第3話 訓練開始
翌朝、朝日が昇る前に光次郎は目を覚ました。
用意されていた服に着替える。木綿のような質感の服で、動きやすくはある。
部屋のドアを開けると、眠る前とは違うメイドが控えていた。なんでも3交代制とのこと。
どこか鍛錬の出来る場所はないかと問えば、騎士団の面々が使っている訓練場を紹介された。
そのままメイドを従えて訓練場へ行くと、途中で美幸に出会う。
「習慣だね」
「全くだ」
二人は共に、動きやすい服を着ている。普段であれば袴を履くところだが、手元にないものは仕方がない。
訓練場には、少数の騎士が集まっていた。もっともまだ訓練を開始しているわけではなく、従士だろう少年たちに装備の点検をさせている。
「あのさ、訓練で使ってもいいような刃引きのしてある刀か木刀ってないかな?」
メイドさんにお願いすると、聞いてきますと言って一際体格の良い騎士の下へ駆けていく。
騎士はそれに対応すると、メイドをつれてこちらにやってきた。
「あなたたちが召喚されたという勇者か。若いな」
確認の誰何に、二人は頷く。騎士はさっと二人の姿を頭から爪先までみると、深く頷いた。
「なるほど、かなり使えるな」
その言葉に、二人は無表情で応えた。目の前の騎士も、二人から見たら『使える』実力を持っていると思ったからだ。
「言っておくけど、他の勇者にはあんまり期待しない方がいいよ」
光次郎は前もって訂正しておく。
「うちらの国は、基本的に武術に長けた人間はいない。俺たち二人は例外だ」
「そうなのか?」
騎士は美幸の方を見て問う。
「そうね。あたしらは家の事情で子供の頃から鍛えてるけど、普通は一生武器に触らない方が多いし、戦争にも参加しない」
「それでは国家の防衛はどうするのだ?」
「専門の職があるのは、こちらと同じだと思う。実際の戦争になったらどうなるか分からないけど、この半世紀以上戦争もしてないからね」
「ならばお前たちは士官候補なのか?」
「いや、あくまでも家の事情で鍛えてるだけ。戦争には……まあ参加する一族もいるかもね」
前置きが長くなったが、騎士は訓練用の武器置き場に連れて来てくれた。
「カタナを使うというのは、我が国では少なくてな。基本は槍、弓などとなる。もちろん接近戦となれば剣を使うが、カタナはニホンの戦士が良く使うものだ」
それでも訓練用の木刀があることから、一定の需要はあるのだろうか。
「盾はいらないのか?」
「うちらはカタナで受け流すか、そのまま回避するんでいらないです」
光次郎と美幸は、そのまま自分に合った長さと重さの木刀を選ぶと、訓練場の片隅に立った。
案内してくれた騎士は面白そうにこちらを見ている。それは他の騎士たちも同じのようだ。
「魔法とかはなしでな。防御魔法だけありで」
「了解」
軽く体を動かし素振りをすると、二人は向き合った。
美幸が正眼に構えるのに対し、光次郎は両手に持った木刀をだらりと下げている。
木刀の先端がツイツイと動くのに合わせて、彼女は踏み込んだ。
流れるような踏み込みだ。それに対して光次郎も、地面を滑るように後退してかわす。
強い踏み込みではない。ただ、地面の上を流れるように動いていく。そして間合いを詰めるや、美幸の木刀が振るわれる。
光次郎は木刀を上げると、美幸の剣閃の軌道を変える。
ぬらり、と美幸の体がバランスを失った。
わずかな隙。だがその隙に、光次郎は美幸の右肩を打っていた。
魔法による防御で、衝撃は腕にまでは達しない。
だがこれが実戦で、愛刀を使っていれば、その防壁ごと美幸の腕は切断されていただろう。
「なんか接近戦ではどんどん差がついてる気がする……」
「まあ、それはうちの一族の特徴だしな」
光次郎と美幸の属する一族は、男の力が極めて強い。
ただ、その優れた才能と引き換えに、呪われた側面も持つのだが。
「驚きましたな。あの動きは何です?」
二人の稽古を見ていた騎士が、心底驚いたという声で尋ねてきた。先刻までとは言葉遣いも少し丁寧になっている。
「うちの一族に伝わる歩法の一つです」
「ふむ、まるで滑るような動きでしたが」
「滑るように、とは確かにそうですね。そうやって移動することで、攻撃のタイミングを相手に読ませにくくなります」
「私にも出来るでしょうか?」
「訓練すれば誰でも出来ると思いますが……剣と盾を使うなら、あまり意味はないと思います」
「ふむ……」
騎士は首を傾げる。それに対して、美幸が口を挟んだ。
「なんなら、少しやってみます?」
美幸が地面に描いたのは、50センチほどの小さな円が二つ。
「この中に立って手を合わせて、お互いに引いたり押したりして、先に円から出たほうが負けです」
「それは私のほうが有利ではないのか?」
「力はあまり関係ありませんね。とにかく相手の動きを察知することが大切です」
そう言って円の中に入ったのは、光次郎ではなく美幸である。
「女性を相手にするのはさすがに……」
渋る騎士に、美幸は促す。
「かえってその方が分かりやすいと思いますよ。本当に、力は要らないですから」
実際に、そうだった。
押せば引き、引けば押す。
腕力は関係ない。体重も関係ない。ただ、相手のバランスを崩すことだけを考える。
押せば前へ、引けば後ろへ円を踏み出してしまう。10回繰り返したところで、騎士は諦めた。
「なるほど確かに体格も筋肉も関係ないな」
「必要なのは体幹をしっかりすることですね。あとは、相手の動きを察知することです。出来るだけ脱力して、相手がどうするかを先に感じ取るんです」
これは遊びのようなもので、光次郎はほぼ無敵である。同年代では、だが。
その後朝食の時間になって、メイドが呼びかける。二人は手を振って騎士と別れた。
朝食はまた皆が集まって、食堂で摂る。朝からかなりがっつりとした内容だ。
こんなに食べられないよ~という女子もいるが、これから激しい運動を行うのなら、栄養は絶対に必要だろう。
実際に食事は美味しく、軽い運動をした光次郎と美幸だけでなく、普通に男子生徒は完食している。
「食べといたほうがいいと思うよ。多分身体の能力と一緒に、消化する力も上がってるから」
そういう美幸はおかわりとばかりに、テーブルの上に乗せられたパンを口に入れている。
「そうだな。午前中は訓練とか言ってたし」
光次郎もフランスパンっぽいパンをあぐあぐと咀嚼している。
二人とも運動神経抜群という点では学校中に知られている。その二人が言うということで、生徒たちは多少の無理をしてでも朝食を腹に収めた。
動きやすい服で一行は訓練場へ出る。
騎士たちが剣や槍を振るって訓練するのを見ながら、一際大きな、二人が先ほどまで見ていた騎士の元に案内される。
「勇者諸君! よく来てくれた! 私はアセロア王国騎士団、武竜八天の末席に身を連ねる、ケイン・マフォーだ!」
魔法使いっぽい名前なのに騎士である。早朝に光次郎と美幸の相手をしてくれた人物だ。
それにしても大層な称号である。覗き見たステータスではレベル50オーバーで末席とか、なかなかに武竜八天というのは精鋭が揃っているのではないか?
「これからしばらく、諸君の武術の面倒を見ることになった! のだが……」
そこから声が小さくなる。
「そちらの二人も同じメニューでいいのか?」
それは当然光次郎と美幸に向けられたものだ。
「とりあえずは」
美幸が答え、光次郎もうんうんと頷く。
「それでは、諸君にはまず、走ってもらう」
それはごく普通の訓練のようで――。
「ただし、この鎧を着てもらってだ」
重さ20キロをはるかに超える鎖帷子を、ケインは指し示した。
「え~、無理~、……あれ?」
実際にその鎧を持ち上げていた女生徒が首を傾げる。
「重いけど、思ったほど重くない感じ?」
「レベルが上がってステータスも上がってるから、重い鎧でも着れるんだろ」
「え~、でも筋肉ついてないよ~?」
「そのへんはほら……俺たち勇者だし?」
とにかく鎧を装備して一歩も動けないという者はおらず、ケインの後に続いて訓練場の外周を走り出す。
二列に並んでとにかく走る。地球にいた頃であればまともに歩くのが精一杯だったろうが、なんとか走れている。
「ところでこれ、何周するんですか?」
余裕でケインに並ぶ光次郎が問う。それに対してケインは息も乱さず答える。
「慣れれば20周だが、今日はまあ、二人ほど脱落したところで終了かな」
「20周……」
騎馬での訓練も想定されているのか、この一画はとにかく広い。鎧なしでも地球にいた頃の体力なら、ほぼ全員が脱落するだろう。いや、今の体力でもここまでの荷重があれば。
「もう無理~」
一周目で女子が一人脱落した。それにつられて女子が二人脱落する。
確かに召喚された時点で肉体のスペックは上がっているが、それでもこの重さには耐えられないのだろう。体育でも一周したらヘロヘロになり、マラソン大会ではドベを争うレベルだ。
「……勇者殿の世界では、あれが平均なのか?」
訝しげに尋ねるケインに、並行する美幸は首を振った。
「だから、あたしらは鍛えてるから」
あっという間に三人が脱落したので、ケインは止め時を失った。リズムを刻む呼吸で、訓練場を周回していく。
結局最後まで残ったのは二人を除くと今泉だけであった。
「結構やるなあ」
のんびりした光次郎の言葉に、大の字になった今泉は応える。
「……一応……中学では……野球部だったからな…」
息も絶え絶えという感じではあるが、意地を見せたというところだろう。
「それでは、次に剣を持ってもらう。刃は潰してあるが、人には当てないように」
剣を持つと、振り回したくなる。男の子の習性である。
地球以上の筋力を持つ一同は、素振り用の両手剣を構える。
「それではまず、百回素振りをしてみようか」
体育の剣道で習った者はその通りに、習っていないものは自分なりに、剣を振るっている。
それをケインが指導して修正していくのだが、光次郎と美幸には修正すべき点がない。あるいは、彼には分からないというべきか。
起動するまでは周囲より遅いのに、振り切るのは周囲より早い。風を切る音はまるで空間を裂いているようで、振り切った後の戻しも早い。
「あ~、君たち」
ケインは声をかける。
「聞いてもいいかな? ステータスは見れるね?」
素振りをしながら二人は頷く。この自分のステータスを見ることさえ、実は自己確認というスキルが必要で、勇者は全員持っていた。
「それで、剣術の技能を持ってると思うんだけど、レベルはどれくらいかな?」
「3です」
何食わぬ顔で、美幸が嘘をつく。
「3……レベルの恩恵か……でも5はありそうな……」
「こちらからも聞きたいんですけど、この技能レベルって何ですか?」
「ふむ」
ケインは頷くと、少し大きな声で話し出した。
「まず、君たちはレベルというものを持っている。これは筋力や体力を含めた、全体的な強さ、生き抜くための力だ。もっとも動物や魔物など、種族が違えば同じレベルでも各能力は違う」
ケインの解説は納得出来るものだった。もっとも、性別により明らかに差がつく分野はあるのだが。男性は筋力に、女性は柔軟性に優れているだろう。
「技能レベルというのは、何らかの技能の熟練度を示している。例えば、今だったら使っている剣術。他には槍術、弓術、体術などもあるし、戦うための能力以外の、料理や鍛冶、などというものもある」
素振りをしながらも、一同は耳ダンボで聞いている。
「もちろん技能レベルを持っていなくても剣は振れるし、魔法を使うことも出来る。ただ、効率が悪い」
それはまるでゲームの世界の話のようだが、実際に剣を振っていても技能を持っている人間はその剣閃が違う。
「それはつまり、技能を持っているからそれに長じるのではなく、それに長じた結果、技能として表示されるということですか?」
「その通りだ」
「でもあたしたち、地球では魔法なんて使えなかったけど、魔法の技能持ってる仲間がいるんですけど」
たとえば結城は風魔法と術理魔法の技能を持っている。
「それはもう、この世界に来た時点でその魔法の技能を手に入れたということだな。午後からは魔法について話されるから、その時確かめてみるといい」
魔法と聞いて、目を輝かせる生徒がいる。剣術の技能を持っていなくても、戦えるということだ。
「なんだか本当にゲームみたいだな」
そういったゲームには詳しい谷口が呟く。それに同意するのは、クラスでもネトゲにはまっている生徒たちだ。
「あの、技能に強奪ってないんですか?」
「強奪? 少なくとも私は知らないが……どういう技能だ?」
「相手の技能を奪うというものなんですけど、その、僕らのいた世界の物語では、結構メジャーなものでした」
「それはないだろう。先ほども言ったが、技能を持ったから強いのではなくて、強いから技能を持つのだし」
詳しいことはまた座学のほうで学ぶだろうと言われた。
「さて、軽い運動も終わったことだし、皆の得意な武器を選んでもらう。武器の技能を持っている者は……」
ほとんどが剣術レベル1だったが、女子に槍術を持っている生徒がいた。
「中学まで薙刀やってたから……ちなみにレベルは2だよん」
薙刀という武器自体が存在しないのか、見た目は似ている槍として扱われるらしい。それを言うなら、光次郎や美幸も、扱うのは刀の方なのだが。
「武器の技能を持っていない人間は、そうだな、片手剣と盾を持つといい」
ケインの標準的な装備がそうらしい。もっとも騎士でもある彼は、当然のように槍も使えるらしいが。
「勇者諸君には兵士としてではなく、魔将軍などの上位魔族との戦闘を期待している。だから、何かの武器に特化して欲しい」
たいがいの剣道経験者には剣術のレベル1がついていたが、中には重量武器や戦鎚といった少し変わったものに適正がある者もいた。
「勇者っぽくねえ……」
「でも実際の戦場では、斬るより叩く方が有効だったって話もあるよ」
わいわいとやりながらも、各自己の適正武器を手にして、ケインの指導を受けていくのだった。
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