第2話 謁見
閉ざされた空間を出ると、階段があった。それを昇っていくとまた扉があり、警護らしき兵が開ける。
それまでのかがり火とは異質の、太陽の強い光が目を刺す。一行はシーラに先導されるまま、左右が整備された庭の中、大理石の床を進む。
「お城みたい……」
「お城みたいじゃなくて、実際に城なんだろ」
「なんで分かるのさ」
「さっき巫女さんが言ってただろ。陛下が待ってるって。つまり王様がいるところだから、お城で間違いないんだろ」
後ろでそんな言葉が交わされているが、結城の後に続く光次郎と美幸は、城のあちこちを観察している。
警備の兵は多い。また、レベルも高い。よく見ればその物々しさから、ただの兵卒ではなく騎士なのだろうと推察できる。それは、ステータスを見ることでも明らかだ。
そして二人には分かる。この城は、魔法によって守られている。
「随分厳重な警備ですね」
光次郎が声をかけると、シーラは短く反応した。
「魔族は神出鬼没ですから」
庭に面した渡り廊下から、王城の中に入る。それほど華美な様子はなく、質実剛健な印象を受けるが、それでも奥に行くに従って、美術品などが廊下にも飾られている。
そして一際立派で大きな扉を前に、シーラはその歩みを止めた。
扉が開かれると、赤い絨毯が敷かれていた。
体育館を細長くしたような、まさに謁見の間とでも言う場所だった。奥には高くなった階段があり、玉座があった。それに座っているのが国王なのだろう。ぽっちゃりとした中年である。
周囲には警護の騎士と、数多の貴族が控えている。そして玉座の左右には、杖を持った老人と、帯剣した男が立っている。
シーラが歩みを止めたところで、一行も止まる。
シーラが手を合わせて軽く頭を下げる。後ろに控える日本人は、日本人らしく右に倣えで、同じように頭を下げる。
「よくぞ参られた。勇者の方々よ。まずは面を上げられよ」
威厳は感じられない声だが、謁見の間にはよく響いた。
「余がアセロア王国国王、ネフェル3世である」
「その、国王陛下」
こんな状況にも関わらず、結城は一歩前に進み出る。意外と根性があるな、と光次郎は彼を見直した。
「僕たちはまだ、よく状況が分かっていないのですが……」
うむ、と頷くとネフェルは杖を持った老人を促す。
「宮廷魔術師長、王の杖であるローガン様です」
シーラが囁き、ローガンと場所を換わる。
ローガンの杖の先から光が出て、緑色の光の地図を作り出した。
その大陸の形は、地球におけるアフリカ大陸に似ていた。
「これが我らの住む大陸の地図にございます。この内、人間の支配する領域はおおよそこのあたり」
杖が叩いたのは、北海岸線からぷっくらと膨れた西北のあたりまで。そこが緑に塗られる。
それと、南のわずかな部分である。国境線から数えるに、国の数は三つ。
ちなみに少し東にある諸島部も、緑の色に塗られている。
「残りの全てが魔族の支配下にあります」
その言葉を聞いて、さっきまで騒いでいた男子生徒たちが頭を抱える。
「駄目だこりゃ……」「無理ゲーだ……」「圧倒的ではないか、敵軍は……」
「ここまで追い詰められていて、どうしてまだ滅びてないんですか?」
美幸が尋ねる。ある意味失礼なことだったが、国力比は十倍どころではないだろう。
「それは、この南部にある三国が人間の国家であるため同盟を組んでいるのと、ニホン諸島の帝国が援助していてくださるからです。また、魔族はあまり統制の取れていない軍だということもあります。しかしここ数年で二つの国が滅ぼされました」
「ちょ、ちょっと待った! 今、日本って言った?」
「はい、1200年ほど昔、皇帝陛下に連れられてこの世界に渡り、今まで続いてきた由緒ある国家ですな」
「1200年前……」「平安京の頃だよ……」「あれ? その頃って日本って言ってなかったはずだけど?」
しかしこれで、なんとなく日本から召喚されたのかは分かった。
「その、ニホン帝国は強いのですか?」
「その軍は精強。特に海軍は魔族軍を相手にしないほどの強さを持っています」
「あの、どうして僕たち日本人が召喚されたのか、なんとなく分かりますが……」
結城はクラスメイトを見回し、もう一度ローガンに向き直る。
「僕たちの召喚された時代は戦争も全くなくて……正直、戦力にならないと思います」
結城の言葉が伝わるにつれ、貴族たちにざわめきが広がっていく。だがそれを収めたのもローガンだった。
彼は杖を床にコンコンと打ちつけ、静粛を促す。
「皆様方はこちらに来る途中で、神々の祝福を受けていると思うのですが……」
生徒たちは顔を見合わせる。ほとんどがその時の記憶がない。
「皆様方は我々と普通に会話していますが、それも神々の恩寵のはずです」
それはおそらく、異世界の勇者という称号の効果なのだろう。
「それに神々の力によって渡っていただいた時、何らかの祝福を受けておられるはずですが」
「闇の加護とか……」
「闇の加護は強力ですな。相手の暗黒魔法を無効化し、こちらの暗黒魔法を強力にします」
また生徒たちは己のステータスを見て、仲の良い同士で話し合っている。
ローガンは懐から透明な玉を持ち出した。
「これは鑑定玉と申しましてな。手を触れた方のステータスを表示する事が出来る宝物です」
つまり、触って見ろということだろう。顔を見合わせてみて、結局結城が最初に触れる。
緑色の光が宝玉からあふれ、その上にステータスが表示される。
「おお、レベル32とは……しかも風魔法や術理魔法の技能を持っておられる」
しかしその技能のレベルまでは表示されていない。
祝福の欄には、高速魔力回復とあった。
「あの、このレベルというのは低いのですか? 高いのですか?」
「特に訓練されていない平民ですと、レベルは3から5あたりですな。32というのは上位の騎士や魔法使いに匹敵します」
それを聞いて生徒たちは次々に宝玉に触れていく。だいたいが剣術や体術を持っていて、魔法の技能を持っている者も少なくない。残念なことに、技能レベルは表示されていない。それがこの魔法具の限界なのだろう。
「ちなみにローガン様はどれくらいなのですか?」
興味本位で結城が聞くと、ローガンは少しだけ得意そうな表情を浮かべた。
「この年まで修行して、78ですな。皆様方は一年も鍛えれば、50を超えるでしょう」
爺さん超すげえ、と些か失礼な声も上がったが、ローガンは微笑むだけだった。
それにしても、一年も修行しなければ50に至らないのか。一年も? 異世界で?
「それで、魔王のレベルはどれぐらいなのですか?」
結城が加えて尋ねるが、それにはローガンは首を振った。
「魔王の正確な実力は分かっていませぬ。ですがその配下の魔将軍は、おおよそ70ぐらいですな」
「魔将軍というのは、何人いるのでしょう?」
「今のところ確認されているのは6人ですな」
「魔族軍の最大動員兵力はどのくらいでしょう?」
「およそ50万と言いますが、実際に動かせるのは20万に届かないかと」
「こちらの兵力は……」
「三国合わせて10万と少しでしょうか。防衛戦ですので、全ての兵力が使えます。ニホン帝国に助勢を請えば、さらに10万近くは可能でしょう」
それだけを聞けば、ほぼ互角に戦えそうなものだが。
「魔族には稀に強い個体が混ざっておりますので、それを勇者様方に倒していただきたいのです」
その会話の間にも、順番に生徒たちは鑑定玉に触れていく。大概は戦闘に向いた技能と祝福、それと料理や木工など、おそらく地球で得意だった分野の技能がある。
中には俊足や登攀、罠作製などを持っているサバイバルな人間もいた。女子で多いのは料理をはじめとする家事技術だろうか。
そしていざ光次郎の番となる。レベルの45でまず周囲が驚き、剣術や体術、各種の属性魔法という、戦闘に特化した技能にローガンも驚きの声を上げた。
「これは素晴らしい……。技能が19個に、適正職種も戦士、騎士、魔法戦士、魔法使い……」
他にも野営や俊足などを持っている。周囲の目を感じて、光次郎は居心地悪そうに頭を掻いた。
「それじゃあ、真打登場ね」
最後になったのは、美幸だった。自然とその流れとなっていた。
彼女が手を触れると、同じように緑色の光があふれる。
「レベル49とは……。技能が15個で、戦士や魔法使いだけでなく、巫女の適正まであられる……」
それでもローガンよりは低いレベルなのだが、老人は深々と頭を垂れた。
「どうか、我が国をお救いください」
美幸はポリポリと頬を掻いた。
「それで、どうする?」
改めて15人は話し合うこととなった。謁見の間の、そのままで。
「いやいくらレベルが上がっていて強いって言ってもさ……戦えるかよ?」
ちらちらと女生徒たちのほうを見る。いかにも戦闘には向いてなさそうな彼女たちも、レベルは高い。魔法の技能も持ってたりする。
「一応訓練は全員で受けたほうがいいんじゃないか?」
「ええ? ダリーよ……」
「万一この国が魔族の攻撃を受けたらどうするよ? 実戦に出るかどうかはともかく、訓練は受けといた方がいいだろ?」
「それに帰るためにはどのみち、魔王を倒さないといけないんだろ?」
「あ~、受験勉強してる暇がなくなる~」
「つーか、帰った時どういう扱いになるんだろ? 全員行方不明?」
なんだかんだ言って、方針は決定する。
まず、訓練は全員が受ける。そのうち戦闘に向いた人間が、実際の戦場に出る。
戦闘に明らかに向いてない人間は、生活に向いた技能を使って後方支援を担当する。
「明らかにレベルが高い二人はどうするよ?」
問いかけられた二人は、顔を見合わせて肩をすくめた。同じ動作である。
「とりあえず訓練を受けてみて、実際に戦えるかどうかはやってみないとだね。
美幸の言葉に、光次郎も頷く。
「どのみち元の世界に戻る方法が、今のところ一つしかないわけだしな」
代表して結城が改めて国王に向き直る。
「陛下、話し合ったところ、私たち全員が訓練を受けるということで意見が一致しました」
顔をほころばせる国王に、結城が続ける。
「しかし性格上どうしても戦闘に向かない者もいるので、訓練を受けた結果、その者たちには他の仕事をさせていただきたいのです」
ふむ、と国王は考え込んだが、ローガンに耳打ちされて、大きく頷いた。
「よかろう。……今の所でよいのだが、何人ぐらい魔族との戦いに参加してくれるのかな?」
「男子8名と、女子3名です」
「うむ、何も前線で戦闘を行うだけが仕事ではないのでな。他の4名には何らかの仕事を斡旋しよう」
それではまず、各自の部屋へ案内するということで、国王との最初の謁見は終わった。
それからは色々とあった。
まず生徒一人一人がそれぞれの部屋をあてがわれた。高級ホテルのスイートルームと言ってもいいだろう豪華さと広さの一室だ。
そしてそれぞれに一人のメイドさんがつく。何か要望があれば彼女たちに、ということらしい。
それから食堂で夕食となる。中世っぽいイメージからは遠い、洗練された量も多い食事だ。ちなみに食器には箸もついていた。
夕食後はなんと風呂まで用意されていた。男女の区別はついていたが、貴族が入るような大浴場であった。
その後は部屋へ戻る。何か話し合ったほうがいいのかもしれないが、精神的な疲れでそれも無理だった。
普段よりも相当早く就寝する一行の中、光次郎は美幸の部屋を訪れていた。別に夜這いというわけではない。
「それで、どうする?」
「どうするもこうするも、とにかく早く元の世界に帰らないと駄目でしょ」
「すると魔王と戦うことになるわけだな」
「魔王と魔族……倒さなくてもいいなら、その方法を考えたいね」
不要な危険は冒したくない。それが二人の共通認識である。
なにせ地球にいるときは、有用な危険に関わり続けていたのだから。
「それと、お前気付いてないと思うけど」
そこで光次郎は一つ間を入れた。
「何?」
「この世界、地球じゃないって言ったけど……未来の地球の可能性がある」
目を丸くした美幸は、無言で促した。
「まず、月が一つある。月面が地球から見たのとそっくりだ。それと、星座の位置だな。南十字星がばっちり見えた。それに見せられたこの大陸の地図、アフリカ大陸に似てただろ?」
「つまり異世界に飛ばされたんじゃなくて、時間移動したと?」
光次郎は頷いたが、すぐにそれと逆の推理もした。
「ただ、魔法が当たり前のように使えることとか、ステータスのこととかを考えると、単に時間を移動したとも考えにくい」
「すると?」
「可能性は二つ。一つはこの世界が、地球の平行世界であるということ。そしてもう一つは、何者かが地球を模して、この世界を作り上げたということ」
「平行世界って……SFじゃあるまいし」
「そうか? おれは逆に、この世界が何者かに作られたという可能性の方が低いと思うぞ。そんな力を持つものなら、それはもう神様だろうさ」
「神様……ね」
とりあえずそれは、明日以降に考える課題となるだろう。
「あと、神様が竜に封印されたというのも、ちょっと気になる点だな」
「ああ、あれね。つまり竜っていうのはキリスト教における神への敵対者。それが神を封印したとなると……」
「キリスト教がなくなった後の世界……ってのも極論過ぎるか」
なにしろこの世界の宗教がどういうものがあるのかさえ分かっていないのだ。明日からはそれも調べていかなければいけないだろう。
「けれどあれだな。違う世界の魔法体系が分かるかもしれないと思うと、ちょっとわくわくするな」
ふと無邪気な顔になり、光次郎が言った。
「そのあたりは……あんまり期待出来ないんじゃない? 科学が発展していないと、化学も物理学も発展してないだろうし」
それもそうか、と光次郎は頷いた。
「じゃあ、とりあえず今日はこのへんで。『鑑定』は明日までに出来るようにしておけよ」
「分かった。おやすみ」
そして光次郎は影の中へ消えていった。
美幸は一人になると、カーテンを開けて夜空を見上げた。この部屋には立派な窓ガラスがあり、星座もくっきりとみえる。だが地図の情報が確かならここは南半球の先端だ。
「ニホンへ行ってみたいな……」
ふと呟いて、そこには知り合いなど誰もいないのだと改めて気付く。
カーテンを閉めると美幸は遮音と結界の魔法を解き、いつもよりも柔らかすぎるベッドへと潜り込んだ。
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