第6話 魔王

 戦闘が始まっても、すぐに両者に動きがあったわけではない。

 後衛の魔法使いは前衛の戦士に魔法をかけ、魔王は召喚陣を展開する。

「来たれ不死の眷属共よ……」

 召喚されたのは、武装した兵士たち。だがその中身は肉のない骸骨だ。

「骸骨兵だと! そんなもので!」

 魔法によって強化されたケインが、一撃両断の勢いで敵に襲い掛かる。だがその剣撃は、盾によって止められた。

「なんだと……」

「もちろん強化されているとも。ただの骨ではないぞ。魔物の骨から生み出した、一騎当千の兵たちよ」



 勇者一行は、動けない。

 戦おうという気持ちは、かすかにある。だが武器も防具もないこの状況では、戦うなど無謀だろう。魔法にしたところで実戦レベルのものではない。

 おそらくここは、逃げるのが正解だ。だが光次郎と美幸は違う選択を採る。

『解析』

 美幸が魔法で魔王の能力を解析する。それは単純なステータスではなく、長所も短所も含めた全てだ。

 戦うためには、まず敵を知らなければいけない。



 その間に光次郎は、硬直したままの兵士から槍を取り上げ、最前線で戦う武竜八天の隙間から骸骨兵を攻撃する。

 骸骨に槍とは、致命的に相性が悪い。だが光次郎の槍は盾を貫き、骸骨兵の動きを制限する。

 隙を見せた骸骨兵を、武竜八天が切り砕く。

「ほう?」

 魔王の召喚陣がもう一つ形成される。そこから出てくるのは鋼鉄の体を持つ巨人、ゴーレムだ。

 こちらの天魔十六杖の魔法は、全てが魔王に届く前に解除され、全くダメージを与えられない。



「解析終了」

 美幸が光次郎の隣に来る。

「あいつは後衛タイプ。得意なのは闇、死霊、召喚、火、風、術理の魔法。接近戦にはあまり適応していない。けれど物理的な攻撃は全部無効。それと種族は――」

「不死の王、だろう?」

 それは完全なる吸血鬼。

 偽装するでも隠蔽するでもなく、魔王は自らのステータスをそのままに見せている。鑑定するだけで、ある程度のことは分かる。名前が分からないのは、呪詛の対策のためか。

「どう? いけそう?」

「王国の皆さんが、どれだけ削ってくれるか。それ次第だな」



 魔王は玉座の背もたれに立ち、一歩も動いていない。召喚陣から出現する魔物は留まることなく、数で王国の戦士たちを圧倒していく。

 雑兵たちは瞬く間に命を失い、もはや王と勇者を守る数名しかいない。

「この! この!」

 女子生徒の一人が、槍を持って骸骨兵に打ち付ける。槍術レベル2を持っていた滝川だ。

「くそったれ!」

 今泉も剣を取り、必死で皆を守っている。意外と言っては失礼だろうか。

 結城も後方から風の刃を放っているが、骸骨兵には効果がない。

 このまま押し切られるかと思ったところで、魔法が炸裂した。

『退魔』

 口から血を流しながらも、魔法を使ったのはシーラだった。

 清浄な光で、骸骨兵が崩れていく。

「今だ! ゴーレムをやれ!」

 戦士たちは魔力のこもった刃で、鋼鉄のゴーレムを切り裂いていく。



「意外とやる」

 楽しそうに言った魔王が、三つ目の召喚陣を展開する。そこから出てきたのは目を真っ赤にした巨大な狼や虎である。

 どいつもこいつもレベルが高い。野生の獣ではなく、魔獣の類なのだろう。

 スピードに対応できず、今泉が圧し掛かられる。牙が喉笛を噛み切ろうとした瞬間、光次郎の剣がその首を刎ねる。

「た、助かったぜ」

「おうよ。お前らも槍持て! 接近させるな!」



 光次郎の指示に従い、恐々と男子は槍を手に取る。女子も滝川を中心に、屍となった兵士から槍を奪い、槍衾を敷く。

 これに気付いたケインがこちらの援護に回ってくる。さすがはレベル50オーバーと言うべきか、一撃で魔獣を倒していく。

「皆さんは陛下と一緒に避難を……」

 そう言いかけた時、魔王が火球の魔法を放った。

 謁見の間の扉の上部が崩れ、進路を塞ぐ。



「くそっ! こうなったらやるしかねえぞ! お前ら覚悟決めろ!」

 今泉が吠える。たとえ虚勢でも、この状況ではたいしたものだ。蛮勇とも言うべき気迫で槍を振る。

 技術は拙くても、レベルでブーストされた筋力はある。骸骨兵やゴーレムならともかく、魔獣なら当てるだけでも多少のダメージはあるだろう。

 その中で、美幸は迷っていた。

 拾った剣を使い、魔獣を切り裂いていく。その剣筋は武竜八天をも凌駕するものだ。

 だが彼女の真骨頂はそこにはない。彼女はあくまで、戦闘のサポート役として育てられている。

「ユキ、やっぱり魔王を倒すしかない」

 後退してきた光次郎が呟く。こちらの戦力に余裕がないのに対し、魔王は一歩も動いていない。

「支援頼む」

「……いいの?」

 実力を見せていいのか、という問いだ。今まで二人は、周囲より少し上回った程度の力しか見せていない。

 だが本気で戦うとなれば、そうはいかないだろう。

「しゃーないだろ。ここで死ぬわけにはいかないんだし」

「了解」



 美幸の魔力が練られる。イメージするのは、複雑な魔力の構成。

『身体強化・全力全開・限界突破』

 三重の光が光次郎を包む。

『魔力防御・物理防御・自動治癒』

 また三つの魔法。そして最大の魔力を込めて、美幸は光次郎に向けて放つ。

『加速・祝福』

「よっしゃ」

 影の中から取り出した刀を抜く。闇をまとったその刀、銘は村正。正しく妖刀。

 それを握った光次郎は、魔獣やゴーレムの頭を飛び越え、一気に魔王に斬りかかった。







「む」

 集団の中から飛び出した光次郎を、もちろん魔王はすぐに捉えた。

 素晴らしい速度だ。八双に構えた刀からは黒い魔力があふれ出ている。あれをそのまま喰らえば、ダメージを受けるだろう。

「なるほど勇者か」

 魔王を守る魔力障壁が、凄まじい勢いで削られていく。だがその隙に魔王は、接近戦の準備を終えていた。

 自らの腕を切ると、真っ赤な血があふれる。それはそのまま大鎌の形を取る。

 刀と大鎌が激突し、光次郎は跳ね返された。『切断』で斬れないということは、魔力の塊なのだろう。

「そんなに甘くないか」

「ふむ、レベル45というのは偽装か。ならば……ほう?」

 心底から感心したと言うように、魔王は呟いた。

「その年齢で既に人間の限界を突破しているのか。だが……呪いか」

 魔王だけに、こちらの本当のレベルも見抜いているのだろう。そしてそれ以外の部分も。

「名乗るがいい。異世界よりの勇者よ。その資格を認めよう」

「九鬼流、九鬼光景」

「よかろうミツカゲ。さあ、楽しもうではないか」



「勇者様を援護しろ!」

 ゴーレムや魔獣の壁を突破し、武竜八天の幾名かが殺到する。

 それは駄目だ、と光次郎が声を上げる前に。

 瞬間的に黒い霧となった魔王が、戦士たちの胸を背後から貫いていた。

「他の者は邪魔だな」

 光次郎が接近するまでのわずかの間に、魔王が撃ち出した白い炎は魔法の壁を貫き、天魔十六杖の魔法使いを蒸発させた。

「……無詠唱の上級魔法かよ……」

「これでも魔王だからな」

 光次郎は正眼に構える。面頬の向こうに見える魔王の口元は、笑みを浮かべていた。

 そして気付く。

「お前、女か」

「魔王が女で悪いのか? まさか女とは戦えないというわけでもなかろう?」

 光次郎の答えは斬撃であった。



「女だろうがなんだろうが、敵は殺す」

 それが生き残るための鉄則。一族に伝わる心構え。

「我は敵対しているつもりはないのだがな」

 光次郎と接近戦を繰り返しながら、片手間に魔王は魔法を放ち、武竜八天や天魔十六杖を片付けていく。

 抜けた穴を埋めるために美幸が奮戦しているが、こちらに援護に来る余裕はない。

 最大限強化して、しかも相手は本来後衛であるというのに、これほどまでに差がある。

 接近戦の技量自体は光次郎が優っているはずなのだが、単純に魔王の方が力が強い。そして速い。加速を使ってこの差とは。

 それに魔力も桁違いだ。王城の障壁を破壊し、あれだけの魔物を召喚し、攻撃魔法を使っているというのに、まだ巨大な魔力を感じる。

 こちらは魔力の刃のみに魔力を使っているというのに、もう半分以上消耗している。

 せめて美幸が完全にこちらの援護をしてくれれば話は違うのだが。

(それに武装が……くそっ、無い物は仕方ないにしろ)

 美幸のように、常にある程度は身に付けておくべきなのだ。



 そんな思考に少し集中力を取られたためか、大鎌の一撃が肩の肉を削った。自動治癒が発動し、瞬く間に傷は癒される。

 もっと、もっと接近しないといけない。この距離では、まだ相手の手数が多い。

 縮地。

 一瞬の間に、光次郎は接近し、刀が魔王の脇を貫いた。

「ほう」

 次の一瞬には、魔王は黒い霧となり、光次郎の背後に実体化する。

 だがそれも予想通り。

 魔王の貫手をかわしつつ、光次郎は大理石を砕く踏み込みと共に、肘を打ち込んだ。

 九神流奥義、絶神。

 魔力をそのまま相手の背後まで貫かせる、接近戦の切り札の一つ。

 魔王はその勢いのまま、壁に叩きつけられた。



 追撃をかけようとしたところで、第六感がそれを止める。

「ふふふ」

 瓦礫となった壁の中から、魔王は平然と姿を現した。

「今のは少し痛かったな。これだけのレベル差があって、まさか素手のダメージを受けるとは」

 少し、である。

 光次郎が全力で魔力を込めた攻撃が、少し。

「勇者は見逃してやろうと思っていたが、気が変わった」

 感じる圧力がさらに増す。

「お前は危険だ。ここで殺しておく」







 今まで感じなかった、殺気が魔王の気配に混じる。

 俺たちの戦いは、まさにこれからだというところか。

「ユキ! 皆を退避させろ! あれを使う!」

 それを聞いた美幸は逡巡なく、出口を防いでいた瓦礫を吹き飛ばした。

 唖然としている同級生や騎士、魔法使いを国王と共に外に追い出す。そして自分だけは出口に陣取り、戦いを見守る。

 光次郎は長く息を吐き出した。大丈夫だ。体力も魔力も残っている。生命力もまだ削られていない。

 はるかな過去に、先祖にかけられた呪い。だがそれは戦場では絶大な力を発揮する。

 修羅の呪いが発動する。

『狂戦士』

 身体能力が更に倍化、さらに魔力の回復。そして理性の減衰。ただ目の前の敵を倒すためだけの、凶暴で狡猾な獣となる。

 それは歪な存在。

 力強い踏み込みと共に、一瞬で間合いを詰める。それまでよりはるかに力強い一撃が、魔王を後退させた。



 そう、その位置にいてほしかった。

『影よ』

 光次郎の影から伸びた黒い二次元の線が、魔王を拘束し、そして刃となって魔法の障壁を切り裂きその体を貫く。

 一瞬の硬直の間に間合いを詰めた光次郎は、一切の躊躇いもなく、魔王の首を刎ねていた。

「まだ!」

 刀を縦横無尽に振り回し、魔王の肉体を切り裂いていく。五体を100以上に切り刻む。



 だがそれもほとんど効果がないようだった。斬り裂かれた肉体は黒い霧となり、切断した首の元に集まっていく。

「くそったれ! 不死身かよ」

「いや、かなり痛かったぞ、今のは」

 元の姿に戻った魔王は、確かにわずかに魔力を減じている。生命力ではなく、魔力をだ。

(物理攻撃が無効ってのと関係あるのか?)

 地球にも、吸血鬼に似た種族はあった。交戦の経験もある。

 しかし目の前のこの魔王とは全く別種と考えてよい。体を霧にして攻撃を無効化するなど、反則もいいところである。

 それでも魔力のこもった刃で攻撃することで、少しはダメージを与えているのだ。純粋な魔法での攻撃など、どれだけ上級の魔法を使えばいいものか。



 美幸の傍から、天魔十六杖の魔法が飛ぶ。だがそれは魔王の障壁に防がれて、隙を作ることすら出来ない。

 本来後衛のはずなのに、物理攻撃がほとんど無効化され、魔法の攻撃も防がれる。なんという無理ゲー。

 吸血鬼なら光の魔法は苦手な気もするが、光次郎と美幸もそれは苦手とする属性だ。

「さて、次はこちらの番だ」

 魔王が初めて、光次郎に対して攻勢に出た。

 無数の炎が生まれ、時間差をつけて光次郎に襲い掛かる。

 それに対して光次郎は、そのまま直進した。

 美幸がかけてくれた魔法障壁が、炎を弾き飛ばす。無手の魔王の心臓を、刀は貫く。

 貫かれたまま、魔王は光次郎の首筋へ噛み付こうとした。



「こなくそ」

 刀を無理やり薙ぎ払い、体をひねって魔王の噛みつきから逃れる。刀はあっさりと魔王の体から抜けた。

 いったん距離を取る。接近戦が有効だと分かっていても、致命的なダメージを与える手段がない。

 吸血鬼の弱点はなんだったか。十字架? それは異世界では通用しないだろう。ニンニク? どこに用意がある。

 心臓を貫くという攻撃手段でさえ、ほとんどダメージを与えていない。

 わずかなダメージを与え続けていけば、いずれは倒せるのかもしれない。だがそれまで光次郎の体力がもたないだろう。

 魔王は強い。ただ強いというのではなく、その不死性がすさまじい。



『聖光槍』

 背後から光の槍が放たれた。気配からして、シーラの攻撃だろう。

 そういえばさっきから、魔王の召喚陣は消えている。光次郎に専念して戦っているということか。

 出来ればその光系の魔法で魔王を牽制して欲しいが、それでもダメージは与えられない。闇に対して光というのは常識だが、濃い闇に対しては、光は全く効果を発しえない。

「先に言っておくが、光の魔法でも我は倒せぬぞ」

 その言葉に嘘は感じられない。本当に光の魔法に弱くても、レベル差がありすぎて効果はないのだろう。

『退魔』

 先ほど骸骨兵を塵にした魔法も、魔王の前には通用しない。

「痛い! ちょっと痛い!」

 ……通用したようだ。



「さっき殺したはずだが、どうやら治癒されたようだな。ならば今度は即死させるか」

 魔王が掌をシーラに向ける。迫る光次郎の攻撃は無視している。

 だが放たれた火球は、途中で切断される。

 美幸が刀を手に、シーラを守る位置に立っていた。

 同田貫正国。美幸の愛刀である。

 光次郎の攻撃で左手を切り落とされながらも、魔王は余裕の姿勢を崩さない。

「なるほど、使い物になる勇者はもう一人いたか」

 美幸が光次郎の横に並ぶ。魔王の召喚した魔獣やゴーレムは、既に全て倒している。

 二対一。だがその内容はひどいものだ。



「そちらの娘は、もはや魔力があるまい。盾にでもなりに来たか?」

 光次郎に限界までかけた補助魔法に、雑魚を片付け、級友を守った。美幸の魔力の残りはせいぜい二割。

 それでも戦う気力は失わない。

『影よ』

 美幸の影が魔王を襲う。それは光次郎のものとは違い、魔王の動きを拘束することのみに特化している。

 闇の加護により強化された影。魔王がその束縛を破る一瞬の間に、光次郎は突進する。

『闇よ』

 光次郎の村正が闇に染まる。闇の眷属たる吸血鬼にどれだけのダメージが与えられるか分からないが、それでも攻撃力は強化されたはずだ。

 その予想は正しかった。切り裂いた魔王の胸元から、はっきりと血が吹き出た。それも一瞬で、すぐに修復されるが。



「どうやらまだ甘く見すぎていたようだな」

 続く光次郎の連撃に、魔王は宙に浮かんでその攻撃をかわした。

 背中からは蝙蝠の羽。そして魔王は兜を外す。光次郎の攻撃力を前に、視界を妨げる兜など意味がないだろう。

 亜麻色の髪の毛に、冷酷さをたたえた碧眼。

 美しくも怪しい、氷のような美貌。

 援護しようとしてた味方は、ほとんどがその視線で動きを封じられた。吸血鬼の『魅了』である。

 その間に、こちらも準備を整える。美幸が光次郎の肩に手をやり、残りの魔力をぎりぎりまで譲渡する。

「後はよろしく」

「任せろ」

 そのまま刀を支えに、美幸は膝を折る。



「これで一対一か。だがまさか、勝てるとは思っていまい?」

「それはやってみないと分からないだろ」

 九鬼の姓を許された男は、純粋な戦士である。こと戦闘力においては、他の一族の追随を許さない。それは単に戦闘技術を意味するのではなく、その精神性をも含む。

 死ぬか生きるかギリギリの訓練ではなく、死ぬのが当たり前の修行を行ってきた。

 自分よりも強い敵と戦って、なお生き延びてきた。

 光次郎は、それによって九鬼光景という名を与えられている。

「決着をつける」

 光次郎は魔王に対して跳躍した。魔王への下からの斬撃。そのままでは通らない。

『影よ!』

 伸びた影を足場にして、光次郎は踏み込む。

 闇を纏った刃が、魔王を貫いた。そのまま勢いは止まらず、謁見の間の天井を突き破り、夜空へと上昇する。

「が……」

 魔王には確実に効いている。いける。このまま、闇の刃で止めをさす。



 だがそれは、見通しが甘かった。



 いや、油断している魔王の実力を考えれば、これでいけるはずだった。



 第三者の介入。それが光次郎の読みを誤らせた。



 上からの圧力が、光次郎の体を吹き飛ばした。

 魔力の防御を突き破られ、光次郎は謁見の間の床に叩きつけられる。

「ジロ!」

 美幸の悲鳴を聞きつつ、光次郎は上空を見上げる。

 魔王は……空に浮かんでいる。だがそれは、誰かに体を支えられているからだ。

 その姿が、分からない。

 夜の闇に溶け込んでいるのか、それとも魔法なのか。

 おそらくは後者だと思いつつも、光次郎は立ち上がり、刀を構える。



「見事だな、勇者よ。まさかこいつがここまで追い詰められるとは思わなかった」

 その声も女性のものだった。小声ではないのに、どこかひそやかな声。

「まだ負けてない……」

「あと一撃あれば、こいつを倒せただろうが、こちらの都合もあるのでな」

 強がる魔王を無視して、こちらに語りかけてくる。

 あと一撃。それが足りなかった。

「まさか……あんたも魔王なのか」

 気配すら隠し通しているが、光次郎には分かる。こいつも、かなり強い。

 今の光次郎の消耗具合を考えれば、あと一戦というのはかなり無理がある。

「魔王は一人だよ、少年。だが魔王に匹敵する魔族が、いないわけではない」

 それは、絶望的な情報で。

「今日のところは引かせてもらおう。だが、行きがけの駄賃ぐらいはもらっておこうか」

 そいつの周りに魔力が集まる。魔王の使う攻撃魔法にも匹敵する魔力が。

『大地の精霊よ。その力を行使せよ』

 それは光次郎の全く知らない魔法の構成だった。

 激震が、王城を襲った。

「くそっ」

 光次郎は美幸を抱えると勇者一行の下に走る。凄まじい揺れで、足元がおぼつかない。

 それでもどうにか皆の下に辿り着くと、物理的な障壁を張る。

 石材と鉄筋で出来た王城が、崩壊していく。城壁も、尖塔も。王城のみが崩れていく。



 この日、アセロア王国の首都はその中枢を失った。

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