夕方とはいえ、冬の夜は早い。

17時にはあっという間に真っ暗。ただ建物や店からの明かりか、雪の白さしかこの闇をあかるくするものは無い。

車内の二人は黙ったまま

それぞれがお互いの心で感じることを、どう言葉にすればいいか分からなかった。


「…お前も疲れたろう」

ズズズッ…

雪のけが行き渡っていない片側が重い音を立てながら、車を停め、二人は黙ったまま、署に入った。


どかっと座り込むが、空気は重い。

「俺、なんで死を選んだんだろう?って思って、死の理由ばっか考えてました。」堺が口を開く

「でも話を聞いていたら、本当は生きたかったのかな…って思えてきて。少なからず毛糸屋に通って、あのおばあさんと居る時間が楽しかったとしたら、死ぬことより生きたいって気持ちもあったんじゃないかな?って。」

「紙を見せてもらった時、日付の下に「いつか続きを楽しみにしています」と、付け足して書いてあっただろ?今まで、楽しいとか嬉しいとかって感情は少なからず、日記にも無かった。

あれは本心かもな。」

「でもその数日後には…」

「家に帰って現実に引き戻されたんだろう。

楽しかった事は、人に話したくなるが、その相手もいない。」

「本当にいないんですかね…」何かとは言いきれない含みのある言葉。

「いないのなら孤独って現実しかありませんけど、それなら祖母が亡くなった時から何年、もしくは何十年その孤独に耐えていた…ってことですよね。正直、俺にはきついですけどね。

俺だったらSNSに走っちゃいますよ。人には言えない事·言いたくない事を気軽に吐けますから。似た感情の人間とも簡単に繋がりますし。」

堺の言う事はもっともだ。

俺はネットには疎いが、堺は大切な人を探す手段でSNSをよく見るようになったと言っていた。誰彼構わず聞いて欲しいなら、メール…いや、それより気楽に本音を吐き出せる場なのだろう。

「お前、前に一度言ってたが、使ったことはあるのか?」

手を軽く横に振り「ありません。けど…」

俺は腫れ物に触るような感覚で、どこまで聞いていいのか分からない。たった一言が傷口をえぐってしまうと思うと、顔を直視出来なくなる。

「一度だけ書き込んだ事はあります。何千とも何万ともいう人が見て、共感する。あるいは、それを拡散して間接的に関わる人もいます。でも大抵は、共感する面があるから見るだけで全く同じ感情の人間なんていません。自分ひとりじゃない安心感を得たいんじゃないかって思いましたよ。」

「それは…お前の引っ掛かるアレか?」

まぁ。と言うと、コーヒーを作りに行く。

顔を見ればわかるなんて言うが、背中を見れば何か抱えてるくらいは感じ取れる。

奴は無になろうとしてる。

「例えばですよ。俺が〇〇を探しています。なんて書き込みますよね?見た人全てがその人と同じ地域に住み、知ってること自体が可笑しいんです。でも、一縷の望みにかけるんです。だから書き込みなんて、半分自己満足半分知らない人の気持ちを知る…こんな疲れる事はないっすよ。俺は必死だからこそ、それらの情報や感情に揺れて流されますから。だから今は好んでしません。」

「竹内さん、ブラックでしたよね」と、湯気の上がるカップをことんと置く。

「せめて俺が使ってたらまた違うんだろうな。だが、俺もお前と似てるかもしれん。俺が娘を亡くした時、すぐ別れるべきだって考えになった。それを止めたのは紛れもなく家族だ。その家族の姿が見えてこないのに、なぜ…とはなってる。」

「それならどこかにいる身内に当たれば…」

いや、竹内は手で制す。

「もうこの世にいない。」

え…。驚きを隠せない堺は下を向いたまま。

「火事だ。まぁ…俺よりお前が知ってるはずだ。この地域の良さ、悪さも。

一人いるんだ。若月真優の姉が。」

ただし、と言葉を濁し続ける。

「家族全員を亡くし、自身も火事で少なからず傷を負ってる。身体も心もな。この前お前が寝てた時に連絡が入った。」

堺の顔を見つめたまま続ける。

「全てを一人で背負った人間に、お前は刑事として会えるか?話せるか?」

顔を上げず動かない。


カウント10。これで駄目ならこいつは連れて行けない。

9…8…7…お前は何を求めてる?

6…5…4……そこまでのやつだったか

3…「……ます」

「行かせてくださいっ!一番近くで生きてるのを知ってる人まで孤独に出来ませんっ!!」

ガタッと立ち上がり、決意を込めた眼に揺るぎは無い。こいつの弱さも知ってるが、この諦めないしぶとさというのかそこは評価に値する。


「但し、その姉の名前もユイだ。結ぶと書いて結。」


堺の動きが止まる。



「俺…いや、僕は名前だけで職務を放棄しません!」

地域性はここにも現れる。それを承知で言ってるのであれば連れていくしかない。

ただ、視線がぶれてる様はある意味試練であり限界に近い意味を持つ。


「お前の私情は一切抜いてもらうぞ。」


「当たり前です。」


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虹色カメレオン 一色 舞雪 @may-k

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