第7話 戦い終わって……

 夜の闇の中を、魔王は抱えられたまま飛行していた。

「いや~、いいとこなかったね~」

「う~、油断した。最初から機神でぐちゃぐちゃにしてやれば良かった」

 その言葉遣いは先ほどまでと違って、素に戻っている。

 魔王は本来魔法主体の戦闘を行う。それを盾の役割を果たす戦士も連れず戦うなど、軽率極まりない。

「一人で敵勢力の中心に乗り込むのが無茶なんでしょ。機神は使用禁止だし。ほら、これ飲んで」

「携帯血液は美味しくない……」

「文句を言わない」

 血液パックから直接ちゅーちゅーと血液を飲み、魔王は復活した。

 飲み終えたパックを不法投棄はしない。ゴミはちゃんとゴミ箱へだ。



「あんがと。それにしても、不完全なはずの召喚で、まさかあんなに強い勇者が出てくるなんて……」

「純粋な勇者とは、ちょっと違う気もしたけどね」

 闇の系統の魔法を専門に使う勇者とは、これまでになかったはずだ。もっともサンプル自体が少ないのでなんとも言えないが。

「狂戦士なんて力も使ってたし、むしろ私たち魔族に近いのかもしれない」

 うんうんと頷きつつ、魔王は自前の羽で飛行しだす。

「今後勇者はどう動くと思う?」

「アセロアにはかなりの打撃を与えたし、あの二人以外にはまだ戦力になりそうな勇者はいなかったし、他の国に移動させるんじゃないかな」

「他の国というと?」

「ニホン」

「あ~、あそこは不干渉地帯だから」

 ぐりんぐりんとこめかみを刺激して、魔王は決断する。



「とりあえずリュシオン王国をまず潰そう。ゴルドラン共和国はこちらに寝返ってきてるやつも多いし、アセロアはしばらく動けないでしょ」

「それに勇者召喚をしたということは、あれが黙っていないはず」

「ああ、あれね……」

 正直魔王は同情した。アセロアの武力では、あれには勝てないはずだ。

 簡単に方針を決定し、魔王はまた違うことを考える。

「あの勇者たち、帰してあげられないかな」

 それはお人よしな言い分で、連れの溜め息を誘うものだった。

「……前例はないけど、心当たりはある」

 心当たりだけなら、魔王にもあるのだ。可能かどうかは別として。

「とりあえずそちらは私が当たってみよう。あなたはリュシオン侵攻の準備をしなさい」

「あ~、また書類地獄か~」

 人間であろうと魔族であろうと、軍を動かすのに書類の仕事がないはずはない。

 溜め息をつきつつ、魔王は魔王城への進路を取るのだった。







 あれから三日が経過した。

 幸いにも瓦礫の下敷きにならなかった国王は、臣下の公爵の屋敷に移り、政務を行っている。

 王城は瓦礫の山を撤去する作業に追われていた。

 人夫や兵士だけでなく、騎士や魔法使いもその作業に加わっていた。

 その中には勇者一行もいたのだが、石材によってスプラッタな状態になった遺体を見ては、嘔吐していたりする。それでもおおよその残骸は撤去が完了した。

 光次郎は眠り続けている。

 普通なら入念な準備をして使う切り札を、やむをえず使ったのだ。心身ともに負担が大きかったのだろう。



 武竜八天は三名が死亡、天魔十六杖も八名が死亡。

 アセロア王国は魔王に対する戦力を、大いに減じたことになる。

 そもそも、魔王のあの実力を見た後では、戦力として数えられるかも疑問なのだが。

 そんな中、美幸と結城は国王に呼び出された。

 本来なら光次郎も呼ばれるところなのだが、狂戦士の魔法を使った光次郎は、丸一日は眠り続ける。今回はさらに補助の道具がなかったため、さらにこの状態は続くだろう。

 だから以前から代表となっている結城と、光次郎に次ぐ戦力となる美幸が呼ばれたのだ。



 執務室を訪れた二人の前で、国王はその疲労を隠そうともしなかった。

「まずは崩壊した王城の処理を手伝ってくれたこと……魔王の撃退をしてくれたことに礼を言う」

「いえ」

 美幸の返答は短い。

「本来ならもう少し訓練をしてもらってから、実際に魔物と戦ってもらいたかったのだが、状況が変わった」

 王の横に控えていた王の剣、バーバロが後を引き継ぐ形で説明する。

「魔王軍に侵攻の兆しが見えた。これまでの例から言って、半月後にはリュシオン王国に向かうのだろう。実際の戦闘が行われるのはまだ先のことだろうが」

「私たちに、援軍に加われと?」

「いや、そうではない」

 バーバロが差し出したのは、アセロア王国の地図だった。王都の南方に印がある。

「その赤い点が打ってあるのが、迷宮のある都市だ。そこで勇者諸君には急いで実戦経験を積んでもらいたい」

 迷宮に関しては美幸も少し調べてある。地上より強い魔物が棲み、莫大な宝の眠る場所だと。

 その最奥には堕ちた神々が封印されていたり、竜が眠っていたり、妖精の国があったりするという。



「あの、魔王と互角に戦っていた少年は、どれぐらいで目覚めるのかな?」

 ローガンの問いに、美幸は首を振った。

「分かりません。準備もせずに発動させましたから、最悪の場合このまま眠り続ける可能性もあります」

 実際はさすがにそんなことはないだろう。美幸の見立てではもう三日ほどは眠り続けるだろうが。

 国王たちは顔を見合わせて残念そうな溜め息をついた。

 光次郎が地球への帰還のため魔王と交渉したのは見ていたが、結局決裂している。

 つまりまだこちらの戦力として数えられるということだ。

「そなた一人では、やはり魔王相手では無理か?」

 一縷の望みを抱いて国王が問うが、美幸に自殺願望はない。

「おそらく一分ももたないでしょう。それより、新たに勇者を召喚することは出来ないのですか?」

 それは前から思っていたことだ。15人もいるのだから充分と考えたのかもしれないが、実際にあの魔王を見ると、他の13人は今のところ足手まといにしかならない。

「それは無理だ」



 ローガンの説明によると、勇者召喚の魔法には、莫大な魔力が必要となるらしい。

 それこそ天魔十六杖が総がかりでも不可能な魔力だ。それをどう手配するか。

 魔核という、魔力を蓄える神器がある。

 これは魔物が体内に持っている魔石を精製した魔結晶、それをさらに高純度化した物らしいのだが、今ではその製法が失われている。

 これに勇者召喚に必要な魔力を蓄えるのは、数を減らした天魔十六杖では少なくとも数年はかかる上に、先日のように魔王が直接王都を襲うことなどを考えると、防壁としてその魔力を使う必要もあるという。

「分かりました。ですが護衛はつけてください。私一人では、全員を守ることは出来ません」

「それはもちろんだ。騎士を数名と、武竜八天、天魔十六杖からも一人ずつ出そう」

 実際のところ、美幸が心配しているのは自分がいない時の光次郎の護衛だ。昏睡している状態では、さすがの光次郎もあっさりと殺されるだろう。

 正直ここにいて守ってもらっても、いささか警護が頼りない。

「彼を連れて行くので、馬車の用意をお願いします」

「それは……いや、その方がいいのか?」

 あの魔王は、自ら積極的には勇者たちを狙わなかった。

 もし魔法で狙われていたら、美幸がフォローしても何人かは犠牲者が出ていただろう。

 頷く美幸に、国王も頷きを返した。







「と、いうわけで」

 応接間でぐったりとしている勇者一行に対して、美幸は地図を見せた。

「あたしたちは、迷宮を攻略することとなりました」

 横に立つ結城は沈痛な面持ちだが、他の面々はもっとひどい。

「もうやだ。うちに帰りたい……」

「電波入んないし……」

「正直なところよお、ちょっとやそっと訓練したところで、俺らがあれに勝てるのかよ」

 まだしも元気のある今泉の問いに、美幸は首を振った。

「無理。十年単位で訓練をしても、あれには勝てない」

「だったらなんのために」

「訓練なら無理だけど、実戦を積めば、少なくとも一瞬で殺されることはなくなる」

 美幸は意志のぶれない瞳で一同に対した。

「魔王はあたしとジロで片付ける。皆には、雑魚の相手を頼みたい」

 その言葉に、一同は固まった。



「つーかさー、なんでお前ら二人、あんな強いの」

 今泉が胡乱げな視線で威嚇してくる。美幸に睨み返されて視線を外すが。

「あたしとジロは、元々地球でも魔法使いだった。それがこの世界で強化されただけ」

「はあ!? マジで!? 俺らも地球で魔法使えたの!?」

 谷口が素っ頓狂な声を上げるが、美幸は首を振る。

「地球で魔力を持っている人間はほんの少し。それにこれは、一族に伝わる修行法があってのこと。一般人でも稀に魔力を持って生まれてくる人はいるけど、その場合すぐに組織が手を回す」

 沈黙が落ちる。美幸は息を吐いて、おそらく生じたであろう誤解を解く。

「別に殺したりはしないよ。スカウトしたり、危険な力であれば封印するだけ」

「俺たちが地球に戻ったら、どうなるんだ?」

 谷口の問いに、美幸は肩をすくめた。

「これぐらいのレベルなら、登録さえしてもらえば普通に生活出来る。ただし、国外に亡命するなら……」

 美幸はナイフで首を斬る仕草をした。



「それにしても、赤木と黒沢は強すぎるだろ。何か他に秘密があるんじゃね?」

 谷口の問いに、美幸は頷く。

「池上さん、あたしを鑑定してみて」

「え、いいの?」

 スマホ女子池上の祝福は能力鑑定。魔法として発動しなくても、自分以外の他者のステータスも見抜くというものだ。

 美幸の頷きに池上は鑑定を行う。その結果見たものは――。

「れべる……98!」

 それが本当の美幸の力だ。勇者として召喚された他の一同のおおよそ三倍である。

「偽装と隠蔽という技能を使うと、普通の鑑定は誤魔化せるみたい。ジロはもっと上だよ」

「ってことはローガンさんより赤木ちゃんの方が強いってこと?」

「戦闘経験にもよるけど、多分あたしの方が強い。……ジロならバーバロさんと二人がかりでも勝つと思う」

 九鬼家とそれに連なる一門は、単独戦闘に特化している。特に光次郎などはその傾向が顕著だ。



「話はそれたけど、というわけで皆で迷宮に潜るから。準備は王国の人がしてくれるから、心構えだけしておいて」

 情けない顔をするのは女子だけでなく男子もだ。魔王の襲来は、おそらく生まれて初めての命の危険を感じさせたのだろう。

 一番血の気が多い今泉でさえ、並べられた死体をみて気分を悪くしていた。むしろ女子の方が血には強いのだろうが、損傷した死体のインパクトはトラウマものだろう。

「あのさ、迷宮でレベル上げって言うけど、どうしたらレベルって上がるものなのかな」

 ラノベ好きの今村が問う。訓練と実戦とで、果たしてどれだけの差があるのか。

「図書館でそれに関する研究の書いてある本を読んだけど、魔物を倒すことによってその魔物の持つ魔素を吸収する。それによってレベルが上がるみたい。日常生活を送っていてもレベルは上がるけど、効率が段違いなんだって」

「訓練でも上がるなら、そっちの方がありがたいんだけど……」

「その時間がない」

 美幸は魔王軍が戦争の準備を始めているということを知らせた。

「パワーレベリングか……」

 谷口が呟く。レベルの高い者に寄生して、低レベルの者を上げるという行為だが、さしあたっては有効だろう。

「死にたくなければ強くなるしかないの。覚悟を決めて」

 力なく、一同は頷いた。







 翌日の朝、一行は三台の荷馬車で王都を出発した。

 随行するのは武竜八天からケイン、天魔十六杖からオルラン、他4名の騎士である。

 国王を筆頭にアセロアの重鎮から見送られ、馬車は走り出した。

 迷宮都市オスロまでの行程は三日を予定している。



 走り出した馬車は平原を抜け、左右に木々の植えられた街道を進んでいく。

 勇者一行は三台に分乗するが、美幸と光次郎は先頭の馬車に乗る。いまだ目覚めない光次郎を、美幸はただ見つめるしか出来ない。

「ねえ、赤木ちゃん、あんたと黒沢って、やっぱり付き合ってたりするの?」

 こんな状況でも女子は恋バナが好きなのか、一緒に乗っていた米原が声をかけてくる。

「あ、それあたしも気になる~。幼馴染で従兄弟なんだよね?」

 池上がのっかかって尋ねてくるのに、美幸は軽く首を振る。

「うちの一族は血のつながりが強いから、自然と親しくはなるよ。それにあたしの場合、婚約者がいるし」

 その発言はかえって女子を沸き立たせることになった。

 間断のない質問の嵐に、美幸は耳を塞ぐ。丁度その時、馬車が速度を落とす。



「どうしたの?」

 御者に問うと、石畳が敷設された街道の脇に、少女が立って手を振っている。所謂ヒッチハイクだろう。

「どうしますか?」

 騎乗して平行していたケインの問いに、一応責任者となっている美幸は、それほど考える間もなく答えを返す。

「乗せてあげましょう。周りには危険もないし、盗賊とも思えない」

 美幸の感知に、周囲数キロは魔物の気配はない。



 歩みを止めた馬車に、少女が駆け寄ってきた。

 板金鎧に背中には大剣。ちょっと信じられないような重装備だが、その歩みは軽い。

「あの~、迷宮都市まで行くなら、乗せていってくれないかな。代わりに道中の警備手伝うよ」

 金髪に翠眼の美少女である。むしろ彼女が一人旅をするなら、その方が危険だと思うのだが。

「池上さん」

 美幸の声に、池上は正しく反応した。能力鑑定が発動する。

「……レベル50」

 その言葉に、美幸は警戒心を募らせる。武竜八天にも匹敵するレベルにあるとは、見た目からは考えられない。

 だが目の前の少女からは、一切の邪気を感じない。そもそも自分だって、見た目と強さは比例しないだろうと美幸は判断する。

「いいわよ、乗って」

「ありがと~。いや~、路銀もなくなって食料も尽きかけて、困ってたところなんだよ」

 騎乗して併走していたケインが視線を向けてくるが、特に何も言わない。

 少女の装備の重量で、馬車が傾く。どうやら本物の板金鎧らしい。



 少女はその目を馬車の中に向けて、横たわる光次郎を見る。

「病気?」

「いえ、ちょっと力を使いすぎて、眠っているだけ」

「ふ~ん、ちょっと失礼」

 少女は光次郎に手をかざす。



 瞬間、膨大な魔力があふれ、無詠唱の魔法が完成する。

 美幸が止める間もなかった。魔法は光次郎の中に吸い込まれる。

「呪いは……解けないね。残念」

「あ、あなた魔法使いなの?」

 美幸でさえ、その瞬間までは少女からそれほど魔力は感じなかった。

「魔法も使えるよ」

「あ……たまいてえ……」

 光次郎の意識が戻ったことにより、美幸はとりあえず先にその様子を確認する。

「ジロ、大丈夫?」

「ああ……。いつも通りのひどい寝起きだよ。つか、どういう状況なわけ?」

 美幸は魔王が撤退してからのことを一通り説明する。そしてまた少女に向き直るのだが。

「あ、名前もまだだったね。私はイリーナ。イリーナ・クリストール」

 よろしくね、と少女は笑った。

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