「こんにちは」店の中に声をかける。

……「すみませーんっ」

足音が聞こえ、エプロン姿のおばあさんがこっちに歩いてきた。

「何でしょう?」と、竹内と堺の顔をじっと見る。

「お忙しい中すみません。今、若月真優さんについて何か情報をお持ちでないか聞いて回っています。何かご存知であれば…」

回りくどい事はせず、単刀直入に言う竹内の半歩後ろで堺は静かに様子を伺う。

「…あぁ、まず中に入ってくれるかい?そんなとこに立たれちゃ、お客さんが入りずらいだろ。」

そう言うなり、すたすたと奥のこじんまりとしたテーブルと椅子のあるスペースに歩いていく。

「すみません、失礼します。」

失礼します、堺も竹内に続く。


何故だか分からないが、怒られて職員室に向うみたいだな…と堺は感じた。

それは竹内も感じていた。聞き込みに来たはずが、気を抜くとこっちが情報を話してしまいそうで、気を引き締める。

白くなった髪を後ろで結い、ぱっと見るだけでは先程のおばあさんと大差はない。小柄ながら背筋はピンと伸びている。

おばあさんは椅子に座ると、茶葉を急須に入れ、脇に置いてあるポットからお湯を注ぐ。

「目の前に突っ立ってられるのもあれだから、狭いけど座って下さい。」

「すみません」

「すみません…」

毛糸屋の話を聞いてから、堺に「しっかりしろ」と声を掛けたばかりなのに、さっきから、すみません。しか言っていないことに情けなくなる。

お茶の香ばしい香りが漂ってくる。

竹内と堺の前に湯呑みを置き、自身の湯呑に残りを入れると、何も言わずじっと視線を感じる

……。あっ、話すのを待っているのか

どうもペースが乱れてしまう。

「えー…、まず、確認ですが、伊吹さんで間違いないでしょうか?」

「えぇ。伊吹夢生、夢が生まれると書いて、ユメです。そちらは?」

「あっ、失礼しました。竹内と言います。こっちが…」「……っ、堺ですっ。」

ボケっとするな。と堺を睨む。

「そうですか。それで何を聞きたいのでしょう?」

「若月真優さんを知っているかお聞きしたく。」

「えぇ、この店に来てましたからね。

名前までは知りませんでしたけど、新聞に写真が載ったでしょう?それで、あの子だったのか…と、知りました。」

「お客として来ていたんですか?」

「そう。ただ、買うでもなく、店の中をぐるっと見てね。

それでも毎月同じ日に来るもんだからねぇ。」

竹内は、堺の顔を見る。

「同じ日ですか。その時の様子や、誰かと一緒に来た事はありますか?」

「一時、店を閉めてたからねぇ。孫が手伝ってくれて、またのんびりこうやってるけど。どこまで調べたんか知らないけど、そちらさんが思ってるより、私はその子を何も知らないよ。」

「お孫さんは何か…」言葉に反応したのか堺が言葉を続るが

「それは私が言うことじゃない。」

強い口調に後が続かない。

ふわっとして優しそうな印象とは違い、おばあさんの言葉に迷いは無い。真っ直ぐで、それでいて初対面にも関わらず、心まで見られてるような視線…眼の力強さ。

だが、拒絶されてるような嫌な空気は全く無い。

それに二人は戸惑ってしまう。

座って視線の高さが大して変わらなくなったからか、来た時より強く感じる。


「私が、感じた事知ってる事は話せる。

だけどね、こう思ってるだろうって曖昧な憶測で話す事はしない。わかるかい?」

「はい…」

「先入観になっちゃうからだよ。こっちが、そうだろうと思ってると相手もそれに流されて、本当の部分が引っ込んでしまう。

だから私自身が知ってる事以外は話さない。

ここに来たのは、何か理由があるからだろ?」

「すみません…」あっはっはと笑うと

「さっきから謝ってばっかじゃないか。悪いことしてないのに謝ってたら辛いだけ。

知ってる事も少ないけど、そちらも忙しいでしょうから覚えてる範囲で話しますよ。」




若月トキが来ていたお店もここだった。

孫に編んでやりたいと話をして、

今度一緒に来ると言ったっきり来なくなった事。後で亡くなったと知るが

ちょうど孫が少しここに居たいとの事で、滅多に来ることはなかったから、その間店を閉めていた事。

暫くすると、一人の女性…真優が毎月同じ日に来るようになり、少しずつ話すようになり、視覚に障害がある事などを知った事。

口数は少なく、孫に似た面もあり、月に一度会えるのが楽しみになっていた事。

編み物を一緒にしたが、あまりに不器用でそれでも諦めない芯の強い優しい子。

そして、シャッターに紙が挟まれていた日の数日後に新聞であのことを知った。



二人は車の中で、簡単に聞いた内容をまとめた。

「竹内さん、すみませんでした。」

「いや、俺もだ。年甲斐も無く、先生に怒られてる感じがしてな…完全にペース乱してしまった。だが沢山聞けた。」

「俺もです」と言うと、最後の紙は渡して貰えなかったが、堺はメモした手帳を開き

「真優の生きた世界って、どんなだったんでしょうか。正直、俺にはまだ生きたいとも感じます。」

「あぁ…。紙を残すくらいだから、俺達が見落としてるのがまだありそうだ。

それに…お前が気にしてるお孫さんも何か知ってるかもな…。」

俯く堺に

「一旦戻るぞ。これからの事と、まだ調べなきゃならん事がある。

…それに、堺。お前自身も知らなかった知らなきゃならない事に向き合う事になる覚悟を決めとけ。」


「はい。」


ほんの僅かな時間でいいから、生きてる時の声が聞けたら…と思った。

こんな近くに居たのに…


そう思うと当たりようのない漠然としたこの世の中が嫌になる

その思いを振り払いながら、暗くなった道を走った。

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