第12話 ニホン帝国へ

 石材で舗装された街道を、一台の駅馬車が行く。

 広いはずの幌の中は、15人の勇者たちで一杯である。

「狭いな……」

 小さく今泉が文句を言う。

 これでも武器や防具は川島の宝物庫にしまってあるのだ。宝物庫に生物が入れられたら良かったのだが、それは無理だった。

「あと少しだ、我慢しろ……」

 一際図体の大きい梅谷が、身を縮こまらせてそう言った。

 あの日から、一週間が過ぎていた。

 今日の夕暮れには、目的地である港町に着く予定である。







 そう、あれから一週間が過ぎていた。

 イリーナは「じゃあオーブが集まったら来るから、またね」と一方的に挨拶をして転移で消えた。逃げられたような気もする。

 一行はとりあえず太守の館に戻ったが、まともな対応はしてもらえなかった。

 別に邪険にされたとかではない。とにかく太守に余裕がなかったのだ。

 アセロアの王都からは何の連絡もない。その中では、商人の情報が一番早いようだった。

 まず、リュシオン王国が滅ぼされた。

 電光石火の魔族軍の侵攻で、ろくに抵抗も出来なかったらしい。

 ゴルドラン共和国は降伏した。

 今後は魔族領ゴルドランとなり、一応の自治権は認められるそうだ。

 肝心のアセロアは王都が竜に滅ぼされ、対応をする者がいない。

 北から逃げてきた貴族によると、国境に張り付けてある軍も、中央の司令系統を失って動けないそうだ。

 どのみちアセロア一国では魔族軍には対抗できないだろう。



 そのような中、勇者一行は逃げることを決意した。

 さすがに貸与してもらっていた伝国の武器や防具、魔法具は置いて、改めてオスロの街で装備を整える。

 食料を準備して、川島の宝物庫に一緒に入れ、ニホンへの船便が出ている港町行きの駅馬車に乗った。

 一行の目的地は、とりあえずニホンである。

 ニホンは人間だけでなく亜人や魔族が住む国である。

 魔族が侵略する理由がないということで、そこまでの進路は決まった。



 そこからどうするかであるが、まずニホンにもあるという迷宮に潜ることを決めた。

 全員の武器防具を新調し予備をそろえ、食料を充分に買い込み、駅馬車や船便の料金を考えると、あまり路銀に余裕がないことが判明したのだ。

 そこである程度の路銀を稼いだら、ニホンから魔族領への船便に乗る。

 一気に竜骨大陸まで行けたらいいのだが、船便がそこまではない。また、路銀がどれだけ稼げるかも分からない。

 よって魔族領までの船に乗り、各地の迷宮を探索しながら、あるいはなんらかの収入を得る手段を用いて、竜骨大陸を目指す。

 そのような方針となった。







「でもイリーナがいなくなったのは痛いな」

 純粋に戦力的な意味で光次郎は言ったのだが、他の面々は違う感想を持っていた。

「ていうか、イリーナから他の神竜に頼んでもらえば、それで済んだんじゃないの?」

 女子の山本が口にするが、今更のことだ。

 正体を明かしたイリーナはこちらが何かを言う間もなく、転移で消えてしまったのだから。

 それでも几帳面な彼女はイリーナに対して文句を言っているのだが。

「でも逆に、イリーナに会えなかったら僕たちはどうしようもなかったよ」

 結城が慰めるように言う。

 イリーナがいなかったら、勇者一行はアセロア王国の指示に従うしかなかったかもしれない。

 すると戦争の前線へ配置されて、魔族と戦うことになったろう。

 そして戦争においては、個人の武勇などたかが知れている。

 光次郎や美幸ほど突出していればともかく、他のメンバーは戦いの波に飲み込まれて死んでいた可能性が高い。

 そして地球に戻る手段も分からなかっただろう。



「イリーナのことはともかく、これからのことを考えないとね」

 美幸が不毛な会話を打ち切らせる。

「迷宮に潜るにも、隊列を考えないと」

 これまでは美幸が先行、イリーナが殿、光次郎が遊撃という形が取れた。

 しかし盾となってくれるイリーナがいなくなったことで、光次郎が後方からの攻撃に備える必要がある。光次郎も一人ですべての魔物を倒すのが難しい状況になるかもしれない。

 防具の分厚い土屋と梅谷、『剛身』の祝福を持ってる今泉が前線を作って、間合いのある槍が使える滝川、能力鑑定を使える池上がその後ろ。   

 魔法メインの今村、結城、別所、米原と宝物庫を持つ川島が中衛。後方からの攻撃に対しては、剣術メインの谷口、山本、水野。

 通路が広くなった場所ではやはり魔法メインの4人と池上、絶対に死んだら困る川島を守ることとなるだろう。

「え、俺守られる側なの?」

 川島は剣術の技能を持っている。だがそれ以上に、宝物庫の祝福が重要なのだ。

「宝物庫の中に予備の武器や食料を入れておくんだから、あんたは絶対に死んだら駄目」

 断言する美幸。光次郎の方を目で見やると、彼も頷いた。

「いい? 帰る手段は分かったんだから、絶対に一人も欠けずに帰るわよ!」

 先ほどの川島への発言とは矛盾することを言いながらも、美幸の強い言葉に一行は頷いた。







 港町に着いた一行は、今日はもう船便がないということで宿を取ったのだが、そこで当たり前のような事実が発覚した。

「え? 入国許可証?」

「はい。それがないとニホンには入れませんよ?」

 当然でしょ?とでも言いたげな宿屋の店員に言われて、一行は顔を見合わせた。

「ちょちょ、ちょっとそこ、もう少し詳しく」

 それほど忙しくない時間帯だったのか、店員は丁寧に相手をしてくれた。

 この世界、国境こそあるものの、実際はおおらかに国家間を移動している。特に魔族領などは国境が事実上存在しない。

 経済上の問題があって物流に関税がかかることはあるが、人の往来は自由である。

 しかし海に囲まれたニホン帝国は別で、入国許可証がないとニホン行きの船にも乗れないという。

「えっと、それってどうやって取ればいいの?」

「確か、身分証明証と発行手数料を持って行けば、役所で作ってもらえるはずですよ」

「身分証明証って……」

「お客さんたち、冒険者か探索者ですよね? そのプレートを持っていけば普通に作ってもらえるはずですけど」

 持ってて良かった、探索者証明証。

 学生の皆は気付かなかったが、随分とザルなものではないかと、光次郎と美幸は思った。



 翌日、一行はまず役所に向かった。

 港町だけあって、やはりニホン向きの出国管理は多いらしく、朝一番で行ってもそこそこ並ばされた。

「犯罪歴はありませんね?」

「ないですけど……」

 問われた美幸は戸惑うばかりだ。

「犯罪歴があると、向こうの入国管理局で帰されてしまいますからね」

 全員ステータスの賞罰欄には何もない。それは綺麗なものだ。

 実のところ、光次郎と美幸はアウトなはずなのだが。いや、ばれてないから大丈夫なのか?

「それと、滞在期間は短期ですか? 長期ですか?」

「えっと、どう違うんですか?」

「短期ですと入国許可証のみで構いませんが、30日間の制限があります。探索者でしたら特に何もなく長期の滞在許可証が出せますが、1年ごとに向こうで更新していただく必要はあります」

「はあ……」

「それと、探索者や冒険者の場合、傷害や窃盗以上の犯罪を犯すと、強制的に退去となりますので気をつけてください」

 今泉や土屋、梅谷らの不良組は危ないかもしれない。



 時間はかかったが何も問題なく、全員が入国許可証と長期滞在許可証を手に入れた。

「なんだか、随分としっかりしてたね。あたしもっと簡単なものだと思ってた」

 池上が呟き、全員が頷く。

 港へ向かうと、その手前にゲートがある。どうやらそこで許可証をチェックするらしい。

 その手前には旅券売り場がある。旅券は意外と安かった。しかし行き先がネオハカタというのは何かの冗談だろうか。

「あんまりファンタジーじゃない……」

 谷口がそう呟いたのも無理はない。ゲートのこちらから見える港には、地球にあるような巨大な客船が見えた。



 ゲートでは簡単な手荷物検査が行われた。

 川島の宝物庫に武器や防具は集めていたため、特に問題はないはずだったのだが。

「探索者なのに武器も防具もないのかね?」

 逆にそれを不審がられた。武器や防具はニホンで用意すると説明したが、結局決め手となったのは、全員の顔だった。

 皆がニホン人顔をしているということで、係員は通してくれた。

「っていうか、やっぱり日本人なのか……」

 今村が頭を抱えている。彼の頭の中のライトノベル幻想が崩れているのだろう。







 客船は帆ではなく、内燃機関で動いているそうだ。

 魔結晶を燃料としている以外は、仕組みは地球のものとほとんど変わらない。

 ニホンへの往路は丸三日。その間は武器を扱うような訓練も出来ず、けっこう暇がある。

 魔法の訓練にしろ、攻撃魔術などは使えない。

 そこで皆が取り組んだのが、術理魔法だった。特に鑑定の魔法である。

「あたしの存在価値がなくなる~」

 池上が悔しそうにしているが、彼女は水魔法の技能も持っているので、そちらを伸ばしていけばいいだろう。

 それに術理魔法の鑑定は、詠唱もあるし習熟するまで見える情報が少ないのだ。そのため無詠唱でほぼ全てのステータスが見える彼女の重要さは変わらない。

 恋バナ女子の米原には、治癒魔法の技能を伸ばしてもらっている。彼女は祝福が『精神耐性』なので、他の誰かが精神攻撃を受けても『鎮静』が使えれば元に戻してくれるのだ。

 ちなみにこれらの習得に必要な魔法書は、アセロア王城崩壊のどさくさに紛れて、光次郎と美幸で影に収納しておいたものだ。

 後でケインたちに返そうと思っていたのだが、緊急事態で存在すら忘れていた。

 窃盗にあたるのだろうが、ステータスの賞罰欄には何も書かれていないので良しとしよう。



 そして三日目の早朝、ついに陸地が見えた。

「あれが……ニホン?」

 呟いたのが誰かは分からないが、それは一同の気持ちを代弁していた。

 コンテナや港湾施設の向こうに、高層ビルが立ち並んでいる。

 近づけば近づくほど、その、この世界での異様さが目に付く。

 港のゲートはほとんど地球の日本と変わらないように見える。いや、そのスタイリッシュな通路やカウンターは、むしろ先進的と言うべきか。

「ええと、入国目的は就業のため、と。探索者ですね」

 ゲートの係員はオークだった。

 思わずまじまじと見つめる一行だが、流暢に喋るオークさんに、凶暴性は欠片も見られない。

「それでは賞罰欄を見ますので、こちらの鑑定玉に手を付けてください賞罰欄以外は見えないので安心してくださいね」

 鑑定玉が普通に置いてあるのか。賞罰欄の確認をするだけのために作ったのかもしれない。

「迷宮都市以外での武器の単純携帯は禁止されているので、何かに隠して移動してくださいね。はい、結構ですよ。ようこそ、ニホン帝国へ」

「ありがとうございます……」

 釈然としない美幸だったが、後ろが詰まっているため会話をする余裕はない。



 無事入国を果たした一行は施設を出たのだが、そこにはやはり遠目にも見えた光景が広がっていた。

「海を越えるとそこは異世界だった……」

 今村が思わずそんなことを呟くほど、アセロアとニホンは違っていた。

 整然と並ぶビルディング、広い歩道は色彩豊かな素材で彩られており、黒く舗装された車道では自動車が宙に浮かびながら走っている。

「なんじゃ、こりゃ……」

 歩く人々はほとんどが黒髪黒目の日本人。スーツに近いものを着ているのが多いのは、出勤時間帯だからだろうか。

 その中に稀に、明らかに人間ではない種族が混じっている。

「あ、エルフがいた」

 金髪のエルフの美少女はアイスクリームを食べながら歩いている。

「あれってドワーフだよね……」

 背の低い太鼓腹のおっさんが、巨大な荷物を平然とかついでいる。

「ゴ、ゴブリン?」

 背の低い緑色の種族は、親子だろうか。仲良く手をつないでいる。

 そしてその誰もが、スタイリッシュな服を着ている。それに比べると制服の光次郎と美幸はともかく、他の皆はいささか古めかしく……言うならば田舎っぽい。

 光次郎は施設入り口の旅行案内所を見つけると、そちらに歩いていく。萎縮したみんなもそれに続く。



「あの、すみません」

 光次郎はその窓口に座っていた犬に声をかけた。

 いや、正確には犬ではないのだろう。犬の顔をした、犬の特徴を持つ種族。おそらくコボルトだろう。

「はい、なんでしょうか?」

 コボルトさんは日本語で応対してきた。15人が一斉に来たので少し驚いたのか、耳が寝ている。

「あの、俺たちアセロア王国から来たんですけど……」

「アセロアですか。すると私なんかは珍しいでしょうね。あ、大陸共通語の方が分かりやすいですか?」

 コボルトさんは丁寧に対応してくれる。可愛いかもしれない。

「いえ、日本語で大丈夫です。ええと、この国は、どこでもこんな感じなんですか?」

「こんな感じというと、亜人や魔族が一緒に暮らしているという意味でしょうか?」

「あ、はい。その通りです」

「竜牙大陸南部から来られた方は、皆そこで驚きますね。ニホンではどこでもこんな感じですが、割と都会は人間が多いですね。皆さんはどうしてこちらに?」

「ええと、仕事です。探索者です」

 ああ、とコボルトさんは頷いた。



「注意していただくのが、アセロアと違ってニホンでは全ての種族に人権が認められています。亜人はもちろん魔族に怪我を負わしても傷害になりますので、探索者の皆さんはくれぐれも気をつけてください」

「はい。それで、迷宮に潜りたいんですが、ぶっちゃけどこが一番稼げますかね? あ、ゾンビとかはなしの方向で」

「皆さんのレベルはどれぐらいですか?」

「平均50ぐらいですかね」

「高いですね。するとこちらの大蛇の迷宮がいいと思いますよ。浅いところでも強い敵がいて、いい魔石が稼げるそうです」

 つまり素人さんにはお勧めしない、といったところか。

 コボルトさんはパンフレットを渡してくれた。全色カラー刷りで、手触りもいい。迷宮までの地図もばっちりだ。

「ええと、JRの駅が……」

「この道をまっすぐ5分ほど行くと、左手に駅が見えます。そこから乗り換えなしで迷宮前まで行けますよ。ネオイズモが最寄です」

「分かりました、ありがとうございます」

 釈然としないながらも一行は駅へ向かい、そしてまたすぐに戻ってくることとなった。

「すみません、両替所はどこですか?」

 港湾施設の一隅にそれはあった。ニホン帝国の自販機では、円でないと使えないのだった。



  アセロア王国編 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る