいと思う。物価もニホンより安いらしいし」
「え~」
「お風呂ぐらいは毎日入りたいよ~」
女子の皆さんの反発には、光次郎が答えた。
「安心しろ。その反応を見越して、イリーナから風呂魔法の使い方は伝授してもらってある」
普通に土魔法、水魔法、火魔法を使えばいいのだが、それを一つの術式にまとめてあるのが風呂魔法なのである。
「お~」
「ジロちゃん偉い!」
「あ、でも着替えどうしよう」
「あ~、やっぱり魔法の鞄ぐらい返さずに貰っておけば良かったね」
着替えまで川島の宝物庫に入れるのは抵抗がある。いや、川島に含むところがあるわけではないのだが。
「分かった。女子の着替えぐらいあたしが運ぶわよ」
美幸が溜め息をつきながら言った。
「え~、でも悪いよ」
「大丈夫、あたしの闇魔法で収納するから」
そう言って美幸は自分の影から刀を取り出し、また収納することを見せてみた。
「それって時空魔法じゃないのか?」
「地球の魔法とこの世界の魔法は体系が違うから、よく分からないんだよね」
「それでいつの間にか刀を持ったりしてたのか……」
川島はうんうんと頷くが、そこで一点疑問がある。
「あれ? 俺ひょっとしていらなくね?」
そっと目を背ける光次郎と美幸だった。
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